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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■目に見えない根に心配りを

2010年01月11日 | Weblog

 世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。

 えー、旧約聖書のヨブ記の14章という所にこういうことばがあるんですねえ。 

 「木には望みがある。たとい切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない。たとい、その根が地中で老い、その根株が土の中で枯れても、水分に出会うと芽をふき、苗木のように枝を出す。」(7~9節)

 このような実際のお話をですねえ最近聞いたんですけれども、パキラという観葉植物だそうですが、引越しの時に持ってきたんですけれども、真冬でもあってもうすっかり枯れたようになって、これはもう駄目だ、捨てるほかないなと思っていたそうですけれども、水だけは念のためにやっておこうというので水をずっとやってきたら何と目を出して、で、それから今は立派に成長してきているということを聞いてですねえ、ほんとに根があるということはそこに水分をやれば生きるんだということですね。 
木には望みがある。たとい切られても」と枯れたように見えても、そこの根にちゃんとやるべきものをやればというですね。

 今は寒の内と言われる寒い時期ですけれども、寒肥ということがあるそうですね。 で、この寒い内に肥料をたくさんやっておくとやりすぎるっていうことはないそうで、それが後になって非常に効いてきてですね、すばらしいそこで実りを見ることができるというふうなことを聞いておる訳なんですけれども、上に実を結ぶまたは花を咲かせるというのには、やはりその目に見えない部分の根に対してどういうふうに水分をやったり肥料をやったりするかによって決まるということが言える訳ですよね。

 根というのは見えない部分な訳ですけれども、考えてみますと私たちの目に見える部分に起きる様々な成功でありますとか祝福でありますとかというのは本当は目に見えない部分をどれだけ大切にしているか、そこに栄養分をやっているかということによって決まるんだろうなあというふうに思いますですねえ。

 ですから私たちはその心の中とか霊的なと言いましょうか、そういうなことは目に見えない訳ですけれども、しかし目に見えないお方にしっかりと根をおろして、目に見えないしかし現実に生きておられる神様のところに根をおろして、そして神のことばによって養われていくという、そういう中で初めて上に実を結んでいくということができるのではないか、また望みが無いように見えてもまた生きることができる、そういうふうに思うんですねえ。

(PBA制作「世の光」2010.1.11放送でのお話しより)

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblical.jp 
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。


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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-
2196 へ


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