Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

フランクフルトの友人Tの帰国

2008年07月25日 | 友人・知人

フランクフルトの友人Tがとうとう今週末帰国することになりました。

彼は昔職場で机を並べた同僚ですが、今でもメールで芸術、時事問題から子供の話などを取り交わす大切な友人です。そしてその付き合いは私が27歳の頃から始まりました。

Tはワグネリアン、元聖書研究会会員(趣味として)、辞書好き、というようなマニアックな面を持ち、また、フランス料理から会席料理まで作ってしまう腕前を持っています。当然食べることにも人並みならぬ情熱を持ち、ミシュランガイドの星付きレストランから路地裏のラーメン屋まで、「美味しい」と聞けば飛んでゆくグルメ。

若いころはそれに加えてりんごダイエットを試みたり、はやりの恋愛ドラマをビデオに録画してまで見たがったり、一際個性的な人物でした。

Tのもう一つの特徴は良くしゃべるということ。私がいた部署に配属されたとき静かだったのは1日2日だけ。それを過ぎてからは、仕事の合間合間に隣の席の私に話しかけてきたので、一度は私が彼との机の境に空き箱で壁を作ったこともあったくらいです。

(不思議なことに、こんなに良くしゃべっていても彼は仕事に支障をきたしませんでした。)

そんなおしゃべり好きで明るいTがある朝困った顔で出勤してきたことがありました。

「昨夜飲みすぎてタクシーに乗ったところまでは覚えているんだけれど、あとは記憶がなくて。朝目覚めたら全く知らない部屋にいて、周りを見渡していると、「誰だ!」って隣から男の怒鳴り声。あわてて飛び出してきたんだ。外に出てポケットに手をやると、なぜか小銭がびっしり入っている。一体僕は気の何をしたんだろう?不安だ。」

一旦家に戻ってから出勤したという彼は頭を抱えました。同僚達は心配はしてはみたものの、最後には調子に乗って「それ、ヤクザだったんじゃないの。後をつけられたかも。」とか、「いや、タクシーの運転手さんで、酔っ払ってつり専用の小銭もってきちゃったんじゃないの?」とかいい加減なことを言って、Tを苦悩させて喜びました。

彼はお酒では数々の失敗をやらかしています。

また、彼は「美味しいものが食べたい」というリクエストに応えて、課員全員を自宅に招いて中華料理の腕前を披露してくれたこともありました。その時、他の課員より一足先にアシスタントとしてついて行った私に「君でもこのくらいならできるだろう」といってチマキに蛸紐を巻く仕事を与えてくれたのですが、結局私の不器用さにあきれて後は彼がほとんど一人でやってしまいました。

普段いい加減なところもあるのに、料理に関しては今でも妥協を許さないようです。

退職後は私も忙しくてせいぜい年賀状を取りかわすくらいでしたが、7,8年前にフランスに駐在中だった彼にメールを送ったのがきっかけ(食材の問い合わせ)で、頻繁な交流をするようになり、今に続いています。

出産準備で退職する私の送別会の帰り、「それではまたいつか皆で会いましょう。」と握手を求めた私に、「皆分かれるときはそう言うけれど、その後に会うことはなく、こうやって友人が一人二人と去っていく・・・」と寂しそうに言ったT。

確かに人は口でなんといっても、大抵は離れたら最後。「また連絡するね。」「またそのうち会いましょう」というのが「さようなら」を意味する言葉であったとしても人はそれに気が付かないし、気が付いたとしても口には出しません。

こんなことを拗ねたように言う同僚。この時私は「意地でも自分から連絡を絶つことはしない」と決めました。

当時お腹に入っていた息子は16歳、その後数年してから結婚した彼の息子さんは小学生。それにしても、十数年も経ってお互いの息子の相談をしあったり、両家族で旅行をしたりなんて、誰に想像できたでしょう。

実は今回、Tは今までいた“古巣(職場)”から“新天地”に移ります。

若い頃と違ってそれなりに地位と貫禄(?)を身につけた彼ですが、それでも新天地に移ることには期待と同時に不安もあるでしょう。

ここ数年は自分が喋ることより私の聞き役をしていてくれた彼ですが、しばらくは私が聞き役を引き受ける番のようです。

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インフラ、原油、次は水

2008年07月23日 | 国際・政治

若い頃“V”というアメリカのテレビシリーズにはまったことがあります。

Vというのは、Visitor(訪問者)そしてVictory(勝利)の頭文字です。

このVisitorとはこれに出てくる宇宙人(エイリアン)のことなのですが、ある日突然、世界中の上空に巨大母艦宇宙船が飛来し、彼らが現れます。当然のごとく世界各国はパニックに陥るのですが、母艦から降りてきたエイリアン達は容貌も人間と変わらず友好的。彼らの「自分の星が環境破壊に直面しているので地球に助けを求めにきた。その代わり自分達も地球のために協力できることをしよう」という説明に地球人達はすぐ納得し、双方の交流が始まります。

政府はこのエイリアン達を向かえる祝賀会を行い、学校ではパレード、そしてエイリアンに憧れる若者達はエイリアン親衛隊に。そしてエイリアンと共同事業をしようとする実業家達。

そんな中、この様子を見ていたナチスドイツを経験した老人達がまずエイリアン達の真の目的を疑いだします。「耳に優しいことを言っているが、本当の狙いは何んだ。あのナチスが勢力を増してきた時代にあまりにも似ている」と。

そして人知れず、各地で学者達が行方不明になっていきます。

さて、実はこのエイリアン達、地球の抱負な水資源、そして食料と人間の確保(人間も食料)を狙って地球に飛来したのでした。そして美男美女ぞろい(中には例外もいる)のエイリアン達の本当の姿は爬虫類。

だからまずこれに気がつきそうな学者達が真っ先に始末されていったのです。

このドラマの主人公は、偶々母船に乗り込むチャンスがあったためエイリアンの本当の姿を見てしまったフリージャーナリストの男性と、知り合いの学者が行方不明になったことを不審に思う若い科学者の女性。彼らは数人の仲間達と善玉エイリアン達(いわゆるエイリアン達の反逆者)とともに、地球の為に真実を暴き、悪玉エイリアン達(ほとんどのエイリアン達)に挑んでいきます。

と、まあこんな話ですが、なぜこんな古いテレビシリーズを思い出したかといえば、昨日テレビで、「インフラをターゲットにしているファンドについての特集」を見ていて、ふとファンドがこのエイリアン達に重なったからです。

インフラとは“infrastructure”の略で、学校、病院、道路、港湾、上下水道、電気、ガス、電話などの公共の福祉のための施設、事業。

これらの施設や事業所を投資会社が購入したり買収したりしているのですが、彼らががこうやって公共事業施設等を手に入れるのは「単なる善意」からではなく「お金を増やす為」。自治体はとりあえずは財政面で助かるし、結果も悪いことばかりでもなさそうですが、しかし最終的な“ツケ”は国民に。

また、原油や食糧をもお金儲けの道具にしてしまうヘッジ・ファンドや、複合的多国籍企業など、持てるものは一国の政治さえ左右できるようになっていくかもしれません。

「インフラ、原油や食糧で儲けたら、次は“水”かな」

そうつぶやきながら、彼らがあの“悪玉エイリアン”のようにならないことを願っています。

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ランドセルを預かったマリリン

2008年07月18日 | 友人・知人

先日、昔少し手伝ったことがある職場に顔を出しました。

そこで二人の元同僚と話をしていたのですが、そんな中、ちょうどこの時期にあった愉快な話を思い出しました。

この二人のうち一人はバービー人形によく似た明るく可愛い主婦で、その話は彼女のお子さんの話です。

その日残業をしていた彼女のもとに、小学校4年の上の女の子から電話が入りました。

そのお姉ちゃんが学童保育にいるはずの小学校2年の妹を迎えにいったものの、本人がいないとのこと。大慌てのバービーちゃんは電話を切ると廊下に飛び出て下のお子さんの携帯に電話を入れました。周りも心配して耳をそば立てます。

するとまもなく「一体どうしたのよ。心配するじゃない。」という彼女の力が抜けた声が聞えてきました。電話に下のお子さんが出たのが分かり、ついで、どうやらこのお子さんが急に学童保育に行くのをやめてお友達と『子供の家』(地域の児童館)に行ってしまったらしいということも聞き取れました。

これを聞いて周りの人間がほっとしているなか、バービーちゃんの怒りの声が部屋にも響いてきました。

「あんた、マリリンにランドセル預けてどうするの!」

マリリン?彼女に外国人の知人か親戚が・・・?

皆、彼女を知っているのでそんなことがあってもおかしくないかな、と変に納得。

そんなこともあって奇妙な顔をして待ち構えていた私達に向かって、部屋に戻ってきたバービーちゃんはぼやきました。

「マリリンってゴールデン(犬)よ。」

彼女の話によると、下のお子さんは急にお友達と子供の家(児童館)に行きたくなって放課後学童保育に向かわず子供の家に直行。そこで係りの女の人からランドセルを背負ったまま来てはいけないこと(つまり一度家に帰らなくてはいけない)を言い渡され、今度は近所に住んでいるおばあちゃんの家に向かったといいます。

でもお家には誰もいなかったのでお子さんは考えた挙句、庭にいた犬のマリリンに「私のランドセル預かってね。頼んだわよ。」と言い聞かせ、ランドセルを預けてきたと言い放ったというのです。ランドセルを預けられたマリリンも困ったことでしょう。

明るいバービーちゃんのお子さんならではの話でしょうが、こんな可愛らしくて楽しい話を思い出すと、今でも和みます。

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投機マネー犯人説

2008年07月17日 | 経済

「原油価格高騰の大きな一因となっているのは、投機マネー」という声がどんどん大きくなっています。

しかし、これに対し米国を初めとする先進国政府や国際機関は、「原油の高騰は中国やインドなどの経済発展が最大の原因」ということをアピールします。

先日、世銀のゼーリック総裁が日本のテレビ番組に出演し、ジャーナリストから「食糧や原油価格の高騰は投機マネーが原因では?」と問われているのを見ました。彼は「やれやれまたか」という面持ちでそれを否定し、原油についてコメントはしないまま、「食糧価格の高騰の原因は、各国の輸出規制とバイオ燃料による需要拡大のせい」と答えただけでした。

さて、この原油価格高騰、果たして本当に中国やインドなどの需要増だけが原因で、投機マネーによる影響はないのでしょうか。

これについてはたとえば、中東の新聞アルジャジーラなどは疑問を呈します-「インドや中国の需要が拡大したのとほぼ同じ量、ドイツと日本の需要が減っているのだから、世界規模で見れば今の段階で需要は大きく変わっていないはず。」

そして、もう一つ、IPSニュースという世界にネットワークを持つインターネット新聞でも、シリアの政府要人が「原油と食糧価格の高騰は新しい世界的投機バブル(バブルにはいんちき事業の意味もあり)の結果」という話をしています。

ただし、この記事は
711日にネットに見出しが出たままで、本文を読もうとすると白紙になって読むことはできません。

「『投機マネー犯人説』を説かれると困る人々が圧力をかけて記事を削除させたのだろうか。」世銀もスポンサーの一つになっているので、ふとそんな勘ぐりもしてしまいます。この記事が読めないことについてIPSに問い合わせるも、返事は無視されたままです。

いずれにせよ、投機マネーが原油価格高騰の主原因でないとしても、影響を与えているのは確かでしょう。だから各国政府がこれについて議論することに後ろ向きでいること自体、おかしいと思います。

国際機関に勤める知人は、『投機マネーと価格高騰の研究』をしようとしても、嫌がる人達が多いことをぼやきます。投機筋は政治家にとってよい資金源ともなるので、彼らにしてみれば、できるなら、触らないでいて欲しいというところでしょう。協力でもしようものなら自分自身が圧力をかけられてしまうかもしれませんし。

そんな中、さすがにこの価格ではやっていけないと、米国の航空業界が動き出しました。

「投機を規制せよ」と。

今までも、米国でもこうした動き(一部の政治家の活動も含む)はありましたが、多勢に無勢。

このように反旗を翻す人々、業界がでてくれば、国民も声を上げやすくなり、マスコミの論調も変わるかもしれません。

これらが作り出す空気の流れが、原油や食糧投機に対する規制を求める声から、ゆくゆくは行き過ぎた(市場原理型)資本主義についての反省へと流れてていけば、良いのですけどね。

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玉村豊男氏の哲学から

2008年07月14日 | 社会(歴史・都市計画含む)

東京新聞が、「こちら特報部」で、「環境と経済の共存」といシリーズ(不定期)を始めました。

第一回は、エッセイストで画家の玉村豊男さんでしたが、主題に関してもですが、働く意義についても良いことを言っていました。

(玉村氏は信州の里山に移住し、小規模に農業をやりながら小さな観光資源をつくり、持続可能な暮らしを実践している人物。)

それはたとえば今世界の頭を悩ませている原油、食糧価格高騰問題、それについても言えることです。

昨今、「原油、食糧価格高騰の大きな原因となっているのは、投機マネーの流入」と言う声があちらこちらから出ていますが、関係筋はそれをひっちゃきになって否定しています。

自らの欲望を満たすほど人は貪欲になり、周りも見えなくなるし、長期的視野も失ってしまいます。平たくいえば、「ほどほど」というのが人間一番幸せなのですが、そうでない人達が実質今の世界を引っ張っているということ(大昔からこれは続いてきたことですが、ただし「そうでない人達」というのが昔はこれほど多様ではなかった)です。

それの方向をまともにするのは無理にしても、とりあえず一人ひとりが原点を見直すこと、それが重要だと思うからです。

抜粋(2008.7.11東京新聞朝刊より)

“・・・・・里山は森と人の境界線となり、自然との折り合いをつけながら暮らす場だ。「持続」するためには「拡大」してはいけない。これに対して、経済は「拡大」しなければ「持続」できないとされ、経済成長率は毎年プラスを求められる。

「拡大する経済は必ず衝突し、争いを生む。新興国までが経済を急速に拡大し始めると、資源も環境も、もはや持続できないことが明らかになった。グローバル化は国境を越えた資源やカネの奪い合いで、それに巻き込まれたくない」

「農地を大規模化して効率よく収益をあげるのは工業的な論理。クルマをつくるのと同じように農作物をつくろうと考える人達だ。農業的な感覚は拡大より持続」と訴え、里山特有の狭い土地を利用した多品種少量生産こそ有効と強調する。

(仏ブルターニュの塩掻き職人のことを例にあげ、)「年をとって力が衰えれば集める塩も減り、当然収入は減る。熟練しても時給が上がるわけではない。それでも決して楽をして稼ごうとはしないし、人の上前をはねたりしない。稼ぐことだけを目的と考えず、仕事そのものに喜びを見出していた」

「こういう仕事観はむしろ日本の伝統だった。手仕事でさまざまなものを作りながら、日々実直に暮らす。汗を流さずに金銭を稼ぐことを潔しとしない。それが最近は子供の頃から金融の知識や投資の意義を教える。こんな風潮は日本人のDNAにはなじまないのではないか」”

玉村氏の「こういう仕事観はむしろ日本の伝統だった。」というのは、「日本の仕事観も昔はこれが当たり前だった」と言い換えるべきだと思いますが、何よりも氏が訴える「拡大より持続を」、「実直に生きる(働く)」という、玉村氏の哲学””見解は、今腰を吸えて考えるべきものだと思います。

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