Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

”現代版貴族院”に支配される民主主義(?)国・NHKドラマ『まれ』と安倍政権の共通点

2015年06月30日 | 国際・政治

2011年のブログ『高い報酬を得ながら国会を内輪もめ大会にしてしまう政治家が許される国』http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/b708d8c6563d44fc95693ba30b6ced88
に、

報酬や待遇のレベルを半分以下に下げ、そして議員全体の半分を選挙でなく裁判員制度方式で無差別抽出するなどの大きな改革でもしないと、まともな政治は期待できないでしょう。」と、ため息交じりに書きましたが、参議院議員の方が、(参議院議員の定数の半分をということですが)同じ意見を書いてくれています。 

ハフィントンポスト(2015年6月27日)
参議院は無用!?国会会期の延長に思う。【第51回山田太郎ボイス】
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/b708d8c6563d44fc95693ba30b6ced88
 

(抜粋) 

今、議論されている集団的自衛権、安保法制等について、与党の中にも「賛成」「反対」の人がいます。しかしながら、党議拘束がある中では、賛否は参議院に来る前に事実上確定しています。もし、党議拘束がなくなれば、参議院では違った結論になるかも知れません。与党であれ野党であれ、「党議拘束なし」という形で、個々の議員の賛成、反対それぞれの意見を闘わせれば、参議院の意味も出てくるのではないでしょうか。 

また、前項で書いた参政員制度(裁判員裁判制度の政治版)もその一つの考え方です。例えば、定数の半分を一般国民から抽選で選ばれた国民で構成する院とすれば、市民の一般感覚を政治に持ち込むことが可能になるでしょう。政治家が市民感覚といっても、それはあくまでも政治家ですが、本当に一般の市民の方が国会議員になれば、それは本当の市民議員で、一般の感覚を政治にもたらすことができるのです。 

裁判員制度と言えば、私の友人に前年娘、翌年本人という順で裁判員に抽出された親子がいます。
(これは、友人が裁判員の役目を終えてから「人に言わないでね」と教えてくれました。これをブログに書いて良いものかどうか悩んだのですが、匿名なので許してもらいましょう。)

この友人はごく普通の家の普通の主婦で、お嬢さんも普通のOL。なので、彼女親子を狙って選ぶ必要もありません。つまり、ものすごく確立の低い偶然だったのですが、これこそ「無作為抽出ならでこその偶然」でしょう。 

私は、「議員、もしくは参議院のある定数を国民から抽選で選んでほしい」と同時に、「それは正真正銘の無作為抽出でああるべき」と今も思います。 

ただ、安倍政権になって、庶民の暮らしは厳しくなっているし、教育への政府の介入、既存のシステムを無理やり改定(たとえば、ゆうちょ貯金限度額引き上げは、ゆうちょ側は求めていないのに、政府が勝手に決めているようだということなど。)、マイナンバー制度で個人情報集約、まだ提言の段階ですが、高齢者を地域に移住させるようなことを言い出したり、意見が分かれる改憲や安保以外のところで好き勝手やっても、それをおかしいとさえも思わぬ国民が増えている現状、無作為に抽出したところで、「長いものに撒かれろ」というような集団ができるのではないか・・・という懸念が今はでてきてしまっています。 

また、実質一院制の様になっている上、それはまるで貴族院(1890年から1947年。非公選の皇族議員・華族議員・勅任議員によって構成され、解散はなく、議員の多くが終身任期であった。)だけの様になっている日本。しかも“現代の貴族院”は、予算先議件まで持ってしまって、怖いものなし。 

それに対し、デジタル脳を持った若者から中高年、自分と自分の子孫がよければそれでよいという貴族気分の人間や、(生活に困らない)高齢者が国民に増えてしまった今、もう疑問を持つ人の方が少数派になってしまっています。

もう軌道修正できないのではないか・・・と暗澹たる気持ちになります。

ところで、NHK朝のドラマ『まれ』、私は視聴者を馬鹿にした古いギャグマンガ並のストーリー、主役の女優のプロモーションとしか思えないようなドラマに見切りをつけてとっくに観るのを止めていますが、それでも家族が時々観るため、横眼で観ることがあります。

このドラマは、当初の発表では「主人公がパティシエになっていく話」ということでしたがこれは偽り。下品な赤い部屋に住み、キスの後幼馴染を部屋に誘う主人公は学校で学ぶことなく(世界一の!)パティシェを目指す。学ぶことも社会に出ることもなく、デイトレードで身を立てるという高校生(のちのニート)の弟、この就職もしない高校生と、「子供をたくさん産みたいから」とこの弟と結婚を決めるまれの同級生、一攫千金を目指す父親、仕事を年半分しかしないオーナーの息子、勉強をしてる様子もなく、血のつながりがないこの兄を愛するという大学生等々。出演人物は現実感0、ストーリー、演出はパクリもある上、支離滅裂。(炎上狙い?)

これを観ながら「国民の受信料で、よく恥ずかしげもなく、こんな番組を作るな・・。受信料を返還してほしい」と思いますが、一方、「いや、これはすべてが安倍首相やお仲間とリンクしている。看板に偽りありから、品がない、「自分が自分が」、ギャンブル頼み、「産めよ増やせよ」(安倍首相と親しいNHK経営委員の長谷川美千子氏の主張は「女性の一番の仕事は子供を産み育てること」)、知性軽視。そして口では伝統文化や日本の美を叫びながら、これはポーズだけ、というところも。この脚本や演出は確信犯?」と、穿った考えさえ浮かぶようになりました。

いずれにしても、「「受信料を払っている人達から苦情が出ても、何も変えないNHK」と「国民が払う税金で給料をもらって好き勝手できる政治家たち」が同じ」というのは、間違いないですね。

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韓国の女子高生のコメントを捏造したフジテレビの『池上彰緊急スペシャル!』

2015年06月28日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

フジテレビの番組関係者、池上彰氏は恥を知るべき。

まずは視聴者に向けて訂正と謝罪を、そして何よりもこのインタビューを受けてくれた女子高生に謝罪をすべきです。

ハフィントンポスト(2015年6月27日)
池上彰氏の番組で韓国人のコメント捏造か 「日本嫌いですよ」実際は何と言った?
http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/27/ikegami-program-mistranslated-comment_n_7680148.html?utm_hp_ref=japan
 

フジテレビの池上彰氏の番組で放映された韓国人の街頭インタビューが、実際の発言とはまったく異なる内容の字幕をつけていたことに、ネットで批判が起きている。 

問題の番組は6月5日に放送されたフジテレビの金曜プレミアム「池上彰緊急スペシャル!」。この日のテーマは「知ってるようで知らない韓国のナゾ」だった。 

番組内の「韓国 反日のルーツに迫る!」というコーナーで、「なぜ韓国はそこまで日本を嫌うのか」「そして実際、韓国で日本について話を聞いても」とのナレーションをつけ、ソウルでの街頭インタビューの内容を放映。その中で3番目に放映された女子高校生につけられた吹き替えと字幕は「嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」となっていた。 

ハフポスト日本版編集部で実際に映像を視聴して確認したが、デイリーNKの高英起氏がツイートで指摘している通り、実際は「文化がとても多い。そして外国人が本当にたくさん訪れてくれるようです」と発言している。「嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」とは、女子高校生は一言も言っていない。 

オンライン署名サイトChange.orgではフジテレビに対し「もうこれ以上捏造はやめてください!」とするキャンペーンがスタートし「メディアの影響は大きいだけに報道内容に嘘があってはいけません」「捏造によって特定の国や民族への憎悪を煽動など絶対に許してはならない」などのコメントが書き込まれている。 

この番組は、韓国の反日感情の背景や現状を中心的に取り上げている。池上氏が日本の植民地時代の歴史などをさかのぼり「自ら戦って国をつくったのではなくて、日本が戦争に負けて、朝鮮半島から引き揚げた後に、国がつくられたわけでしょ。ある種、棚からボタモチ式に国ができちゃった」「日本と戦ったという伝統に基づいて今の国ができているんだよというある種の建国神話」といった発言に「ネトウヨ、嫌韓本そのまま」との批判も起きていた。 

池上彰氏自身については、私は「彼は良いこともいうけど、時々主観的(もしくは番組プロデューサーの意向?)すぎて、時に情報操作をしていると思えるものもあるから、彼の番組を観る人は注意してほしい」と前から思っているので、彼の番組や書くものは、受け手が気を付ければ問題はないと思っていますが、それでも今回のことは残念です。

とりあえず、彼には以下の記事を見て考えて、ジャーナリスト、そして準知識人扱いを受けている自覚をし、猛省してほしいです。 

Focus-Asia.com(2015年6月15日)
韓国は日本嫌いではない・・池上彰氏の特番を見た韓国人が“わかってほしい”と反論、韓国ネットは「そういうことだったんだ」「単純に日本が嫌いと理解されるのは…」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150615-00000003-xinhua-cn 

(前略)

「池上さんの話は韓国人にとっては説得力がないが、日本人には通じるかも」

「私たちが日本に対して歴史問題で反感を持っているのは事実だが、単純に日本が嫌いと理解されるのは、正しくない」

「メディアとしてもっと成熟した姿を見せてほしい」

「池上さんは自国民のために番組をしただけ。韓国を落とし入れるつもりはなかったと思う」

「韓日問題は敏感だから、もうちょっと検証したうえで番組を作ってほしかった」

「日本人の友人がよく池上さんのような話をする。最初はびっくりした。日本のメディアの責任は大きい」

(後略)

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『太鼓腹のタラス-中国』と『軍人セミョーン-米国』の今後

2015年06月28日 | 国際・政治

毎日新聞
<AIIB>世銀出身の8人が設立準備に協力
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150628-00000008-mai-bus_all 

ワシントン清水憲司】中国が設立を主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)で、少なくとも8人の世界銀行の出身者が設立準備に協力していることが27日、AIIB関係者の話で分かった。これまでベールに包まれていたAIIBの設立準備態勢の一端が初めて明らかになった。世銀出身者らは、中国の依頼を受けて準備に参加。AIIBの運営体制などを盛り込んだ設立協定や、融資基準の作成などを主導している。中国は世銀など既存の国際金融機関に対抗する形でAIIB設立を決めたが、運営体制の構築には豊富な経験を持つ世銀出身者の力が必要と判断したとみられる。 

 協力者8人のうちの1人、米ブルッキングス研究所のデビッド・ダラー上級研究員は毎日新聞の取材に対し、「主に組織のガバナンス(統治)について助言している」と明言。「今年に入り、中国側から依頼を受け無償で協力している」と経緯を話した。 

 ダラー氏は、世銀に約20年間勤務。中国担当のディレクターなどを歴任し、2009年に世銀を退職した後は、米財務省の中国担当特使なども務めた。 

 関係者によると、ダラー氏を含めて少なくとも8人の世銀出身者が、アドバイザーやコンサルタントといった立場でAIIBの設立協定の作成などに協力している。互いに日常的に連絡を取り合っているほか、数カ月に1度、北京に集まって会合を開いているという。また、アジア開発銀行(ADB)などの日本人職員にも中国側から熱心な勧誘があるという。 

 AIIBは、世銀やADBなどと異なり、運営を監督する理事会のメンバーを本部所在地の北京に常駐させない方針。ダラー氏は、「世銀は、理事が常駐することで運営が官僚的で非効率になっている」と指摘。「新たな国際金融機関ができることで、(他の機関にも)効率化をもたらす効果が期待できる」と話すなど、AIIBへの協力の背景に世銀の運営体制への不満があることを示唆した。 

(後略) 

参考:

Asia Nikkei (2015.6.12)
David Dollar: AIIB to have limited economic benefit for China
http://asia.nikkei.com/Viewpoints/Perspectives/AIIB-to-have-limited-economic-benefit-for-China 

中国のバブルが崩壊したらどうなるか、中国という非民主的な国(いや、今は日本だって一部の政治家や経済界が国を牛耳り、個人の思想やメディア統制をしているわけですけど・・)が世界のリーダーとなったら恐ろしい、とは思いますが、ただ、中国政府の良し悪しはおいておいて、中国は戦略的に長けていると思います。 

AIIB関連でもう一つ。 

中国金融大動脈――AIIBと一帯一路
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20150416-00044853/ 

4月14日、中国中央テレビ局CCTVは、「中国金融大動脈」と題して、アジアインフラ投資銀行AIIBと中国の国家戦略「一帯一路」(陸と海の新シルクロード経済構想)が、いかに緊密に結びついているかを特集した。その真意を追う。 

◆AIIBは「一帯一路」構想完遂のためにあるのか? 

14日のCCTVは「一帯一路建設は資金の融通性と切り離すことができない」として、「中国金融大動脈」というタイトルで、「一帯一路」という中国の国家戦略は、AIIBという国際金融融資組織があってこそ真の大動脈となり得ることを強調した。 

一帯一路というのは、前にも本コラムで解説したが、「陸と海の新シルクロード構想」という、中国の国家戦略を指している。 

「一帯」は中国をスタート地点として、早くから経済協力していた新疆ウィグル自治区の西側を囲んでいる中央アジア五ヵ国との新シルクロード経済圏を、さらに西へ西へと延ばして、終点をEUとする「新シルクロード経済ベルト(帯)」を指す。 

「一路」は中国の東海岸にある福建省や広西チワン族自治区をスタート地点として、東シナ海、南シナ海、インド洋を通って、中東やアフリカをかすめながら、やはり終点をEUに置く、新シルクロード海路のことである。 

この一帯一路沿線上の国々のインフラ建設に関して、中国の生産能力過剰となっているインフラ関係の企業を進出させ、それとともに中国の金融サービス機関も同時に海外進出させて、これをAIIB構想と連携していくというのが、中国の大戦略である。 

たとえば、中国のセメント工場が海外進出をする場合、中国銀行も共に海外進出して、これからの3年間で1000億ドルの融資をして一帯一路沿線上の国々の産業を支えていく。 

建設銀行も2000億元(現在、1元は19.26円)の「一帯一路資金」を投入して、「融資、信用貸付、資金導入」を実施していくという。 

また国家開発銀行は重点プロジェクトに対して資金をプールし、一帯一路沿線上の64ヶ国の約900項目の大プロジェクトに対して8000億ドルを投入する。工商銀行も協調して、一帯一路沿線国の131項目のプロジェクトに対して1588億ドルを投資する。 

大きなプロジェクトだけでなく、一帯一路沿線国の庶民の日常生活においても中国銀聯カード(チャイナ・ユニオン・ペイ)(中国を中心に拡大しているオンライン決済システムを運営する企業のクレジットカード)を使うことができ、アラブ首長国連邦ではすべての商店で使うことができ、パキスタンでもATMの70%、POSの90%をカバーしている。 

ただし、アジアインフラ整備のニーズにおいては、個別の銀行の対応ではこなしきれず、どうしてもAIIBのような国家間の国際金融サービスが不可欠となる。 

中国はシルクロード基金だけでも、すでに400億米ドルを投資しており、これからはAIIBが一帯一路のインフラ建設を支えていくことになるだろう。

番組は、基本的にこのような位置づけをした上で、個別の国の例を挙げている。 

(後略) 

中国のこうした記事に対して、最近の米国の記事は・・・。 

産経新聞(2015年6月24日)
米軍 東欧やバルトに戦車・重火器を配備 ロシア反発必至、緊張激化も
http://www.sankei.com/world/news/150624/wor1506240003-n1.html
 

カーター米国防長官は23日、訪問先のバルト3国の一つ、エストニアで記者会見し、東欧やバルト諸国に計250の米軍の戦車や重火器を配備すると発表した。ロイター通信などが伝えた。 

 北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に危機感を募らせるロシアの反発は必至。ウクライナ危機で悪化した米露対立は欧州での軍備拡張と緊張激化に発展する可能性が出てきた。 

 配備する国はエストニア、リトアニア、ラトビアのバルト3国のほか、ブルガリア、ルーマニア。ポーランドやドイツにも一部装備を配置する。 

 有事に備えた予備的配備との位置付けで、カーター氏は即応性を高めた運用を目指すと指摘。過去にソ連に併合されたバルト3国に向け「かつて独立を失った。NATOと共にあれば、再び独立を失うことはない」と語った。(共同) 

米国は数年前からずっと、東欧にミサイルの配置や中央アジアに基地を持つ計画をしてきていましたが、これに反発するロシアに対しては、「いや、これはイランに向けてすのもの」とシラを通してきました。 

『イワンの馬鹿』でいえば、軍人セミョーンが米国。太鼓腹のタラースが中国。
このトルストイのなかでは、この2人は甲乙つけがたいどうしようもない浅はかな人間として描かれていましたが、現代社会では、タラースはど尊敬の対象にもなったりします。

米国は、もう自分のしていることが時代遅れだということを自覚すべきだと、気が付かないものでしょうか。

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フランス映画『シェルブールの雨傘』-リアリティのあるオペラ風ミュージカル

2015年06月27日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

1964年作のフランス映画『シェルブールの雨傘』、この映画は高校生くらいのときに、TVで放映されたのをちらりと見たものの、セリフがすべて歌であることに違和感があって観るのを数分で止めてしまったものでした。 

私はミュージカルは好きで、映画も、劇団四季、ブロードウェイの舞台も観たりしてきましたが、実は今でもオペラのようにセリフすべてが「歌」というのは、そんなに魅力的には映らないです。 

(オペラ曲自体は好きです。オペラはTVで『ミニョン』を観たのみ。セリフ全部が歌という映画は、日本のオムニバス映画『いぬのえいが』で、渡辺えり子と佐野史郎が出演した短編『うちの子No.1!』はセリフがすべて歌でしたが、これは楽しめました。
(蛇足ですが、このオムニバスの『ねえ、マリモ』はほとんどが字幕だけの映画ですが、これは逸品。日本語がわからない外国人の友人達もこの映画は理解できて、皆涙腺を緩めたそうです。)) 

しかし、先日Gyaoをチェックしたときに『シェルブールの雨傘』を発見。主人公の世代から、その母親以上の年齢になった今もこれが気になる映画であることは変わりなく、「今回こそは最後まで観よう」と思っていたところ、やっと昨夜観ることができました。 

…と、前置きが長くなりましたが、この映画の感想を。

※以下は、映画を観たことがある人だけ読んでください。 

この映画のあらすじしか知らなかった私は、この映画は、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの『ひまわり』のフランスの若者バージョンと思ってきていました。 

しかし、この映画のジュヌビエーブとギィの場合、ジュヌビエーブはドライに別の人との結婚を決めるし、ギィとて、ジュヌビエーブが結婚したと知って一時は荒れるけど、伯母の死をきっかけに、ギィと同じく天涯孤独でジュヌビエーブより思慮深く、自分を理解しているだろうマドレーヌとの結婚を決めます。

最後のジュヌビエーブとギィの再会場面はせつなくとも、ハッピーエンドともいえると思います。 
(今はこう思うけど、私がこの映画を若い頃に観ていたら、こうは思わなかったと思います。)

ただ、この映画も、アルジェリア戦争がきっかけで2人の人生が変わったことを描いた上、帰還したギィに対する「兵役から帰ってきてから、荒っぽくなった」という自動車整理工場主のセリフ、ギィ自身の「働かなくたって、恩給で暮らしていける」と投げやりな言葉からも、戦争批判をしています。これは、『ひまわり』と共通しています。 

さて、映画『ひまわり』と違って、『シェルブールの雨傘』のストーリーは現実味に欠けますが、それはこの映画がオペラ風ミュージカルであることと、そのファッションや映像で楽しませるのが製作側の狙いだろうから、それは承知で作っていたのでしょう。 

ただ、現実味がない映画のはずなのに、この映画の人物描写にはリアリティがあるのです。 

特にジュヌビエーブ。
彼女は、はやらなそうな傘屋を営んでいる母子家庭とはいえ、「(落ちぶれた)中産階級」と言った方がふさわしい家の娘。お店と自宅のインテリア、食器、装いの品のよさ。そしてジュヌビエーブはギィとのデートに、自分の友人達が興味がないオペラ「カルメン」を指定し、宝石を売りに行ったお店では、一瞬膝を軽く曲げる挨拶(curtsey)をする。 

これに対して、ギィの自宅のアパートはみすぼらしく手入れもされず、狭い室内も同様。食器も安っぽく、彼が病気の伯母と二人で住んでいることから、おそらく孤児。

「将来はガソリンスタンドを持ちたい」というギィの夢に対し、フランソワーズが「油臭い」と遠慮なく言ってしまったりしてもギィは怒らないし、2人の間でジュヌビエーブの母親が二人の結婚を許す、許さないの話はでていても、ギィの伯母については、二人とも気に掛けることがない。このことを考えても、2人の間が実は戦争がなくても長くは続かなかったのではないか、と思えます。 

この映画では、ギィのようなお金も将来もない若者と娘が付き合うことを嫌い、裕福な宝石商の男性ローマンと娘を結びつけるようにと画策する母親は一見悪者ですが、彼女はギィから娘に届く手紙を隠すようなこともしないし、娘がギィの子供を宿していると知って、その生まれてくる子供の為に洋服を用意するような母親。
しかも、宝石を売りに行くことに悩んだり、売りに行くと決めたら、「その前に美容院に行かなければ」と言ったりして、「悪者」というより、より人間的。 

求婚者ローマンは、お金持ちで洗練されていて、ローラという女性に失恋をして以来、それを忘れる為に世界を飛び回っていたときにジュヌビエーブに出会い恋をしたと言う。彼が語る彼をふった女性ローラの話から、彼がまだこの女性に思いをまだ秘めているのもわかりますが、だからこそまだギィを忘れられないジュヌビエーブの気持ちを知っても彼はたじろがないし、逆に「赤ん坊はぼく達の子供として育てよう」と言う余裕がある。 

(「なぜこんなに別れた女性の話をする必要があるんだろう?」と思っていましたが、実はこの『シェルブールの雨傘』の前に、監督ジャック・ドゥミが作った映画『ローラ』があり、この映画の中でこのローマン・カサールも出演していて、映画の中でローラに失恋する。つまり、シェルブールの雨傘は、『ローラ』の続編のようなもののだそうです。) 

ギィが結婚をすることになるマドレーヌは、これは地味な服を着ていましたが、ギィと結婚と付き合う様になってからそれが一転しておしゃれな服装になります。
その服や装飾品を買ったのはギィで好みは彼のものが反映されているかもしれませんが、好きなはずのギィに自分の元にいてほしいと言われたのものの、「自堕落な生活をしている彼は嫌い」だと突き放す彼女の、芯の強さを表すような服装。
服装云々はリアリティとは関係ないですが、チョイ役のはずのマドレーヌにおいても、映画は手を抜いていません。 

やはり感想は私は得意ではないのでうまくまとめられませんが、とにかくこの映画を観てよかったな、と思ったのでメモ書きとして残しました。 

この映画は、普通の映画としてでなく、ストーリー、音楽、絵画のような映像、ファッション、50年前のフランスのシェルブール、若き日のカトリーヌ・ドヌーブのいずれか一つだけ楽しむのでも価値があると思います。 

映画はこちらで7月3日まで観ることができます。

Gyao
『シェルブールの雨傘』
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00449/v02987/ 

ところで、映画の歌はすべて本職の歌手による吹き替えです。なので、吹き替えを付ける前の、俳優たちが実際にセリフをしゃべっているフィルムもありそうですが、これがあるならそれも観てみたいですね。

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テクノロジー・バブルと人間性の崩壊

2015年06月25日 | 友人・知人

スウェーデンのM君は20代後半の若者。

IT企業で働きながら、博士号をとるために勉強をしています。

好きな作家や尊敬する人の話をすれば、「Marvin Minsky, Douglas Hofstadter, Bertrand Russell, Alan Turing」というような学者たちの名前が飛び出してくる人ですが、彼が名前を挙げた学者たち同様、「Cool Heads, but Warm Heart」を地で行くような人柄。 

彼が日本に興味を持ったきっかけは漫画やアニメではなく、「スウェーデンには欧州の他の国以外にはアメリカ文化の流入、影響が大きい。日本のものは未知」というところから入り、大きくなるにつれて、テクノロジー大国の日本という面で興味が広がったようです。 

この彼とは、ティムさん、クラウディアさん、ベゴーニャさんと、「テクノロジー、イノベーションの弊害・限界」について話すことがあります。 

彼はもちろん、ティムさんとベゴーニャさんも、どちらかというと「更なるテクノロジーの進化は善、歓迎するもの」という考えで、クラウディアさんと私は、「進化は否定しないけど、社会や人間性を破壊する面を無視しすぎていないか?」という疑問が先に立っています。 

人間は、クローン人間を作る技術を持っていても作るべきではないという(自己&社会)規制が働くけど、たとえばロボットはじめAI開発に際しては「倫理」の声は上がってきていても (AIについては、人間を破滅に導く可能性があると、ホーキンス博士などが警告し、ビル・ゲイツもこの警告を深刻に受け止める発言をしています。)、それらの声はかき消されているのが現状ではないでしょうか。

以下は、最近M君に送った日本のロボットの紹介記事です。 

Japan Times(2015.6.4)
Tomy, Docomo unveil conversational robot toy
http://www.japantimes.co.jp/news/2015/06/04/business/tech/tomy-docomo-unveil-conversational-robot-toy/#.VYgEH7AVjIV 

Bloomberg(2015.6.18)
SoftBank to Sell Pepper Robot to Consumers From June 20
http://www.bloomberg.com/news/articles/2015-06-18/softbank-to-sell-pepper-robot-to-consumers-from-june-20 

ドコモとトミーが開発したおしゃべりロボットOHaNASと、ソフトバンクが売り出したペッパー。 

現在は「テクノロジー」を「経済成長」に置き換えてもいいくらい、「テクノロジーの進化」が「人類のため」とはかけ離れてお金のためになってきている気がします。 

ところで最近、こんなニュースがありました。 

Japan Today(2015.6.23)
40% of unattached singles in their 20s, 30s don't want relationship: survey
http://www.japantoday.com/category/national/view/40-of-unattached-singles-in-their-20s-30s-dont-want-relationship-survey 

日本の20代30代のアンケートで、約40パーセント近くの独身者が、特別恋人を持つことに消極的だという結果がでました。 

このニュースについて、福島の復興支援に来ているアメリカ人のD君(最近は人と人のつながりが薄れていると言って寂しがる、M君と同年齢の青年)は、
「日本人はあまりに仕事が忙しすぎて、恋人を持つ気も起らないのだと思う。つまり、日本の仕事文化が原因の一つじゃないかな。」
とコメントしてくれました。

私は、 

「確かにあなたが言うような面はあるでしょうね。
でも、日本の仕事文化は、ずっと昔から変わっていない。

日本人はもともと恋人を自分で見つけるという部分が、西洋人より苦手な部分があって、だから戦後も「お見合い」というシステムが残ってきたのではないかと思います。

それでもそれはイコール「愛する人はいらない」ではなかったのですが、これが変わってきて、2006年くらいには「草食系男子」という言葉まで生み出しました。

今は「草食系女子」も増えてしまったのか、とにかく、何か本能を失った人達が増えてしまって、その増加はインターネット、スマホ、SNSほかバーチャル系のもののヘビーユーザーが増えたのとリンクしているように思えます。」 

と自分の考えを言いました。 

結婚や特別なパートナーを持つことより、自分自身や自分の趣味、生活を一番に考える人が増えたのは、何も日本だけの話ではないと思います。 

しかし、結婚や同棲する以前にロマンスにも興味がない(もしかしたら、一緒に出掛けるだけの人は必要だけど、恋人および特別な友人共必要ないと思っている)という若者が増えている現象は、日本独特のことなのでは、などと思ってしまいます。 

今は、一人でも楽しめるツールも少なくないですし、SNSがあれば、“友達”とも繋がっていられます。

あと足りないのは、自宅で話し相手になってくれる相手。ただし喧嘩も煩わしいやり取りも面倒なので、心地よいだけの相手。 

上記の記事のドコモやソフトバンクのロボット開発、その発想はこの日本の現状を踏まえてのものでしょう。(皮肉を込めて)感心します。
ま、これらのロボットの行く末も、「死なない犬」と言って売り出されたものの、メーカーにサービスを打ち切られてゴミとなったAIBOと同じにならないことを願います。 

追記:

現在、政府は人文系軽視路線を突き進んでいますが、人文系学問や教養こそが「倫理感」を育てるものだと私は思います。
「倫理→歯止め」は為政者のみならず、お金儲け側にとっても、時に邪魔になります。

参考: 

ルイジさんからのメール-イタリア事情
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/34127a7bafaa2835440a3e3389ec7350 

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チャールストン事件-レイシストが親しみを持つ国

2015年06月22日 | 海外ニュース・できごと

サウスカロライナ、チャールストンの教会の銃乱射事件、21歳の犯人ですが、彼はおそらく精神に異常をきたしていると思いますが、関連で記事で気になったものを。 

産経新聞(2015年6月21日)
ネット上に犯行宣言か「黒人は劣等人種」 他人種にも敵意むき出し、FBI捜査
http://www.sankei.com/world/news/150621/wor1506210020-n1.html 

【ニューヨーク=黒沢潤】米南部サウスカロライナ州チャールストンの黒人教会銃撃事件で、9人を殺害したディラン・ルーフ被告(21)が事前に作成したとみられる「犯行宣言」が20日、ネット上で見つかった。黒人の「劣等性」に言及した上で殺人行為を正当化しているほか、他の人種にも敵意をむき出しにしており、連邦捜査局(FBI)は同被告が作成したものか調べている。 

 「宣言」は黒人を「下等人種」と断言し、白人による黒人差別の歴史を「誇張であり、神話だ」と強調。チャールストンを犯行場所に選んだのは、「かつて米国で黒人の比率が一番高かった歴史的な街だからだ」とし、「(殺害以外に)選択肢がない」と身勝手な持論を展開している。 

 また、中南米系(ヒスパニック)についても「米国人にとって大問題でわれわれの敵」と言明。ユダヤ人についても「血ではなくアイデンティティーが問題。それを破壊すれば、彼らは(米社会で)問題を引き起こさない」と指摘した。 

 東アジア人については、「生来の人種差別主義者であり、白人の偉大な同盟者となり得る」と、奇妙な連帯感を示している。 

(後略) 

東アジア人が生来の人種差別者であり、白人の偉大な同盟者- 

これで思い出したのは、2011年7月のノルウェー銃乱射事件を起こした32歳の犯人、アンネシュ・ベーリン・ブレイヴィーク。

彼も、日本と韓国が多文化主義に否定的な国として評価し、インターネットの投稿サイトで、「会ってみたい人」として欧州の極右政治家2人、李明博(書きこみ当時)大統領とならんで、(書きこみ当時の首相)麻生太郎の名前を挙げていたとか。 

ウィキペディア
アンネシュ・ベーリン・ブレイヴィーク
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%93%E3%82%AF 

この若い2人の犯人は、同じ人種・宗教差別者であっても、その差別意識が微妙に違います。しかし、そうであっても、東アジアに対してリスペクトが共通しています。なぜでしょう。
(ルーフ被告については、もっともらしいことを言いながら、東アジアのサブカルチャーファンという可能性もありそうですが。) 

そういえば、前に、私がjapan guideに広告を出したときに返事をくれた、ポーランド人の20代の若者がいました。 

彼は日本語学科を卒業したあとは独学で日本語の勉強を続けてきた人で、日本の社会や政治にたいへん興味を持っていたこともあって、質問に答える形で彼とはしばらくメッセージボックスを使ってのやり取りを続けていました。しかし、途中で彼がイスラムやイスラム教徒に偏見・憎悪を抱いているのがわかり、彼との文通はお断り。

彼の日本語レベルや、それ以外の話からも彼が相当のインテリであることは想像できましが、彼は職には就いておらず(仕事にあぶれたというより、仕事につかないで何か研究をしている様子のも思えました)、実家暮らしでした。 

チャールストンやノルウェーの事件の犯人の連想で、このポーランドの青年のことを思い出したのはこの青年には大変失礼なのですが、日本や東アジアをパラダイスと思う人間のなかに、こうした人種主義者や民族主義者、およびその予備軍が一部であっても含まれているということ、これはちょっと日本は(東アジアも)考えていかなければならないのではないかと思います。 

追記: 

チャールストン事件関連の記事をついでに一つ。
市庁舎では未だに南北戦争時の南部連合の旗が掲げられているということに、驚きです。 

ハフィントンポスト(2015年6月21日)
「レイシストの旗を降ろせ!」銃乱射事件で揺れるアメリカ
http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/21/grief-in-charleston_n_7632898.html?utm_hp_ref=japan

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クラシックの好みは隔世遺伝?・ミハイル・カンディンスキー氏のリサイタル動画

2015年06月21日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

息子が昨年くらいからクラシックをよく聴くようになりました。 

クラシックは、彼が乳幼児のころから私がたまにかけていたCDで聴いていて、嫌いではなかったはずなのですが、大きくなっても自分で進んで聴くまではいきませんでした。 

これが、息子が高校生のころだったか、のだめカンタービレをドラマを観て以来、自分でベートーベンやラフマニノフの交響曲を聴くこともするようになったものの、それも一過性。 

それが昨年の春社会人になってから、通勤にシューマン、ショパン等を聴くようになり、クラシックコンサートに足を運ぶようになったり、自分でCDを買ってきたりするようになりました。 

私はクラシック音楽ではバッハ他バロック、ベートーベン、プッチーニの、荘厳・ダイナミックもしくは聴きやすく万人受けしやすそうなものを好んでいますが、息子の好みは私の父親が好んで聴いていたものに近く、優雅、繊細な音楽が好き。

人の好みができるメカニズムに遺伝が関係するのであれば、隔世遺伝なのでしょうかね。 

さて、クラシックといえば、息子に見せようと見つけた、2013年の洗足学園音楽大学主催のピアノリサイタルの動画を。 

SMC 『ミハイル・カンディンスキー ピアノリサイタル』
https://www.youtube.com/watch?v=IiQsP9TSH9k 

(ミハイル・カンディンスキー氏は、画家のワシリー・カンディンスキー氏の子孫です。
彼は、昔、ボランティアでリサイタルをお願いしたとき、快く引き受けてくださいました。)

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ゆうちょ限度額引き上げの本当の理由は?・映画「シップ・オブ・ノーリターン」と安倍政権

2015年06月19日 | 国際・政治

政府はゆうちょ限度額を1000万円から3000万円にしようと考えています。 

これは、他の金融機関からの反発もあって、どうころがっていくのかわかりませんが、人によっては、ありがたいことでしょう。 

しかし、昔だったらこうした動きががあっても別に気にならなかったのですが、国民年金基金を国際金融資本に献上(?)しているような安倍首相です。ゆうちょ限度額引き上げも、狙いは同じなのではないかと疑ってしまいます。

(年金といえば、先日の日本年金機構データ漏洩事件、安倍首相は「責任は私にある」と言いながら、結果的にこれにかかる費用は年金保険・税金(=国民から集めたお金)というくらいです。憲法や人の命だけではなく、「国民のものは自分のもの」と勘違いしているようです。) 

また、安倍政権は個人の預金のデータもこのマイナンバーで管理することを目指していますが、日本年金機構の騒ぎで国民の拒否反応も大きくなっています。この引上げ案は、それが実現ができなかったことを見越すか、もしかしたらこのマイナンバー制度に預金データを管理させることに反対する民間金融機関への圧力、ってこともあるのかもしれませんね。 

さて、お金の話をしたついでに、ニューズウィークの池田信夫氏のものを。
(池田氏に対しての私の評価は低いですが、彼の浜田宏一と日銀(インフレターゲット、為替)批判は同調できます。) 

ニューズウィーク(2015年6月18日)
黒田総裁は「平成の高橋是清」になるのか
By 池田信夫
http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2015/06/post-935.php 

黒田日銀総裁と、安倍首相の微妙な温度差が目立ってきた。先日は黒田氏が「実質実効レートでこれ以上の円安はない」と発言し、ドルは2円以上も下がった。これは黒田氏も釈明したように実質実効レートは安定しているという事実をのべただけだが、市場が過剰反応した。 

 この背景には、FRB(米連邦準備制度理事会)が量的緩和をやめ、利上げの方向を明らかにする中で、日銀がいつまで量的緩和を続けるか注目されている状況がある。2月の経済財政諮問会議でも、黒田氏が「バーゼル委員会が国債をリスク資産に算入することを検討している」と言ったとされ、金利が急上昇する騒ぎがあった。 

 バーゼルの国際決済銀行(BIS)のルールでは、国際業務を行う銀行の自己資本比率は保有するリスク資産の8%以上、国内業務のみの銀行は4%以上と定められている。今はこの自己資本に国債も算入できるが、国債がリスク資産になると、逆に国債をたくさん保有している銀行の自己資本が過少になり、基準を満たさなくなるおそれがある。 

 黒田氏の看板だった「インフレ目標2%」は失敗に終わり、成長率もゼロで、軌道修正は避けられない。特に日銀の保有する国債の残高は270兆円で、これ以上増やすと国債市場が機能しなくなるばかりか、財政破綻のリスクが大きくなる。 

 しかし安倍首相には、黒田氏の危機感が伝わっていないようにみえる。首相は6月の諮問会議で、歳出削減しなくても成長すれば毎年0.5%財政赤字が減るという楽観的な見通しを示した。しかし財政赤字は次の図のように戦時中を上回り、平時としては世界史上最大だ。 

(中略) 

 高橋財政は大恐慌から日本を救った「ケインズ政策」として有名だが、それがあまりにもうまく行ったために、軍部は「国債は打ち出の小槌だ」と錯覚し、彼が死んだ後は際限ない放漫財政が始まった。黒田氏の金融政策も今のところ慎重に運営されているが、彼がいるうちに出口への道筋をつけないと、70年前のような悲劇が起こらないとは限らない。 

ところで、現在GYAOで、「シップ・オブ・ノーリターン~グストロフ号の悲劇」という映画を配信しています。 

この映画の予告編はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=vy8UNK8AEHs 

Gyaoで本篇を観る方はこちらから(7月16日まで)
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00862/v00075/ 

この映画は1945年にロシアの魚雷によって沈没させられたドイツの大型船の実話をベースにしたものです。 

民間人である船長が反対したのにもかかわらず、軍司令官や将校が船長を威嚇し、自分達の意見を通させ、10000人の避難民が乗った船はバルト海に沈みました。(助かったのは1500名程度) 

自分達の判断ミスであったのにもかかわらず、「責任」もなんのその、威張り散らしていの一番に救命ボートに乗り込んだ司令官や軍の人間たち。それに対して、戦争に翻弄されて避難民となった上死んでいく人達。 

この映画が、日本の将来を暗示させるものになりませんように。 

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欧州人の若者I君、そして酒井啓子氏のコラムから見える日本の外交と教育の問題

2015年06月17日 | 友人・知人

欧州人のI君はエネルギー関係の技術者で、日本にある自国の機関で研修中。アラビア語も大学で学んできたため、近い将来にアラビア語圏で仕事をするつもりでいます。 

私は彼に、

「今の中東および北アフリカの状況を考えると、きっとあなたのご両親はあなたがそうした地域で働くことは手放しで喜べないのではないかと思います。その一方、あなたの国のすばらしい再生可能エネルギー技術を考えると、ご両親はあなた(およびその使命にも似た将来の方向)のことを誇りに思っていることでしょうね」

と言いました。 

先々月に会った従姉は、専門商社に勤めている息子T君が、担当となっている中南米に年中出張で行くことを案じて、「飛行機もさんざん落ちるし、中南米は治安と病気の心配もあるし、できれば転職してほしいわ」とぼやいていましたが、中東は中南米と比べられないくらい状況は悪いわけです。 

I君の場合、彼が大学でアラビア語を選択した段階で、彼もご両親も将来的に中東で仕事につくことは想定してきていたとは思います。

中東や北アフリカはずっと安全地帯とはいえず、彼が大学に通っているころもアラブの春等の混乱がありました。しかし、ISILが国家樹立、これほどの脅威になったのは2013年頃からです。 

中東の混乱は、中東や北アフリカの人達はもちろんですが、(本来だったら、国と国を結ぶ役割をするであろう)こうした若者たちにも影響します。 

ところで、I君を考えた時、「日本の工学部の学生で、「将来中東で働きたい」と言ってアラビア語を学んだり、その土地や歴史のことも同時に勉強したいと思う人ってどのくらいっているのだろうか。仮にそういう学生がいたとして、ニーズにこたえてくれる大学ってあるのだろうか」と考えてしまいました。 
(アラビア語は無理でも中国語のクラスならあるでしょう。しかし、中国語を学ぶ工学部の学生で、中国に興味を持ったり、その地で働くことを頭に描いたりする人はほとんどいない気がします。)

ちょうど、ニューズウィークにこのようなコラムがありましたが、学者・外交関係者でさえこの調子ですし、それに加えて、現在の文部科学省の劣化、これでは望みようがないですね。 

ニューズウィーク(2015年6月17日)
中東外交:銃より薀蓄、兵士より詩人
By 酒井啓子
http://www.newsweekjapan.jp/column/sakai/2015/06/post-934.php 

(前略) 

イラク戦争後、ヨルダンのアンマンでイラクの将来に関する学者の集まりがあった。ヨルダンが音頭を取って欧米とイラクの学者を出会わせたわけだが、会議の資金調達や運営は、日本の国際交流基金やドイツの文化支援機関、ゲーテ・インスティテュートが請け負っていた。筆者は、国際交流基金のサポートを得て、参加し研究報告をしたのである。 

そこでショックを受けたことがある。後援機関であるゲーテ・インスティテュートの中東担当者が、会議の司会をしていたのだが、これがたいへんな中東通だった。自身が研究者で、アラブ地域の古・中世史に実に詳しい。司会をしながら、有り余る知識をふんだんに披露していた。 

対照的に悲しかったのが、日本である。国際交流基金は、資金は出したが、誰も出席しなかった。日本大使館から、最初に挨拶があったが、挨拶しただけで帰ってしまった。最後まで参加していて、このときほど、「ああ、日本の外交官も参加者を唸らせるぐらいの知識と教養を披露できないものか」と思ったことは、ない。 

それから、十年。ようやく、日本の外交官が、外交駆け引きではなく知識と教養でアラブ人たちを唸らせることが起きた。今年四月、アラブ首長国連邦のドバイで開催された第9回「シャイフ・ザーイド書籍賞」授賞式で、塙治夫氏がアラビア語から日本語に翻訳したナギーブ・マフフーズのカイロ三部作(「宮殿巡り」「欲望の宮殿」「シュガー・ストリート」)が、翻訳賞に輝いたのである。2007年から設けられたこの賞、日本人は初めての受賞だ。

塙治夫氏は、日本外務省屈指のアラビストである。筆者も氏が在イラク日本大使館に公使として赴任されていたときに、いろいろとお世話になった。イランとの戦争中、まさに今の混乱の出発点にいたイラクで、外交の最前線に立っていたその人が、ノーベル文学賞受賞作家のマフフーズを翻訳していた――。まさに、知識と教養でアラブ社会に強烈な印象と感銘を与えた外交官である。そう、外交活動においては、教養と知識と文化理解こそが大きな財産なのだ。 

さて、先週9日、文部科学省が発した通知に、人文社会科学系の大学の間で衝撃が走っている。「国立大学の人文社会系の学部や大学院は、社会にニーズのある人材を育てるのでなければ、廃止するか分野転換しろ」という通知である。すべての学問は社会にニーズがあるぞ、というような反論は、なかなか聞いてもらえない。すぐ利益につながるとか、政策や経済繁栄に直結するとか、そういう学問が重視される世の中になる。 

だが、繰り返すが、外交は教養と知識と文化理解で成り立っている。一見役に立たない古代メソポタミア文明とか、ペルシア文学の詩とかについての知識は、しかしそれを披歴することで、相手の心をがっちり掴み、うわべではない外交的友好関係を構築できる重要な鍵である。

何億円のカネを費やして武器を装備した人たちを派遣するよりも、現地語で詩を暗唱するほうが、よほどコストとリスクのいらない、有意義な外交活動ではないだろうか。

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『天皇の料理番』-新太郎の破れた麦藁帽子

2015年06月15日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

11日の7回目の天皇の料理番は駆け足であったことと、(好きな人には申し訳ないですが、)郷ひろみのキャスティングに不満があり、今後どうなっていくか心配だったのですが、心配無用でした。 

14日8回目の前半では、フランソワーズが日本語を流暢にしゃべっていたことと、篤蔵と別れのシーン以前の新太郎が軽すぎた点が気になりましたが、その分、別れのシーン付近からはぐっと盛り上がりました。 

脚本や俳優の演技だけではなく、演出(衣装)にもぬかりはない。
たとえば、セーヌ川の河岸の篤蔵と新太郎の別れのシーン、新太郎の顔がアップにされたときに気が付く彼の麦藁帽。

舞台は冬なのですが、イギリスのパブリックスクール、ハーロウでは、冬も麦藁帽子をかぶるよう。なのでそれはおかしくないとしても、彼がかぶっていたのはボロボロの帽子。
これを観た瞬間、新太郎の生活を思い、そして彼にモディリアニが重なりました。 

モディリアニ、彼はこの時代にイタリアからパリにやってきた画家であり、彼の絵が評価されたのは彼の死後。 

ハンサムな彼はお金はなかったけど、おしゃれに気を遣う伊達男。彼が破れた麦藁帽を冬に被るようなことはなかったにしても、コーデュロイのジャケットと色鮮やかなマフラー、幅の広いフエルト帽がモディリアニのこだわり。 

新しい洋服を買う事も出来ない彼の衣服は傷んでいたでしょうが、彼はそれらの服にアイロンをかけ、ピシッとした貴公子然とした格好でまとめていました。 

モディリアニには、酒、麻薬、女性にだらしない面はありましたが、新太郎と同じく友情に熱い面も。 

新太郎の服装は貴公子然としているわけではありませんでしたが無帽であるより破れた麦藁帽子をかぶり、口ひげを整え(モディリアニはひげなし)、そしてタイプとしては他人に関心がなさそうだったり、利用しているように見えて、情に厚い。 

破れた帽子だけで、これだけ想像させててくれるのですから、やはりこのドラマは素晴らしい。 

(篤蔵が日本に戻ってきてからの感動は改めて書くこともないので、省略。) 

追記: 

さて、フランソワーズに関してですが、この女優さん、第7回目のときにすでに、「はいい」と篤蔵の返事のマネをしていたことから、彼女がフランス人ではないだろうということがわかりました。(フランス人はHの発音ができないので、「はいい」と言える人は少なく、普通は、「あいい」になってしまうと思います。) 

日本語が多かったのは、もしかしたら、この女優さんがフランス語よりも日本語の方が得意だったからかもしれません。

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「集団的自衛権を合憲」という3人の憲法学者は日本会議関係者〜ハーバー・ビジネス・オンライン

2015年06月14日 | 国際・政治

日本会議と安倍政権。 

日本会議については、自主規制があるのか、マスメディアはほとんど記事にしません。 

しかし、ハーバー・ビジネス・オンラインというウェブサイトhttp://hbol.jp/で、この日本会議についての連載があるので、その最新版のリンクを貼り付けます。 

ハーバー・ビジネス・オンライン(2015年6月12日)
「集団的自衛権を合憲とする」憲法学者は全員、日本会議関係者
シリーズ【草の根保守の蠢動 第9回】
http://hbol.jp/45061 

古いものは、下の方に『この特集の記事一覧』がありますので、そちらからどうぞ。 

さて、このハーバー・ビジネス・オンラインですが、調べてみると、扶桑社(フジサンケイリビング系の出版社)が運営するもののようです。 

扶桑社といえば、「新しい教科書を作る会」の教科書を出版したところでもあり、そこがが運営しているウェブサイトにこのような記事を載せるということは、面白いです。 

「米政府も日本会議には警戒していることを考えると、このウェブサイト自体が米国政府の息がかかったものか(フジサンケイグループは米国ヨイショ)」とも思えますが、「扶桑社・産経の中立、良心的ウェブサイト)」と思いたいところです。(この連載も、日本会議自体を問題にするのではなく、それが政府と癒着していることについて批判をしているようでもあります。) 

他の記事もどうぞ。

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高橋是清と安倍首相・インドネシア軍事クーデターの真実とデヴィ夫人

2015年06月13日 | 人物

ティムさんが、

“Interesting that the WSJ decided to do a long article on Korekiyo Takahashi comparing his methods in the 1930s to today.
I was familiar with him, but many US readers are unlikely to know his role in history.”

と言って、ウォールストリートジャーナルの記事を送ってきました。 

安倍首相はたびたび高橋是清を持ち出し、自分と重ね合わせるかのような話※をしますので、ウォールストリートジャーナルだけでなく、フィナンシャルタイムズにも似たような記事があったと思います。

(※ 安倍総理 経済政策に関するロンドン講演にて、高橋是清について語るhttps://www.youtube.com/watch?v=dPwmrgAL3HQ) 

「ティムさん、私は安倍首相(および麻生首相)が高橋是清の名前を出すことは非常に不愉快なんです。
大体、是清は軍部への支出を減らしたことで軍部の恨みを買って、殺害された人です。
そういえば、おそらくあなたにもこれを送ったかどうかわからないのですが、高橋是清のことはこの記事にもたくさん書かれていますよ。 

Japan Focus
Japan, the United States, and the Road to World War II in the Pacific
日本、合衆国、および第二次世界大戦太平洋戦局への道
http://www.japanfocus.org/-Richard_J_-Smethurst/3825/article.html  

ともかくも、安倍首相もアベノミクスも、私にはハリボテにしか思えません。」 

と、彼には返事をしました。 

さて、将校による暗殺、そしてJapan Focusの記事を送ったことで、ふと思い出したものが一つ。 

以前、Japan Focusに 

Islam, a Forgotten Holocaust, and American Historical Amnesia
イスラム教、忘れ去られたホロコースト、そして歴史に対するアメリカの記憶喪失症
http://www.japanfocus.org/-Richard_J_-Smethurst/3825/article.html

という記事がありました。 

これは、約50年前に、インドネシアの共産化を恐れた米政府が、共産党のイスラム教徒を裁判なしに殺す事件をサポートする側にいたという話について書いてあります。 

この事件は、私は昔、「危険な年」というメル・ギブソンとシガニー・ウィーバー出演の映画(映画はサスペンス・ラブロマンスで、事件の本質にはせまっていなかったと思います。)を観たのでかろうじてこのクーデターのことは知っていましたが、たとえば1973年のチリの軍事クーデターと比べても、日本では知られていないのではないでしょうか。 

この軍事クーデター(大量虐殺)については、2012年の映画によって描かれているようですが(加害者も出演)、この映画も監督こそ米国人ですが、制作国は、イギリス・デンマーク・ノルウェー。 

映画『アクト・オブ・キリング』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=Mu68nD5QqP0 

ウィキペディア
アクト・オブ・キリング
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0 

この映画の試写会のときに、デヴィ夫人が、この事件について語っています。 

Webdice
この大虐殺には日本の関与していた
http://www.webdice.jp/dice/detail/4161/ 

現在はお騒がせテレビタレントとして有名になっているスカルノ・デビ夫人。若い人にしてもれば、彼女はもしかしたら、叶姉妹(最近はテレビに出ませんね・・・)の元祖みたいなものに思われているかもしれません。 

しかし、彼女は、虚像ではなく、インドネシアのスカルノ元大統領の第三夫人でした。
私が彼女のことを初めて知ったのは、小学生か中学生の時です。
当時母に、「スカルノ・デヴィって、日本人なの?」と聞くと母は、「彼女は商社の商売のためにインドネシアの大統領に送られた日本人」というような、ワイドショーから仕入れていたような説明をしてくれました。 

そして数年前、彼女をスカルノに送る橋渡しをしたのが、小泉元首相の義兄の父親であったことをネットで知りました。(今日改めてそれが書いてあったサイトを調べましたが、見つかりませんでした。削除されているのかな。)
ひょっとしてこのことがウィキペディアに載っているのかな、と思ってみてみると 

ウィキペディア
デヴィ・スカルノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8E

ここには、

「1959年(昭和34年)、19歳のときに、インドネシアへの開発援助に伴い「東日貿易の秘書」という名目で、スカルノ大統領のもとに送り込まれた。この一件に当時「昭和のフィクサー」と呼ばれた暴力団関係者の児玉誉士夫が関わっていたとされる。」

と書かれているので、商社が実行犯だとしたら、政府が主犯だったのでしょう。 

彼女がインドネシアの第三夫人となったのは、お金、優雅な生活の為であったとともに、「日本の為ならば」という気持ちがあったのだと思います。
スカルノ夫人となって3年後に日本に裏切られるとは思ってもみなかったでしょう。 

今もなお、彼女がテレビや社交界で君臨しているのには、彼女のしたたかでたくましい性格、財力や人脈もあるでしょうが、何か力がある人からの贖罪を兼ねた(口封じもあり?)サポートがあるのか・・・。 

まあ、デヴィ夫人の物言いや行いは私にはとても上質とは思えませんが、翻弄された人生であっても自らを「悲劇のヒロイン」にせず、夫に対する忠誠心(?)を失わないところには、好感が持てます。

上っ面しか知らないだろう偉人と自分を重ね合わせる人より、上質でしょう。

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「ぼくのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました」の作者と青年海外協力隊の青年の感性を

2015年06月12日 | 雑感

6月9日に、
見かけが怖い鬼はそれだけで悪役?・正義の味方(?)桃太郎は制御不能
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/75e4ae3ad0bd02019d4cee42c71d3cbe

という記事を書き、そのなかに芥川龍之介版「桃太郎」の話も書きました。 

この芥川龍之介版の「桃太郎」を彷彿とさせるコピ-、
「ボクのおとうさんは桃太郎というやつに殺されました」
の作者のインタビュー記事が昨年のハフィントンポストに載っています。

ハフィントンポスト(2014年6月14日)
『ボクのおとうさんは、桃太郎に・・・』 あのコピー誕生のきっかけは、シリア内戦だった殺されました
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/08bc51a2db31d93129d325aadb6b188e
 

抜粋: 

山氏はこのコピーで政治的なアピールをしたかったわけでも、反戦運動をしたかったわけでもない。伝えたかったのは、ものごとを様々な側面から考えることの大切さ、私たちの社会生活で"相手の立場に立って考える"こととの大切さだ。自分の価値観で見えている世界と、ほかの人の立場で見えている世界は全く異なる。それをひとつの側面からだけで判断してしまっては、誰かの幸せの裏で誰かが不幸になるかもしれないということに気が付いて欲しかったのだ。「物語は、"めでたし、めでたし"で終わってはいけない。本当にそれがめでたいのかを考える必要があるはずだ」(山氏)。 

この太字、政治家だけでなく、人間であるからには皆心に留めてほしいものです。 

さて、実はこのコピーを見て、青年海外協力隊の青年がこれをもじって作ったものを思い出しました。 

「ボクのおとうさんは、ボランティアというやつに殺されました。」

内容はこちらから↓

Jibri.com
http://jiburi.com/seigi/ 

このコピーや説明には、国際協力やボランティアに関わる仕事をしてきた私としては言いたいことがたくさんあります。 

ただし、この作者の青年は、 

「上の物語に出てきたボランティアとは、僕のことである。 僕がやっていることは、満ち足りた幸せな暮らしをしている山奥の村人に「不幸な人生を送っている」という劣等感を植えつけ、彼らの食文化や伝統的な暮らしをぶっ壊すことではないか、と悩んでいる。 

さらに言うと、国際協力とは「小さな親切、大きなお世話」だとも思っている。

国際協力活動を行うボランティアは「途上国の幸せのために」という正義を振りかざしているが、その活動は本当に途上国の幸せのためになる行為なのか。正義という言葉は、恐ろしく危険な凶器かもしれない。そんなことを、モヤモヤと悩んでいる。 

モヤモヤと悩んでいると、タンザニアに住んでいた先輩から、協力隊に参加する前にもらった言葉をふと思い出した。 「協力隊に参加すると国際協力の意義について悩むだろうが、そんな時は焦って答えを求めずに悩み続けたらいい。実は、俺もまだ答えが出せずに悩み続けている」 

とも書いています。 

この気持ちは私もよくわかるし、こうした疑問を持てる若い人こそが今(国際協力の現場に限らず)必要とされているのではないかと思います。

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「マイナンバー制度を民間利活用したい」という経済界と「ニーズに応える為可能性を探る」という経済産業省

2015年06月11日 | 国際・政治

6月9日に、 

経団連の榊原会長がマイナンバー制度に期待する理由は・・・
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/d4db6ccc87d5d7db18aa660a9fb9a1a9 

を書きましたが、榊原会長がマイナンバー制度導入に大きな期待を寄せているのは、もうマイナンバー制度を民間利用する話はほとんど決まったようなものだからのようですね。 

今年3月に、東京大学でマイナンバー制度にかかる講演をしたようですが、その講演の一つに経済産業省のものがありました。 

2015/03/16 情報理工R2P/GCL共催シンポジウム「マイナンバーとビッグデータ」
http://www.gcl.i.u-tokyo.ac.jp/events/2015316_r2p_ist_gcl_sympo/ 

抜粋:

 基調講演1「マイナンバー制度の民間利活用」
満塩 尚史(経済産業省商務情報政策局 情報政策課 情報プロジェクト室CIO補佐官) 

[講演概要]現在、マイナンバー制度の準備が進められている。マイナンバー制度は、行政等の法律で定められた業務の中で個人を特定し、安全に行政の情報の連携を実現する。そのため、マイナンバーは厳格に取り扱われる。その中で、マイナンバー制度を民間利活用したいというニーズに応えるために、マイナンバーカードの民間活用やマイポータルを活用した本人確認に係る官民連携基盤が検討されている。これらを説明し、マイナンバー制度の民間利活用の可能性を探る。 

マスメディアがあまり大きくマイナンバー制度のことを批判しなくなったのは、彼らもこうした恩恵にあずかろうと思っていることもあるからでしょうか? 

いずれにしても、政府はこうした話は表に出しませんね。

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『天皇の料理番』と栗野慎一郎

2015年06月10日 | 人物

前回の天皇の料理番の舞台はパリになりました。

しかし、予算とスケジュールの関係か、パリ編第一回目はあまりに駆け足だったこと、そして在仏日本大使粟野慎一郎役が郷ひろみというのが、私には不満でした。 

さて、この粟野慎一郎のモデルとなったのは栗野慎一郎。

ウィキペディア
栗野慎一郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%97%E9%87%8E%E6%85%8E%E4%B8%80%E9%83%8E 

彼は歴史の教科書に出ることはありませんが、明治、大正と日本の外交にかけてそれなりの役割を果たした人でした。 

たとえば、彼は1907年に日仏協約を締結。 

これは、フランスと日本の不平等を撤廃させたもの。しかし、これを締結するかわりに、日本はフランスのインドシナ半島支配を認め、日本にいるベトナム人留学生の独立運動とりしまりを約束をしました。

これ以外にも彼の経歴や人脈を見ていると、実は若き秋山徳蔵が天皇の料理番に上り詰められたのも、これは栗野氏が秋山徳蔵の腕を見込んで推薦したというだけでなく、自分の野望を実現させるコマとして使ったのではないか(徳蔵を大正天皇、天皇家のスパイもどきにも使える)、なんて想像してしまいます。 

ちなみに、国立国会図書館の「近代日本とフランス」の人物索引には、現在栗野氏の名前はありません。

近代日本とフランス
人物索引
http://www.ndl.go.jp/france/jp/person/index.html  

(秋山徳蔵はあります。彼のところのリンクは、今ドラマに嵌っている人は楽しめると思います。http://www.ndl.go.jp/france/jp/column/s2_1.html )

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