アブソリュート・エゴ・レビュー

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海洋地形学の物語

2011-09-29 23:17:18 | 音楽
『海洋地形学の物語』 イエス   ☆☆☆★

 イエス6枚目のスタジオ・アルバム。あの大傑作『危機』の次のスタジオ・アルバムであり、それを言うなら『こわれもの』『危機』と続いた名作つるべ打ちの後続であり、また傑作ライヴ・アルバム『イエスソングス』の次のリリース作品でもある。イエスの音楽性、そして人気は当時急カーブを描いて上昇を続けていた。これほどまでにすさまじいプレッシャーと期待感の中で発表されたアルバムはロック史上稀なのではないか。

 そして発表された『海洋地形学の物語』は、明らかに『危機』路線の更なる拡大をめざした、あまりにも野心的な作品だった。なんと、当時のLPレコード盤にして二枚組全4曲。つまり、片面1曲ずつの長尺曲ばかりが4曲収録された二枚組アルバムだったのである。アルバム『危機』でさえA面が「危機」1曲、B面が「同士」「シベリアン・カートゥル」の2曲という3曲構成だった。長尺曲ばかり4曲というのは、つまり「危機」レベルの曲を四つ連打するアルバムを目指したということである。しかも、その四つがひとまとまりとなってさらに一つの「海洋地形学の物語」というロック・シンフォニーを構成する。途方もないというか、めまいがするというか、当時上り坂にあったイエスの自信、というかイエスというバンドに対するジョン・アンダーソンの自信のほどがうかがえる。

 が、しかし。アンダーソンの壮大な目論見は成功したとは言い難い。残念ながら、壮大な野心は空中分解を起こしてしまった。実際、本作の発表直後キーボードのリック・ウェイクマンがバンドを脱退している。デビュー以来のイエスの快進撃についにミソをつけてしまったのが、大作主義の極致、シンフォニック・ロックの到達点ともいうべきこの『海洋地形学の物語』なのだった。

 全4曲の構成は以下の通り。

1. 神の啓示 The Revealing Science of God (Dance of the Dawn)
2. 追憶 The Remembering (High the Memory)
3. 古代文明 The Ancient (Giants under the Sun)
4. 儀式 Ritual (Nous sommes du soleil)

 なんとも大仰、よく言えば荘厳な曲名の数々で、もうこれはどう考えてもロックやポップ・ミュージックの範疇ではない。クラシックそのものだ。曲の構成・アレンジも、『こわれもの』『危機』で完全に自家薬籠中のものにした大作志向の方法論が縦横無尽に駆使されている。つまりある旋律がテーマとして作曲されると、それがさまざまにアレンジを変えながら繰り返され、繰り返されるごとに高揚感を増すように展開していく。あるいは同じ旋律に異なるリズムをつけてリスナーの耳を翻弄する。異なるテーマがジグソーパズルのように組み合わされ、リスナーを飽きさせないように緩急の変化がつけられ、静かなパートと激しい演奏が交互に現れる。「アレンジの鬼」であるところのイエスのアレンジ力、その引き出しの多さ、アイデアの豊富さはまったく見事で、この二枚組全四曲の中に考えられるあらゆる手法、着想が盛り込まれている。

 楽曲構成に関してもそうで、たとえば「危機」は四つの楽章に別れていて、1、2で軽快に展開し、3で一旦静かになり、4で劇的に盛り上げるというオーソドックスな構成だが、長尺曲が四つも並ぶと全部これでいくわけにもいかない。最初の「神の啓示」こそ比較的オーソドックスな展開だが、「古代文明」は後半の大部分がアコースティック・ギターの独奏という大胆な構成だし、「儀式」も冒頭でもっとも勇壮に盛り上がり、最後の部分は牧歌的に、叙情的に締めくくる構成になっている。「儀式」の途中では珍しく打楽器だけのパートも出てくる。

 そんなこんなでイエスの努力は充分に伝わってくるし、投入されたアイデア量のすごさも分かる。が、問題は全体に蔓延するこの冗長さ、そしてそれが招いた演奏のテンション低下である。さすがのイエスをもってしても、長尺曲4つをもたせるには「がんばり」が必要だった、そしてその不自然な「がんばり」が楽曲の「引き伸ばし」感につながっているのである。もちろん「危機」だってがんばって作ったのだろうが、練りに練られたアレンジによって隅々まで必然性と緊張感がみなぎっている。しかしこの「海洋地形学」ではそこまでとことん練られておらず、惰性で引き伸ばしているパート、あるいは緊張感を持続できないままに演奏されるパートが散見されるのである。特に第二楽章「追憶」にそれを強く感じる。終盤を盛り上げるために、わざとテンションを下げた演奏が延々と続く。同じ曲想が何度も繰り返されるのが冗長である。

 それからもう一つ、大きく響いているのがドラマーの交代だ。「危機」のビル・ブラッフォードからアラン・ホワイトに替わったのだが、「海洋地形学」が持つ大味さはアラン・ホワイトのドラミングによるところが大きいと思う。「危機」のあの強烈なテンションは、ピリピリした神経質さをもつブラッフォードのドラミングに大きく依存していた。本作ではそれがきれいさっぱりなくなり、かわりにのほほんとした太平楽な鈍感さが漂っている。アラン・ホワイトのドラムは下手ではないのだが、単調かつ大味で、ブラッフォードのように細かくアクセントを変えながら曲のニュアンスをコントロールすることがない。平坦なのである。

 もちろんドラムだけの責任ではないが、ロックバンドの活力、ドライブ感というものはドラムに大きく左右される。ブラッフォードからホワイトへの交代が、他のメンバーの演奏に影響を及ぼさなかったはずはない。

 このアルバムに「危機」のピリピリした緊張感を求めるのは間違いで、この穏やかさ、壮大さをまた別物として鑑賞すべきとのファンの声もあるようだ。私は別に「危機」と同じような演奏をしろと言っているのではないが、曲想が穏やかにしろ何にしろ、やはり演奏の切れ味、テンション、クオリティというものはあるのだ。ゆったりした演奏でも名演ならば芯に一本、ピンと筋が通っているのであって、それがこのアルバムには欠けているといわざるを得ない。

 とはいってもそこは絶頂期のイエス作品、グッド・メロディはてんこ盛りである。アンダーソンとハウの作曲能力は当時ピークに達していたに違いない。アレンジの冗長さと演奏の緊張感のなさで魅力が充分に引き出されているとはいえないものの、「神の啓示」の雄大な山や海を渡っていくようなメロディ、「古代文明」でアンダーソンが歌う牧歌的なメロディ、そして「儀式」の「Nous sommes du soleil」など、魅力的なメロディが続出だ。正直、この大作にむりやり全部ぶちこんでしまったのが残念だ。アルバム数枚に分けて、丁寧に膨らませていけばいい曲がたくさんできたんじゃないだろうか。

 それにしても、アレンジのアイデアの豊富さについては先に書いたが、私が最初にこのアルバムを聴いてびっくりしたのは「神の啓示」のイントロである。「ラウンドアバウト」にしろ「危機」にしろ、小さな音がだんだん大きくなりぐわーと迫ってきて曲になだれ込む、というのがイエス得意のパターンで、この超大作ももちろん例外ではないが、今回それに使われたのはアンダーソンのヴォイスなのである。彼のヴォーカルはいってみれば楽曲の中核、通常は他の音が出揃ったあと最後に供される真打ちなのだが、「神の啓示」はいきなりアンダーソンの声から始まる。最近このCDには最初に火山活動みたいなSEが入るようになったが、昔は針を落とした途端にいきなりアンダーソンの声が聞こえてきたものだ。それもお経を唱えるような、かなり奇妙なメロディだ。お経っぽいヴォーカルがだんだん重なり、コーラスが厚くなり、他の楽器が入ってきてぐわーと迫ってきて緊張感が頂点に達したところで、一気にシンセサイザーによる雄大な旋律になだれ込む。あのイントロからテーマへの展開は実に印象的だと思う。

 このアルバムはまた、目の前に情景が浮かんでくるような音が特徴である。絵画的といってもいい。もともと曲想がそうなのだろうが、聴いていると海や空、山、大地、という大自然の光景が思い浮かぶ。シンフォニックで穏やかなメロトロンの音が多いのも理由の一つかも知れない。楽章それぞれのイメージとしては、壮大で穏やかな第一楽章、ノスタルジーと哀愁漂う第二楽章、大陸的かつアコースティックな第三楽章、そして劇的で高揚感に満ちた第四楽章、という感じだろうか。
 
 というわけで、傑作とはいえないにしろ、そこそこおいしいところはあるアルバムだ。この時期のイエスに完コケはない。個人的には、BGM風にだらだら聴くと良いんじゃないかと思う。


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