アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

悪女について

2018-03-11 13:53:58 | 
『悪女について』 有吉佐和子   ☆☆☆☆☆

 映画『不信のとき』が大変面白かったので、原作者・有吉佐和子の本を何か読んでみようと思って入手した。これは1978年「週刊朝日」の連載小説とかなり古いが、小説内の当時の世相や会話の口調が時代を感じさせる程度で、内容的には今読んでもまったく問題なし。むしろ面白過ぎる。

 タイトル通り、ある女性についての物語である。「悪女」となっているのはもちろん多義性をはらんでいて、一見ひどい女であるこの女性ははたして本当に悪女なのか、と読者に問いかけてくる小説である。ヒロインである鈴木君子=富小路公子は目立った美人ではないけれども清楚、上品で、不思議な色気があり、勉強熱心かつ有能でもあり、周囲の男たちを惹きつけ、利用し、手段を選ばずに数々の事業を成功させながら社会的にのし上がっていく。これを通常の小説のように一人称または三人称の叙述で語るのではなく、27人の関係者たちの証言集としたところに本書の素晴らしい独創性がある。

 一つの章で一人の証言が扱われ、同じ人物は二度と登場しない。ある者は公子の肉親や結婚相手、ある者は単なる知り合いや仕事上のつきあい、と関係性もさまざまだが全員平等に一章ずつである。彼女のことを詐欺師呼ばわりする者もいれば、あんなに素晴らしい人はいないと賞賛し、心酔する者もいる。語りはすべて一人語りの体裁だが、一応作者のインタビューに答えているとの設定になっている。もちろん、公子自身のインタビューはない。27人の異なる視点、観点によって多面的に一人の女の肖像が浮かび上がる仕掛けだが、中心にいる彼女自身は不在であるため、ヒロインは最後までミステリアスな存在であり続ける。

 ミステリアスといえば本書はミステリー仕立てになっていて、冒頭でいきなり主人公である公子は自殺し、すでにこの世にいないことが呈示される。不可解な状況のもとで起きた彼女の死と、彼女の人生について雑誌やメディアがあることないこと書き立て、また彼女の経歴がほとんど全部嘘だったことが暴露されるに至って社会的混乱が広がり、それを受けてこれらのインタビューと取材がなされた、という体裁だ。従って、彼女はなぜ自殺したのか、そもそも本当に自殺なのか、という謎がこの物語全体を支えており、それは最後になるまで分からない。最後の最後、その答えらしきものがある人物から提出されたところでこの小説は終わるが、その答えが真実かどうかも分からない。それは読者自身が判断するしかない。

 一人の魔性の女が人々を騙し、利用し、社会的にのし上がっていくという設定は東野圭吾の名作『白夜行』を思わせる。ある人物の語りの中では彼女のかわいそうな境遇、または同情されるべき事件と思われたことが、あとの証言によって実は巧妙な嘘や狂言だったと分かるなど、伏線の張り方や話の転がし方もよく似ていて、読みながら、もしかしてこれが『白夜行』の元ネタなのかなと思ったりした。もちろん、仮に元ネタだったとしてもそれで『白夜行』の価値が下がるわけではまったくない。似ているけれども違う部分も多い。本書の主人公である公子にはパートナーはいない。また『白夜行』のヒロインが特定の一部の人間にしか魔性を見破られないのに対し、公子は心酔者と詐欺師呼ばわりする者が半々ぐらいである。公子は「利用すべき人間」と見なした人間たちに対して、自分のしたたかで残酷な一面をまったく隠そうとしていない。
 
 また、さすがに彼女は殺人にまでは手を染めない。彼女の悪事は大体において詐欺の範疇で、たとえば偽宝石を売りつける、または本物とすり替える、勝手に戸籍を入れる、他人の子供をあなたの子供だと言って多額の慰謝料をとる、年齢詐称、経歴詐称、などである。しかし知らないうちに勝手に戸籍を入れられ、他の男との間にできた子供を連れてきて自分は騙されて捨てられたかわいそうな女です、などとやられたら男はたまらん。それから、彼女と正式に結婚した男は、公子に疑いを持っている母親と別居させられるが、別居を言い出したのはあくまで夫ということになっている。おとなしく謙虚な嫁を装っている公子は、あくまで「お義母さんと一緒に住みたい」としか発言していない。一体どんな手を使ったのかと思っていると、後の章でそのとんでもない手口が分かる。まあ要するに、夫婦の夜の営みに関することなのだが、こんなことやられたら男はたまらんね。

 知り合いの奥様方の宝石を偽物にすり替えた件については、その一方で見事な宝石を安く入手してあげたという人もいて、彼女が「悪女」なのかどうかよく分からなくなるのはこういうところである。彼女は何を思って、人を騙したり騙さなかったりしたのだろうか。彼女自身のインタビューがないのでそれは分からない。

 分からないと言えば、彼女がテレビ番組に出るくだりもよく分からない。彼女に目をつけたディレクターが番組に出演させるのだが、打ち合わせとまったく違うことを言い出してスタッフを唖然とさせる。大体テレビ関係のエピソードは他と違ってコミカルで笑えるのだが、特に笑ったのは愛犬家対決番組のくだりで、公子は本当は生きている犬を死んだことにしてしまう。まるでトンデモ芸能人のようだ。ずっと後になって犬は生きていると聞いて驚くディレクターのリアクションが面白い。

 なんにせよ、読み始めると止まらなくなる小説であることは私が保証します。あと最後に、細かいことだけれども公子のセリフで「まああ」がとても多く、読んでいてちょっと気になった。最近はあまり使わない間投詞なのでなおさらそう感じる。なんだか昔の日本映画を観ているような気分になるが、これも彼女の口癖という設定なのかも知れない。



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