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三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

1970年ごろ 懐かしのメロディ

2014年10月15日 | 日記

クリント・イーストウッド『ジャージー・ボーイズ』に『君の瞳に恋してる』が作られたいきさつが描かれている。
いつの曲かと思って調べたら1967年で、フランキー・ヴァリの娘の死は1980年なんだそうで、れれれでした。

フランキー・ヴァリ『君の瞳に恋してる』

中学、高校のころはラジオをよく聞いていたのですが、『君の瞳に恋してる』を聴いて懐かしくなり、どんな曲があったかをネットで検索すると、昔の曲を紹介するサイトがたくさんありました。
以前にも調べたことはあるけど、そのころはYoutubeがなく、曲名だけではどんなメロディかわからないままだったですが、今はいい時代です。
本を読んでて曲名が出てきて、どんなメロディなのかと関心を持っても、いちいちCDを買うわけにもいかない。
だけど、今はYoutubeで検索すればいいんですから。

懐メロのベスト3は『ミスター・マンディ』、『マンチェスターとリバプール』、『悲しき鉄道員』といったところ。

オリジナル・キャスト 『ミスター・マンディ』

ショッキング・ブルー『悲しき鉄道員』

ピンキー&フェラス『マンチェスターとリヴァプール』

これらの曲はいずれもアメリカではヒットしなかったそうです。
私は名前を覚えてるのが苦手なこともありますが、オリジナル・キャストとかピンキー&フェラスといったグループは全く覚えがありません。
オリジナル・キャストはカナダ、ショッキングブルーがオランダのグループ。
聴いてて、どこの国の曲かなんてことは意識してなかったです。
意味は分からないのだから、英語ならみな同じみたいな感じで。

で、いろんな曲を聴いているわけですが、マッシュマッカーン『霧の中の二人』はほんと忘れてたし、チェイス『黒い炎』はブラスの部分だけ覚えていたとか、ベスト1の曲に全く記憶がなかったり。

なつかしいなと思っても、当時の記憶ではなく、その後テレビや映画で耳にしたのかもしれません。
『君の瞳に恋してる』にしてもフランキー・ヴァリの歌だったかどうか。

私の懐かしのメロディベスト3はアメリカでヒットしなかったそうなので、たぶんアメリカ映画では使われていないと思います。
日本ではヒットしたということは日本人好みだからでしょうから、CMに使ったら再ヒットしそうな気がします。


コンビニで

2014年09月13日 | 日記

コンビニの店員を土下座させたという事件が大阪でありました。
ずっと以前、コンビニを経営している知人に話を聞いたことがあります。

クレームがあったり、万引きとかがあったときに一番たちが悪い、開き直ったときはどうしようもないのが中年の女性。
万引きといっても、たかだかむすび120円とかそんなもんで、お金がないというんじゃない。
万引きの場合は一対一で話はしない。
まず現状確認をし、必ず店の者2、3人と話をする。
というのは、女性の客と僕1人だったら、触られたとか、何かされたとかいうふうになるとまずいから。
人数が足りないとよその店舗から呼び出す。
万引きができるんだと思われてしまうと大変なので、どっかで抑止力というか、させない、ここでは絶対できないという雰囲気を作ることが必要。

一杯飲んだサラリーマンはたちが悪い。

特に金曜。
中年のおじさんの文句は、自分が買いたい商品がないというのが多い。
たとえば「アイスクリームがほしい」ということ。
「ハーゲンダッツのメロンがない。何でメロンがないんじゃ。わしはメロンが食いたい」
「イチゴはいかがですか」
「イチゴはいらん。お前んとこはなんでメロンを仕入れんのか」
というところから始まる。
こっちは「申し訳ございません」と、とにかく頭は下げっぱなし。
「お客様、全くその通りです」という姿勢でいる。
それでもくどくど言い、30分なり40分なり経つと、「上司を呼べ」と言う人が多い。
僕が店にいないときは、携帯に電話が入る。
スーツに着替え、30分ぐらいして行く。
すると「お前が責任者か」ということで、またなんだかんだとなる。
でも、ある程度酔いが醒めると、自分が理不尽なことを言ってるな、これはまずいというのがあるようで、トーンもだんだん下がってくる。
最終電車までには帰りたいと。
下手にトラブるというのが一番上層部の嫌うところだから。
ともかく「お客様が100%悪くても謝れ」という姿勢は変わらない。

だから僕らはいいカモですね。

コンビニでは、たとえば一袋46円80銭で仕入れているお菓子を46円10銭に値引きさせようと交渉の結果、46円50銭になる、つまり百袋売れて30円のもうけというところで駆け引きする世界なんだそうで、大変だなとびっくりしました。


またしてもパソコンを修理に

2014年09月03日 | 日記

私はパソコン運が悪いのではないかと思う。
私が買ったパソコンのOSは評判の悪いWindows Me、Windows Vista、そしてWindows 8。
そして故障するのが早いし、修理してもまた故障する。
Vistaはのときは買って1年で修理に出し、それから3か月後にも。

今のパソコンも半年ぐらいでUSBポートが2つ使えなくなった。
使えるUSBポートがまだ2カ所あるし、修理に出したら1週間はパソコンが使えず、それは困るのでほっておいたのだが、先日ソフトが立ち上がらなくなった。
一太郎は「ツールボックスファイルを読み込めないため起動できません」というメッセージ、ワードやエクセルは立ち上がるがファイルが開かない。
Windows Live メールもダメで、アドレス帳は4月以降のアドレスが保存されないまま修理に出すことになった。
またしても買って1年しか経たないのに、どうしてこんな目に。

どこが悪いのかというと、パソコンの「故障原因」は「電気的な特性ずれ」で、ケーブルとハードディスクが交換された。

というので、設定やソフトのインストールをやり直さないといけない。
Windows Update(104個の更新プログラム)のダウンロード、そしてインストールがやたらめったら時間がかかり、「構成に失敗しました」というメッセージ。
Windows 8.1のインストールがまた時間がかかる。 
メールはOutlookにしたのだが、アドレス帳のインポートがうまくできない。

NTTのセキュリティソフトのインストールもまだできていない。
一太郎も初期設定のままだから、ツールバーを使いやすいように変えないといけない。
フォントもインストールをしていない。

などなど、雑用が山積みなのに、こんなことに無駄な時間を費やしてとグチが出る。

誰から遠隔操作で意地悪をしているのではないかという妄想する。

Facebookでも、私がいつのまにか「アニー・レズリー」だったか、そんな名前の外人女になっていて、パスワードを変えたら、私の名前になったが、やはり外人女のままで、ログインできず、あれやこれやと苦労してFacebookを退会したし。

ブータンでは国民総幸福量の最大化を目指しているそうだ。
しかし、便利になると、別のことで不便になる。
一つ手に入れるなら、一つを失うものである。
パソコンや原発がいい例である。

幸福の量を増やすことがはたしてできるのかと思う。
ブータンだって幸福量はさほど大きくないらしいし。


ヴードゥー教の呪い(“VOODOO” Death)とチベットの呪殺

2014年08月19日 | 日記

インド後期密教、そしてチベット仏教では、敵対する人間を度脱(呪殺)することが行われていた。
日本でも調伏法と息災法という度脱にかなり近い発想にもとづく修法が行われてきたし、太平洋戦争末期にはルーズベルト大統領を調伏させたという話がある。
呪殺については正木晃『性と呪殺の密教』が詳しい。
正木晃氏はキリスト教やイスラームにも、まったく同じといっていい論理が存在したと言う。

人が呪い殺されるなんてことはあり得ない、オウム真理教のポアのように、弟子が密かに殺していたのではないかと、私は考えていた。
ところが、ケヴィン・ネルソン『死と神秘と夢のボーダーランド』に、生理学者のウォルター・B・キャノンの「ヴードゥー教の呪い」という論文を紹介されていて、まじないや魔術で人は死ぬことがあるそうだ。

占いや遠くから送られてくる呪いの念は、本当に人の命を絶つことがあっても不思議ではない。

ハイチや西アフリカなどで信仰されているヴードゥー教では、人を呪術によって殺すことができるといわれている。
たとえば、殺したい相手の人形を作って魂を吹き込み、針を刺すとか。
そんなアホなことを真に受けるなんてと思うが、ウォルター・B・キャノンによると、真綿で首を絞められるような強い恐怖状態がいつまでも続くと、人は身体的に消耗し、死んでしまう。

ヴードゥー死の犠牲者は、わなにかかった動物のように、自分は絶体絶命、命運が尽きたと納得してしまう。ならば、飲食を断ちもするだろう。そこに、〝明らかな、あるいは抑圧された恐怖〟が引き金となって容赦ないアドレナリンの分泌増加が起きれば、やがて血液中の貴重な液体成分が枯渇し、危険なレベルの低血圧からショックに至る。

これはキャノンの考えで、ケヴィン・ネルソンによると血圧の破綻はそんな形で起こるわけではない。

ヴードゥーの呪いが引導を渡すのは血圧ではなく心臓だ。脳は副腎と交感神経系を介して心臓の拍動を不規則にし、停止させることができるのだ。アドレナリンの増加が著しいと、心臓の細胞がいきなり破壊される恐れもある。たとえば、突然の激しい情動ストレスが心臓に衝撃を与えて、その細胞を死に追いやる場合だ。

というのがケヴィン・ネルソン説。
呪殺(度脱)やヴードゥーの呪いを信じている人にとって、○○が自分を呪い殺そうとしているということだけで強い衝撃になるのかもしれない。
でも、丑の刻参りは人に知られてはいけないわけで、それじゃ効き目はないことになるのか。
それとか、ルーズベルト大統領の死はどうなのかとか気になってきました。


カタカナ語はどうにかならないものか

2014年08月15日 | 日記

突然、インターネットに接続できなくなった。
我が家ではモデムからパソコンまで有線でつないでいるが、光電話の工事をしてもらった次の日に接続できなくなった。
ケーブルが途中で断線しているとのことだった。
で、またケーブルがどこかで切れたのかと思い、NTTに電話をした。

こういうときにいつも困るのが、どのように状況を説明したらいいかということ。
ネットやパソコン関係の単語をあまり知らないのでうまく説明できない。
「線」と言ったら、「ケーブル」と言い直されたので、そうなのかと一つ賢くなったが、どうせすぐ忘れると思う。

知人が無線のほうがいいと言ってたのを思いだし、NTTの人に聞いたら、「カードをレンタルする」とのこと。
この「カード」が何物かわからないが、知人は「無線ルータ」と言ってたので、「ルータはないのですか」と尋ねたら、「家電量販店で購入したほうがいい」との返事。
そこでエディオンに行って、「無線ルータはどこにありますか」と聞いたら、「無線LANルータですか」と聞き返された。
また一つ知識が増えた。

家に帰り、「簡単らくらくガイド」で設定しようとしたが、どうしてもうまくいかない。
何度やってもダメ。
それで、エディオンの店員さんに電話したら、パソコン画面で直接設定するとのこと。
そんなこと、説明書には書いてない。

店員さんはまず「タブレットなんとか」と言うが、これがピンとこない。
ああ、あれかと思って、スタートボタンをクリック。
次の「チャーム」がまた意味不明。
その後のやり取りは省略するが、店員さんはよく我慢して応対してくれたと感謝しています。
パソコンのトラブルがあるたびに思うことだが、知っていれば簡単にすませることができるのに、無知なばかりに時間を無駄にしていると思う。

IT関係にかぎらず、ちまたにはカタカナ語が氾濫している。
知人と話をしていて、「スーパーバイズ」とか「アクティビティ」という言葉が出てきて、どういう意味かわからなかったが、聞くのが恥ずかしくて、ふんふんとうなずいていました。

最近読んだ本にあった、私には意味不明な言葉をいくつか。
ブリックパック、ナイトクラビング、アウトリーチ、ストラテジー、シナジー効果、コンテンツなど。
「コンテンツ」なんて意味をわかって使っているのかと思うし、「フィーチャー」には
1 顔つき。容貌。
2 特色とすること。特徴づけること。
3 映画で、1本立てで興行できる長さの作品。長編映画。
4 新聞・雑誌などで、特集記事。
5 軽音楽で、ある楽器の独奏を特色にすること。
と、まるっきり違ういろんな意味があるのだから、相手が言う「フィーチャー」が何を指すか、勘違いすることだってあるように思う。

ずっと以前のことだが、「ユーザーのニーズというような言葉をどうして使うのか。お客様の要望でいいんじゃないか」と知人に聞いたことがある。
知人は「日本語にするとぴったりこない」と言ってた。
日本語だと意味が固定されるが、カタカナ語だと曖昧に使える点が便利だということはあると思う。
しかし、カタカナ語の意味をちゃんと理解しているわけではないように思う。
「リスペクト」は「尊敬」、「モラル」は「道徳」、「セオリー」は「理論」で十分。

池谷裕二『脳には妙なクセがある』にこんなことが書かれてありました。

持っている語彙が、ヒトの意志や思考や行動に独特のパターンをもたらします。〈略)
新しい単語がつぎつぎと日本語に導入されていますが、そのたびに私たちの社会観や生活観そのものが変化してゆきます。

言葉によって我々の生活や考えが変わっていくわけである。
日本の伝統を守ることを訴える人、特に保守派政治家はカタカナ語は使わないようにすべきだと思う。


日本の借金

2014年07月14日 | 日記

日本の借金はGDP比で世界一だという。
2013年度の国債発行残高は750兆円で、地方行政の借金と合わせた公的債務残高は977兆円。
ところが、浜矩子『「アベノミクス」の真相』を見ると、日本は債権大国、すなわち世界一のカネの貸し手でもある。
2011年、日本が保有する海外の証券、金融派生商品、外貨準備などの海外資産は582兆円で、21年連続世界一。
329兆円の海外負債もあるが、差し引いた純資産は253兆円である。

それでもやっぱり大借金には違いなく、国債で収入を調達すると、借金を返済しなければいけないので、将来に負担を転嫁すると批判される。
ところが、神野直彦『税金 常識のウソ』によると、日本の国債はすべて内国債で、政府に対してお金を貸しているのは国民なので、政府が国民に借金を返すことになるという。

借金で政府が財源を調達すると、国民に国債という財産が膨れあがり、将来世代には政府に貸していた使い切れないほどの多額の貨幣が返ってくるのです。
そうだとすると、国債の負担は将来世代には転嫁されないことになります。

日本の国債は家計のように外部から借り入れするわけではない。

家計でも夫が妻に借金をして、夫の名義の自宅を建設するという場合があります。国債という借金は、同一の経済単位の内部でする借金ですので、夫が妻に借金するようなものだと考えて下さい。

ほんとかいなと思うが、『税金 常識のウソ』にはそのように書いてある。
もちろんこんなうまい話ばかりではないと、神野直彦氏は言う。

租税で財源を調達すると、豊かな者に重く、貧しい者に軽く課税することができます。しかし、公債に応募し、公債を所有できる者は、豊かな者に偏ります。

公債が増えると格差が大きくなるわけである。
ハンセン「公債は富の分配の不平等を強化する傾向をもっている」

また、「公債に抱かれた財政」では、民主主義が機能不全に陥ってしまいかねないと神野直彦氏は注意を促す。
というのも、公債を引き受けてもらう金融機関にとって望ましくない政策を打つと、公債消化が困難になるので、金融機関の意向に逆らえなくなってしまうから。
19世紀イギリスのグラッドストーン首相は国債を引き受けてもらっているロンドンの金融界の政策介入に悩み、郵便貯金を考え。

郵便貯金には二つの条件が設けられた。
1,郵便貯金は公債引き受けに限定される
2,預けることのできる郵便貯金の上限を決める
19世紀後半に大不況となり、金利の高い郵便貯金に貯蓄が集まると、金融界が郵便貯金の金利を引き下げるように要求した。
しかし、民主主義が発達し、労働者の政治的発言力が強かったイギリスでは、金融界の要求ははねつけられた。

日本ではどうかというと、1980年代になると郵便貯金への批判が高まり、民営化された。
しかし、民主主義をどうするのかという議論はまったく唱えられなかった。
日本銀行が政府のための金貸し業者と化したと、浜矩子氏は言う。

政府の言いなりにならない中央銀行の存在は、民主主義を守る究極の経済的防波堤だ。

独裁国家においては中央銀行は政府の言いなりなんだそうだが、日本銀行はどうなのかと心配しています。


やじについて

2014年06月27日 | 日記

ブライアン・ヘルゲランド『42〜世界を変えた男〜』は、大リーグ初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンの伝記映画。
チームメイト、相手チーム、観客などからひどい差別を受けたかが描かれている。
特にベン・チャップマンという監督のヤジが「猿はジャングルに帰れ!」とか「ニガ、ニガ、ニガ、ニガ、ニガ・・・」としつこくて、どうしてみんな何も言わずに黙っているのかと不愉快になる。

「やじ」の意味をネットで調べみると、「やじること」とあり、「やじる」とは

他人の言動に、大声で非難やひやかしの言葉を浴びせかける。「演説者を口ぎたなく―・る」

とありました。

『世界大百科事典』では「やじ」はこのように説明しています。

議場,舞台,競技場などにおいて,公式の発言者や登場人物の言説ないし所作を対象に,対立する陣営や観客席(外野席)から発せられるひやかし,あざけり,非難の言葉を指す。政治の世界,とりわけ公開の演説会場,国会の各種委員会や本会議においては,通例,その演説の内容や所作,賛成・反対の討論に対して弥次と怒号がとびかう。

国会では「通例」「弥次と怒号がとびかう」と説明するのだから、『世界大百科事典』はビアスの『悪魔の辞典』みたいなものかと思ってしまった。
小学校のホームルームでやじを飛ばす子供がいたら、議員のみなさんはどう思うのでしょうか。
普通は、会議で誰かが発言している時に大声で「ひやかし」や「あざけり」を言ったら、人間性を疑われてしまう。

で、都議会での「早く結婚したらいいじゃないか」「子供もいないのに」「産めないのか」といったやじが飛び、同調した笑いが起きたという事件。
通常、子供のいない夫婦に「子供はまだ?」とは聞けないし、まして「産めないのか?」とは言わない。
ある子供のいない女性だが、昔、法事のあとの食事の席で、親戚から「お前はどうして子供を産めないんだ」と責められて泣いてしまったことがある、と話されてた。
たぶん戦前の話で、さすがにこんなことを言う人は今はいないと思っていたが、都議会にはいるんですね。

「セクハラやじ」と言われているが、このやじは「性的ないやがらせ」とは違うと思う。
結婚していない人、子供のいない女性を、結婚して子供もいる自分と同等の人間として見ていない。
ジャッキー・ロビンソンへのやじのように、人間としての存在を否定しているように感じる。
だけども、こういう人たちはシングルマザーへの差別的扱いは伝統を守るとか言って、肯定するんでしょうね。

石原伸晃環境相の「最後は金目でしょ」発言にしても、「どうせこいつら……」と思っていることがありありとうかがえて、これまた被災者を自分よりも以下の人間と見なしている。
田中角栄が初めて大臣になった時だったと思うが、官僚を一人ずつ呼んで、現金の入った封筒を渡したという。
金を返した官僚は一人もいないというのが自慢だったそうだ。
自分たちが「最後は金目」だからといって、自分のことは棚に上げ、人を見下すような人間じゃないと大臣や議員になれないということです。


ノアの方舟の謎

2014年06月21日 | 日記

聖書根本主義者は聖書に書かれてある事柄はすべて歴史的事実だと考えているそうだが、疑問に感じることはないのだろうか。
たとえば、地上にはアダムとイブ、その子供たちしかいないはずなのに、カインやセツには妻がいる。
カインとセツ、そして彼らの子供たちは自分の姉妹としか結婚できない。
ネットで調べたら、外典の『ヨベル書』には妹のアワンがカインと妻とされているそうだ。
『創世記』によると、カインの子孫には遊牧民、音楽家、鍛冶の祖とされる人がいるが、でもノアの方舟のときの大洪水でカインの末裔はみんな死んでいるはず。
これも不思議な話です。

『創世記』でアダムの系図が長々と書かれたあとに登場するのがノアである。
いくらなんでもノアの方舟や大洪水なんてあり得ないと私は思うのだが、アララト山まで行ってノアの方舟を探している人たちがいる。
アポロ15号で月面着陸した宇宙飛行士のジェームス・アーウィンもその一人で、ハイフライト基金キリスト福音教会を設立、トルコのアララト山で6度もノアの方舟を捜索したそうだ。

『トンデモ超常現象99の真相』に、そもそも旧約聖書の記述はあり得るかということが書かれてある。

1 ノアの家族だけで長さ300キュビト(130m)、幅50キュビト(22m)、高さ30キュビト(13m)もある船を建造することができるか。
2 8600種の鳥類、4500種の哺乳類、6000種の爬虫類を世界中から集めることができるか。
3 雨が降り出してから方舟を出るまでの1年間のエサはどうしたのか。
4 標高5041mのアララト山が水没するための水はどこから来て、どこに消えたのか。
聖書原理主義者はどのように考えているか聞きたいものです。

ダーレン・アロノフスキー『ノア 約束の舟』では、これらの難問をどのように解決しているでしょうか。
1は、天使だった岩の怪物が手伝ってくれる。
2は、動物たちはぞろぞろと自分から、しかもひとつがいずつやって来る。
3は、動物たちは眠っている。
4は、水は雨だけでなく、地中からも吹き出てくる。
こういう回答しか思いつけませんよね。



『創世記』ではノアの三人の息子たちに妻がいる。
ところが、『ノア 約束の舟』では長男のセムには妻がいるが、弟のハムとヤペテにはいない。
『ノア 約束の舟』の続編が作られるとして、一人立ち去ったハムのその後をどのように描くか気になります。

岡崎勝世『聖書VS世界史』は、聖書によれば天地創造は紀元前約4千年前のことなのに、エジプトや中国の歴史は天地創造よりも古いことを知った神学者たちがつじつま合わせに苦労する様子が書かれている。

ノアの方舟が歴史的事実ではないとして、ではアブラハムやイエスの言行などはどうなのか。
あれもこれも作り話でしたということになると、世界観が壊れてしまう。
聖書根本主義者が聖書に書かれてあることは実際にあったことだと信じ込みたいのもわかる気がする。


ランチメイト症候群と通り魔殺人

2014年06月15日 | 日記

図書館に行ったら休館日で閉まっていた。
入口は行き止まりなので、人が通ることはない。
そこに窓から外を見ながら立ったまま弁当を食べている女性がいた。
私の足音が聞こえただろうに振り返ることもしない。
どうせなら図書館の裏の川辺の公園で昼食をとればいいのに。

ランチメイト症候群といって、学校や職場で一緒に食事をする相手(ランチメイト)がいないことに一種の恐怖を覚える人がいて、一人で食事をする姿を知り合いに見られないように図書館や便所などで隠れて食べる人がいるそうだ。
この女性もその一人なのかもしれない。

5月23日に、カリフォルニア州でコミュニティ・カレッジに通うエリオット・ロジャーが、自身の住むアパート内でルームメイトを含む男性3名を刺殺後、車を走行させながら銃を乱射し、女子学生2名と男子学生1名を射殺、13名を負傷させた後、自分の頭を銃で撃って自殺したという事件があった。

エリオット・ロジャーは動画サイトで犯行を予告している。

「女の子はみんな自分に見向きもしなかった」
「カレッジのみんながセックスとか楽しいことを満喫しているあいだ、オレはずっと寂しかった」
「オレはもう22歳。カレッジに2年半以上いるのに、まだ童貞だ。キスさえしたことがないんだ」
「俺をバカにした女の子たちみんな、そして俺よりもハッピーなヤリチン男たちみんな、オレはお前らが大嫌いだ。覚えてろよ。明日だ。明日が復讐の日だ」

近ごろの人は無神経なくせして傷つきやすいと耳にする。
また、欲求不満耐性といって、欲求不満に耐える力が昭和39年以降、ずっと低下しているそうだ。
エリオット・ロジャーの事件はまさにこの典型のように思う。

だけども、もてない歴数十年の私はエリオット・ロジャーのせつなさがわかる気がする。
それにしても、そこでどうして見知らぬ人を無差別に殺すのか。
日本でも死刑になりたいというので通り魔殺人事件が起きている。

「木津川ダルクニュース」No.2に、中元総一郎「一人で問題に立ち向かおうとしない、仲間と取り組むこと」という文章があり、「生きづらさ」の本質の一つに「傷つきやすさ」「臆病さ」「怒りっぽさ」という感情が関係している、とある。

このこと、自分のことだと思う人は多いんじゃなかろうか。

今の世の中、何をしてもいい自由が与えられていて、千人斬りした(ように見える)人がいる一方で、何をしたらいいかわからない、もしくは何もできない人もいる。

「生きづらさ」ということでは、エリオット・ロジャーのように無差別殺人事件を起こす人と、誰にも見られない場所で一人で食事をする人は共通しているように思う。

「傷つきやすさ」は自分はダメなんだと自己否定をする。

「怒りっぽさ」は攻撃的になる。
自己評価をどのようにして高めるのか。

1,人にほめてもらうことで自分を上げる

たとえば、コンビニの店員がアイスクリーム用冷凍庫に入った写真をtwitterやFacebookに載せるとか。

2,人をけなすことで相手を下げる

たとえば、衣料品の店員を土下座して謝らせ、その写真をtwitteに載せた女性とか。
ネットでの荒らしもこれだと思う。
「臆病さ」のために一人で自信がなければ、2ちゃんねるで拡散すればいい。

中元総一郎氏は「生きづらさ」は治さないといけないものなのかと問う。

個性であり、無理に矯正されるものではないという考え方もあるそうだ。
不安や怒りは動物が生き残るために発達した本能なので、生存を目的とした機構が先にすばやく発動され、人間の理性で制御しようとしてもうまくいかない。
中元総一郎氏も、人から言われたことに怒りを感じたり、悩んだりすることが多いそうです。
何やらホッとします。

「一人で問題に立ち向かおうとしない、仲間と取り組むことが、長く回復に取り組む秘訣なのだろうかと思います」とのことでした。


理不尽な世界に

2014年05月14日 | 日記

梯久美子『百年の手紙』に由比忠之進という人のことが書かれていた。
昭和42年11月、「佐藤総理に死をもって抗議する」という抗議書を残し、総理官邸前で自分の胸にガソリンをかけ、火をつけて焼身自殺した。
アメリカの北ベトナムへの爆撃を支持への抗議自殺である。
そんなことがあったなんてまったく覚えていない。

昭和61年、中学2年生の鹿川裕史くんはイジメが原因で自死している。

ただ俺が死んだからって他のヤツが犠牲になったんじゃいみないじゃないか。

同じように遺書を残して自死したイジメ被害者は少なくない。
死をもって抗議しても、世界は変わらない。
どのようにして伝えていくか。
どうしたら伝わるのか。

田沼武能『難民キャンプの子どもたち』にこのように書かれている。

ゲリラは人を殺す感覚が麻痺している。少しでも逆らえば、すぐ殺してしまうのだ。襲撃の対象となる人たちは政治とは関係のない、平和に暮らす一般の人なのに、金品はもちろん、子どもたちまで誘拐されていく。

ナイジェリアのイスラム過激派が学校を襲撃し、多数の女子生徒を連れ去ったという事件があった。
コロンビアのゲリラは麻薬マフィアだし、アフリカの反政府軍と称する中には単なる強盗団も多い。
彼らに対してどうすればいいのか。

あるいは独裁国家。
グアテマラの親米独裁政権は何十年も富を独り占めし、国民を弾圧し、先住民を迫害した。
ゲリラと見なされた人は拉致されて拷問、約800万人の人口のうち20万人が虐殺されたという。
暴力には暴力で対するしかないのか。

地上に天国を実現することを好まぬ者がいるであろうか。しかしながら、その企ては必ず地獄を生み出すことになる。(関雅美『ポパーの科学論と社会論』)。

でも、アンゴラは27年間の内戦が終結した後、ダイヤモンドや石油の輸出によってアンゴラ経済は拡大しているそうだ。
100日間で80~100万人が虐殺されたルワンダも復興し、経済成長率も高いという。

なんとかなるのかもしれない。