アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

犯罪者

2017-12-01 21:57:00 | 
『犯罪者(上・下)』 太田愛   ☆☆☆☆

 テレビ番組『相棒』の脚本家さんが書いたという小説を読了。アマゾンのカスタマーレビューでみんな面白い面白いと絶賛しているので読んでみたのだが、確かにこれはイッキ読み必至のジェットコースター・ノヴェルである。ページターナーとしては非常に優秀。本を置けなくなる。しかも上・下巻とボリュームたっぷりなので、時間がある時に読んだ方がいい。

 話はかなり込み入っている。まず導入部は通り魔殺人。ある町の駅前広場にたまたま居合わせた五人が通り魔に襲われ、大騒ぎになるが、逃走した犯人が近くで自殺しているのがすぐに見つかる。一件落着。ところがただ一人生き延びた被害者の青年に、見知らぬスーツの男が言う。「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」どういうことか分からないまま、正体不明の暗殺者に襲われて逃げる青年。要するに、通り魔殺人だと思ったものが実はそうではなく周到に計画された陰謀の一部という、かなり荒唐無稽な発端である。

 逃げた青年は、事件に不審なものを感じているはぐれ刑事と、はぐれ刑事の友人であるはぐれライターに匿われ、この三人でひそかに事件を調べ始める。どうやら警察から政治家までグルらしく、誰も信用できないからである。この事件がだんだんその巨大な全貌をあらわしてくるのが前半、その陰謀に三人が反撃するのが後半、とまあざっとそんな構成だが、事件の背景が非常に複雑である。まず政治家と結託して大企業が都合の悪い事実を隠蔽するという、池井戸潤的な社会派的テーマが登場する。子供が犠牲になるメルトフェイス症候群という架空の病気が出てくるが、これがもうあまりに悲惨で、被害者である子供とその家族がかわいそうでたまらない。そしてそれを隠蔽しようとする大企業のお偉いさんたちには、当然ながらものすごく怒りを掻き立てられる。

 そこから、ある人々がその悪行を告発する計画を立てるのだが、その計画が途中でおかしな方向に逸れる。誰が善玉で誰が悪玉か混乱する。その混乱が更に、冒頭の通り魔殺人へとつながっていく。とてもややこしくて、正直イッキ読み本としてはギリギリ限界だと思う。これ以上ややこしくなるともう話についていくのが大変で、面倒で、どうでもよくなってしまう。

 ミステリーと、凄腕の殺し屋も跳梁するノワール・アクションと、企業告発ものという複数の要素を持つ前半だけでもおなか一杯だが、後半はさらに、非力な三人が頭脳だけを武器に巨悪に仕返しするというリベンジものへと展開していく。いやー盛りだくさんだ。プレイヤーも多く、主人公の三人に加えてやさぐれたテレビ局ディレクター、腕利きカメラマン、悪辣企業内部の良心的人間などが参戦し、それぞれの現場であれこれ仕掛けていく。すると当然ながらいくつもの現場で想定外の事態が起きることになり、読者をハラハラさせる。更に相手側も彼らの動きに気づき、その裏をかきにいくという一進一退の攻防が続く。特にキーとなるのは敵の殺し屋で、とてつもなく凄腕。ジェフリー・ディーヴァーでいうならばウォッチメイカー並みのスキルと用心深さの持ち主だからして、そのスリルはハンパない。どんでん返しに次ぐどんでん返し、クリフハンガーの連続である。

 投入されたアイデア量もすごいが、やはりこれはヒット番組『相棒』で鍛えたサービス精神のなせるわざだろうか。しかし構想も壮大、社会問題を絡めるなどストーリーは骨太かつ複雑で、とてもテレビ番組の女流脚本家が書いた小説とは思えない。ただ主人公三人組の会話は部分的にコミカルな調子があり、よく言えば物語の重さを緩和している一方で、悪く言えば場違いな軽さを醸し出している。最近のテレビドラマ風の軽さだが、これはテレビドラマ脚本家としてのサガなのかも知れない。イケメン俳優を三人ぐらい取り揃えてこんな会話をさせてみると楽しいだろう、というような感じだ。

 高村薫ほどシリアスではなく、池井戸潤ほどスマートではない。色々ぶち込んだ具沢山の寄せ鍋大盛りごはん付きという趣きだが、エンタメ小説好きなら満足できることは間違いない。尻尾の先までアンコが詰まっている。週末の楽しみにイッキ読み本を探している人はぜひどうぞ。



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