アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

モンスターマザー

2016-09-03 22:06:22 | 
『モンスターマザー』 福田ますみ   ☆☆☆☆

 『でっちあげ』に続く、福田ますみのモンスターペアレント・ルポルタージュ。いや、今回もすごいです。とんでもない人が登場します。事件の奇想天外性という点では『でっちあげ』に一歩譲るかも知れないけれども、衝撃度は同等です。

 父親がいない母子家庭。どうも高校生の子供と母親がうまくいっていないようだ。子供が家出をすると、母親がすべて学校教師のせいにして異常に責める。一旦子供は戻ってくるが、今度は不登校になり、やがて自殺する。心配していろいろ子供に働きかけていた教師や校長は愕然となるが、そこへ母親の異常な攻撃が始まる。子供がバレー部でいじめにあっていたというのだ。バレー部の顧問も生徒たちも父兄もまったく心当たりがない。が、バレー部のひとりが自殺した少年の「ものまね」をしたというところから話が広がって全国メディアに書き立てられ、母親に人権派弁護士がつき、ついに校長が殺人罪で告訴される。業務上過失致死ではなく、殺人罪である。

 校長が何の動機で自分の学校の生徒を殺すのかさっぱり分からないが、この異常な告訴より異常なのはこの母親の行動であり、彼女たった一人がこの高校の教師たち、生徒たち、そして父兄たちに加えた破壊的言動の物凄さである。ある教師の妻は罵詈雑言に満ちた電話が繰り返しかかってくるせいで精神を病んだという。死んだ子供のアドレスを使って、バレー部の生徒たちの携帯にまで「なぜぼくを助けてくれなかったの?」などというメールを送ったというから常軌を逸している。また彼女は何度も離婚、再婚を繰り返しているようだが、前の夫と離婚する時の経緯も取材してあってこれもまた生々しい。本書を読む限り、この女性は間違いなく人格破綻者であり、異常者である。

 が、異常者はたまにいる。それはどうしようもないことだ。より深刻な問題は、なぜたった一人の異常者のせいでこうまでひどいことになってしまうのか、ということである。学校が汚名を着せられ、何人もの教師の人生が破壊され、生徒や父兄までが傷を負う。たった一人の異常者が、何の裏づけもないデタラメを吹聴するだけで、である。この「いじめ」というのも結局何の実態もないもので、発端となった「ものまね」も死んだ少年のものまねでなく、二人である芸人のものまねをしたことがある、というだけのことだった。裁判でもいじめの目撃者は結局一人も出て来ない。原告が証拠として出してきたのはすべて母親か死んだ少年の手記・メモの類だったが、状況から見て少年がそれらを自ら書いたのかには疑問がある。なぜならば少年は友人に母親とうまくいっていないことを打ち明け、「家がいやなら泊まりに来なよ」との誘いに泊まりに来ているのである。が、この時なんと母親も子供についてきて、一緒にその友人の家に泊まっていったという。

 話が大きくなっていくパターンはまったく『でっちあげ』と同じだ。異常者が騒ぎ立てる。いい加減な医者が登場して、いい加減な診断書を書く(するとこれが証拠となる)。人権派弁護士が出てきて一方的に話を大きくする。メディアが偏見と決めつけで歪んだ記事を書く。するともう、ひとりの善意の教師が殺人教師にされてしまう。

 こういう話を読むと、つくづく日本の社会は性善説前提社会だなと思う。こんな異常者はいくらなんでもいないだろうという前提があり、だからプロであるはずの医者や弁護士が異常者に騙され、話を鵜呑みにしてしまう。警察は何もできない。想定外であるため、異常者の行動を規制する手段がないのである。もしアメリカだったら学校はすぐ弁護士に相談し、証拠を集め、母親の破壊的行動を抑制するコートオーダーを取るだろう。アメリカ的な訴訟社会がいいといっているわけじゃないが、こんな話を読むと、もうちょっと早期にこんな暴走を食い止める仕組みがあってしかるべきだろうと思う。このルポルタージュを読む限り、子供の自殺は母親が原因である可能性がきわめて大きい。そしてその可能性に、周囲の人間たちは十分に気づいていたはずなのだ。子供を救うことだってできたはずである。
 
 とりあえず、学校もこういうとんでもない事件に巻き込まれることを想定して、父兄から変なクレームが来たら相談できる顧問弁護士を雇うべきである。まずは謝って収束させよう、なんてことはもうやめましょう。




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