アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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夏の嵐

2017-12-04 21:41:29 | 映画
『夏の嵐』 ルキノ・ヴィスコンティ監督   ☆☆☆☆☆

 ヴィスコンティの日本版ブルーレイ『夏の嵐/白夜』が発売されたので購入。まずは『夏の嵐』を鑑賞した。

 絢爛豪華なメロドラマ、とあったので心から愛し合う二人が引き裂かれる悲劇、みたいな甘いラブストーリーを想像したら全然違った。そういうロマンティックなものではなく、これは残酷なイロニーたっぷりの、意地が悪い、辛辣きわまりない人間観察ドラマだった。つまり男は最初からスケコマシで、遊びで女をもてあそんでいるのがミエミエ。一方、女はそんな男のフェロモンにどうしようもなく惹かれ、自制心を失い、よくまあそこまでというほどに愚行を繰り返しながら落ちていく。これを、絢爛豪華なイタリアの貴族社会を舞台にやるのである。いやー、不謹慎だけれどもまったく面白い。残酷かつ豪奢。実のところこれまで観たヴィスコンティ映画の中で一番面白かった。

 ヒロインのリヴィアはイタリアのセルピエーリ伯爵の奥方、演じるのはアリダ・ヴァッリ。個人的にはちょっときつい顔立ちに難がある女優さんだが、気位の高い貴婦人のムードはたっぷりだ。そのリヴィアを誘惑するのがオーストリアの若い軍人フランツ・マーラー中尉、演じるのはファーリー・グレンジャーで、ヒチコック『見知らぬ乗客』で主人公のテニス・プレイヤーを演じている俳優さんである。『見知らぬ乗客』ではいかにも好青年のスポーツマンだったが、この映画ではゲスな遊び人である。甘い顔立ちが役にぴったりだ。

 最初、リヴィアはいとことマーラー中尉の決闘を止めさせるためにマーラー中尉と会うのだが、クールなふりをしていても最初から彼に惹かれているのが明白だ。マーラー中尉の方は女たらしの自信たっぷりで、さっそくリヴィアを誘惑にかかる。しかし、リヴィアにはセルピエーリ伯爵という夫がいるのにマーラー中尉はまったく気にしないし、リヴィアの方もたちまち恋に落ちてしまう。まあセルピエーリ伯爵はリヴィアより相当年上で、中年どころかもう老年期にさしかかっている男だ。おそらく家同士の都合による結婚で、恋愛感情などないのだろう。『アンナ・カレーニナ』と同じである。昔の西洋上流社会を舞台にした恋愛ものはこのパターンが多いが、この頃のヨーロッパの社交界では不倫など当たり前だったのだろうか。

 さて、リヴィアは「もう来ないで」などと言いながらもはやマーラー中尉にメロメロである。彼から音沙汰がないので自ら軍隊の宿舎を訪れ、若い軍人たちの好奇の視線にさらされながら彼を探す、なんてことまでする。そこで彼の友人からマーラーの放蕩癖を聞いてショックを受ける。が、それでも熱は冷めない。自分が愛の証として彼にプレゼントした髪の束をそこらにポンと放り出しているのを見ても、まだ冷めない。恋する女とはここまで愚かになれるものか、と観客は呆れてしまう。

 マーラーは本当は自分を愛してなどいない、と頭では分かっているはずだが、それでも彼がやってきて「連絡を取らなかったのは、あなたに惹かれていく自分が恐かったからです」などと言われるとまたコロッと騙されてしまう。いい加減気づけよ、と観客は思うが、この映画は観客をヒロインに同情させるより彼女を突き放し、その愚かさを客観視させる映画なのだ。だからべたべたした感傷はほとんどなく、厳しく冷たい、宝石のような肌触りがあるばかり。それがこの残酷な恋愛劇を引き立てる。

 リヴィアの愚行は続き、最後に彼の手紙を握りしめて二人の愛の巣となるはずのアパートに行くと、そこにはマーラーと一緒に売春婦がいる。彼は本性をあらわし、口汚くリヴィアを罵倒する。この時、放蕩児の彼も自分自身の汚さと卑劣さを憎み、それなりに苦悩していたことが分かる。もはや自暴自棄になっているマーラーは、後先のことを考えずにリヴィアを叩き出す。誇りをズタズタにされたリヴィアは復讐のためにマーラーを密告し、自分は病人のようになり、いずこともなくさまよい去る。マーラーは軍隊に捕まり、道端で銃殺される。主人公二人の容赦ない破滅。何の希望も救いもない、バッドエンドである。同じ悲劇でも、恋人たちが愛に殉じて死ぬというようなロマンティシズムはかけらもない。

 清純な奥方が登場する貴族階級を舞台にイロニーたっぷりに情熱の物語を描き、最後は登場人物をメタメタに破滅させ、結末に淡々と教訓を付け加えて終わるというスタイルはなんとなくサドの短篇を思わせる。この話はサドの短篇集『恋の罪』に収録されていても全然違和感がない。断っておくが、もちろんこの映画の原作者はサドではない。

 ヴィスコンティ映画の常で、美術も非の打ちどころがない。物語の舞台は前半水の都ヴェニス、後半アルデーノというイタリアの町だが、あらゆる場面がドラクロワやルーベンスの絵画が動いているかの如き気品と風格に溢れている。邸宅内の豪奢なインテリアや、貴婦人リヴィアをはじめとする人々の衣装も眼福である。映画芸術ならではの映像美を堪能した。


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1 コメント

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勇敢と卑怯 (sunaoni)
2020-01-11 20:29:51
「この道を通りたい」と頼むと、ラッパの合図で道の両側に潜んでいた兵士たちが姿を現して、道を挟んで撃ち合いを始めた.その真ん中を馬車で突っ切って行く.
勇敢とは、お金で買うことが出来ない行為である.

貴族の人妻の女は敵軍の若い将校の男を好きになった.女は男の気を引くために、預かった軍資金を男に貢いでしまった.
将校の男はそのお金で医者を買収して、インチキの診断書で兵役を逃れ、そして、若い女を買って優雅に暮らしていた.
卑怯とは、お金で買えないものを買おうとする行為、お金で買ってはならないものを買う行為である.

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