いじめによる自殺が相次いでいます。
子育てをしたり、教壇に立っている30代、40代前半はデジタル世代と言えると思う。(略)学校での物差しが画一的になり、0か100か二者択一の価値観が教育現場に広がった世代だ。親や教員の共感性が育っていないから、心の教育ができない……。
というようなことが今日のA新聞に書かれていました。
さらに
デジタル世代が育てている今の子供達もいじめにあったとき0か100かの解決を求め、自殺という手段を選んでしまうのではないか。教育の効率化の中で失われた無駄や余裕などの中に大切な部分があったのではないか。とありました。
確かに子供は追いつめられています。つらくて学校を休みたくても休めない状況にあることも自殺を増加させる原因になっています。
育てる者にも問題があり、子供の方にも問題があります。いじめをなくすことにやっきとなっても自殺はなくなりません。自分の命であっても命の所有者ではない。それを自由にしてはいけないのだということをどのように知らせればいいのでしょうか……。久々に詩を書きました。
もし あなたが
もし あなたが
自分の命を絶ったなら
お母さんは 泣いて 泣いて
涙が枯れ果てても
泣き続けるでしょう
もし あなたが
人生を強制終了させたなら
お父さんは 嘆いて 嘆いて
肋骨が折れるほど
我が胸をたたき続けるでしょう
なぜ気づかなかったんだろう
育て方が間違っていたのだと
お父さん、お母さんは
自分を責め続け
一生心から笑うことがないでしょう
もし あなたが死んでしまったら
あなたの友人やクラスメート
あなたが知らない人たちも
少なくとも1000人の人が心に深い傷を受けるでしょう
もし あなたが 親も友もなく
ひとりぼっちだったとしても
あなたを造られた方が
苦しんで 苦しんで
涙が大海となって地をおおうほど
泣き続けるでしょう
もしあなたが リセットボタンを押すつもりで命を絶ったとしても、生まれ変わったり、生き返ったりはしないことを覚えておいてください。命はたったひとつきりです。どんなに生きたいと願っても生きられない命もあります。