♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■非常に激しく泣いた / 福井 誠

2014年01月30日 | Weblog

2014/1/30放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「非常に激しく泣いた」です。それでは第二サムエル記の13章36節から読んでみましょう。

 「彼が語り終えたとき、そこに王子たちが来て、声をあげて泣いた。王もその家来たちもみな、非常に激しく泣いた。

 ダビデにはたくさんの息子がいました。13章にはその息子たちに起こった悲劇が描かれています。長男のアムノンが妹タマルに恋をし、強引に自分のものにしようとし、妹タマルを傷付けるのです。タマルと母を同じくする三男のアブシャロムが長男のアムノンに復讐を企て、とうとう殺してしまうという事件が起こりました。何とも痛ましい事件でした。その悲報を他の兄弟たちもそして王もその家来も聞いて、「みな、非常に激しく泣いた。」とあります。アムノンが死んだというだけの涙ではなかったのでしょう。なぜこんなことになったのか、なぜ真の神を信じているはずの家族にこんな悲劇が起こったのか。・・・あらゆる思いの込められた深い深い悲しみであったと言えます。

 新約聖書に登場する使徒パウロは、「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。」(ガラテヤ 6章7節)と語っています。

 先に罪を悔い改めたダビデでしたが、その罪の結果は後々に深い罪の傷跡を残したかのようです。ダビデの過ちがなかったなら子どもたちの間に互いを殺し合うような出来事はなかったかもしれません。新しく生きようとするダビデの心をくじくような出来事ではなかったでしょうか。非常に激しく泣きながら、やはり人間一度過ちを犯したらだめなんだ、だめなものはだめで、やり直しどころかどんどん物事がずれて行く、転落していく、神も罪を赦されるとは言うがやっぱりきっちりと落とし前をつけさせるお方なのだ、と神の厳しさを思ったかもしれませんね。

 しかし、悲しんでいても悔やんでいても自分を責めていても何も生まれません。一度新しく生きようとしたらその決意を守り続けることです。

 パウロは続けてこう言っています。
 「善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」(ガラテヤ 6章9節)

 悲しみを乗り越えて、失望せずに神の祝福を受けていきたいものですね。

(PBA制作「世の光」2014.1.30放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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