♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■ルカの福音書 -63 何歳からでも / 大嶋重徳

2021年11月04日 | Weblog

2021.5.20放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。ルカ福音書を順番に読んでいます。

 今日の箇所ではイエス・キリストに至るまでの系図が出てきます。そこにはイエス様が三十歳で神様のことばを直接語り始められたことが記されています。

 「ああそうか、三十歳なのか。」読み飛ばすところではありますが、この時代のユダヤ人にとって三十歳は意味ある年齢でした。旧約聖書の民数記4章には、祭司は三十歳から仕事を始め、五十歳で定年を迎えました。一人前の祭司として働くことが許されたのが三十歳からだったのです。

 また、旧約聖書の偉大な王ダビデ王が王位についたのも三十歳でした。また預言者エゼキエルが預言者の務めに召されてその働きを始めたのも三十歳でした。祭司や王、預言者の働きはいずれも、自分がなりたいからなれる仕事ではありません。神様からの直接の召し、呼び出しがなければなれない仕事でした。そしていずれも神様のために奉仕をし、人々のために仕える仕事でした。神様は、これらの勤めにあたる人々を立てて、神の霊を直接注ぎ、その務めを果たさせられたのです。三十歳という年齢は、そのことをユダヤ人たちに思い起こさせる年齢だったのです。

 なぜ三十歳であったのか、幾つかの理由があったのだろうと思います。しかし感覚的に私たちも今日、分かるように思います。それは、やはり三十歳という年齢のもたらすある人生の成熟です。一人前の仕事ができるようになる年齢であるということです。つまり、十代、二十代の危うさ、もろさというものを、私たちは人生経験から知っています。十代、二十代の時期には人生が揺れ動きます。感情が揺さぶられ、誘惑に弱く、怒りやすく、また崩れやすい時です。信仰から離れていくこともあるでしょう。信仰よりも優先したくなる恋愛や結婚、仕事に心揺れる時期です。

 しかし、三十歳を越える時、一定の人生の覚悟ができると言えるかもしれません。もちろんこれは決して三十歳になるまで神様の奉仕をしてはいけない、伝道者になってはいけないという意味ではありません。むしろこの時に信仰の基礎を作り上げることが大切とされたのでしょう。

 このラジオをお聴きの若いリスナーの方も、いや年齢を重ねた方も、何歳になっても信仰を持つのに遅いことはありません。むしろ既に年を重ねられたからこそ分かることが多くあるでしょう。信仰の基礎が皆さんに形作られることを心から願います。そして、この「世の光」の番組が、その皆さんの信仰の基礎にお役に立つことができたらと願っています。

     ( PBA制作「世の光」2021.5.20放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


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