アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

世界短編傑作集 2

2012-09-11 23:27:01 | 
『世界短編傑作集 2』 江戸川乱歩編   ☆☆★

 創元推理文庫から出ている「世界短編傑作集」の第二巻と第三巻を入手した。一巻、四巻は触手が動かなかったので見送り。この第二巻のラインナップは以下の通り。

ルブラン「赤い絹の肩かけ」
グロルラー「奇妙な跡」
ポースト「ズームドルフ事件」
フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」
ベントリー「好打」
ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」
クロフツ「急行列車内の謎」
コール夫妻「窓のふくろう」

 第二巻を買った目的は、ポーストのアンクル・アブナーもの「ズームドルフ事件」とフリーマンのソーンダイクもの「オスカー・ブロズキー事件」を読みたかったからである。創元ミステリの短編集にはおかしな慣習があって、ポーストの短編集「アンクル・アブナーの叡智」には有名作である「ズームドルフ事件」が収録されていないし、フリーマンの「ソーンダイク博士の事件簿」には傑作といわれる「オスカー・ブロズキー事件」が収録されていない。なぜかというと、この「世界短編傑作集」に収録されているからである。

 わけが分からない。これはたとえて言うと、オム二バス・アルバムに山下達郎の曲を収録したので、山下達郎自身のベスト・アルバムからその曲を除いてしまうということに等しい。アホの所業としか思えない。両方に入れとけばいいじゃないか。重複しているなんて文句言う奴はいない。

 これは単に、両方買う必要があるから無駄というだけではない。今回これを読んではっきり分かったが、こうやって一個ずつ抜き出して読んでもあんまり面白くないのである。いってみれば、レストランに行ってサンプルメニューを頼むようなもんである。色んなものがちょっとずつ出てきて目先が変わって楽しいかも知れないが、どっしりした満足感は得られない。一つの料理とがっぷり四つに組んで堪能する快感が得られないのである。だから私はあのサンプルメニューというものが好きではない。一つの料理に決めると外れるのがコワい、という知恵なのかも知れないが、そういう腰が引けたものの考え方は如何なものか。どれか一つに決めて、それで外れたならしかたがないじゃないか。自らの選択の結果を受け入れ、まずい料理を黙って食えばいいのである。大体、私は大勢でレストランに行って各人が頼んだ料理をみんなでシェアするというのもあまり好きではない。

 と、このままでは際限なく話が逸れていってしまいそうなので元に戻すと、アンクル・アブナーもソーンダイク博士も、それぞれの短編集を読むと結構面白い、と言いたいのである。それぞれのキャラクターや世界観がしっかりしているので、読者もその中に入り込んでいけるからだ。特にアンクル・アブナーの短編は時代も古いし、トリックだけ見ると大したことないけれども、アンクル・アブナーの人となり、そしてその推理の発想や着眼点にはしっかりとオリジナルな芯が通っているし、開拓者時代のアメリカが舞台になっているところにも独特の詩情がある。そういうところが魅力だと私は思うが、本書で「ズームドルフ事件」だけ読んでもそういう魅力は伝わってこない。こういうオムニバスだとどうしてもプロットとトリックだけに注目してしまい、ああ、こういうパターンは当時は面白かったんだろうね、という感想で終わってしまう。これは作者にとっても読者にとっても不幸なことである。またこれらの短編も、それぞれの作者の短編集に収録された方がずっと面白く読めるに違いないのである。なんとももったいないことだ。今回このオムニバスを読んで一番感じたのはそのことだった。

 ところソーンダイク博士というのは科学者探偵で、顕微鏡やピンセットを持ち出して捜査するのが特徴だが、ミステリ・ファンの間ではあまり評判が芳しくない。ミルンは確か『赤い館の秘密』の序文で「あの顕微鏡を持った男など、どこかへ消えうせてしまえ!」とまで書いていた。まあ、科学者が顕微鏡で調べてこうでした、と言われると読者との知恵比べにならないということだろうが、そもそもミステリで作者と読者が知恵比べをしているというのは半ば錯覚だし、おまけにソーンダイクものは大部分倒叙ものであって、知恵比べを売りものにしていない。私は名探偵がロジックもなく思いつきの推理を披露するのを聞いているよりも、ソーンダイク博士の緻密な、プロフェッショナルな仕事ぶりを見ている方が好きである。好みに合わない人がいるのは分かるが、読んだことない人は敬遠する前に一度読んでみることをお勧めする。

 あと、このオムニバムを通して読むと、妙に機械的なトリックが多い。機械的トリックなどというのは現在のミステリ界ではもっとも侮蔑されるべきものと相場が決まっているが、当時ははやりだったのだろう。驚くようなトリックのネタがだんだん尽きて来たのでこうなったとあとがきにも書いてあるが、やっぱりあまり面白くない。それから似たような電気のトリックがいくつかの短編で使われていて、それも全体の満足感を下げてしまった。点数が辛いのはそういうわけである。


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