以外に強い力、それは認知症で寝たきりのお婆さんの腕力のことだ。Nさんは94歳の痩せて皺だらけのお婆さん、認知症が進み眼も耳も不自由になり、一年ほど前から寝たきりになってしまった。流動食だけで、もう半年も頑張っている。お嬢さん、と言っても七十過ぎ、が上から下まで面倒を見ておられる。
往診に行くと、枯れ木のような体をベットに横たえ、目をつぶりじっとしている。大声で耳元にこんにちわと言いながらそっと湯たんぽのような胸に聴診器をあてるのだが、触覚を頼りにしているせいか、診察を攻撃と勘違いするせいか、腕にしがみついてくるので困る。それが生半可な力ではなく、注意しないと爪を立てられて怪我をしてしまう。この間はついうっかり、無理に離そうとしたら袖を掴まれ白衣の袖口が破れてしまった。「あらあら、先生申し訳ありません」。とお嬢さんは謝られたけど、被害甚大である。
柔道有段者並?の握力に安物で着古した白衣はひとたまりもない。どうも防御が下手くそだったようだ。あーあ、駄目になったと白衣を見ながら、ふと疲れた体に鞭打って一生懸命世話をしているのに、聞きわけもなく掴みかかられれば不測の事故も起こり得るなあと思ったことだ。