水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -35-

2015年08月31日 00時00分00秒 | #小説

[パパ、疲れてるんだ…]
「そうなの? いいよ…。今、観察日記つけてるしね」
 雄静は城水の機械的な話し方を不審に思わず、小学1年生のあどけなさで了解した。
[悪いが、ママには言うなよ]
 城水は念を入れた。雄静は子供だからいいが、大人の里子には気づかれる恐れがあった。声も快活に話すようには注意したが、まだどこか、ぎこちなかった。多少のことはいいとしても、これから城水家での生活が続くのだ。星団へ帰還せねばならないタイム・リミットが約3週の20日だということは指令船の上官から伝えられ、城水は知っていた。いろいろな人間が暮らす生活物質を回収し、分析するのがその20日なのである。城水がクローン化したことで、人類の初期化は一応、停止された。だが、生活物質の分析結果によっては初期化もあり得るのだ。その最後の日までが20日、いや、すでに1日が経過していたから、19日の残余期間しかなかったのである。人間がナマズを飼う・・というペット思考も、すでに集積データ内に格納されていた。さすがに城水が飼っていたペットのナマズは怪(あや)しまれる恐れもあり、生活物質として回収されることは見送られた。
 クローン化した城水には家内だけでなく、残余が19日とはいえ、問題が集積していた。そのもっとも大きな部分が授業である。まったく知識がない者が生徒に授業が出来る訳がない。ある程度はデータは得ていた城水だったが、その圧迫感は尋常なものではなかった。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -34-

2015年08月30日 00時00分00秒 | #小説

 城水は一瞬、ガラス窓に映る里子達を見た。幸い、城水は見られていなかった。城水は庭を見通せるガラス窓に背を向けた。
[ああ、大丈夫だ。ただ、今日は少し危うかった]
[なにがあった?]
[いや、報告するほどのことじゃない。私はまだ、覚醒(かくせい)したばかりだ。城水のほんの一部を知ったに過ぎない。城水はナマズを飼っている。私はナマズの飼い方を知らない]
 城水はテレパシーを返した。目を閉じた姿で同じ位置に立ち続けるのは尋常ではないからだ。背を向けていれば、家族からは夕焼けを見続けている・・くらいに映る。
[そんなことは、どうでもいい。私にはナマズとウナギは違うことくらいの知識しかない。私は今日で一応、任務を解かれた。君が覚醒した以上、観察の要がないからだ。あとは、よろしく頼む]
 クローン[1]は玄関の外にいた。
[分かった…]
 城水がテレパシーを送ったあと、クローン[1]は跡方(あとかた)もなく消え失せた。城水は水槽に飼われているナマズに不安を感じた。
 夕食前、城水は里子に気づかれぬよう、こっそりと雄静(ゆうせい)を呼び寄せた。
[雄静君、ナマズの餌やりは頼んだ]
「雄静君って、パパ?」
[い、いや。ははは…雄静、頼んだ]
「それは、いいけど。でも、どうしたの? パパ。いつも楽しみにしてるじゃない」
 雄静は訝(いぶか)しげに城水を見た。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -33-

2015年08月29日 00時00分00秒 | #小説

 3時頃には、いつものお茶休憩が入るのが城水家の日常である。
「あのさぁ~。最近、坂の下、綺麗だと思わない」
 里子がクッキーを頬(ほお)ばりながら、とんでもないことを言い出した。城水は危うく口にしたシナモン・ティーを噴き出しそうになった。最近・・坂の下・・綺麗・・城水の脳内は、ただちに里子の言動を分析し始めた。脳内に図式や数値が飛び交った。その結果、これは、送られたデータにはない突破事項である・・と脳は判断した。そして、とりあえず暈(ぼか)せ! と、城水自身に命じた。
[…ああ]
「ここ、ひと月ほど前からなのよね」
[誰かが掃除してんじゃないか]
 城水は恍(とぼ)けて、そう言った。
「そうなのかしら? …」
「きっと、そうだよ、ママ」
 そこへ雄静(ゆうせい)が割って入り、里子は納得して頷(うなず)いた。城水としては雄静のひと言は助け舟になった。すでに城水はクローン化して以降、指令からのテレパシーを傍受(ぼうじゅ)出来たから、その事情は知らされていた。だが家族に話す訳にはいかない。飽くまでも自分は異星人ではなく、城水自身であり続けねばならなかった。それが里山家の城水に与えられた指令だった。
 その後は何事もなく、クローン化した城水は無事に城水を演じ切った。夕方になり、城水が庭へ出たときである。
[私は[1]だ。覚醒したようだな]
 城水家を観察するクローン[1]から城水にテレパシーが飛んだ。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -32-

2015年08月28日 00時00分00秒 | #小説

[そうか。ならば、初期化はしばらく様子 眺(なが)めだな…]
 指令船の上官と目される異星人は穏やかに声でクローン[1]へテレパシーで返した。むろん、その異星人も外見上は城水の姿で、他のクローン達と、どこも変わらなかった。城水の生まれる前の胎内細胞は、過去に採取されてクローン作成に培養されたのだった。
 こちらは、城水家の日曜の昼下がりである。クローン化した城水は、書斎、台所、キッチン、トイレ…と、家中をくまなく散策していた。いや、散策しているというのは表向きで、その実態は調査である。なにせ、外見上は城水であっても、記憶が途絶えて以後は城水のクローンであり、それまでのすべての記憶は消滅していたのだ。里子や息子の雄静(ゆうせい)に形だけでも話を合わせられるのは、それまでに調べられているデータによって、だった。だから、いろいろと家内を調べねばならなかったのであめ。自分の所持品がどこに収納されているのかも、当然ながら皆目、見当がつかないクローン化した城水だった。
「今日は、よく動くわねぇ~。なにか探し物?」
 不審に思った里子が後ろ姿の城水に声をかけた。
[んっ? ああ、ちょっとな…]
 城水は、はぐらかし、少し急ぎ過ぎたか…と、以後は自重することにした。里子や雄静に不審に思われては、この先、なにかと不都合なのだ。これでは、指令船からの命令が果たせず、元も子もない。
[ははは…今日は、怪(おか)しいな、俺]
 城水は少しテンションを上げた。感情の抑揚からではなく、城水は普段、もう少し明るい…と分析判断した結果だった。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -31-

2015年08月27日 00時00分00秒 | #小説

「やっぱり、おかしいわ。お医者さまに診(み)てもらった方がいいんじゃない」
 里子は城水の顔を訝(いぶか)しげに見て言った。城水が曜日を訊(たず)ねたこともあったが、顔に笑いがなかったからだった。
「いや、大丈夫大丈夫…。少し、疲れたんだろう、少し眠るよ」
 暈(ぼか)して応接セットの長椅子から立ち上がったクローン城水は書斎へ向かった。
「あら? 書斎で寝るの?」
[あっ! いや、散らかしてたんだ。片づけてからと思ってな]
「そう…」
 それ以上、里子が追及しなかったから、クローン城水は内心、やれやれと思いながら書斎へ急いだ。書斎の場所は庭のガラス越しに見えたから、クローン城水には分かっていた。ただ、あとの間取りはすべて白紙状態だから、調べておく必要があった。それと、迂闊(うかつ)なことは訊(き)けない…とも思えた。これらはすべてクローンの習熟機能として記憶へ蓄えられ、やがて、クローンは本人そのものに成りきってしまうことになる。そうなれば、正偽(せいぎ)の見分けは、家族ですら分からなくなってしまうのだ。
[城水の体内クローンは、どうも覚醒(かくせい)したようです]
 城水家の音声は逐一(ちくいち)、クローン[1]の耳へ入っていた。クローン[1]は城水がクローン化した情報をテレパシーで指令船へ送った。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -30-

2015年08月26日 00時00分00秒 | #小説

「パパ!! どうしたのっ!」
「あ、あなたっ!!」
 突然、長椅子で眠りだした城水に里子と雄静は駆け寄った。だがすでに城水は昏睡状態だった。里子は慌(あわ)てた。
「お、お医者さまを呼ばなくっちゃ! …ち、違うわっ! 救急! 救急車!」
 里子は携帯を取りに居間へ走った。ちょうどそのとき、城水の意識が戻った。ただ、それは城水ではなく、すでに異星人が支配した城水だった。ただ、外見上の違いはなく、まったく分からなかった。
[里子、どうしたんだ? 慌てて]
 クローン化した城水の声はゆるやかで、少し低かった。
「あっ! あなた…。だって…」
 里子は、ふたたび城水が座る長椅子へ駆け戻(もど)った。
[心配するな。もう大丈夫だ]
 少し機械的な城水の話し方だったが、外見上は普段と変わりなく、里子と雄静はひと安心した。
[今日は何曜日だ?]
「嫌だわ、あなた。日曜に決まってるじゃありませんか。こうして家にいるんだから…」
[おっ? おお…。いや、土曜ということもあるじゃないか]
 クローン城水は慌てる様子もなく、冷静に弁解した。その語り口調は城水らしくなかった。いつもの笑いが完全に消えていたのである。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -29-

2015年08月25日 00時00分00秒 | #小説

 城水の体内に埋め込まれたタイム・アラームがいつ起動するかは、異星人達にも±1ヶ月以内としか認識されていない。城水が生まれた数十年前に飛来して以降、UFOは一度も地球へ降り立っていなかった。タイム・アラーム起動の計算が正確に認識されていない理由はそこにあった。彼等が星団へ帰還せねばならないタイム・リミットは約3週の20日しか残されていない。ということは、万一、城水のアラーム起動が20日を過ぎても起きなければ、地球上の人類はすべて初期化されることになるのだ。事態が逼迫(ひっぱく)していることなど知るよしもなく、城水家の家族三人は賑(にぎ)やかに寛(くつろ)ぎながら朝食を進めていた。
[呑気(のんき)なものだ。我々の方が気分的に疲れる…]
 キッチンの会話は逐一(ちくいち)、クローン[1]の耳へ届いている。クローン[1]は深い溜息(ためいき)をついた。
「パパ、ゆうちゃんの絵日記、あとから見てあげてね」
「ああ…」
 することがあり、余り気乗りはしなかったが、城水は了解した。里子の手前、表立っては平穏に見せている城水だったが、クローンを見たトイレの一件があったから、内心では気も漫(そぞ)ろだったのである。雄静の方は? といえば、彼に恐怖心はなく、子供心でUFOの存在に胸を躍(おど)らせていた。
城水に異変が起こったのはそのときだった。急に意識が遠退いたのである。城水は長椅子に座ったまま鼾(いびき)を掻き始めた。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -28-

2015年08月24日 00時00分00秒 | #小説

 次の日の朝、城水はいつものようにベッドから抜け出た。その日は日曜だったから雄静(ゆうせい)も家で寛(くつろ)いでいた。小学1年の彼の寛ぎ方はバタバタと家の中を走り回ることだった。
[ふむ? 活発に動く人間もいるものだな…]
 クローン[1]は訝(いぶか)しげに首を捻(ひね)った。早朝の暗い頃、クローン[1]は城水の家の庭に現れ、すでに観察していたのである。彼等に食事の必要はなかった。錠剤仕立ての固形食糧を一粒飲めばこと足りた。
「賑(にぎ)やかだな…」
 キッチンを走り回る雄静を見ながら城水は洗面台へ向かった。すべての会話がクローン[1]の耳に入っていることなど、城水は知るよしもなかった。
「ゆうちゃん! ちょっと、静かにしなさいっ!」
 雄静の騒々しさには馴れた里子だったが、ついに声を大きくした。城水が口走ったひと言がきっかけだった。雄静は里子に注意され、走り回るのをやめてキッチン椅子へ座った。
[こういう場合、母親は叱(しか)るのか…]
 声音分析したクローン[1]は冷静な顔で腕組みし、呟(つぶや)いた。
 城水の体内で眠り続けるクローンは、この時点では目覚めていなかった。ただ、起動を促(うなが)すタイム・アラームは、静かに城水の体内で時を進めていたのである。問題は、地球初期化の指令が下される前に目覚めるかどうかだった。アラームが眠るクローンを呼び覚ましたとき、城水はクローン化し、初期化の指令は停止される場合もある。事態は一刻を争っていた。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -27-

2015年08月23日 00時00分00秒 | #小説

[星団命令に従うしかあるまい…]
[初期化ですか?]
[そうだ。地球生命体で存続する最高ランクの人類を無にするのは最終手段だ。悪いのは彼等ではなく、彼等が文明を築いてきた思考方法と本能的な欠陥にある]
 地球外生命体のトップらしきクローンは沈着冷静に答えた。
[彼等自身の頭脳程度を改良する訳ですね。ただ、星団へ帰還するまでの残された時間が余りありません。それまでに城水の体内起動が起こればいいのですが…]
[そうだな…。起動しなければ、やはり初期化するしかあるまい]
[分かりました…]
 そのとき、また別のクローンが現れた。
[城水が住む坂の下で吸収したゴミの分析が終わりました。やはり文明が齎(もたら)した廃棄物です。しかも、そこへ罰せられない人間性の欠如が加わっているという解析装置からの報告です]
 クローン[7]はファイルを見ながら分析データを読み上げた。
[罰せられない人間性の欠如とは、どういう意味かね?]
[自分とは関係がないから捨てる、という欠如した罰せられない心理でだと思われます]
[その心理が地球を破壊している・・ということだな]
[はい…]
 クローン[7]は残念そうに俯(うつむ)き、分析データファイルを閉じた。


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SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -26-

2015年08月22日 00時00分00秒 | #小説

[城水の体内にいる者には我々が来ていることを連絡したのか?]
[連絡はしましたが、テレパシー交信が、まだできません]
[そうか…。まだ、城水の体内で起動していないようだな…]
 異星人のトップらしきクローンが言った意味は、生まれた城水の身体に異星人が船体として乗り込み、まだ停止して睡眠していることを意味した。決まった時間に城水が空腹感に襲われるのは、その事実に原因があったのである。
[明日にでも城水と代わりますか?]
 クローン[1]はトップらしきクローンに訊(たず)ねた。駐車場の車内で城水本人と遭遇した一件は、すでに報告されていた。
[まあ、待て! そのうち、あの個体も変化を起こすだろう…]
[分かりました。では、観察を続けます]
 クローン[1]は透明となり、船内から消え失せた。
 次の瞬間、別のクローンが現れた。
[地球上の戦闘は、終息しそうにありません]
[人類は愚かだからな。相変わらず、互いに傷つくことを続けるか…]
 トップらしきクローンは溜(た)め息をついた。
[やはり、城水が鍵になりますね]
[そうだ。彼の体内で起動が始まれば、過去、数十年に渡る蓄積デ-タが分析できる]
[結果が駄目なら、いかがされます]
 クローン[2]は静かに訊(たず)ねた。


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