Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

日本とマーケティング、MADE IN OCCUPIED JAPAN

2013年06月30日 | 社会(歴史・都市計画含む)

先日、アメリカのティムさんから、

Since you know I enjoy looking at the differences between Japan andWestern culture I thought the following article was interesting.

Given that it is in "Advertising Age" I thought it was not going to be very insightful.  I was surprised, but the writer, while Western, has worked in Japan for 30 years.

Japan Inc.'s Ultimate Challenge: Marketing | Guest Columnists

-Advertising Age

http://adage.com/article/guest-columnists/japan-s-ultimate-challenge-marketing/242775/

"During the Edo period (1603-1868) the Tokugawa government created a social order called shinokosho or the four divisions of society.

Samurai were at the top of society because they set a high moral example. Farming peasants came second because they produced the most important commodity, food. Third were artisans and craftsmen.

Merchants were at the bottom of the social order because they generated wealth without producing any goods. The classes were arranged by what Confucian philosophers described as moral purity.

In modern Japanese companies, marketing staff are the merchant class, engineers are the samurai, and all other company functions are the equivalent of farmers and craftsmen."

(※記事のリンクは7回までは登録無料で開けますが、それ以降は購読登録が必要。)

というメールが。

記事の筆者やティムさんは、「日本には『士農工商』の精神が残っているからか、『商』-マーケティングが弱い」というようなことを言っていました。

私はティムさんに、『士農工商』が建前であったという側面があることを伝えながらも、「日本のマーケティングに弱点があるという点については認める」と返事をしました。

そして、大学で教える知人にこの記事のリンクを送ったところ、その知人は、

「記事の指摘は説得的です。ただし、日本のこのようなマーケティング音痴は昔からと言うのはどうでしょうか?」

と。

「たとえば主に電気製品のことですが、日本は戦後すぐは安い金額の製品で海外市場に進出し、高度成長期は先進国の技術を学び、ときに真似(相手からすれば”盗んで“)ながら高品質の製品を生み出し『日本ブランド』を確立。

高度成長期を除けば、日本が「マーケティングより製品勝負」としてきた傾向はあったのではないか、と私は考えてしまうのですが、どうでしょう?

(結果、消費者のニーズに合ったものを売るではなく、売る側が消費者の欲しいものを作り出す。それが結局必要以上にコンパクト化されたオーディオ機器や、ハイスペックすぎる製品を作り、ガラパゴス減少を作り出してしまった要因の一つ。)

なんて話をしていたりしましたが、この知人は、

「日本は、技術に信頼を抱いていたことは確かだが、それでも日本は『バイヤーへの尊敬』があったわけで、だからマーケティングをおろそかにしてはこなかった」

という返事を。

まあ、企業や業界、一括りにはできないし、『マーケティング』という言葉の意味も曖昧なのですが、「本気で売ろうとするなら、マーケティングを重視していかないといけない」というのは、今の時代は余計、皆感じていることでしょう。

さて、ついでと言っては何ですが、面白いコラム(というか、紹介文)を。

ニューズウィーク (2013629)

「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」って?

http://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2013/06/post-266.php

「海を渡ったオキュパイド・ジャパン」という、ちょっと興味深い展覧会が開かれている(於:六本木ヒルズ森タワー49階/アカデミーヒルズ入口の展示スペース)。

 オキュパイド・ジャパン(Occupied Japan)とは、第2次大戦後の「占領下日本」のこと。民間貿易が再開された1947年から、サンフランシスコ講和条約が発効した52年まで、日本からの輸出品には「MADE IN OCCUPIED JAPAN」の刻印を付けるようGHQ(連合国最高司令官総司令部)から命じられていた。

 北米を中心に輸出された品々は、陶器やおもちゃ、布製品、カメラなどさまざま。「OCCUPIED JAPAN」の文字が付いた5年間だけの期間限定アイテム(「OJ」と呼ばれる)は希少価値を持ち、コレクターたちによる収集の対象になっている。

 今回の展覧会はカリフォルニア州在住のコレクター、田中荘子さんの収集品1万点の中から代表的なものが選ばれている。浅学の私は今回の展覧会について知人から聞いて、初めて「OJ」を知った。展示ケースに並んでいるのは手作り感あふれ、愛らしい品ばかりで、特に陶器やおもちゃはとても温かみを感じる。

多くの人が食べる物にも困るような時代でも、戦時統制が解けて、綺麗なもの、華美なもの、欧米風のものと、なんでも自由に作れることに作り手たちは喜びを感じていたと思う。日本の外貨獲得にも貢献したし、輸出拡大とともに経済成長していく足掛かりにもなったことだろう。

 アメリカのコレクターの全国組織「OJクラブ」の会長も務める田中さんは、「戦後の日本人が苦しい生活の中でもこんなに素敵な品々を作っていたことを、今の人たちに知ってもらいたい」と話す。来年は陶器で有名な愛知県・名古屋や瀬戸、岐阜県・美濃での巡回展も予定しているそうだ。

 7月21日まで開催しているので(無料)、興味のある方は足を運んでみてほしい。

――編集部・大橋希

日本製品が「安かろう。悪かろう」といわれていた戦後すぐのとき、このような製品も海外向けの主力製品になっていたのですね。

ニューズウィークのリンク内でも写真がご覧いただけますが、こちらにも占領下日本の製品の写真があります。

http://www.putto24.com/occupied.html

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『縁』=『偶然』+『(非主観的)相性』

2013年06月30日 | 友人・知人

「私の気質はフランス(都心部)系とドイツ系のミックス。理屈っぽかったり、哲学的だったり、頑固で真面目、気難しいことがあるから。」

と私はそう思ってきて、だからペンフレンドはドイツやフランス(都心部系)を中心に考えてきていました。

ところが、ここ数年、

「いや、そう言いながら、自分の友人やペンフレンドで『楽』に付き合える相手というのは、むしろラテン系の人達なのではないか・・・」

と思うように。(これは夫の指摘でもあり。)

前に、『縁を楽しむ』

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20120304

で書いたように、意図せずとも私にはイタリア人の友人がすぐ出来てしまうのですが、それとともにスペインやラテン系米国人とは少し話しただけでなんだかすぐ親近感を抱いてしまう人が多いです。とにかく私には彼らとのメール交換も一緒にいるのも楽。

イタリア人やラテン系の友人達-リアーナさん、リアーナさんのパートナーのファビオさん、ルイジさん、トリノのファビオさん、スマレ先生、エリーさん、ヴィンセンツォさん、ロビーさん。スペインのベゴーニャさん。フランスのジュリーさん(アリーヌさんもフランス人ですが、「私はフランス人でなく日本人のようだ」というくらいなので、ラテンっぽくない)

最近ではトスカーナに住むマリオさんという30代の男性ともちょっと話をする機会があったのですが、とにかく皆、性格はそれぞれなのですが、なんだろう・・・昔から知っていたような親近感をすぐ持つことができ、言葉の壁があるのに、皆『外国人』という気がしないところで共通しています。

非ラテン系である他の外国人のペンフレンドや友人たちも、私は大好きで、気が合うから続いているわけですが、それでもラテン系の友人達の場合と違って彼らの場合は時として少し緊張のようなものがあります。彼らが『外国人』であるという意識もこれはなくなる瞬間もない。

もちろん人種や国籍云々の前に、性格や相性は人それぞれなんですが、それはともかく、「『縁』は『偶然』だけでは『偶然』で終わってしまう。『偶然』に加えて『(主観的ではない)相性』が合う相手(人、国、国民性)だから『縁』となる」という当たり前のことをふと考えたりしました。

・・・なんて考えるから私は非ラテン系っぽいのですが、ようは「正反対の性格の人達だから合う」というところか-これって、案外盲点だったりします。

ペンフレンド・友人から結婚、そして仕事などもですが、「自分はこの性格だから、この人(この国の人、この仕事)とは合わないだろう」「自分はこの年齢だから、こんなに年上(こんなに年下)と話が合わない」等々、決め付けてしまうことは、知らぬ間に、『縁』を遠ざけていることということも、気付きづらいです。

私のラテン系のペンフレンド・友人たちは、条件に拘って最初から決め付けることがないので、彼らは私に近づき、こうして私は彼らとペンフレンドや友人になれたわけでしたが・・・鈍感でした、反省。

(最近、こうした、固定観念や思い込みが強くなく、“間口の広い”日本人女性や若者たち数人にペンフレンド紹介やネットワーク作りのお手伝いをさせてもらいました。これも今回改めて考えるきっかけになりました。)

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スノーデン氏に続いて元統合参謀副議長カートライト氏も

2013年06月28日 | 海外ニュース・できごと

米国は、今もフェアな精神を持った人物や、そして政府を恐れないメディアがあるということ、それがうらやましいところです。

今米政府が捉えようとひっちゃきになっているスノーデン氏に続いて、元アメリカ統合参謀本部副議長のジェームズ・カートライト氏までもが、米国がイランに対してコンピューターウィルスを使っていた話をリークしました。

Aljazeera (2013.6.28)

Ex-US general under investigation for leaks

http://www.aljazeera.com/news/americas/2013/06/20136280620600213.html

One of the highest ranking military officers in the US is under investigation for allegedly leaking top secret information about a cyber attack on Iran's nuclear programme, according to reports.

NBC news channel reported on Thursday that retired General James Cartwright, a former second-highest-ranking officer, is under investigation for leaking information on a covert computer virus, called Stuxnet.

The virus was used in 2010 to temporarily disable 1,000 centrifuges used for enriching uranium by Iran's nuclear facilities.

Cartright, who was the number two person in the joint chiefs of staff from 2007 to 2011, was instrumental in the development of Stuxnet, and his role was publicised in a New York Times article published last year.

The article exposed that the virus was the Obama administration's key weapon against Iran's nuclear weapons programme.

President Obama responded to the article sternly: "My attitude has been zero tolerance for these kinds of leaks. These are criminal acts when they release information like this."

Al Jazeera's Rosiland Jordan, reporting from Washington DC, said that there was ongoing speculation about Cartwright's motive behind the leaks.

"It's simply a stunning development when you consider that the Obama administration has always said that 'people who leak are going to be prosecuted if we figure out who they are.'"

Steve Aftergood, director of of the Federation of American Scientists, told NBC that "there are many reasons why people leak classified information".

"Sometimes to attack a program, sometimes to defend it, sometimes we don't ever know," he said.

According to NBC, Stuxnet is capable of both surveillance and harming computers, and was initally spread using infected removable drives.

Cartwright nor his lawyer responded to requests for comment, reported NBC.

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IAEAという国際機関

2013年06月21日 | 原発・核・311

記事の紹介をし忘れていたものがあったので、リンクを貼り付けます。

ルモンドディプロマティーク (201212月)

国際原子力機関IAEAの迷走

独立性には程遠い原子力産業の憲兵

アニェス・シナイ女史の調査報告

ジャーナリスト、新・人類学モメンタム研究所、共同設立者

http://www.diplo.jp/articles12/1212iaea.html

(前略)

IAEAのスローガン「原子力の平和利用」

 IAEAの憲章第2条には機関の目的が記されている。「本機関は、原子力が全世界における平和、健康及び繁栄に資するべく努める。本機関は、本機関みずからによって提供された援助、あるいは本機関の要請・監視・管理のもとで提供された援助が、軍事目的に利用されないように可能な限り努める」。財源は、その国の原子力利用度や外交上のかけひきに応じて徴収される。IAEA発足の契機になったのは、1953年、アメリカ合衆国大統領ドワイト・D・アイゼンハワーによる国際連合総会演説「原子力の平和利用」である。アイゼンハワーは、この演説の中で「この最強の破壊力は、人類にとって最高の福音に転じることができる」と述べた。

 「原子力の平和利用」という考え方は、IAEAのスローガンとなった。広島・長崎の恐怖を覆い隠そうとするもので、前提として、原子力の平和利用と軍事利用とは別のものだとする。ジョセフ・ロートブラット教授は、19458月広島原爆投下以前にマンハッタン計画(人類最初の原爆製造に至った研究プログラムの暗号名)から手を引いた、たった一人の物理学者であるが、当時次のように注意を喚起していた「原子力の利用は、民需でも軍需でも、ウランを原料とすれば必ずプルトリウムが発生するので、それは核武装の原料になるのです。最後には文明が破壊されるか、あるいは核分裂を基礎とする原子力は放棄しなければならなくなるかのどちらかとなるでしょう」(注2)。

ジャーナリストを締め出すIAEA

 IAEAの創立は1957年である。当時の技術者たちは、電気が豊富にできて「計量する必要がないほど安い」と言われるような時代の到来を夢見た。「夢の原子時代」実現のためにIAEAに委ねられたのは、すべての国がこの「有徳のエネルギー」の恩恵を享受できることを保証し、同時に地球全体の軍縮に寄与することであった。2012年度のIAEA予算は、全部門で33300万ユーロであり、ウィーン市警の年度予算に等しく、放射性物質の不正使用に目を光らせるために使用された。IAEAの職員は2200人、そのうち約250人が原子力査察官である。原子力査察の仕事は、IAEAの活動の一部門でしかない。したがって、業務全体からすれば、原子力査察の手段は脆弱であるということになる。その内訳は、31か国の稼動中の原子炉429基、休止中の145基(注3)の状況把握、核保有国の再処理施設内にあったり、原子炉に隣接して貯蔵されたりする約4220万立方メートルの放射性廃棄物(注5)や、そのうち388000立方メートルの高レベル廃棄物(注4)の監視業務もある。

 理屈から言えば、IAEAは原子力の安全に関する世界基準を決めている。放射線の危険から人間を守ること、原子力事故を未然に防ぐこと、緊急出動を想定・準備することである。しかし、規約上、締結国のさまざまな意向を無視できないため、基準の範囲は、合意可能な最低共通項にとどめねばならない。原子力の提唱者たちは、情報の透明性を保障し、大衆へ情報公開する必要性を理解しているのだろうか? なんと、ジャーナリストたちは、討論の際に会議場からの退出を要求される事態が起きているのだ。

放火犯を消防署員に

 たしかに、原発の安全性を監視する原子力監査官の独立性は重視されている。しかし、原発の安全性の構築に当たって、監査する側と監査される側には複雑な関係があることは言うまでもない。アメリカ・エネルギー省副長官ダニエル・ポネマン氏は「原子力発電企業と国際的原子力産業が、事故の予防と事故処理の課程で中心的役割を演じ続けようとしている(注6)」と評価する。

 それというのも、国連の中ではIAEAは例外的な組織であって、国連の他のどの機関も、これほどまでに関連産業界と密接な関係を持っている機関はない。IAEAでは多くの場合、原子力産業の利害の思惑が、産業の規制基準作りに優先し、規制基準は販売を考慮して作られる。それに「原子力技術がもっとも進んだ」国々だけがIAEA事務局メンバーになれる資格を与えられているのだ。IAEA事務局メンバーの中でも、フランスは要所を押さえている。IAEAの原子力安全部門はフィリップ・ジャメ氏の後任、ドゥニ・フロリ氏の手に委ねられている。ジャメ氏は、フランス原子力安全局(ASN)の委員になった。世界原子力発電事業者協会(WANO)は、ロラン・ストリッカー氏が会長を務めている。氏は、フランス電力会社(EDF)でずっと働いてきた人物である。アンドレ=クロード・ラコスト氏は西ヨーロッパ原子力規制委員会(WENRA)を率いてきたが、同時に昨年の1212日まで、フランス原子力安全局委員長としてパリで勤務していた。

(中略)

WHOIAEAの癒着

 実際WHOIAEAは、1959年に始まる特別な協定[「WHA 世界保健総会決議 12-40協定」― 訳注 ]によって緊密な関係を保っている。グループ《WHOの独立性を進める会》によると、なぜWHOがチェルノブイリや福島の原発事故を重要視しなかったのか、また、人々の健康を守るという重要問題にたいして、不思議なことに、なぜWHOは消極的なのかが、この協定で説明がつくという。この25年間「チェルノブイリの汚染地区にたいして、しかるべき社会・医学的政策はまったく実施されなかった」。そして「核保有国では、疫学的研究がほとんどなされていないか、まったく行われていない」(注11)。

 原子力に関するリスク情報は、公式見解から除外されているために、混乱の極みに達している。原発事故の責任者の処罰は、未だに行われていない。

最近元CIA職員エドワード・スノーデンが、米国政府の盗聴についての告発をしていますが(今までも告発は彼以外からもあり)、米政府もそれに加担していた英政府をはじめ、世界では皆あまり気にしません。

もちろん盗聴などは内部のものが改めて告発するまでもなく、わかりきっていたことでもありますが、「ロシアや中国の盗聴は悪」、「米国や西側諸国の盗聴は仕方がないこと」というダブルスタンダードがまかりとおっているから、あまり大きな問題にならないということもあるかもしれません。

ダブルスタンダード-IAEAはダブルスタンダードや偽善ぶりのみならず、国際機関に似つかわしくないその横暴ぶりも良く知られたことですが、それはずっと変わらないです。

それは皆が「仕方がないこと」と消極的に認めている(もしくは麻痺)からではなく、『これをありがたがっている国』(二度の原爆投下、原発事故があった日本などがこれを支持するのは恥知らず)があるからでしょう。

米国人の友人が、「スーパーマンは、もともとはドイツと日本を悪にするためのプロパガンダ漫画」と言っていたことがありました。

時代によって、その「悪役」はロシアだったり、中国だったり、イラク、イラン・・・。

決して悪役にならない国や、こうした国際機関こそ、本当は怖いのかもしれません。

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子育てと仕事の両立をフレキシブルに出来る社会に

2013年06月20日 | 社会(歴史・都市計画含む)

再びフランス人Jさんですが、彼女の仕事は翻訳家(一応会社に所属していると思います)。

現在は育児休業中です。

フランスでは産後比較的早い時期に仕事に復帰する人が多いのですが、彼女は「Sちゃんを見ず知らずの人に預ける踏ん切りがつかなかった」ということもあって、仕事は完全休業。一応、Sちゃんが幼稚園に行くようになったら、パートタイムで仕事を始めようとしています。

スペインのベゴーニャさんも1人娘さんのお母さん。彼女のお嬢さんはもう18歳ですが、彼女は仕事が歯科医ということもあって、お嬢さんが小さいころは専業主婦となり、お嬢さんの手が掛からなくなった頃(確か小学校に上がる頃と言っていたような。)に仕事を再開しました。

そういえば、フランスで暮らすニューカレドニア人のバネッサさんの仕事はスタイリスト(デザインもしているらしい)とレストランの仕事。今2歳の子育て中で完全休業中。

この3人は専門技術を持っているからまだ3年~6年程度も仕事を休んでも同じ仕事に復帰できるということもありますが、こうした「『数年間仕事を休んで子育てに専念、子どもに手が掛からなくなったら復帰』というのが許されたらよいのに・・・。」と思うお母さんたち、日本にもたくさんいることでしょう。

私は「3歳までは母親が子どもの面倒を見るべきである」とまでは言いませんが、小さい子どもと一緒にいる時間の貴重さ(子どもを1人しか持たない母親はこの体験ができる期間は一度だけ。)は大抵の母親は知っていて、そして小さな子どもも、大好きな母親と一緒に過ごす時間は幸せだと思います。

しかし現実は職場を一旦離れたら同じところで働けなくなるということで、(子どもが小さい間は一緒にいたいと思っている母親も)数少ない託児所探しに苦労し、職場復帰。

職場も、ワークシェアリング等を使って、州数日勤務、短時間労働を認めてくれるわけではないので9時から5時までフルタイムで仕事。

子どもが熱を出して休みを取ると嫌味を言う同僚がいたりする。嫌味は言う人がいなくても、自ら「職場に迷惑をかけられない」と無理をするケースも。

(子どもが病気で無理をして仕事にでたものの、子どもは高熱(もしくは髄膜炎)で、結果障害を負ってしまったというケースが私の身近にありました。だから、何を犠牲にしても、子どもがおかしいと思ったら、子どもを優先させて欲しいと私は思います。)

「女性に社会進出を」「だけど少子対策を」という国が託児所不足を解消させないこともおかしいとは思いますが、『託児所』だけでなく、『専門職や特別な能力がある人だけでなく、もう少し仕事と育児の両立をフレキシブルにできる社会』を作ることを検討しないこと、これについて母親からの声が聞こえないことが、ちょっと不思議です。

フランスでは育児休業後の社会復帰の為の解雇はできないらしいですし、ドイツでは仕事を辞め家で育児を家でする人に対して手厚い保障があります(これは、「女性の社会進出を妨げる」とか、高収入の人の手当ほど割が良い、とか批判が多いようではありますが、それでも収入が低い家庭で無理に働かなければならない母親の場合はありがたいと思う。)。

また、日本は短時間労働者に対しての差別問題(賃金の違い)もありますが、それであっても育児中の親(母親に限らず)へのワークシェアリング制度も導入なども、もっと企業に取り入れてもらうようにしたらどうかと思うのですが、どうでしょう。

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”スロー育児”と木の玩具

2013年06月19日 | 友人・知人

先日から来日しているフランス人のJさん(30代。日本の男性と結婚)とSちゃん(2歳半のお嬢さん)は、現在ご主人の実家に滞在中。(当のご主人は留守番)

この義母さんのおうちは昔ながらの和風の家で畳の部屋がほとんど、クーラーはないけど風通しの良い昔ながらの家とのことです。

この、フランスにはない家について、

「畳は大好きです。そして、日本の家はほんとうによく考えられていますね、木や紙などを使って。」

と感心します。

そして、朝早くから庭の梅の実をとって、梅酒を作る準備をしたり、食べ物にあまり関心を払わない孫のSちゃんのために、朝からおにぎりを用意してくれたりする(とはいえ、魚や肉を食べてくれないSちゃん、おにぎりの中の鮭を発見してしまうと、もう食べません。)、働きものでやさしいお義母さんのことを話すときは、本当にうれしそう。

そして、先日2人にあったとき、Sちゃんのために持ってきた小さな玩具は、Jさんのご主人が小さいときに遊んでいた木でできたミニーマウス(レトロ調)。そして、バザーで買ったというこれまたレトロ調の玩具 - 「Sちゃんのものは、中古のものをよく買います。木の玩具は良いです」と言うJさん。

これらの木のミニーマウス、狸さん、木馬は、いまどきの玩具のようにおしゃれでもないし、音がでたりもしません。狸の玩具にいたっては、目鼻も描かれておらず、手足をゴムでつないだものですが、Sちゃんがこれらをこよなく愛しているのがわかります。

一時期、映画の影響で、昭和30年代、40年代の生活様式が流行ったことがありましたが、Jさんと話していると、自分が子どもだったときにタイムスリップをしたような気になります。

家や生活の話もですが、とくに玩具の話。

日本の玩具に関しては、もう私が小さかったころにはすでに塩化ビニール製・プラスチックの玩具などが主流になりつつあり、ブリキや木といった素朴な玩具は姿を消しつつありました。が、それでも1~3歳の子ども向けの玩具は木でできたものが定番だったのではないでしょうか。

積み木、ひらがなと絵を片面ずつ書いた札、カタカタ(伝い歩きをする頃の手押し車のようなもの)、子供向け楽器等々。

そして、キャラクターグッズ(まあ、ミニーマウスもそうではありますが・・・)は当時もあったとはいえ、今みたいに何でもかんでもではありませんでした。

私の息子が小さいとき、私も最初は理想として素朴な玩具、木で出来た玩具を与えたいと思っていましたが、それらが手に入りづらく、あっても高価。

積み木はプラスチック製、カタカタ代わりに塩化ビニール製車型手押し車となり・・・いくつか木の玩具は買い与えたとはいえ、もらい物もプラスチック・塩ビ系、キャラクターグッズ。いつのまにか理想は消え去っていました。

フランスでも(田舎を除いては)住居や生活様式は年々変わっていっているとは思いますが、子育てに関しては、Jさんのように“スロー育児”を実践する人は、日本と違って多いのではないでしょうか。

(彼女はSちゃんにあまりTVを見せず、自然や動物に触れさせることを優先しています。本の読み聞かせにもたくさん時間をとっています。)

木の玩具・・・せめてこれ、日本でブームにならないでしょうか、ね。

積み木の類から、大人も遊べ、インテリアにもなりそうなものまで。木の玩具バザーもあったら喜ぶ人もいることでしょう。

(上野の下町風俗博物館の2階で、昔の喫茶店にあった木の玩具などが展示されています。)

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『災害救助予備隊』という意見-ドイツと日本は同列に語れず

2013年06月17日 | 社会(歴史・都市計画含む)

以前、

『消防団の減少-企業の貢献、徴兵制かわりの貢献』

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20110526

を書きました。

ここでは、CSRの研究、推進をしている知人との話を軸に書いていましたが、今こんな声が現実にでてきているのですね。

現状の問題を考えると、こうした意見がでてくるのはおかしくないかもしれませんが、もともと徴兵制度があったドイツなどと違い、日本においでは『諸刃の刃』でしょう。

Wedge Infinity2013617日)

徴兵制とは違う!

災害救助隊で若者雇用

By 磯山友幸氏

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2875

-ドイツでは徴兵制を止め、義務教育を修了した男女に1年のボランティアを義務付けた。日本で徴兵制などというとタブー視されがちだが、東日本大震災のような災害時に自衛隊やボランティアが大きな力となったのは事実だ。「災害救助予備隊」を設置して募るという意見もあり、議論すべき課題だ。-

7月の参議院議員選挙で自民党が圧勝すれば、憲法改正に向けた動きが具体化することになる。賛否いずれにせよ、憲法と真正面から向き合って議論することが必要になるが、問題はタブーが多すぎることだろう。日本では問題が大きければ大きいほど、議論自体を封じてしまう傾向がある。以前この欄で取り上げた移民問題などが典型だ。

 憲法改正論議でのタブーの1つは徴兵制ではないか。議論しないが故に、諸外国の情勢変化にも鈍感で、左右両派に分かれた神学論争に陥りかねない。日本では紹介される機会が少ないが、ここ数年で徴兵制を大きく変えた一例がドイツだ。

 同じ敗戦国のドイツは1957年から徴兵制を敷いてきた。満18歳以上の男子に9カ月間の兵役を課していた。それを201171日をもって「停止」したのである。危機に直面した際には復活できるよう法律は残したが、事実上の徴兵制廃止だ。廃止の理由として国の財政負担軽減が強調されがちだが、実際にはそれだけではない。

 第1に「戦争」の形が変わったこと。大人数の歩兵が向かい合って総力戦を展開する伝統的な戦争はもはや想定されなくなった。ソ連の崩壊による冷戦終結がドイツの防衛体制を大きく変えたのは言うまでもない。代わって増えたのが、海外での「テロとの戦い」だ。

テロとの戦いとなると十分な訓練を受けたプロの兵士が必要になる。熟練した軍人でなければ簡単に命を落としてしまうのだ。高度化する軍務に従事できる兵士は、プロである職業軍人や意識の高い志願者でなければ集まらなくなっているという現実があるのだ。

 徴兵制停止まで、約245000人の軍人のうち56000人が徴兵だったが、停止後は志願制に切り替えた。今後は徐々に軍人の総数を185000人にまで削減、そのうち15000人を志願兵で賄う計画だという。

 ドイツが徴兵制度の停止を決めたもう1つの理由は、徴兵を忌避する若者が増えていたこと。ドイツでは信仰や信念から徴兵を拒否する「良心的兵役拒否」が認められていた。軍務に就かない代わりに社会福祉施設などで働くことが義務付けられていたのだ。この非軍事役務に就いていた男子は09年で9万人。つまり兵役従事者を大きく上回っていたわけだ。

徴兵制を停止したことで、社会福祉施設などに余波が及ぶ懸念が出たのは言うまでもない。非軍事役務も停止されることになったからだ。放っておけば各施設でのボランティアが不足する。そこでドイツでは「連邦ボランティア役務制度」を新しく導入。義務教育を修了した男女に原則1年のボランティアを義務付けた。

 平和国家のイメージが強いスイスにも徴兵制があるがその内容は大きく変わってきている。「国民皆兵」という建前で、男子は20歳から36歳までの間、合計260日の兵役に就く義務がある。そんなスイスでも、良心的兵役拒否が認められている。やはり軍事的役務の代わりに介護や医療現場でのボランティアに就くのが中心だ。

(中略)

「災害救助予備隊を創設してはどうか」。民主党政権時代に設けられた「雇用戦略対話」で、若年雇用戦略について議論に加わった藤原和博・東京学芸大学客員教授は、そんな提案をしている。いつ起きるか分からない災害に備えて若者の力を結集しておこうという発想だ。

30歳未満の希望者を12年間、国が「雇用」、最低限の給与も支払う。「若年失業者を吸収できるうえ、共同生活をさせることで若者を鍛えることができる」と藤原氏は言う。250万円で20万人を雇用しても5000億円の年間予算で済む。今でも雇用安定給付金として4000億円前後が使われている。

 この予備隊を自衛隊の下に置くとなると「徴兵制につながる」「予備役ではないか」といった批判を浴びかねないだろう。だとすれば、『海猿』で若者の人気を得た海上保安庁や、『252 生存者あり』でイメージを上げた消防庁などとの連携もあり得る。

 日本には伝統的に「町火消し」や「消防団」など、民間組織を作って有事に備える仕組みがあった。これがコミュニティの崩壊と共に、国の機関やプロだけに有事対応を任せるようになった。国民すなわち自分たちの生命と財産を守るためにはどんな官民の組織が必要か。憲法改正論議と合わせて考えてみてはどうだろう。

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欧州の洪水~ノモンハン~浜田宏一内閣官房参与のメッキ

2013年06月14日 | 社会(歴史・都市計画含む)

欧州中部の洪水-私のペンフレンドと友人がいるドイツの洪水の被害は今もなお。

とりあえず、皆が住んでいるところ、彼らの親類、友人達は無事なのですが、本当に心が痛みます。

「自然災害に人間はなすすべがない。しかし、本当にそう言い切れるのだろうか。

ドイツはこれまでも多くの場所で洪水の被害があって、その都度、堤防の強化について提議されてきたが、喉元をすぎれば・・・と、予算をそちらに回さなかったり、未だに洪水が起こりえるだろう土地が分譲されて、それを買う人がいる。」

60代のドイツ人のブルクハルトさんはそんな声を上げます。

「人は災害を忘れてしまう。災害が起こることを忘れなくても、予算が足りなかったり、または便利さを求めて、危険はあっても安い土地を求める人がいますね。

結局は安全もお金のあるなし、って、おかしいですね。」

と私。

(洪水と堤防に関しては、ドイツ以外に住む友人からは、「たとえ堤防を作っても、それは他の地域を危険にするだけ。という場合がある」と言っていましたが、それでも堤防に関しても、お金持ちがたくさん住む地域ほど手厚い、という面もあるように、私は思います。)

さて、洪水の報告をしてくれたドイツのカイさんはポーランドにちょうど旅行中でした。彼も無事でもありましたが、ドイツのみならず、周辺諸国での惨状と、助けあっていることを淡々と報告。

気が滅入ったのでしょう、途中から最近、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を読み終わったこと、その本でノモンハン事件のことを知り、今度はそれについての本を読み漁ろうとしていることを書いてきました。

村上春樹は、私は『ノルウェーの森』以降は、彼が翻訳した本(アメリカ文学)しか読んでいなかったので、『ねじまき鳥クロニエル』に、ノモンハン事件のエピソードが使われていることを、私は知りませんでした。

(ノモンハン事件Wikipedia:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6)

ノモンハン事件についても本当のことを言えば、私は名前こそ知っていましたが、これはたまたま友人のお爺様がノモンハンの生き残りということがあってから意識した事件。

(これはちょうど、私が731部隊で保健婦をしていた女性を記者さんや学者さんに紹介したころ、それを知った友人が話してくれたことから知りました。この御爺様のお話も聞かせてもあろうと思っていながら、このあとすぐに体調を壊されてしまったので、できませんでした。)

この事件は、当時は、『日本が負けた-都合の悪い事件』として隠されていたようですが、今でも知らない人は多いでしょう。

そういえば、このノモンハンの戦犯といえる辻政信などが、戦後、自民党の議員として当選してしまっているのですが、日本は、本当に責任を問わない(というか、仲間を大切にする)民族だと思います。

さて、責任といえば・・・現在、アベノミクスが間違いだったか、どうかという声もでてきていますが、

毎日新聞(201367日)

特集ワイド:続報真相 アベノミクスはピンチですか 「教祖」浜田宏一・内閣官房参与に問う

http://mainichi.jp/feature/news/20130607dde012020005000c.html

の記事のなかで、『神様』の浜田宏一内閣官房参与に毎日が質問をぶつけたことが書いてありました。

・・・ソフトに対応してくれた浜田さんに問わねばならない。壮大な実験と言えるアベノミクスが失敗に終わったら、どうしますか。「学者としての責任の取り方、それは公の場で自分の考えの誤りを認めることです。ただし、私たちが責任を問われるなら、今までリフレ政策に反対していた学者や経済評論家、デフレを放置した日銀幹部も総ざんげすべきです。経済を好転させられなかったのだから」。このときばかりは語気を強めた。・・・

すごいですね。結果がでる前から本性を垣間見せられたような。

参考:

『浜田宏一氏の教え子池田信夫氏の反論』

http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20121223

『経済学の限界を知る経済学者』と『経済学の神になったつもりの経済学者』
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/d/20130206

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首相になってほしいフィンランドのJ、資質を疑いたくなる安倍首相

2013年06月12日 | 友人・知人

私には多くの海外のペンフレンドがいますが、もしペンフレンド2006年にフィンランドのペンフレンドJと知り合わなかったとしたら、海外との意見交換や交流にここまで興味を持たず、現在のようにeメールによる文通自体をしていなかったと思います。

-彼は、私と知り合ったころにはもう大手IT関連企業の部長クラスの人でした。それがヘッドハンティングをされて医療関係の会社に移籍(彼のこのときの気持ちを、「ITよりも医療の方がより人に貢献ができるんじゃないかな、と思ったから」と言っていました。)、しかしながらそのときの激務がたたってからだを壊ししばらく休職。

そして現在は政府機関の要職についています。

彼は昔からどんなに地位が高かろうが従業員を大切にし、なるべく多くの人達と接して声を聞き、「家族が重病になってしまった」という人の話を聞けば、自分の力が及ぶ範囲で彼らを守ろうと動くような人です。

とにかく困った人がいると自分のことのように心を痛め、老若男女、国籍、職業、地位には無頓着で、人々を愛する彼。彼の能力、経験だけのみならず、彼の周りに人が集まるのはそんな彼の人柄からでしょう。

そんな彼とは彼が多忙であることもあってここ数年は時々しかメールを交わしていなかったのですが、つい最近、彼に連絡をする必要があって、久しぶりに話をしました。

その話の途中、

「そういえばJ、私が嘗てあなたに「あなたみたいな人が一国の首相なり大統領になったとしたら、その国にとってよいでしょうね」と言ったの覚えている?残念ながら、昔も今も、あなたは政治家になることに対して、まったく興味はないでしょうけど。」

と私が茶化すと、

「うん政治家なんてまっぴらだね。僕は時々彼らが気の毒になるんだ。

いいかい、どこかのレストランに行く度にスマホで写真を撮られたり、いつもマスコミの奴らにぴったりマークされているなんて・・・僕はごめんだよ。」

とJ。

Jの答えもおふざけモードでしたが、ただ言えることは、Jは(おそらく政治家の誘いはあるような気がしますが、)まったく政治家にはなる気も、「名声を得たい、有名になりたい」という気もないということです。

「本当に政治家になってほしい人は政治家にならない」というのは古今東西変わらないということですね。

そういえば、わが国の首相について、『誠』にこんなレポートが:

Business Media 誠 (2013611日)

安倍首相が「左翼の人達」に演説妨害されたワケ

By 窪田順生氏

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1306/11/news030.html

安倍晋三首相が自身のFacebookに投稿した「左翼の人達が演説妨害」というカキコミがちょっとした話題になっている。

 事の発端は、先週末に行われた渋谷ハチ公前の街頭演説だ。

 高い支持率をキープする人気者見たさに多くの人が押し寄せたが、その群衆のなかにアンチ安倍の一団がいてやいのやいのと文句を飛ばしたのである。その夜、安倍首相はFacebookでこの時の様子を以下のように綴った。

 「聴衆の中に左翼の人達が入って来ていて、マイクと太鼓で憎しみ込めて(笑)がなって一生懸命演説妨害してましたが、 かえってみんなファイトが湧いて盛り上がりました。ありがとう。 前の方にいた子供に「うるさい」と一喝されてました。立派。彼らは恥ずかしい大人の代表たちでした」

 こんな調子で煽(あお)ったことで、ネット上の愛国心溢れる人たちからは「これだから朝鮮人は」とか「左翼は日本から出ていけ」なんて声が噴出したが、翌朝この投稿はサクッと消える。公式Twitterには投稿が残っていたが、昼ぐらいにこちらも削除されてしまう。ところが11日未明に、この投稿が再アップされたのだ。

実は「左翼の人達」ではなかった?

 なぜ一旦削除したかというと、首相が自信たっぷりに「恥ずかしい大人」としてヘイトスピーチした人たちというのが、実は「左翼の人達」ではなく、単に「TPP」に反対していた人たちだったのではないか、という指摘が寄せられたからだ。

 ご存じのように、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には右から左まで、幅広い人たちが反対しており、自民党のなかでもいまだに抵抗を続けている人々がいるほどだ。

 もうすっかり忘れているかもしれないが、民主党政権時代、野田佳彦首相がTPP交渉参加を匂わせたら、自民党は「国賊だ」と顏を真っ赤にして怒って、こんなポスターを日本中に貼った。

 「ウソつかない。TPP断固反対 ブレない」

 ところが、政権をとったら「そんなことありましたっけ」みたいな顏して、安倍さんはサクッとTPP交渉に参加を表明した。当然、あのポスターにつられて票を投じた農協やらの自民支持者は「ダマしやがったな!」とブチギレしている。安倍さんが「左翼の人達」と茶化した団体のなかには、そんな人たちもいたという。これはマズいと思って一旦削除したものの、何らかの理由で再アップした。

 いくら安倍ちゃんといえども人間なのだからミスはある。いちいちそんなちっちゃい揚げ足をとるんじゃないよ、この反日ライターが、という怒りを声が飛んできそうだが、こういう安倍首相のうっかりは過去にもポツポツ目立つ。

 例えば、20006月と8月、安倍さんの後援会事務所や自宅敷地内の倉庫兼車庫に火炎瓶が投げ込まれるという事件があった。

 当時、内閣官房副長官に抜てきされ若手としてメキメキ頭角をあらわしていた安倍さんは、「北朝鮮の陰謀だ」なんて周囲に言っていたという。

 ところが3年後、パクられたのは工作員ではなく、北九州を本拠地に置く工藤会の組員たちだった。しかも、彼らがゲロッた「動機」がマズかった。

(後はリンクからどうぞ。)

わが国の政治家、「人間的に、男女共が惚れるJみたいな人物」とまでは望みませんが、もっとまともな人はいないのか!!!

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パンドラの箱 in トルコ

2013年06月09日 | 海外ニュース・できごと

トルコ各地に広まった反政府デモは鎮静化をしていませんが、北アフリカや中東の反政府デモより扱いが小さいですね。

(Aljazeera (2013.6.8)

Tear Gas returned to Turkey Protects

http://www.aljazeera.com/news/europe/2013/06/201368121910137157.html )

特に日本のメディアの扱いが小さいのは、トルコが原発のお得意様だからでしょうか。

ところで、昨年11月のForeign Policyに、トルコが原子力技術供与でロシアとハネムーン状態であること(中国も昔はロシアから多くを学びました)、また、トルコの原発建設について、苦々しく思っている米国のことが書いてあります。

Foreign Policy (2012.11.21)

Nuclear Turkey with Russian Dressing;

http://www.foreignpolicy.com/articles/2012/11/21/nuclear_turkey_with_russian_dressing

抜粋:

With transfers of nuclear technology and know-how there is also the concern of proliferation. In the Akkuyu deal, points out American Nuclear Society blogger Dan Yurman, Turkey will avoid the most controversial parts of the fuel cycle which are linked to proliferation and bomb-building. "Keep in mind that with the Russians, Turkey is not going to develop enrichment or fuel-reprocessing facilities. If they do the same with their other two potential power stations then their hands are clean," he notes.

Washington has been largely silent so far. The State Department declined to comment on Turkey's plan for reactors or the Russian deal for this story and has not made any official or public comment. "You can hardly hear any open criticism from the U.S.," says Pamir. But, he adds, "If you flirt with the Russians it can be seen as a dangerous liaison." (In the late 1990s the Clinton administration sanctioned four Russian entities for allegedly sharing nuclear and missile technology with Iran. Those sanctions were lifted in 2004).

"We've never objected to Turkey pursuing civilian nuclear power options because they've not -- unlike Iran for instance -- been in violation of their NPT agreement," says former Ambassador to Turkey Eric Edelman. He says Turkey's solid track record has meant there's been little concern over country's goals. But, he adds, "That could all change with a nuclear Iran. In fact, I think it would change. My own judgment is that although for the most part I think Turkey is motivated by a genuine interest in developing civilian nuclear power, the context has shifted. You now have to consider their pursuit of reactor deals not just with Russia but also with South Korea as a potential long-term hedging strategy against a possible proliferated Middle East."

トルコが原発を持つことでの第二のイランを作り出すという不安、そして、米国にとっては、トルコとロシアが仲良くなること避けたい、というのもあります。

ということで、このトルコのデモは実はCIAも一枚噛んでいるのではないかとも想像してしまいます。

(ちょうど、日本とフランスもロシアと仲良くトルコで商売・・・という形になった上、中国や韓国も擦り寄っているわけで、これは米国が面白いわけがありません。)

まあ、いずれにしても今回のトルコのデモの前、反原発デモがトルコやお隣キプロスでもありましたが、この件に関して独裁的エルドアン首相への不満は今回のデモでも関係していることでしょう。

原発がトルコをもうおかしくしている、という感じでしょうか。

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嗜好とDNA

2013年06月06日 | 異文化

先週末から、フランスからご主人(日本人)の実家に来ているフランス人の友人Jさんと彼女のお嬢さんのSちゃん(2歳半)。

私の家族も友人達も、もうJさんを好きになったのはもちろん、Sちゃんのかわいらしさを前に、もうメロメロです。

このSちゃんは食が細く、そして肉や魚ほか、たんぱく質系のものをほとんど食べないことを心配しているJさんですが、日本に来てから、「魚のみりん干しを食べた」「シラスも食べた」とうれしそうに話してくれます。

そしてSちゃんは、フランスの家でも好物は、ご飯(北イタリア産のお米を鍋を使って炊く)、そして卵焼き、醤油は舐めてしまうそうだし、お菓子もお饅頭が大好き、というので、一瞬、「食べ物の嗜好はやはり、そのDNAも関係するのだろうか」と思ってしまいました。

もう20年近く前のことですが、私の息子も離乳食を始めたころ、和食系の料理、そしてお菓子も洋菓子系より和菓子を好みました。(実は今もそう。)

幼稚園のお弁当で、「明日、何にしようか?」と息子に聞いたとき、かえってきた返事が、

「竹の子ごはんとお刺身」。

誕生日にケーキを用意すると、

「ケーキより、お饅頭が良い」。

それとは対照的に、私の物心が付いた頃から幼稚園頃までは、私を含め、周りの子どもは、洋食系を好み、洋菓子を和菓子より好む子どもが多かったです。

なので、息子の離乳食から幼稚園くらいの間、何度かお母さんたち子どもの嗜好について話題にしたことがありましたが、その結果は、息子以外にも和食、和菓子を好む子どもが案外多く、お母さん仲間のなかにも「自分たちの頃は・・」と、私と同じ感想を持つ人もいました。

「実は、日本人は元々和食を好むのかしら。私達が小さいころは、どの家庭も和食料理がテーブルに並ぶことが多かったせいで、物心が付くころに洋食系、洋菓子系を崇めるようになっただけで、今のように和洋食系を半々くらいの割合で離乳食からずっと食べていると、和食を好むようになる傾向があるのかも。」

なんてことを話していたこともありました。

すっかり忘れてしまいましたが、このSちゃんのケースでふとこれを思い出しました。

(このSちゃん、フランスで、和食のほうを好まれるとなると、ちょっと大変かも。)

蛇足ですが(まあSちゃんの話をして猫の話をするのは失礼かもしれませんが・・)、

「サザエさんで、『お魚加えたドラ猫、追いかけって~』って主題歌、欧米ではぴんと来ない。なぜなら、欧米の猫は、肉を食べるので、魚にはあまり関心をいだかない」

という話を聞いたことがありました。

現在、欧米でも日本でも、キャットフードが主流でしょうが、欧米の日本産の仔猫、日本の海外産の仔猫で実験をしてみたら、どういう結果がでるのでしょうか。

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