いーなごや極楽日記

極楽(名古屋市名東区)に住みながら、当分悟りの開けそうにない一家の毎日を綴ります。
専門である病理学の啓蒙活動も。

医師数の抑制ついに撤回だが

2008年06月20日 | 医療、健康
 1982年以来、一貫して政策的に医師の総数を抑えてきた時代遅れの閣議決定がやっと正式に撤回され、医師増員に向けて政策が転換するようです。乗客1億人を越える巨船が方向を変えるのには本当に時間が掛かるということですね。

 舛添厚労相によれば「総理の了承も得た」とのことですが、経済財政諮問会議の方針ではなお社会保障費の抑制を堅持する方向を示していますから、福田首相がどちらも了承したとなると解釈が難しくなります。舛添厚労相が発言したと言われるように「勤務医を倍増する」ということなら、十分な予算の裏付けが必要だからです。「別枠で予算を確保する」との首相の発言もあったようですが、その別枠とはどの予算を当てにしているのでしょうか。

 道路特定財源での道路族への配慮を見てもわかるように、福田首相が石油の暫定税率分に大胆に切り込むと思っている人は少ないでしょう。看板こそ一般財源に架け替えられましたが、地方での道路建設を極端に減らすようなことはできないはずです。

 そうなるとやはり消費税率を上げてくるのでしょうか。17日のインタビューで「消費税率引き上げは不可避」を匂わせていたのは、実のところ社会保障費の抑制見直しとリンクしていたのかもしれません。医師増員のための予算を消費税率引き上げで捻出することで、また国民と医療従事者の対立という構図に持ち込みたいのでは、と邪推も働きます。まだ安心するのは早い、ということでしょうか。月末に予定されている経済財政諮問会議の「骨太の方針08」の行方も気になります。

 いわゆる小泉改革の立役者として、選挙で選ばれた国会議員を凌ぐ影響力を行使してきた経済財政諮問会議が(いかに小泉時代とは違う逆風を受けているにしても)、社会保障費抑制の堅持という基本方針を目の前でひっくり返されて黙っているはずもありません。同会議のメンバー、と言うより指導的立場にある八代尚宏教授は、「医療の供給が不足するのは価格が上がらないから」と明言しています。良質の医療は金持ちだけが受ければいい、というアメリカ型の医療制度と符合する理念と見ていいでしょう。

 確かに、市場における商品やサービスはその通りで、買う人が多ければ値段が上がり、それに対応して供給が増えるわけです。供給が増やせる商品についてはいずれ価格の上昇も沈静化しますので、それで問題解決です。しかし石油やレアメタルのように簡単に増産ができないものについては需要の増加により極端に値段が上がり、多くの国の経済を混乱させ、消費者に過度の苦労を強いることになります。

 では医療は簡単に供給を増やせるサービスでしょうか?医療従事者で最も育成に時間が掛かるのは医師であり、今すぐ大学医学部の定員を増やしたところで、卒業まで最低6年、初期研修に2年、その後も専門医として一人前の技量を身に着けるまで5年以上、合計で15年近くも必要です。供給ができないままで市場原理を導入すれば、価格ばかりが暴騰して適正な配分はできません。八代案は少なくとも勤務医が明らかに増員されるまで見送るべきです。

 新しい医療政策の財源問題と、新しい政策の「骨太の方針」との関係(これも要するに財源の問題です)がはっきりするまで、医療現場ではもう少し心配しながら待つことになりそうです。それに、医師増員が閣議決定されたとしても、現場はまだ15年近く今とあまり変わらない戦力で頑張らないといけないわけです。しかし同じ負担であっても、希望があるのとないのでは精神的に大きな違いですから、政府には(舛添原案に近い)思い切った対策を期待しています。
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