アブソリュート・エゴ・レビュー

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オーバー・フェンス

2017-11-28 22:08:35 | 映画
『オーバー・フェンス』 山下敦弘監督   ☆☆☆☆

 私は「佐藤泰志 函館三部作」ブルーレイ・ボックスを所有していて、それは前にDVDで観た『海炭市叙景』が大変良かったので三部作全部をブルーレイで観てみたい、と思ったためである。三部作は原作者が同じなので、函館という舞台も含め雰囲気はとても似通っている。が、監督は全部別人なので、当然ながら似通っているようで微妙に違う。私の勝手な評価では、『海炭市叙景』が映画ならではのイリュージョンを詩的に屹立させているという意味でベスト、『そこのみにて光輝く』は陰惨な題材を昇華しきれずワースト、この『オーバー・フェンス』はその中間ということになる。

 『海炭市叙景』はそもそも群像劇なので物語のストラクチャが違うが、この『オーバー・フェンス』と『そこのみにて光輝く』は、特定の男女のカップルの葛藤を描くという意味でよく似たストラクチャを持っている。主人公が心に傷を負ってモラトリウム状態にあるのも同じだし、ある女性との出会いが主人公を変えていく展開も同じだ。ただし、『そこのみ』では主人公のトラウマが同僚を死なせたこと、恋人は風俗嬢、常に暗い顔でうつむいている、といささか劇画的なまでに暗いのに対し、本作ではもう少し明暗のグラデーションが幅広く、どことなく淡彩画のたたずまいがある。主人公の白岩(オダギリ・ジョー)は離婚していて失業中だが職業訓練所に通っているし、仲間とバカ話をするひとときがあり、何よりもよく笑顔を見せる。彼の心の傷は、普段は胸の奥深くにしまい込まれている。

 生々しい日常のリアリズムも『そこのみ』と共通だが、本作の空気は(特に序盤は)どこか飄々としている。その飄々とした空気感はなかなか心地よいが、それをぶち壊しに来るのが蒼井優演じる「ぶっこわれた」女、聡(さとし)である。彼女は最初、道端で鳥の求愛のモノマネをする、という登場のしかたでコミカルなキャラかと思わせるが、すぐに重苦しい業を背負った佐藤泰志特有のヒロインであることが分かる。彼女がもたらす不協和音はあまりにも突出していて、このキャラクター造形は相当な冒険だったと思う。彼女はエキセントリックな行動をとるだけでなく、文字通り泣き、わめき、叫び、物を投げつけては破壊する。

 もちろん、これはぶっこわれた女の役柄なので、過剰演技というには当たらないだろう。蒼井優の演技はむしろうまい。が、物語的にはどうだろうか。彼女を伴侶として選ぶ白岩の心情に共感できる観客が一体どれぐらいいるだろうか。別に、白岩が聡に惹かれる感情を理屈で説明する必要はないのだが、白岩にとって聡との出会いが特別なものだったと観客に示す何かしらのきっかけか、または聡のキャラクターにもう一押しの説得力が欠けているようで、それが本作最大の欠点ではないかと思う。映画全体を通してみた時、蒼井優の過激なキャラクターが物語から浮き上がって見える。

 とはいえ、聡の「ぶっこわれた」言動だけでなく、この映画には他にも色々とささくれだった要素が存在する。それは「ぶっこわす」側の人間であるオダギリ・ジョーがところどころで見せる不穏さだったり、職業訓練学校での陰湿なイジメだったり、とりわけイジメの対象である森の暴発事件だったりする。こうしたささくれだった要素がこの映画のストーリーの原動力となり、緊張感を作り出していることは間違いない。またこの映画には多少幻想的な要素があり、たとえば聡の求愛ダンス、夜中に鳥の羽が降って来る、聡が動物園の動物を解き放つ、などのシークエンスがそれに当たる。動物を解き放つ場面ではユーゴスラヴィア映画の『アンダーグラウンド』を思い出した。

 こうしたすべての要素が渾然一体となって、映画の終盤では人生の痛みや希望、あるいは優しさや哀しさが画面から滲み出してくる。やはり、飄々としたオダギリ・ジョーのたたずまいがいい。ラストシーンは爽やかで、函館三部作では珍しく明るい希望を感じさせるものになっている。すべての問題が解決したわけではないが、一通りの浄化が終わったという感覚が訪れる。

 オダギリ・ジョーだけでなく、脇を固める訓練学校の面々も生活感に溢れていてとてもいい。有名どころの松田翔太より、むしろ北村有起哉や鈴木常吉という非イケメン組がいい仕事をしていて、特に年輩者の鈴木常吉はこの映画の隠れたキーパーソンと言ってもいいと思う。最後にグラウンドに孫を連れてきてみんなからかわれるところなど、本当にリアルで、ほのぼのした生活感がある。ちなみにこの人は俳優ではなく、音楽家らしい。こういう人が脇に出ていると、映画の品格が上がるような気がする。



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