2021.11.13放送
世の光の時間です。いかがお過ごしですか、山本陽一郎です。
今日は「ありがとう」についてです。
私の住む岐阜県では「ありがとう」を「あり『が』とう」と言う方がいらっしゃいます。父の出身地秋田では「ぉぎに」と言います。調べてみると地方によっていろいろな言い方があるのですね。でも、みんなその思いは一つ、「感謝」です。
日本人は自分の気持ちを口にすることに恥ずかしさを感じる傾向があると言われます。外では実践していても、家族や身近な人には感謝をあまり伝えない、あるいは感謝を忘れてしまうということもあるかもしれません。
でも声に出して感謝を伝えると確実に違います。短いですが感謝のことばは人間関係を良くする大切なもの。お互いに感謝の貯蓄をしましょう。
さて、聖書の中にこんなことばがあります。
「すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
テサロニケ人への手紙第一 5章18節
実はこの聖書のことばは、神が私たちのために救い主イエス・キリストを送ってくださったという事実に基づいて語られています。このことを出発点にして、この神の恵みへの感謝を土台にして私たちは生きよう、と。
考えてみれば、意識しないと喜びや感謝をなかなか見いだせなくなるのが私たちの実際の生活かもしれません。逆に、不満や愚痴、傲慢な思いはどんどん出てきます。そんな私たちに聖書は、まず感謝に立って生きるという姿勢を教えます。それは、この神を見上げることから生まれるのです。
ある人が「ありがとう」の反対は「当たり前」だと述べていました。毎朝目が覚めるのが当たり前。食べられるのが当たり前。家族や友達がいるのが当たり前。そして、生きているのが当たり前。そうなると「ありがとう」はなかなか出てきません。けれども、実は「当たり前」のことすべてが、本当は「ありがとう」なのです。
今日は神父の片柳弘史さんのことばで終わりたいと思います。「どんなにたくさんのものを手に入れても、感謝できない人は決して幸せになれません。感謝できる人は、ほんのわずかなものでも幸せになれます。幸せな人が『ありがとう』と言うのではなく、『ありがとう』と言える人が幸せなのです。」
( PBA制作「世の光」2021.11.13放送でのお話しより )
********
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******
このサイトは URL名として http://yonohikari.biblica.info が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。