10月のJCP(日本クリスチャンペンクラブ)の「童話エッセイの集い」で発表した作品を推敲したものです。(「虹」というテーマで書くのが課題でした)
ノアの箱舟に乗った動物を主人公にしました。この作品を書いてから、別の動物を主人公とした童話が次々と生まれつつあります。
「チーターパシュルと虹」は3回に分けて連載します。感想をきかせてくだされば嬉しいです。
チーターパシュルと虹 (原稿用紙15枚)
Ⅰ走るの大好き
神様がこの世界をおつくりになって間もないころ、動物はみな草を食べていました。
人間たちの間では、けんかやあらそいがたえませんでしたが、動物の世界は平和でした。
砂と岩だらけの大地がどこまでも広がっています。大地をけってチーターのパシュルがかろやかに走っています。地平線に日が沈もうとするとき、ようやく森がみえてきました。
パシュルは立ち止まってちょっとふり向きました。見渡すかぎりだれの姿もありません。
走り出すとき、メスのチーター、メルダが追ってきたのですが、やはり追いつけなかったのでしょう。チーターは動物の中で一番足が速いのですが、つかれやすく、1㎞も走るとすぐへたばってしまいます。
でも、パシュルは違いました。何十キロ走ってもつかれないじょうぶな体を神様からいただいていたのです。
「オレさまの走りにかなうものはいない。オレさまは世界一だ」
パシュルは森に入って茂みにもぐりこむと、うーんと伸びをして、体を草の上に横たえました。草のにおいがつかれた体に心地よく、やがてぐっすり眠ってしまいました。
パシュルはひとりでいることが好きでした。そんなパシュルにメルダは近づいてきてペチャクチャおしゃべりします。パシュルはメルダのことが苦手で、いつも逃げていました。
「パシュル、起きて、パシュル」
目を覚ますとメルダが目の前にいました。いつの間にか夜が明けて、こもれ日がメルダの顔のはんてんに当たって光っていました。
「何だよ、ついてくるなっていったのに……」
パシュルは鼻にしわを寄せてギロリとメルダをにらみました。
「追い返さないで。わたしの話を聞いて」
メルダは目を大きく見開いてパシュルをじっとみつめました。
パシュルはそっぽを向いて口いっぱいに草をほおばりました。
「パシュルとわたし、選ばれたのよ」
メルダは前足をぐっと伸ばして、パシュルの顔を下からのぞきこみました。
「選ばれた?」
「わたしたち、舟に乗れるのよ。舟に乗る者は命が守られるんだって」
「舟? 舟ってなんだ」
パシュルは首をかしげ、ちらっとメルダをみました。
「とにかく、わたしのあとについてきて」
「いやだね。ぼくはひとりが大好きなんだ」
パシュルはメルダをふりはらうようにして森の奥へ走っていきました。
2 川
森の真ん中に川が流れていました。パシュルは川の水をたっぷり飲み、ふーっと息をつきました。川の向こう岸には色とりどりの花が咲いています。(この川をとびこえよう。そうすればメルダはもう追ってこれない)
はば三メートルほどの川です。こんな川、軽々ととびこえられると思っていました。ところが助走もつけないでとんだので、バシャーンと川に落ちてしまいました。
どどっと水が押し寄せます。鼻にも耳にも水が入ります。何かにつかまろうとしても前足は宙をけるだけです。ぶくぶくと顔が沈みます。息が苦しくて死にそうです。必死に首をもたげて鼻を出し、息を吸い込もうとすると水が入ってきます。そのうち急な流れにのみこまれ、パシュルは岩に体をあっちへぶっつけ、こっちへぶっつけしながら下流に流されていきました。
流れがゆるやかになってきたとき、目の前に太い木の枝がみえました。パシュルはむちゅうでそれにつかまって、ようやく岸にたどりつき、ばたりと倒れてしまいました。
足先がジンジン痛みます。みると前足のつめがはがれて、血がにじんでいました。
「歩くのは無理じゃて。しばらく、じっとしてるんだな」
岸辺におじいさんが木の枝を持って立っていました。
「あぶないところじゃったなあ……」
木の枝を差し出してくれたのがこのおじいさんだと知って、パシュルは頭を下げました。
ゆうゆうと流れている川をみると恐ろしさがよみがえってきて、背中の毛が逆立ちました。あんなこわくて苦しい思いはもう二度としたくありません。
「パシュル、助かったのね、よかった!」
上流からメルダがハアハア息を切らしてかけてきました。
「足けがしたの? だいじょうぶ?」
メルダはパシュルの傷ついた前足をあたたか舌でなめました。
「何でもないさ」
パシュルは元気にみせようと、さっと立ち上がろうとしたのですが、よろけてしまいました。寒気がして体がブルブルふるえています。
おじいさんがパシュルをささえました。
「おや、熱があるようだ。ゆっくりお休み。箱舟ができ上がるころには、よくなるじゃろう」
おじいさんは、パシュルの頭をなでました。
「箱舟って?」
パシュルは不思議な響き持つ言葉の意味をたずねました。
「あれじゃよ」
おじいさんが指さす方をみると、小高い丘の上に木で造られた家のような建物がありました。
つづく
*お知らせ:久々にhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~tukushi/「生かされて…土筆文香」のHP更新しました。ご覧ください。