水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<48>

2015年05月31日 00時00分00秒 | #小説

「では、ここで失礼するざぁ~ます、里山さん」
「は、はい…」
 里山はUターンした後ろ姿の車椅子を見ながら茫然(ぼうぜん)と立ち尽くした。
 小鳩(おばと)婦人は次の日、退院して自宅へと戻(もど)った。
「誠に申し訳ございません!!」
 小鳩邸のエントランスに婦人を乗せた超高級外車が横づけすると、医師団、数十人が左右に分かれて整列し、頭を下げて婦人を出迎えた。
「おほほ…ごくろうさま。いいのよ、深夜でしたから」
「いえ! それはいけません。二十四時間体制の我々がご婦人の事態に気づかなかったのは、まことにもって手抜かりとしか…」
 医師団の代表と思(おぼ)しき老医師が深々とまた頭を下げた。その姿に倣(なら)い、他の全員も深々と頭を下げてお辞儀した。その中を小鳩婦人は、いいのよ、いいのよ…と小笑いしながら慰(なぐさ)め、奥へと入っていった。小鳩婦人の足が一番に向かったのは当然、みぃ~ちゃんの部屋である。緊急病院が動物持ち込み禁止だったから婦人としては、どうしようもなかったのだ。事情が許せば、金には糸目をつけない小鳩婦人が、みぃ~ちゃんを病室のベッドに伴ったであろうことは疑う余地がなかった。
「みいちゃ~~ん!!」
 エントランスからキッチンへ向かった侍女(じじょ)風の高貴な老女の耳に小鳩婦人の、祁魂(けたたま)しい声が届いた。老女はアメリカ風の大げさなジェスチャーで両腕を広げ、首を振った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<47>

2015年05月30日 00時00分00秒 | #小説

「お抱えの医師団がおりますから、明日からは自宅静養させていただきますのよ」
 小鳩(おばと)婦人の説明によれば、急病で仕方なく・・といったことのようだった。小鳩邸が抱える医師団は実に数十人で、この医師団で一つの病院が経営できるのでは? という規模だった。
「そうでしたか…。その程度でようございました。いえ、私はてっきり、重病でご入院されたのかと…」
 いつの間にか里山の語り口調は敬語になっていた。そのことは里山自身にも感じられたが、以前にも感じた目に見えない小鳩婦人の高貴なオーラがそうさせたのだった。
「こんなところで立ち話も、なんざぁ~ますでしょ。私の病室へいらっしゃいましな」
「いえ、お気づかいなく…。もう、失礼いたしますので。これは、ほんの拙(つたな)いお見舞いの品でございますが…」
 里山は病院へ向かう途中、急いで買い求めた果物籠を車椅子を押す侍女(じじょ)風の高貴な老女に手渡した。
「あらっ! どうも、有難うござぁ~ますこと、オホホ…」
 小鳩婦人は愛用の宝石が煌(きら)めく扇(おうぎ)で、口元を隠して小さく高貴に笑った。辺(あた)りを歩く人の足がいっせいにピタッ! と止まり、小鳩婦人の煌めく扇に視線が集中した。それに気づいた婦人は、豪華な扇を閉じると胸元のきらびやかなドレス服へ挟(はさ)んだ。
「あらっ! いや、ざぁ~ますこと、私としたことが。ほほほ…」
 小鳩婦人は笑いで取り繕(つくろ)うと、侍女に車を動かすよう指示した。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<46>

2015年05月29日 00時00分00秒 | #小説

 里山が小鳩(おばと)婦人の入院を知ったのは、婦人が入院してから十日ほど経(た)ってからだった。小鳩婦人が入院したことを関係者にも漏(も)らさなかったことが遅れた原因だが、小鳩婦人の入院情報は、ひょんなところから齎(もたら)された。テレ京の駒井プロデューサーである。里山と小次郎の番組制作で名を上げて以降、彼は幾つもの冠(かんむり)番組をテレ京で制作して成功させていたから、里山に対しては里山様々だった。里山がいなければ、いや、つきつめると小次郎がいなければ、彼の今はなかったのである。
[えっ?! お知りかとおもってました。もう、10日ばかり前のことらしいですよ]
「そうでしたか…」
 駒井からの携帯を手にし、里山は驚いた。里山が電話を切ったあと、病院へ急行したのはもちろんのことである。婦人のギックリ腰は、かなり快方へと向かい、車椅子で院内を移動していた矢先、里山がエントランスへ駆け込んできた。瞬間、二人はバッタリと遭遇した。もちろん、車椅子は侍女(じじょ)風の高貴な老女が押していた。
「あらっ! 里山さんじゃござぁ~ませんこと?」
 シゲシゲと里山の顔を見ながら小鳩婦人は言った。
「ご婦人、大丈夫でございましたか…」
 思ったより元気そうな車椅子姿の婦人に、里山は安堵(あんど)の声を漏(も)らした。
「明日にでも宅へ戻るつもりでござぁ~ますのよ。なにせ世間体(せけんてい)があるざぁ~ましょ」
「ええ、それはまあ…」
 里山としてはエントランスの人の目もあり、頷(うなず)くしかなかった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<45>

2015年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 とはいえ、それまででも小鳩婦人が世話をしていた・・ということではなく、小鳩婦人が婆やと呼ぶ高貴な侍女が世話をしていたのだ。では、何が上手くいかないのかと言えば、細かい動きが制限去るようになった…ということだ。婆やは、みぃ~ちゃんに万一のことがあれば自分が怒られ、最悪の場合は失職も考えられたから、一挙一投足に至るまでみぃ~ちゃんを監視した。結果、勝手気ままだった邸内外の出入りが出来なくなったのである。これはみぃ~ちゃんにとっても小次郎にとっても、ゆゆしき事態だった。さらに悪いことには、一、二ヶ月は小鳩婦人が帰れない・・ということだった。さて、どうしたものか? …と、二匹は考え捲(あぐ)ねた。
『私、家出しようかしら…』
『家出とは穏やかじゃないよ、みぃ~ちゃん』
『だって、あの婆やったら酷(ひど)いのよ。私を監視してんだから』
 みぃ~ちゃんにしては珍しく、愚痴った。
『…婦人が入院されるとは僕も思わなかったよ』
『ご婦人、あれで見えて、私にはなかなか調法してるのよ』
 みぃ~ちゃんはそういう目で小鳩婦人を見ていたのか…と小次郎は思った。はっきりいって打算的なのだ。少しくらいは愛情を持ってるだろうと思っていた小次郎だったから、少しショックだった。自分はご主人の里山に対しては、I obey to you[あなたに従います]だったからだ。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<44>

2015年05月27日 00時00分00秒 | #小説

 そうこうして、二匹は軽めのデートを終えた。みぃ~ちゃんがその後、小次郎がプレゼントした折り詰めの鰻(うなぎ)の蒲焼を食べたかどうかまでは定かではない。
 次の日から、また小次郎はマスコミに弄(もてあそ)ばれるように忙(いそが)しくなった。みぃ~ちゃんの方では、少し事態が変化しだしていた。小鳩(おばと)婦人がみぃ~ちゃん用にと猫御殿を建て始めたのである。もちろん小鳩婦人が建てる訳もなく、専門の建設業者が建てたのだが、その建設業者は東証に一部上場の超一流の建設会社だった。小鳩婦人がこの会社の有力株主だということで、社長自らが出向いて工事を指揮したようなことだった。
「野良がみぃ~ちゃんに近づいているようで…」
「まあ! うちのみぃ~ちゃんに? なんということざまぁ~すかしら!!」
 里山から事情を聞いた小鳩婦人の憤慨(ふんがい)は尋常なものではなかった。そして、その対策として猫御殿建設の運びとなったのである。構造は防犯カメラとセンサーが完備した警備会社も驚く治安万全の御殿に設計されていた。小鳩婦人のアイデアで、小次郎以外の猫にはセンサーが反応する仕掛けに特殊プログラミングが施された機器類だった。いわば、スィートな小次郎とみぃ~ちゃん専用御殿と言えた。
 ところが話は上手(うま)くいかないものである。専用御殿が完成を見ようとした少し前、小鳩婦人が俄かの病で入院する騒ぎとなった。無理した動作によるギックリ腰である。高貴が許さない小鳩婦人はそのことをひた隠し、入院した。むろん、お金に困る小鳩婦人ではなかったが、その心配はさておいて、みぃ~ちゃんは侍女(じじょ)風の高貴な老女に世話されることになった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<43>

2015年05月26日 00時00分00秒 | #小説

 みぃ~ちゃんf言わずと知れた食通である。いつぞや小鳩(おばと)婦人が映画のロケ弁で苦情を漏(も)らしたように、みぃ~ちゃんには一種独特の食文化があった。彼女は猫ながら、気に入らない食物には見向きもしなかった。だが、小次郎が口に加えて持ってきた鰻(うなぎ)の蒲焼の折り詰めを神社の境内へ置いたとき、彼女の心はジィ~~ンとした。鰻の蒲焼より小次郎の心に絆(ほだ)されたのだ。早い話、小次郎にぞっこん! となったである。もっと早い話、小次郎にグッ! ときた…これでも分かりにくいが、すっかり惚(ほ)れ込んだ・・と言えばいいだろう。
『ありがと…』
 いつもなら言う、そんな下世話なものは食べないわ・・とは言わず、みぃ~ちゃんは嬉(うれ)しそうに受け取った。
 拝殿の前で二匹は腰を下ろして身を正した。いつやらも言ったと思うが、身を正すといえば、人間の場合は背筋を伸(の)ばした直立不動の姿勢だが、みぃ~ちゃんや小次郎達、猫の場合は、腰を下ろした姿勢で斜(はす)に構え、尻尾をグルリと身に巻いて背筋を伸ばす・・となる。その姿勢で軽く頭を下げた二人ならぬ二匹は、腰を上げて鈴緒(すずお)の下を同時にセ~ノ! で押した。サッカーでいうヘディングで合わせる格好である。すると、ほんの僅(わず)かだが鈴がガラガラと鈍(にぶ)い音で小さく鳴った。二匹はふたたび腰を下ろして身を正すと、尻尾を小さく振って頭を下げた。これらの所作を総合すれば、人が神社前で二礼二柏手のあと合掌(がっしょう)して一礼をする所作となる。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<42>

2015年05月25日 00時00分00秒 | #小説

 話が急展開しだしたのは翌朝である。小次郎とみぃ~ちゃんの最大の障害が崩れ始めたのである。ゴロツキ猫の二匹、タコ、海老熊がその障害であることは疑う余地がない事実だったが、海老熊が急な病(やまい)で寝込んだ だ。当然、猫にもかかりつけの医者はいる。ただ、海老熊は気まま一人旅の風来坊猫だったから、そのかかりつけ医者がいなかった。病となれば、そこはそれ、悪猫でも世間の同情はある。どこで聞きつけたのか、猫交番のぺチ巡査が公園の片隅に身を臥(ふ)せる海老熊を見舞った。小次郎もぺチ巡査に同行した。この辺りの猫で見舞ったのはこの二匹だけで、あとあと、病の癒(い)えた海老熊を大層、感動させたのだった。この一件で小次郎に対する態度は恩人扱いとなり、小次郎に対する海老熊の凄味(すごみ)は消えた。海老熊の一喝(いっかつ)の下(もと)、タコや与太猫のドラを含むゴロツキ猫の嫌がらせは影を潜(ひそ)めたのである。不思議なこともあるものだ…と、一連の流れが小次郎には思え、これは氏神さまのお導(みちび)きに違いないと、みぃ~ちゃんと連れ添って近くの神社へお礼参りした。
『これ、ほんの、お裾(すそ)わけ。口に合うかどうか、分からないけどね…』
 小次郎は里山が持ち帰った昨日の土産の鰻(うなぎ)の蒲焼を三切ればかり残しておいた。本当のところ、鰻には目のない小次郎だったから、ぺロリとすべて平らげたかったのだ。そこをグッ! と我慢して折り詰めを口にぶら下げてきたのだ。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<41>

2015年05月24日 00時00分00秒 | #小説

『ごち、になります…』
 小次郎は知らず知らず舌 舐(な)めずりしていた。
「いや、なに…」
 稼(かせ)ぎ頭(がしら)の小次郎が蒲焼のみで、自分は鰻(うなぎ)のフルコースを堪能(たんのう)してきたのだから、軽く流すしかない。本来なら、里山夫婦の方がオコポレ頂戴で蒲焼なのだ。要は真逆だった。里山は黙っていたが、小次郎はその辺りのことはお見通しだった。里山は小次郎の頭のよさを、ついうっかりしていた。だが、小次郎はそんなことは少しも気にしていなかった。里山の家横の公園に捨てられていた我が身なのだ。家族になれただけで有り難かったのである。しかも今は、世界に名を馳(は)せる有名猫になれたのだから幸せを喜ばねばならない…と終始、小次郎は思っていた。ただ、マスコミに騒がれて以来の最近の多忙さには些(いささ)か辟易(へきえき)していた。
 里山家での家族生活はさりながら、小次郎としては、自分の家族生活も考えねばならない。小鳩(おばと)婦人のみぃ~ちゃんと晴れて所帯を持てたとしても、実情としては平安時代の通い婚になることは否(いな)めなかった。そこが人間と違うところで、飼い主あっての小次郎であり、みぃ~ちゃんなのだ。小鳩婦人や里山の理解なしには二匹の生活は有り得なかった。それに加えて、タコや海老熊といった他猫の脅威(きょうい)も拭(ぬぐ)いきれない。加えて仕事もあるから、小次郎の前途は多事多難だった。そんな雑念を思いながら、小次郎は美味(うま)い蒲焼を口にした。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<40>

2015年05月23日 00時00分00秒 | #小説

 半日ばかりが過ぎ、午後に入った頃、里山は薬袋を手に病院から自宅への帰途に着いた。車の運転は当然、沙希代だった。
「いい保養になったじゃない」
「ははは…災い転じて何とやら・・か」
「そうよ、今日はあなたの解放日と思えばいいのよ。久しぶりに鰻政(うなまさ)のフルコースでも食べましょ」
「おお! 鰻政か…あそこの鰻は絶品だからなっ! 白焼き、肝(きも)吸いに鰻重、締めは櫃(ひつ)まぶしと鰻茶漬け…」
「そんなに?!」
 沙希代はバックミラー越しに後部座席の里山を見た。
「ははは…朝から何も食ってないからな」
 里山は悪びれて、車窓に流れる風景を見ながら頭を掻いた。
「だが、留守番の小次郎に悪いぞ。稼ぎ頭(がしら)の主役抜きじゃ」
「お土産に少し鰻、包んでもらえばいいじゃない」
「ああ、それならまあ、いいか…」
 夕方近く、鰻政の鰻を堪能(たんのう)した二人は意気揚々と自宅へ戻った。
「帰れてよかったですね、ご主人」
 主人思いの小次郎は、今か今かと里山の帰りを待っていた。
「ああ、心配かけたな。これ、お土産だ」
 辺(あた)りに鰻の蒲焼(かばやき)のいい匂(にお)いが立ち込めた。。飼い主に似る・・とはよく言ったものだ。小次郎も里山に負けず劣(おと)らず、鰻には滅法、目がなかった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<39>

2015年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 後ろを振り返り、沙希代は軽く頭を下げ、医者を見た。そして、噴き出した。沙希代の前には一匹の蛸のような丸禿(まるは)げ頭の初老の医者が立っていた。それも茹(ゆ)で蛸状態の赤ら顔に白衣だ。
「いやぁ~、ははは…」
 医者も他の患者に笑われるのか、悪びれて光る頭を片手で円を描くように撫(な)で回した。
「…失礼しました、つい。…フフフ…」
 沙希代は医者に謝った。そしてまた笑った。
「皆さんに笑われるんですよ、私。スタッフには毎日です、ははは…。参りますよ」
「そうですよね。先生のせいじゃない…」
 沙希代は医者の顔を見てまた笑いそうになり、思わず顔を伏せた。
「いやぁ~、ははは…。ああ、一時間もすれば、シャキッ! とされますから、お帰りになって結構です。インフルエンザじゃなくって、よかったですね」
 医者は赤ら顔で言った。冷静な語り口調ながら、その顔は、やはり茹で蛸だった。里山の病院騒ぎがあったことで、新聞社の取材はドタキャンになっていた。
[仕方ないです。そういうことでしたら…。来週にでも、またご連絡を差し上げますので。…はい。またの機会ということで。…ええ、こちらこそ、よろしくお願いいたします]
「主人には、その旨(むね)、伝えておきます」
 沙希代は携帯を切り、病室へ入った。ベッドの上では里山が呑気(のんき)そうに高鼾(たかいびき)を掻いて眠っていた。小次郎そっくり…と、沙希代は瞬間、思え、その顔を見ながら小さく苦笑した。


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