世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。
えー、旧約聖書のヨブ記の14章という所にこういうことばがあるんですねえ。
「木には望みがある。たとい切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない。たとい、その根が地中で老い、その根株が土の中で枯れても、水分に出会うと芽をふき、苗木のように枝を出す。」(7~9節)
このような実際のお話をですねえ最近聞いたんですけれども、パキラという観葉植物だそうですが、引越しの時に持ってきたんですけれども、真冬でもあってもうすっかり枯れたようになって、これはもう駄目だ、捨てるほかないなと思っていたそうですけれども、水だけは念のためにやっておこうというので水をずっとやってきたら何と目を出して、で、それから今は立派に成長してきているということを聞いてですねえ、ほんとに根があるということはそこに水分をやれば生きるんだということですね。
「木には望みがある。たとい切られても」と枯れたように見えても、そこの根にちゃんとやるべきものをやればというですね。
今は寒の内と言われる寒い時期ですけれども、寒肥ということがあるそうですね。 で、この寒い内に肥料をたくさんやっておくとやりすぎるっていうことはないそうで、それが後になって非常に効いてきてですね、すばらしいそこで実りを見ることができるというふうなことを聞いておる訳なんですけれども、上に実を結ぶまたは花を咲かせるというのには、やはりその目に見えない部分の根に対してどういうふうに水分をやったり肥料をやったりするかによって決まるということが言える訳ですよね。
根というのは見えない部分な訳ですけれども、考えてみますと私たちの目に見える部分に起きる様々な成功でありますとか祝福でありますとかというのは本当は目に見えない部分をどれだけ大切にしているか、そこに栄養分をやっているかということによって決まるんだろうなあというふうに思いますですねえ。
ですから私たちはその心の中とか霊的なと言いましょうか、そういうなことは目に見えない訳ですけれども、しかし目に見えないお方にしっかりと根をおろして、目に見えないしかし現実に生きておられる神様のところに根をおろして、そして神のことばによって養われていくという、そういう中で初めて上に実を結んでいくということができるのではないか、また望みが無いように見えてもまた生きることができる、そういうふうに思うんですねえ。
(PBA制作「世の光」2010.1.11放送でのお話しより)
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