Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

「4分割統治されなかった日本」と「4分割統治されたドイツ」のたどった道

2015年05月31日 | 社会(歴史・都市計画含む)

先日観たスリランカに住んでいる日本人を紹介する番組で、戦後日本がロシア、アメリカ、中国、イギリスに4分割される話があったことを紹介し、サンフランシスコ講和会議でスリランカ(セイロン)の第二代大統領ジャヤワルダナの「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という言葉、セイロン(現スリランカ)は日本に対する賠償請求を放棄する旨の演説が各国の賛同を得、この案が遂行されなかった、と説明していました。 

この話は、昔私がスリランカに行ったとき、現地のガイドさんから聞いたので知っていました。

(ついでに言うと、中国の周恩来も、「我が国は賠償を求めない。日本の人民も、我が人民と同じく、日本の軍国主義者の犠牲者である。 賠償を請求すれば、同じ被害者である日本人民を苦しめることになる」と、賠償を放棄しました。) 

しかし、よく考えてみると、日本は4分割統治されなかったものの、結果的に、日本すべてをGHQ(実質米国の支配ですが、GHQには英国とオーストラリアも。)が統治することになったわけですから、「このスピーチで皆が納得して4分割されなかった」というのは無理があったのだと思います。スリランカの大統領や、スリランカの人々には感謝はしますが、スピーチとは別にもう米国が描いていた筋書があったとした方が現実的に思えます。

なお、中国とソ連は、サンフランシスコ条約には加わっていません。
(ソ連が日本に参戦したのは1945年8月9日でほぼ日本の敗戦がわかってからのことですが、ソ連が参戦することは45年2月のヤルタ会談で米英ソで密約していました。北方領土のみならず、4分割案にロシアを加える話はそのときのもの?) 

ウィキペディアは万全ではありませんが、ここに、この案が廃案になった原因と思われるこものが書いてありますのでご参考まで。なお、こちらには、ジャヤワルダナ大統領の演説のことは書かれていません。 

Wikipedia
日本の分割統治計画
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%88%86%E5%89%B2%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E8%A8%88%E7%94%BB 

ついでに、ドイツが戦後から1949年まで米国、英国、フランス、ソ連に統治されていた時のことが書いてあるウィキペディアも。 

ウィキペディア
連合軍軍政期 (ドイツ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E5%90%88%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E6%94%BF%E6%9C%9F_(%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84) 

1949年からベルリンの壁崩壊まで、西ドイツ・東ドイツと分断されてきたことを知っている日本人でも、ドイツのこの4分割統治を知る人は少ないです。 

4分割統治の経験があるドイツが米国とロシアとも同等に渡り合える国になっているのに対し、日本は今も米国に統治され、米国の顔色を窺っているのように思えるのは、皮肉なものです。 

追記: 

「ドイツは日本と違って軍隊がないから、ドイツのようにはなれない」という人は多いですが、日本が軍隊を持ったところで、政府が米軍基地や思いやり予算を無くす、米国の言いなりにならない、ということができると思いますか? 

実質軍隊を持つことをめざしながら、それは米国支援。また、思いやり予算も基地問題も解決する気はなく、本国の市街地では飛べないオスプレイを日本の市街地を飛ばすこと、購入までもしている日本政府に、本気で期待している人がいたら、相当おめでたいと私は思います。 

参考として以下を: 

リベラル21
思いやり予算は日本だけ
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1152.html

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東京新聞コラム『安倍・ナルイシキン会談』

2015年05月30日 | 国際・政治

昨日の東京新聞のコラムです。 

東京新聞 (2015年5月29日)
本音のコラム
安倍・ナルイシキン会談
By 佐藤優

21日、都内のホテルで行われた安倍晋三首相とロシアのナルイシキン国家院(下院)議長の会談にクレムリン(大統領府)は満足しているようだ。ナルイシキン議長は、プーチン大統領の側近で、ウクライナ問題に深く関与している。その関係で、米国は議長を制裁対象にし、渡航制限者名簿に加えている。 

米国の意向に配慮する外務省は、当初この会談に慎重だった。安倍首相が政治主導で、あえてナルイシキン議長と会談し、その事実を管義偉官房長官が会見で公表したことにより、ロシアに関しては米国の意向に反してでも独自外交を行う決意を安倍政権が持っているという解釈をするロシア要人もいる。 

モスクワの友人から「ナルイシキン・安倍会談について、日本にとって固有の領土である北方四島が重要なように、ロシアにとってクリミアは固有の領土で、死活的に需要だということを日本政府がよくわかっていることの証左と解釈してもよいか。それならばロシアとの緊張関係にあるウクライナを6月に訪問し、経済支援をするということとの整合性はどうなるのか」という照会を受けた。 

筆者は、「よくわからない。頭の悪い僕には理解できない大戦略を外務省の杉山晋輔外務審議官や宇山秀樹ロシア課長が考えているのかもしれない」と答えておいた。 

佐藤優氏が書くものには、よく個人名がでてきます。
メディアに露出がない一官僚の名前を今回も出していています。 

(今回は憶測にすぎないのに、こんな形でわざわざ官僚2人の名前を出すのは、米政府に注目をあびさせるためでしょうか?) 

しかし、安倍政権とロシアについてメディアの扱いは小さいので、コラムを引用させてもらいました。 

ロシアついでに、昨年10月のバルダイ会議(海外のロシア専門家達と話し合い)でのプーチン大統領の演説のリンクも: 

在日ロシア連邦大使館
第11回バルダイ会議「世界秩序:新たなルールはあるのか、それともルールのないゲームなのか?」2014年10月24日の閉会総会におけるプーチン大統領の演説より
http://www.russia-emb.jp/japanese/embassy/news/2014/10/1120141024.html 

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Identity

2015年05月29日 | 友人・知人

「ゆかり、知人の息子さんが数か月前から日本に赴任したらしいのだけど、日本人のお友達ができないようなの。誰か彼と友達になれる人はいないかしら?日本語も勉強しているのよ。」
スペインのベゴ―ニャさんから依頼がありました。 

まず頭に浮かんだのがイタリアのルイジさん、ファビオさん、クラウディアさんもお世話になっているキョウコさん、そしてこの男性の職場の近くで働いているHさん。
2人に早速問い合わせをしてみたところ、快く引き受けてくれました。 

キョウコさんもHさんも私の友人ですが、お互い面識がありませんでした。
Iさんを紹介したことで、キョウコさんとHさんでまずメールを交換、近いうちにIさんも交えて会う予定です。 

この三人がどの程度親しくなれるかどうかは相性にもよるのでまだ何とも言えませんが、少なくとも、ベゴーニャさんが投げた球がこうして一つのグループを作り、これが大きく広がったり、細胞分裂して新しいグループを作り出す可能性はあるわけです。 

「日本に興味がある人の手助けができて本当にうれしい」と言ってきたベゴーニャさんですが、彼女も私同様、きっとそれを期待していることでしょう。

さて、外国人と日本人。

私はブログでは「スペイン人のベゴーニャさん」「アメリカ人のティムさん」「イタリア人のクラウディアさん」等々、その人の国籍を書いてはいますが、異文化の話をする以外には、実際彼らがどこの国の人であるかどうかというのは今はもう意識することもありません。 

彼らをよく知らない間は、「スペイン人」「アメリカ人」「イタリア人」であっても、知り合えば、皆同じです。 

これは私がボランティアセンターやシルバー人材センターで知り合った、障害者、異世代の友人達と自分とのバリアが、話をするごとに無くなってていったのと同じ。 

つまり、遠目に見ているだけでは、「日本人の私と○○人の彼/彼女」「障害のない私と障害のある彼/彼女」「50代の私と80代の彼/彼女(50代の私と20代の彼女)」なんですが、何かのきっかけで話始めることで、その相手とは「私とあなた」になり、形容詞もいらなくなります。そして、それはその相手だけではなく、国籍、肌の色、障害のあるなし、年齢、そしてついでに言うとバックグラウンドが違う人をも、カテゴライズしてしまうことが無駄に思えるようになります。 

「日本人と外国人」に話を戻せば、オーストラリアにワーキングホリディに行って帰国した20代の日本人男性のブログに面白いものがありました。 

あすはもっと遠くへいこう
日本人すごい!と痛い日本人のぼくが外国人に自慢したら残念すぎる結果になった
http://maeharakazuhiro.com/great-japanese/
 

筆者はここで日本の日本礼賛番組への違和感を書いていますが、最後の部分は、日本礼賛番組肯定派・否定派・どちらでもない派みんなに読んでほしいので、抜粋して貼り付けます。 

日本人がすごいと言われても、ぼくがすごいとは限らない。そして無理してすごい日本人のフリもしたくないし、たくさんの外国人の友達ができた今、「日本や日本人をすごい!」と持ち上げようともぼくは思いません。 

何度も試してみようとして、痛い日本人だったぼくは自国の素晴らしさを語る不毛さを思い知りました。なぜなら誰もが自分の国の話をしたがるし、その国に尽くした日本人の偉人でさえ、その外国人に響かなかったら意味ないのですから。 

じゃあ過去の栄光ではなく、自分たちが日本人であることを大切にしよう!という意見も目にします。 

「海外に出たら、誰もが日本代表。国を背負ってる。だから日本人の誇りを持って外国人と接するべきだ」
でもぼくは思うんです。そんなんの堅苦しくないですか? 
だって外国人とコミュニケーションを取る時の最小単位は「日本人と外国人」ではなく、どんな時も「私とあなた」なんですから。 

外国人の友達と話す時、ぼくは時々日本人であることを忘れるけど、ぼくがぼくであることを忘れることは絶対ありません。 

だからぼくは、外国人が全然振り向かない1億2800万人のすごい日本人の一員であるより、たった1人の外国人の友達に会いたいと思ってもらえる普通の自分でありたい。

ぼくが目の前の人ときちんと向き合えれば、日本人なんてすごいと思ってもらえなくても、相手に喜んでもらえるからです。 

なので、今放送されている「日本人すごい!」なんてテレビ番組にまどわされないでほしいと思います。 

自分に会いたいと思ってくれる外国人の友達ができるだけで、ぼくらの人生はすごくなくても、充分に鮮やかです。

追記:

このブログを書いている前原和裕さんは、(私のブログにも登場してもらっている)山形の地域おこし協力隊の田口比呂貴さんの友人でもあります。今年2月に田口さんを訪問した時のことを、彼はブログに書いています。
http://maeharakazuhiro.com/category/travel-domestic/yamagata/

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熊の顔の介護ロボット・見殺しAIBO

2015年05月27日 | 友人・知人

スウェーデンのM君から、日本の高齢化、少子化、人口減少についての意見を求められています。これをどう答えるか、その話をすると移民の話もすることになるだろうし・・・と、ちょっと考え中。 

「この問題日本だけの問題ではないんですよね。ちょっと、時間をくださいね。少し関係するけど、こんな記事でも読んでいてください。」と言って、日本の介護ロボットの記事を一つ送りました。(このリンクは、他の意見交換メンバーにもコピー送信で送りました。)

The Verge (2015.4.28)
This cuddly Japanese robot bear could be the future of elderly care
http://www.theverge.com/2015/4/28/8507049/robear-robot-bear-japan-elderly 

この介護ロボット、ソフトなロボットという点は良いのですが、これを熊の顔にするセンスって、よく看護師さんが大人の患者に向かって、子供に向かって話すような対応をするのと同じでしょうか。
それとも二昔前までのマタニティウェアーに熊やウサギの模様が付いていたり、妙にファンシーなものがあったのと同じ感覚? 

(「ロボットに介護されるなんてまっぴらだわ。A big no no!
でも、この可愛いロボットは、子供の障害者施設や、子供病棟には良いんじゃない?」
とベゴーニャさん。)

介護用ロボットと呼ばれるものは、海外でも開発していると思いますが、可愛い動物の顔はないでしょうね。(アメリカで、『可愛い(昆虫型等)兵器』は開発しています。) 

熊の顔のロボットの発想は、ちょっと、ソニーのロボット犬AIBOを思い出してしまいました。 

AIBOは、2014年春にソニーがメンテナンスサービスを止めたようで、お葬式を出す飼い主(?)もいたとか。

GIZMODO (2015年2月27日)
AIBOにもお葬式を。千葉県で19匹の合同葬儀
http://www.gizmodo.jp/2015/02/aibo19.html 

メンテナンスは、有志の元ソニーのエンジニアたちが続けていますが、これも部品が手に入る限り。
SONYは「死なない犬」と言ってAIBOを売り出しておきながら、メンテナンスを中止するのは倫理的にどうなんでしょう。 

AIBOは日本国外にもファンがいたそうですが、流石にお葬式を出す人がいたのは、日本だけではないかと思います。

そしてまた、ロボットの犬の他、話かける人形、タマゴッチ、そして熊の顔の介護ロボット、この発想って日本独特のものかもしれませんね。

(私が小学生の頃、担任の先生が手塚治や石ノ森正太郎の漫画をクラスにおいておいてくれました。このなかに、母を無くした女の子に父親がロボットの母親を娘にプレゼントする話がありました。(おそらく、手塚治の作品)これが将来現実になったりして・・・。)

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Listen to Prince Ea!

2015年05月26日 | 人物

先のブログで、スマホ依存の話を書きました。 

スマホ、iPhoneを年がら年中観ている人、フェイスブック、ツイッターなどのSNSにどっぷりつかっている人ー私には異様に見えるけど、こうしていないと安心できない人達が増え続けています。 

「iMacs, iPads, iPhones・・・たくさんのi(I)。we でもusでもない」
「SNSのFriend lists? 実はFriend lessだ。」
これは、米国のラッパーのPrince Ea氏の言葉。 

Can We Auto-Correct Humanity?
https://www.youtube.com/watch?v=dRl8EIhrQjQ 

ついでに、彼の動画もう一本。

Why I Think This World Should End
https://www.youtube.com/watch?v=itvnQ2QB4yc 

こちらは、『世界の裏側のニュース』さんが、翻訳文・翻訳動画をアップしてくれています。

こんな世の中が終わった方がいいと思う理由
http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11942305073.html 

翻訳を抜粋させてもらうと: 

「だって正しいなんてことよりも
人気のあることの方が大事じゃないか」

「リンゴを探すよりも ビッグマックを見つける方が簡単だ
やっとリンゴを見つけたとき そのリンゴの遺伝子は組みかえられていた」 

「テクノロジーでみんなが欲しかった物が手に入るけど
僕たちが本当に必要なものがみんな、そいつに盗まれていく」 

「今のみんなのお手本になっている人たちは
60年前なら 真似をしてはいけないお手本だった」 

「みんなに追いつかなきゃ みんなと同じにならなきゃ
これを買ったら幸せになるよ でも長続きはしないけど」

「人と会うときには気を配ることができる
善性の種を植えるんだ
いつもよりも思いやりをちょっと追加するんだ」

「歴史を変える偉大な人間はごく一部
でも僕たちそれぞれが 小さなできごとを変えることができる」

Prince Ea
http://en.wikipedia.org/wiki/Prince_Ea

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海外のスマホ嫌い・スマホに支配されている人生

2015年05月24日 | 生活・日常

少し前、「日本でガラケーと呼ばれる電話の出荷率が昨年は7年ぶりに増えた」という記事が海外のメディアに流れたのが今年の4月。大元は、毎日のこの記事でしょうか。 

Mainichi (2015.4.24)
Are old-fashioned flip phones making a comeback in Japan?
http://mainichi.jp/english/english/features/news/20150412p2a00m0na003000c.html
 

抜粋: 

Last year, the shipment volume of conventional flip-style mobile phones in Japan rose for the first time in seven years while the growth of smartphones appears to have hit a peak. Japan's so-called "Galapagos cell phones," dubbed after their features such as high-spec cameras and electronic payment systems unique to Japanese mobile phones, are still popular among certain demographics. In February this year, KDDI Corp. launched "Galapagos smartphones" -- flip phones with smartphone technology -- under its Au brand. 

でも、日本のガラケーは2017年に向けて縮小、撤退する方向。
ソフトバンクがガラケーユーザーを時代遅れと侮辱する発言する始末です。

(ドコモやauは、ガラケー人気を踏まえています。スマホ機能を付加したガラホを登場させたり、いろいろ知恵を絞ってはいるようですが、どうなることやら。)

私は電話とメールしか使わないので、スマホは不要。ガラケーで充分です。もっといえば、公衆電話があれば、そのガラケーさえも持たなくても別にやっていけます。 

公衆電話の数は欧州でも激減はしていますが、日本のように、「駅や公共施設に公衆電話が設置されていない」という国はないのではないか、と思ってしまいます。
(NTTが「兵糧攻め」にして携帯会社を支援したわけですね。) 

さて、「電話やメールができれば充分」という私のような人間は、海外にもいます。 

以下はスマートホンを持っていない人間に対しての友人達の反応を面白く描いたものです。 

Questions People Without Smartphones Hate
www.youtube.com/watch?v=1h3SS4XWxWg 

このビデオに寄せられたコメントには、このビデオ通りの反応を受けてうんざりしている人から「僕は携帯自体をもたない」という人まで。コメントもお楽しみください。 

そして、次のビデオはドキュメンタリーの様なコメディ。

I Forgot My Phone 
脚本・主演:
 Charlene deGuzman
 https://www.youtube.com/watch?v=OINa46HeWg8

スマホに限らず、パソコン、iPhone、タブレットといったデバイスは「人間に使われるべきもの」のはずなのに、逆に(多くの)持ち主がデバイスに使われているような気が・・・。

私の今の携帯が壊れたら、PHSにしようかな。 

※二番目の動画として”I Forgot My Phone"ではなく、”I hate smartphone"(4分43秒)という題名の動画を最初は紹介していましたが、この投稿者は3つのフィルムを無断使用して編集していたようなので差し替えました。(その3つのうちの一つが”I Forgot My Phone"。)
ただし、その動画の編集自体は非常に上手で、前後に使われているフィルム(オリジナルが見つからない)も面白いです。興味がある方は、「I hate smartphone youtube 」とネット検索してご覧ください。
(5月26日)
 

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自衛隊を戦場に送る者たちは死にもしないし傷つきもしない

2015年05月22日 | 国際・政治

TBS系JNN (2015年5月22日)
中谷防衛相 “自衛隊員リスク”「増大しない」
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20150522-00000038-jnn-pol 

新しい安全保障の法整備で懸念されている自衛隊員のリスクについて、中谷防衛大臣は「増大することはない」と断言しました。 

 「今回の法整備により隊員のリスクが増大するということはないと考えます」(中谷元防衛相) 

 中谷大臣はこのように、新しい安全保障法制で自衛隊員のリスクが高まることはないと断言しました。その理由としては、武器の使用拡大など隊員のリスクを軽減する措置を盛り込んだなどと説明しています。 

 今回の法整備は海外での自衛隊の活動を大幅に広げる内容で、隊員のリスクが高まる懸念が出ていますが、安倍総理大臣は、これまで明言を避けてきました。 

中谷大臣の発言は、国会審議での焦点になりそうです。 

中谷防衛相が言っているのは
「武器の使用拡大など隊員のリスクを軽減する措置を盛り込んだから、自衛隊のリスクは増えない」ですが、これは「自衛隊に戦闘地域に行って、武器をもって闘ってもらうよ。武器を持たせてあげるんだから、君たちは死ぬことはないよ」
ということだと思います。 

安倍首相は先に「戦争法案じゃない」と言っていましたが、この中谷防衛相の発言から、安倍首相の嘘がわかります。また、中谷防衛相の「武器を持っていればリスクはない」という話、国民もなめられたものです。 (軍需産業のPRですかね?)

しかも、自衛隊に求められるのは、日本国の防衛ではなく、米国の戦争ごっこの援軍か後始末。 

さて、私は『赤毛のアン』の作者のL.M.モンゴメリは、そのシリーズの最後の方の物を読んで、ずっと反戦思想を持っているのだと思ってきましたが、最近そうではなかったことを知りました。 

彼女には、平和主義者で反戦思想を持ったペンフレンドがいましたが、彼に対してこう書いています。 

「あなたは『これは商業戦争なのだから、カナダ人の血を一滴たりとも流す価値などない』とおっしゃいます。よもや、よもやあなたはこの戦争の重要な意味を見落とすなんてことはないでしょうね。 ── これは死をかけた闘いなのです。 

自由と暴政の、現代と中世的観念の、(「中世」のスペルが正しくないでしょう。正しく書けたためしがないのです。)民主主義と軍国主義の。これは未だかつて英国が遂行する戦争の中でもっとも正義にかなったものであって、カナダ人の血に値すると信じています。 

もし私の息子が従軍できる年齢だったら、私は「お行きなさい」と言うでしょう、たとえ心が張り裂けてしまったとしても。もし彼が戦場で倒れることがあっても、幾百万の若者 がそうであったように、彼の血は私たちの全てが何らかの形で信じている『遥かなる神聖な出来事』(*b)へと至る道程をしっかりとつなぎ合わせることでしょう!」 

『真実の赤毛のアン』イーフレイム・ウィーバー
人間観の相違を超えたKindred
https://sites.google.com/site/anneskindredspirits/weber/war
から転載させてもらいました。) 

と答えています。 

これには、ちょっと幻滅しましたが、ただ、おそらく彼女は自分の息子たちが戦争に行ける年齢であれば、戦地に送り出したと思います。

モンゴメリには特権階級意識があり、当時は「財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴う(ノブレス・オブリージュ)」ということを、彼らは受け入れていました。
もちろん、特権階級のすべての人がそうだったわけではなかったでしょうが、誇り高いモンゴメリには「自分達が率先して」という気持ちがあったのだと思います。 そして、そもそも、「戦争が先にありき」でありました。

今、安倍政権がしているのはすべて逆。

先に自衛隊を戦場に送り込むことを決め、そして、「自分達が率先して」ということもない。「ノブレス・オブリージュ」ではなく、自衛隊や国民の痛みを押し付けているだけなのに、嘘やごまかし、「責任は私がとる」と口先だけのことを言う。

こんなリーダーをまだ支持する人達がいるのが、私は不思議でなりません。

2013年2月に書いたこの記事、そして歌をもう一度どうぞ。 

1914年のクリスマス~「撃て」と命じる者たちは 死にもしないし傷つきもしない
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/1f80972918cce19c43bad56b44fb1807
 

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米テクノロジー思想家Nicholas Carr氏からの警鐘

2015年05月20日 | 人物

5月17日のブログ『「永遠の未成年集団」増殖中』http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/e18741c0f307dce3647719d10c0b30e6に、「漫画、アニメ、ゲーム」ばかりにしか興味がない人達のことを書きましたが、これらの娯楽は皆『受動的娯楽』です。

昔、「テレビばかり見ているとバカになる」と言われましたが、これも同じこと。
『受動的』というのは、「他者から与えてもらう・してもらう」ということです。 

一つ例を挙げましょう。 

私たちが挿絵もない物語を読んだときは、その登場人物や舞台のイメージは自分の頭の中で作り上げなければならないです。。

それに対して、アニメ、漫画、ドラマ、(まあ、映画もですね)は、登場人物や舞台のイメージはもう決めていてくれて、私たちはそれを受け取るだけ。これが、受動的な娯楽です。 

この『受動的』というのは、実はこうした遊びだけではなく、インターネットから機械化、ロボットもそうです。「なるべく人が頭や体を使わないでいられるようにさせてくれる」という面が、これらにもあります。 

漫画やアニメも、テクノロジーも、その利用の仕方次第で、麻薬にもなり、人間を退化させると、私は思います。

最近、海外の友人達と、「テクノロジーと人間」について意見交換を続けていますが、その中で話題にしていた、米国のテクノロジー思想家、ニコラス・カー氏のインタビュー記事と英語のインタビュー動画のリンクを: 

ダイアモンド(2010年9月22日)
iPad、グーグル、ツイッターでヒトは本当に馬鹿になりつつあるのか

~米国の著名テクノロジー思想家ニコラス・カーが語る“ネット脳”の恐ろしさhttp://diamond.jp/articles/-/9463 

インタビュー動画

Is the Internet Making Us Stupid? (The Shallows)
https://www.youtube.com/watch?v=5tqRMbg7MPc 

Our Automated Lives (The Glass Cage )
https://www.youtube.com/watch?v=2HkHrcksub0

(後者は自動操縦化した飛行機の弊害について話していますが、エアバスの幹部に聞く耳を持った人がいて(?)よかったです。
『エアバス幹部の良識的発言』
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/c215d9d2119b278580083909045df225) 

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質の高いアナログ的ドラマ『天皇の料理番』

2015年05月20日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

今シーズン、私が観ているドラマは、NHKの朝の連ドラ『まれ』とTBSの『天皇の料理番』。 

『まれ』の方は、『アンと花子』、『マッサン』に続いて習慣化して観だしただけですが、これは、出演している俳優たちに同情したくなるような作り。 

『アンと花子』は最初の一か月以降は酷い脚本になりましたが、それでも村岡花子に興味があるので観続けました。『マッサン』は中頃で挫折して完全に観なくなりましたが、一応それまではほぼ毎日観ていました。 

『まれ』は観はじめてすぐ、テレビがついていれば観る状態になっていましたが、横浜編に入ってから、非常に下品、より漫画チック、そして点と点を結ぶような展開(『デジタル的ドラマ』もしくは『ファストフードドラマ』と呼びたい。)になり、もうとても観続ける気にはなりません。

(『まれ』は海外でも放映されていますが、今や海外の日本ファンはアニメや漫画しか興味がない人も増えているので、楽しんでもらえるのかな。 嘗て『おしん』がアラブ諸国でも人気になりましたが、このドラマは戒律の厳しい国では途中から放映禁止でしょうか、ね。『おしん』を演じた田中裕子がせっかく出演しているのに・・・。)

これに対して『天皇の料理番』のほうは、脚本は丁寧、撮影のセットの趣味の良さ、俳優たちの熱演。観おわったあとも余韻が残ります。 

このドラマの脚本や演出が巧みで、主人公から脇役までの人物描写が生きています。
そのためもあってか、このドラマの主役級やベテラン勢の俳優たちはもちろん、ほぼ無名だったり、本職が俳優ではない人達すべてが、競うようにその役になりきろうとしているのではないでしょうか。本当にやりがいがある仕事でしょう。 

(篤蔵の弟を演じる森岡龍、華族会館のシェフ奥村を演じる坪倉由幸(お笑い芸人)が、端役ながら光っています。彼らより大きな役であり、無名ではありませんが、篤蔵の元同僚の新太郎役の桐谷健太(堤真一のような演技)、達吉役の柄本佑も印象的。) 

このドラマのことを評価して、「昭和に作られたドラマのようだ」と言った人がいましたが、こうしたドラマが、私たち昭和世代だけではなく、若い人に受けているようだというのも、面白いです。 

(現在、『昭和顔』という言葉も出てきますが、今の若い人達が考える『昭和』って、一般的にどのあたりからのことを差すのでしょうか?「三丁目の夕日」の舞台以降、つまり高度成長期以降のイメージでしょうかね。) 

いずれにしても、いつの時代も、そして年齢関わらず、「質の高いものが人を引き付ける」ということは、変わることはないのでしょう。 

追記:

『天皇の料理番』は、1980年(昭和55年)にも、堺正章主演でドラマ化されています。(私はこれは観ていません。) 

Wikipedia
天皇の料理番
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E6%96%99%E7%90%86%E7%95%AA 

動画
天皇の料理番 1
https://www.youtube.com/watch?v=99wbP3IIIUQ 

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クラウディアさんの"My first trip to Japan"

2015年05月19日 | 友人・知人

イタリアのクラウディアさんが、4月に日本(東京、京都、奈良、広島)に滞在したときの写真をYoutube にアップしました。 

クラウディアさんは、今回が初めての動画を作ったそうですが、なかなかの力作です。(28分10秒) 

My first trip to Japan
https://www.youtube.com/watch?v=1Ge97rvKkPI 

参考: 

『日本に来たクラウディアさん・日本好きは日本食好きに?』
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/94ea27e840960cfe76aef34c920ff5ad 

『クラウディアさんとサチエさんの広島の一日』
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/48ab65101ffbc961a0090c5282db90e0

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安倍首相が目指す『踊らされて踊る国』

2015年05月19日 | 国際・政治

5月14日の時事通信の記事、

「戦争法案」は誤り=安倍首相記者会見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150514-00000118-jij-pol

より抜粋: 

「米国の戦争に巻き込まれるとの懸念に関しては、「絶対にあり得ない」と明言。日米安全保障条約の改正も世論の反発が強かったことを振り返り、「批判が的外れなことは、歴史が証明していると語った。 

  自衛隊の今後の活動に関し、首相は「かつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは決してない」と強調。過激派組織「イスラム国」に対する多国籍軍を後方支援する可能性も明確に否定した。」 

本日の時事通信の記事: 

時事通信(2015年5月15日)
海外での武力行使容認=宮沢首相見解を変更―政府答弁書
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150519-00000057-jij-pol 

政府は19日の閣議で、海外での武力行使は「許されない」との見解を示した1991、92両年の宮沢喜一首相の国会答弁を変更し、安倍政権が定めた武力行使の新3要件の下では「許されないわけではない」とする答弁書を決定した。民主党の長妻昭代表代行の質問主意書に答えた。 

 安倍政権は集団的自衛権行使の容認に伴い、武力行使について、(1)国の存立が脅かされる明白な危険(2)他に適当な手段がない(3)必要最小限の行使―との3要件を新たに設け、安全保障関連法案にも盛り込んだ。 

 答弁書は「他国の領域における武力行動で、3要件に該当するものがあるとすれば、憲法上の理論としては許されないわけではない。自衛の措置としての武力の行使にもそのまま当てはまる」と明記。これに基づけば、他国領海内での機雷掃海も可能となる。  

14日の記事の「米国の戦争に巻き込まれるとの懸念に関しては、「絶対にあり得ない」と明言」ですが、安倍首相はこれを「戦争には巻き込まれないよ。でもね、ホルムズ海峡の機雷除去には行ってもらうよ」という意味で使い、「激派組織「イスラム国」に対する多国籍軍を後方支援する可能性も明確に否定した」の方は、「後方ではなく、最前線で」という意味で使ったのでしょう、きっと。 

いずれにしても、彼にとっての「絶対にしない」「責任を持つ」「平和」という言葉の意味は、常人のそれとは違うようですが。 

ところで、19日の記事の方のコメントに、 

そもそも改憲賛成者は、アメリカに作らされた憲法を今こそ自分たちの手で作り変えようという流れだったと思うが、今起きていることはアメリカの為の法改正であり、憲法解釈であると思う。」 

というのがありました。私も全くその通りだと思います。 

それにしても、「アメリカに押し付けられた憲法は変えなければ」と言う人達が、「アメリカの為の法改正、憲法解釈」が気にならないのは、なぜでしょう。 

タジキスタンで殉職した政治学者の秋野豊さんが常々言っていた言葉に、
「脅かされず、踊らされず、踊る」
という言葉があります。 

(『方程式』の中の『欲』
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/302dbdbfe9bc4fc667a75fbd7ffe9800 ) 

これが本来自立する国の在り方でもあると思うのですが、安倍政権が目指している日本の姿は、『(米国政府に)踊らされて踊る国』としか思えません。

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「永遠の未成年集団」増殖中

2015年05月17日 | 友人・知人

スウェーデンのM君は20代後半ですが、アラフィフのティムさん、ベゴーニャさん、クラウディアさんと私の会話に一緒に加わってくれています。

文通を始めてからしばらくして彼に「日本人の他のペンフレンドはいますか?」と聞いた時の彼の答えは、

「何人か日本人のペンフレンドを見つけて文通をしているんだけど、本当にいろいろ話せる人に巡り合うのは難しいですね。Japan guideを使った印象だと、日本人には英語が苦手な人が多いということ、そして(英語ができる人もそうでない人も)忙しい人が多い、ということに気が付きました。」

でした。 
私は彼に、

「これは傾向としてですが、日本人の場合、語学の壁だけの問題ではなく、自分と違うコミュニティ・グループに属する人とのコミュニケーションを長く続けるスキルが低い、という問題があるのではないかと私は思います。」 

と答え、その原因としては、日本の島国であることからの特異性、そして教育の問題(「ディスカッション・ディベート・スピーチ」のプログラムがほとんどないこともそうですが、「自分の頭で考え自分の考えを持つ」より、暗記や点数を取るための教育が一般的。)をあげました。 

M君に「忙しい」と言ってメールを中断、もしくは返事を書かなくなる人達は、彼とのやり取りが日本語であっても文通を続けることはできなかったのではないかと、私は思うのです。 

ところで、Japan guideをチェックするようになって8年半。
実のところ、コミュニケーション力云々という前に、とても気になることがあります。 

それは、このペンフレンド・友人募集広告には趣味を3つ書く欄がありますが、趣味の欄に「漫画、アニメ、ゲーム」と書く日本人がこの数年で急激に増えたということです。 

特に男性。
「僕はポケモンファン。誰かポケモンについて話しましょう!」と40代が書いていたり、「僕は多趣味です。何でも聞いてください」と言いながら、広告の趣味の欄はもちろん、文章にも「漫画・アニメ・ゲーム」のことしか書いていない30代がいたり。 

アニメや漫画から日本を好きになった外国人もたくさんいるので、外国人でもこの現象は同じですが、流石にサブカルチャーのみしか挙げていない人は少ないです。
(前にアニメやガンダム、アイドルの話しかしない50代のドイツ人にメールをもらったこともありますが、これには思いっきり引きました。) 

彼らは、映画『ビッグ』(ローティーンの男の子が魔法で大人に変身。見かけは大人、中身は子供という主人公をトム・ハンクスが演じています。)の主人公を思い出させます。

Big (1988)
https://www.youtube.com/watch?v=J62jciQ1PbY 

「(将来、)肉体が大人で感情が幼児のようなグループと、肉体はまだ青春期にまでいかないのに、思考と感情が大人を超えるグループが現れる」 

「未来社会には、そういう『永遠の未成年者集団』が現われる一方で、幼いときから大人の思考と感情を持った人間たちも現われるのだ。」 

上記の言葉は、ヒトラーが側近に語ったと言われる言葉です。
(これは「ヒトラーの予言」と呼ばれているものの一部です。私はこれが本当にヒトラーが語ったものなんのかどうかはわかりません。) 

M君はもう20代後半なので、肉体的にはもう十分大人ですが、彼は「幼いときから大人の思考と感情を持っていた」ように感じられます。 

そういうM君のような人間が異端的になって、『永遠の未成年者集団』が大手を振って歩くようになる世界(少なくとも日本はもうそうなっていると思います)、どうなっていくことやら。 

なお、ヒトラーは結びに、

「限りなく心が豊かになっていく精神の貴族、精神の新しい中産階級が現われる半面、支配者が笑えと言えば笑い、戦えといえば戦う『無知の大衆』『新しい奴隷』も増えていく。」

と言っています。

追記:アラフィフのティムさんとクラウディアさん、友人T、夫は日本のサブカルチャーが好きですし、海外のペンフレンドや友人たちはほとんどジブリアニメファンです。私もアニメや漫画は嫌いではありません。なので、「大人だからこの趣味を持ってはいけない」というつもりはありません。ただ、大人になってもそれしか趣味がない、語ることがない、としたら、奇妙に思えてしまいます。

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教員にも政府のフィルター・異才発掘プロジェクト「ROCKET」

2015年05月16日 | 教育

Japan Today(2015.5.16)
LDP panel proposes new teacher recruitment system
http://www.japantoday.com/category/national/view/ldp-panel-proposes-new-teacher-recruitment-system

の記事で、自民党が教員採用に新システムを提言していると知りました。
この記事は産経新聞が出所のようなので、その記事を探しました。 

産経新聞(2015年5月15日)
教員採用に「共通試験」 教育再生実行会議が提言「優秀な人材獲得」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150515-00000109-san-soci 

政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)は14日、都道府県や政令市の教育委員会が個別に実施している教員採用試験に、国が主導して作成する全国共通の筆記試験導入の検討を求める第7次提言を安倍晋三首相に提出した。教員歴や科目に応じた指導力を示す指標の策定や、教職大学院を活用した研修制度の拡充なども盛り込み、「教師力」の底上げを実現する制度設計の青写真を示した。 

 提言では、質の高い教育の前提として「優秀な人材を得ることが決定的に重要」と強調。大学4年間の教職課程だけでなく、着任後も研修を積み重ね能力向上を図ることを求めた。 

 提言が実現されれば、全国の教員の研修を一元的に担う拠点が整備される。研修拠点で教員採用試験の1次試験に使われる「共通試験」の問題を作成し、都道府県や政令市がその試験を活用する新方式が示された。各教委の負担を軽減し、面接や実技中心の2次試験に手厚い対応を取れるようにする狙いがある。 

 教員の資質や能力を示す「育成指標」の導入も求めた。教員歴や指導科目などに応じて、それぞれの教員が身につけておくべき能力を指標で明確化し、研修などに活用するとしている。校長など管理職登用に大学院での学位取得を奨励することも盛り込み、継続的な能力向上の必要性を強調した。このほか、デジタル教科書導入に向けたタブレット端末の普及なども推進していくよう求めた。 

自分の頭で考えることよりも、教科書に書いてあることを答えとし、暗記を奨励する教育が行われている日本。 

教職を目指す学生達は皆そうした教育を受けてきて、ついでに言えば、「どうしても教師になりたい」という人より、就活に挫折したり、安定を求めて教職を目指してきた人も多いでしょう。 

根本をたて直さずに、政府が教職採用にフィルターをかける(つまり、歴史認識や思想も取り締まるということでしょう。)という・・・。
(Japan Todayの記事に寄せられている外国人のコメントにも同じような意見がいくつかあります。) 

政府が考える「優秀」とは?そして日本の国公立学校はますます「画一的人間製造工場」になっていくのでしょうか?

さて、教育といえば、隠居系男子の鳥井弘文さんが『異才発掘プロジェクトROCKET』http://rocket.tokyo/の開校式に参加した様子を書いていたのを思い出しました。 

隠居系男子(2015年1月8日)
“異端児”に「本当に好きなことだけを追求できる」教育環境を提供する「異才発掘プロジェクト ROCKET」http://inkyodanshi21.com/events/6133/ 

(前略) 

異才発掘プロジェクト「ROCKET」とは? 

異才発掘プロジェクト「ROCKET」とは、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が共同で行うプロジェクトで、異才を発掘し、継続的なサポートを提供することで、将来の日本をリードしイノベーションをもたらす人材を養成することを目指すものです。 

突出した能力はあっても、現状の教育環境に馴染めず、不登校傾向にある小・中学校生を選抜し、継続的な学習保障及び生活のサポートを提供することで、将来の日本をリードする人材を養成することが事業の趣旨であり、目的となっています。 

戦後の日本をつくってきたのは、オールマイティーで協調性がある人達。しかし、今そのような人材に頼るには限界が来ている…。

だからこそ、突き抜けた人たちがこれからの日本を変えていくという考えのもと、学びの多様性のある社会の実現が必要であると、東京大学先端科学技術研究センター所長の西村幸夫さんは語ります。 

参加している子どもたちの特徴 

参加している子どもたちは、前述した通り「突出した能力はあるけれど、現状の教育環境に馴染めず、不登校傾向にある小・中学校生」であり、決して障害者などではありません。

むしろ、突出した能力を持った天才・異才な子どもたちばかり。IQが非常に高く、大学で学ぶ数学を既に理解できてしまう子どもがいたり、流暢にプレゼンテーションする子がいたり、動画編集の能力が非常に高い子もいました。 

実際に子どもたちに教えていくことは?

それでは、実際にこのプロジェクトで子どもたちに教えていくことは何かといえば、それは以下のように多岐に渡ります。 

テクノロジーリテラシー、プレゼン能力、コミュニケーション能力、ビジネスセンス、科学的思考、美的センスなどを中心に教えていくとのこと。トップランナーを毎回招いて彼らの話を聞かせていくというようなカリキュラムもあります。その中で子どもが興味をもった内容を伸ばしていく形へとシフトしていくとのこと。 

(後略) 

「こうした子供たちにそれぞれの得意分野を生かした教育をする」ということは、この子供たちにとっても良いことなのかもれません。

が、このプロジェクトには何か非人間的な冷たさ、怖さを感じてしまいます。
このプロジェクトの趣旨が「将来の日本をリードする人材を養成すること」となっているから余計に。

(このプロジェクトについて最終的には肯定的に書いている鳥井さんですが、最初は「今回のプロジェクト概要を事前に知った上で参加していた自分でも、なんだか人体実験のようで少し不気味な光景だなと思ってしまいました。」と書いています。リンクから全文どうぞ。) 

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戦闘服を着て戦車からナチス式敬礼をする首相の顔は戦隊レンジャー遊びをする子供と変わらず

2015年05月15日 | 国際・政治

 安倍首相が迷彩服を着て笑みを浮かべている(うっとりしている?)写真を保存してくださっている方がいました。
http://nekotoenpitu.blogspot.jp/2013/05/abesourisennsha.html
 

ドイツではこの挙手の仕方(まっすぐ伸ばした腕をを前方に挙げる。レストランでウェイターを呼ぶときでさえ、この仕草はNG。)は、ヒトラーとナチスを思い出させるということで刑罰の対象となっていたと思いますが、実は安倍首相は総統気分でこの挙手をやっていたりして。
(ドイツの友人にこの画像を送って感想を聞いてみましょう。) 

彼は自衛隊の人達を喜ばせるために迷彩服を着て戦車に載ったと言っていますが※、幸せな気分だったのは、安倍首相本人だったのではないでしょうか。 

写真のなかの彼の表情は、戦隊ヒーローもののコスチュームを着て、おもちゃの武器を構えた小さな男の子の表情そのものです 。

※  安倍:迷彩服で戦車に乗った件 明治天皇に倣った?5/15参院
https://www.youtube.com/watch?v=wHwwYKpDTOI

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『戦争法案』は誤り?・捻じ曲げられた『積極的平和主義』

2015年05月14日 | 国際・政治

安全保障関連法案が閣議決定されました。 

読売新聞(2015年5月14日)
安保法制を閣議決定、集団的自衛権の行使可能に
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150514-OYT1T50099.html 

時事通信(2015年5月14日)
「戦争法案」は誤り=安倍首相記者会見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150514-00000118-jij-pol

 安倍晋三首相は14日の記者会見で、安全保障関連法案について「極めて限定的に、集団的自衛権を行使できることとした」と説明し、国民に理解を求めた。同時に、「『戦争法案』などといった無責任なレッテル貼りは全くの誤りだ」と強調した。

 首相は法整備の必要性について、「もはや1国のみで、自国を守ることができない時代だ」と指摘。今後も平和国家としての歩みを堅持する考えを示した上で、「積極的平和主義の旗を高く掲げ、世界の平和と安定にこれまで以上に貢献していく」と訴えた。

 米国の戦争に巻き込まれるとの懸念に関しては、「絶対にあり得ない」と明言。日米安全保障条約の改正も世論の反発が強かったことを振り返り、「批判が的外れなことは、歴史が証明している」と語った。

  自衛隊の今後の活動に関し、首相は「かつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは決してない」と強調。過激派組織「イスラム国」に対する多国籍軍を後方支援する可能性も明確に否定した。 

日本を米国の有志連合国にしておいて、そして「テロに屈しない」が口癖で、『米国の属国となるべき改憲』を目指しているようにしか見えない安倍首相。
(ついでに言うと、武器輸出が悲願であり、ODAで軍隊支援までできるようにした人) 

彼が唱える「積極的平和主義」ですが、安倍首相はこの言葉を「自国のみならず、国際の平和と安全の実現のために、能動的・積極的に行動を起こすことに価値を求める思想」として使っています。しかし、本来の意味は『戦争の要因となることをまず解決』ということ。 

ウィキペディア『平和学』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%92%8C%E5%AD%A6より抜粋:

消極的平和と積極的平和 

「消極的平和」「積極的平和」というフレーズは、1942年にアメリカの法学者クインシー・ライトが唱えたのが最初とされる。その後、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが「直接的暴力」(direct violence)と、暴力が貧困や差別、格差など社会的構造に根ざしている場合の「構造的暴力」(structural violence)を提起したことにより、従来の平和学における平和=単に戦争のない状態と捉える「消極的平和」に加え、戦争の原因となる構造的暴力がない状態であるとする「積極的平和」という概念が確立し、平和学の理解に取り込まれ、一般的な解釈となった。日本でも20世紀から同様に解釈されており、『構造的暴力と平和』(1991年中央大学出版部発行)などが出版されている。 

その結果、現行の平和学の対象領域は広がり、貧困、飢餓、抑圧や開発、ジェンダー、コミュニティ、ノーマライゼーション、異文化教育といった日常生活に関わるテーマも含むようになった。 

なお、第2次安倍内閣が国家安全保障戦略の基本として掲げた理念の「積極的平和主義」は、上記の解釈とは隔たりがある。  

戦争やテロの原因となることには目をつむり、お金になる武器を使って多くの人を殺すことがテロ撲滅、世界が平和になると思っている人達(本人たちは絶対危険地域にいかない)が語る『平和主義』、そして『正義』、『安全』といった類の言葉ほど、怪しいものはありません。 

意味そのものや、解釈を変えるのはお手の物です。 

オマケ:

ところで、英国、フランス、そして米国にさえも、米国政府や西側のやり方を批判する記事がでてきています。日本は政治家もメディアも米国政府を批判することはしませんね。

ニューズウィーク
米政府ツイッターのIS残虐情報は嘘だらけ
タブロイド紙のでっち上げ記事まで動員、アメリカの対テロプロパガンダの不毛
By ジョシュア・キーティング
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2015/05/is.php 

ル・モンド・ディプロマティーク
テロ撲滅の「正しい」処方箋
By アラン・グレシュ
http://www.diplo.jp/articles15/1504terrorisme.html

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