♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■恵みの契約に生かされる / 岩井基雄

2018年03月12日 | Weblog
2018/2/5放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 
第一週の月曜日は、詩篇から学んでいますが、今日は詩篇106篇の最後の箇所から「恵みの契約に生かされる」と題してご一緒に考えてみましょう。さっそく詩篇をお読みします。
 「主は幾たびとなく彼らを救い出されたが彼らは相謀って逆らい自分たちの不義の中におぼれた。それでも彼らの叫びを聞いたとき主は彼らの苦しみに目を留められた。主は彼らのためにご自分の契約を思い起こし豊かな恵みにしたがって彼らをあわれまれた。
  旧約聖書 詩篇106篇43節から45節 (新改訳2017)

 この詩篇106篇の前半にはイスラエルの民がエジプトの奴隷状態から指導者モーセに率いられて解放された恵みの歩みが語られています。しかし神の民イスラエルは、約束の地へと向かう中にあっても神の豊かな恵みとあわれみを忘れてしまい、なお食べ物や水のことで不平や不満を募らせ、偶像礼拝の罪を繰り返し、不義に溺れたことが語られています。

 そのような民は見捨てられて当たり前でしょう。しかし先ほどの詩篇の中には、愛が完全に踏みにじられるようなそのような状態の中にあっても、真実な愛のお方である神ご自身が神の民との契約を思い起こし、その豊かな愛と恵みのゆえに、なお彼らをあわれみ、恵みを与えられたことが語られているのです。見捨てられて裁かれて当たり前の状況の中で、神はご自分の民を愛され、恵みと祝福を与えてくださるのです。

 愛には三種類あると言われます。何々だから、という条件つきの愛。優しいから、思いやり深いから愛する、というような。二つ目に、もし何々なら、という変化や将来に条件をつける愛。もし変わってくれるなら。そして最後は、何々にもかかわらず、という無条件の愛です。私たちの罪深さや愚かさや裏切りなどの反逆にもかかわらずに、真実な神様は私たちに永遠の豊かな愛を注いでくださるのです。あなたは永遠の愛で愛されているのです。

 聖書のことば
 「主は遠くから私に現れた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた。
  (エレミヤ書31章3節 新改訳2017)

        PBA制作「世の光」2018.2.5放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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