永井荷風集の次は井上靖集に入っています。非常に多作の人なので、有名な「天平の甍」(てんぴょうのいらか)などが抜けているのは惜しいところですが、出世作の「闘牛」が収録されており、足跡を辿るには好適です。
井上靖が新聞記者出身の作家であることは知られていますが、「闘牛」に出てくる山師的な新聞編集長の津上が、井上さん自身なのでしょうかね。小説と言うより新聞記事のような「漆胡樽」や「異域の人」あたりを読むと、井上さんが記事の体裁にもかかわらず話を「盛る」人のように見え、それが新聞記者とも興行師とも区別しがたい津上のイメージと重なってきます。この辺はネットの普及で明らかになってきた、読者を誘導しようという作為的報道が実に多い現代の報道問題とだぶって見えるのですが、いかがなものでしょうか。
この全集で読み応えのあるのはやはり「氷壁」ですね。井上さん自身は、気象庁で勤務していた新田次郎などとは異なり、山の専門家や登山家と言うほどの経験はなかったそうですが、熱心な取材によりそれを感じさせないだけの描写がなされており、「氷壁」を読んで山に登りたくなったというファンも多いそうです。後の西域物にも生かされた取材能力の高さが光ります。