アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

神祭

2018-03-23 22:42:44 | 
『神祭』 坂東眞砂子   ☆☆☆☆

 これもホラー・アンソロジー『かなわぬ想い―惨劇で祝う五つの記念日』つながりで、坂東眞砂子氏の作品をまとめて読んでみようと思って入手した本。アンソロジーというのは、当たるとこうやって広がっていくのが楽しい。

 アンソロジーに入っていた「正月女」は、日本の田舎ならではの土着性と閉鎖的ムラ社会の雰囲気で塗りつぶされた、なんとなく横溝正史を思わせる世界だったが、本書もそういう作品ばかりがずらり並んでいる。やはりこれがこの人の真骨頂だったのだな。物語の舞台はすべて田舎、誰もがきつい方言を喋り、昔ながらの土着的な風習が脈打ち、近代合理主義以前の信仰が息づく世界だ。不思議な話が多いが、必ずしもスーパーナチュラルな要素が扱われてるわけでもなく、突きつめると人間心理がテーマになっているのも「正月女」と同じ。

 小池真理子との比較で言えば、よりエンタメ作品寄りにサスペンスフルなプロット展開と巧みなストーリーテリングで読ませるのが小池真理子だとすれば、坂東眞砂子は何らかの事象に託して登場人物の鬱屈した心情や感慨をクローズアップし、詩的なイベントにまで昇華してみせる、より純文学的なスタイルである。あまり起承転結がはっきりせず、いわゆるオチがない話も多い。例によって、以下に簡単に収録作を紹介する。

「神祭」 村の祭りの日に男たちが生き血を飲もうとして鶏の首をはねたら、首のない鶏が走って逃げた話。鶏の首をはねる、生き血を飲む、という非現実的まではいかないけれども残酷なイベントが怪異譚ムードを盛り上げるが、実は子供を産めない妻女の屈託が主題となっている。夫が鶏の生き血を飲もうとするのも子供を産むおまじないだし、首を刎ねられる鶏も「もう卵を生まないから」との理由で選ばれる。要するに、妻女は子供が産めない自分を村人たちがよってたかって首を刎ねようとしているように感じ、戦慄するのである。結局鶏の行方は分からず、この怪異そのものにオチはない。後年、妻女が見る幻覚で物語は締めくくられる。

「火鳥」 村でミズヨロロと呼ばれている、正体が分からず誰も見たことがない鳥のたたりで家族が焼け死んだと噂される女の話。女はただ一人、住居というにはみすぼらしい蔵に住み、村人たちから蔑まれつつも同情される立場で、いわば共同体にとってのアウトサイダーである。語り手は村の少年で、少年はこの女に性の手ほどきを受ける。常識にとらわれない女の行動は奔放かつ背徳的で、いわば少年にとって異世界への扉を開く女祭司の役割だ。初めての性に夢中になった少年は女への愛と嫉妬に苦しみ、おとなへと成長していくことになるが、この作品もストーリーより、一人の男の人生に刻み込まれた神秘的な女のイメージを屹立させることにあると思われる。

「隠れ山」 神隠しを題材にした物語である。村の役場でおとなしい日々を送っていた夫が山で失踪する。するとその夫を見かけたという村人があちこちに現れ、彼から不穏な話を聞いたと言う。不穏な噂とは村の誰それが不倫しているとか、横領しているとか、そんなことである。それによって村にはいちいち小さなさざ波が起きる。しまいには残された妻が浮気していたという噂が広まり、いたたまれなくなった失踪者の家族は村を去っていく。生きている時は平凡で目立たなかった男が失踪後トリックスターとなって村を掻きまわすという設定がどことなくユーモラスだが、ここでも夫に失踪された妻女の心理が中心になっている。謎めいた失踪の真相は、最後まで不明である。いちばん分かりやすい解釈は、失踪後あちこちに出没して無責任な噂をまき散らす夫は村人たちの深層心理の具象化というものだろう。

「紙の町」 少女の頃から色んな男と寝たために頭が弱いと言われ、村で忌避されている女の回想と心境を綴ったもの。本書収録作品中、もっともとりとめのない構成だろう。現在と過去のエピソードがバラバラに配置される。主人公は男には娼婦扱いされ、女には憎まれ、また色んな不祥事の濡れ衣を着せられる。哀れな女の肖像を痛みと諦念とともに描き出した作品、と言えばいいだろうか。あるいは、世の中の残酷さを描いたとも言えるかも知れない。特にストーリーにひねりがあるわけでもなく、主人公の境遇に変化があるわけでもない。これもオチらしいオチはなく、主人公が子供の頃の自分を幻視するエピソードで締めくくられる。

「祭りの記憶」 これは珍しくミステリ的な構成を持ち、謎の真相が分かって(というか暗示されて)終わるという、この作者にしてははっきりしたオチがある短篇である。祭りの日に外国人二人が殺される。犯人と目される青年に心当たりがある元教師が、かつての教え子であるその青年を探索して回る。目立たない少年だった教え子の肖像が次第に描き出されていく。やがて元教師は、青年が戦争の恨みをためこんだ男だったことを知る。最後に元教師が教え子の悲惨な末路を悟るところで物語は終わるが、この青年も、戦争に負けた日本人すべての潜在意識、もっとはっきりいうと恨みの具現化と考えられる。

 ムラ社会を覆う暗い閉塞感、人間心理の奥底に潜む鬱屈、この世界が人間に向ける悪意や残酷性、などがこの作者の持ち味だ。また、舞台設定やモチーフがきわめて日本的なのでおかしく聞こえるかも知れないが、私はこの小説世界はマンディアルグによく似ているような印象を受ける。マンディアルグのトレードマークであるオブジェ嗜好こそ感じないが、この世界の残酷性や人間の怖さをあぶり出すように描くその筆致には、確かに共通するものがあると思う。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿