2
ユリエは杖をつき、足を引きずりながらようやくA駅の階下までたどりついた。ユリエを見守るように母親がすぐ後ろにつきそっている。
ユリエは手すりにつかまって、一段ずつゆっくりと階段をのぼる。手すりをつかんだ手が汗ばむ。背中にも冷たい汗。心臓の音がドクンドックンと聞こえ、呼吸が速くなる。全身に震えがきて階段の途中でしゃがみこむ。左手に持っていた杖がカタカタと階段を落ちていった。
あのときのことが……いきなり腰を刺されたあのときのことが思い出され、体がかたまった。ユリエは母親に抱きとめられた。
「もっと、のぼる」
ユリエが真っ青な顔でいった。唇が震えている。
「無理しないで。今日はここまでにしておこう。すごいよ、ユリエ。十段ものぼれたんだもの」
「うん……」
ユリエは素直にうなずいて母親に抱えられるようにして階段をおりた。
「もう少し上までのぼれると思っていたのに……」
階段を下りて、落ち着きを取りもどしたユリエは、泣きそうな顔で階段を見上げた。
「あせらないで、ゆっくりでいいよ。きっといつか平気になるときがくるから」
「うん。昨日までは一段しか上れなかったんだもんね」
ユリエはにこっと笑って、杖をつきながら母親と家に戻っていった。
3
浩一はうつろな目つきで駅に向かっていた。久しぶりに外に出たので、日の光がまぶしくて頭がクラクラする。
ポケットには切り出しナイフが入っていた。
部屋のカーテンを閉め、起きているときはほとんどゲームをしていた。おなかがすくと台所でカップ麺を食べ、またゲームに没頭した。コントローラを持つ手にはまめができていた。
朝なのか夜なのか、いつ眠っているのかさえわからなくなった。やめたいと思うのにやめられない。
ゲームをしていないときは、妹が殺された記憶がよみがえり苦しくてたまらないからだ。そんな毎日に区切りをつけたくなった。
リセットだ。リセットするためには、人を刺すしかない。
目を閉じると敵を刺して進む自分の姿がみえる。何度もシュミレーションを繰り返す。敵をすべて刺し殺せば、新しい世界にいけるゲームの世界。浩一は、ゲームの世界と現実との境がわからなくなっていた。
(誰でもいい。誰かを刺せばこの生活にピリオドが打てる)
改札で出会った人を刺そうと、浩一は駅の階段の下に立った。
ふいに誰かにみつめられた気がして、はっと横を向いた。花壇に植えられたシロヤマブキの花がこちらをみていた。清楚なシロヤマブキをヒサヨが大好きだったことをぼんやり思い出して、しばらくそこに佇んでいた。
つづく