土浦市JR荒川沖駅付近の殺傷事件の初公判が行われたというニュースが流れました。
この作品は、先日JCP(日本クリスチャンペンクラブ)で合評していただいたもので、この事件をヒントにして書きました。(実話ではありません)
「駅」というテーマで小説、童話、エッセイのいずれかを書くという課題が出ていました。最初は箱舟シリーズで2作書いているので3作目をと思ったのですが、ノアの箱舟と「駅」が結びつかなかったので、書けませんでした。それで、かねてから問題意識を持っていた「誰でもよかった」といって事件を起こす若者の心理に迫りたいと思って書いたのです。もしかしたら、こちらの方が本当に書きたかったものかもしれません。
先日ブログで発表した童話「チャメとグレイ」とは、ずいぶん雰囲気が違いますが、いずれもわたしが書いた作品です。4回連載にしますので読んでいただけたら嬉しいです。
シロヤマブキ
1
「『誰でもよかった。人殺しをして死刑になりたかったから』とA駅殺傷事件の犯人が言いました」
ニュースから流れた言葉が、何度も何度も頭の中でこだましている。
「なぜなんだ、なぜ妹が殺されなきゃならなかったんだ!」
浩一はにぎりこぶしで机をガンガンたたいた。指の関節から血がにじみ出ていた。
事件の一報が入ったのは3年前、シロヤマブキが咲きはじめたころだ。入学したばかりの中学に登校するときの出来事だった。成績優秀なヒサヨは難関な私立中学に合格し、期待に胸を膨らませて登校したのだ。駅の改札手前で事件は起きた。
もう少し早く、あるいは遅く家を出ていたら、事件に巻き込まれないですんだのに……。
ヒサヨは優しく、笑顔を絶やさない子だった。ヒサヨがいるだけで家の中が明るくなった。
兄妹喧嘩もしたけれど、いつも先にあやまるのはヒサヨだった。
ヒサヨが悪くないときでも「お兄ちゃんごめんね」と目に涙をためていってくる姿は、天使のように思えた。
ヒサヨのようにいい子がたった12歳でなぜ殺されなければならかったんだろう……。何度も何度も問いかけた。でも、答えはわからない。
事件の後、父親と母親は喧嘩ばかりするようになった。父親は私立中学をすすめた母親を責めた。ヒサヨが公立中学に入っていれば、あの時間に駅にいくことがなかったんだという。母親は父親を責めた。あの日、車で送ってくれればよかったのにと。
何をいっても取り返しのつかないことなのに、父親と母親は顔を合わせるたびに喧嘩をし、去年とうとう離婚してしまった。
あの事件さえなければ、一家4人の幸せな生活が続いていたのに……。
浩一は、父親と一緒にアパートで暮らしている。父親は毎晩お酒を飲んで遅く帰宅する。父親との会話はない。母親とは連絡すらつかない。
ヒサヨがいなくなってから、浩一はすべてが物憂く、学校へいく気もなくなった。努力して勉強し、優秀な成績をとっても、死んだら何もなくなると思うと、生きている意味がわからなくなる。
浩一は1年前から部屋に引きこもってゲームばかりしている。敵をナイフで刺しながらゴールへ到達するテレビゲームだ。
浩一はゲームの中で怒りをぶつけていた。敵はヒサヨを刺した犯人だ。いや、本当の敵は、こんなひどい出来事を起こすのをゆるした神様だ。
つづく
HP「生かされて・・・土筆文香」更新しました。