水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 86] かわいい婆(ばあ)さん

2016年05月31日 00時00分00秒 | #小説

 谷島とめは今年で96になる婆(ばあ)さんだ。近所の皆から、おとめ婆さんと呼ばれ、それはそれは大事にされている。この大事にされている・・というのには、おとめ婆さんの人当たりのよさだけではなく、二つの大きな理由があった。その一は、おとめ婆さんが高齢にもかかわらず、どこから見ても30前後の色年増(いろどしま)に見えたからだ。いや、それだけではない。溌剌(はつらつ)とした動きといい、衰えを知らない30前後の妖艶(ようえん)さを維持していた。怖(こわ)いほどの若さに、厚生労働省から派遣(はけん)された不老不死を研究する研究所員が態々(わざわざ)、調査とインタビューに来訪したくらいだった。その二は、おとめ婆さんが超美人だという点だ。世界に美女は多数、存在するが、おとめ婆さんはその比ではなく、絶世の美女といってもよかった。考えてもみてもらいたい。96で世界のミス・ユニバースに選ばれ、トロフィー片手に微笑(ほほえ)むかわいい婆さんが、かつてこの世に存在しただろうか。それが厳然と存在するおとめ婆さんなのである。怖い話である。いや、怖さを通り越して、科学を否定する信じ難い怖(おそ)ろしい話だった。
 そのかわいいおとめ婆さんが恋をした。相手は小学校に通う六年生の新川基也だ。八年後、二人は相思相愛となり、めでたく結婚した。二人の年齢と年齢差を計算してもらいたい。お目出度(めでた)い話だが、怖い話でもある。

                  完


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怪奇ユーモア百選 85] 国勢レベル

2016年05月30日 00時00分00秒 | #小説

 ここは天界である。
『今や我が国は、ゆゆしき事態に至っておりますなっ!』
『はあ…まあ、今に始まったことではないのですが』
 神々は下界を眺(なが)めながら話しておられた。
『いや、確かに…。随分(ずいぶん)と前から、かなり国力は落ちております』
『そうですぞ。半世紀ばかりも前は、皆、頑張っておりましたが…』
『頑張ったお蔭(かげ)が、このざまですか…』
『いや、頑張ることはいいことなんですがな。なにをどう頑張るかじゃないんでしょうかな』
『頑張り方、いや、頑張る方向を間違えた・・ということでしょうな』
『頑張って文明を進めた結果、得たものも多いようですが、失ったものも…地球上から絶滅した生物も含め、これが結構(けっこう)、多い』
『それは言えます。文明を進めて既存の古いものを排除する・・この思考方法ですな』
『そうです。新しいものはすべて役立つ・・と人々は勘違いをした』
『新しいものでも古いものでも、いいものはいい、悪いものは悪いという取捨選択を忘れ、古いものをすべて切り捨てていった間違いです』
『その結果、そのツケがすべて国民に回ったんですな』
『というか、国民へツケが回されたと…』
『回したのは政治家で、その政治家を選んだのは国民なのですから、やはり国勢レベルが落ち込むのは自業自得(じごうじとく)ですか?』
『自業自得とまでは言えないかも知れませんが、どうせ変わらないという諦(あきら)めと煩(わずら)わしさが混ざったような政治に嫌気(いやけ)がさした感情がそういう結果を招いたんだと思いますよ。選挙の棄権(きけん)は賛成票を投じたことになるんですな。それが分かっちゃいない。ほら、あそこで鼻毛を抜いているあの男、選挙に行ってませんが、ああいう男が結果として、国勢レベルを下げたんですよ』
「誰か、俺の悪口、言ってんのかっ?」
 天界の神から指をさされた下界の自堕落は、クシャミをしたあと腹立たしそうに言った。そのとき、雲もないのに空に一瞬、稲妻が走った。そして轟音(ごうおん)が轟(とどろ)いた。男は怖(こわ)さで身を縮めた。

                  完


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怪奇ユーモア百選 84] お馬鹿な夏

2016年05月29日 00時00分00秒 | #小説

 最近の夏はお馬鹿だっ! と滴(したた)り落ちる汗を拭(ふ)きながら真下は怨(うら)めしげに炎天下の空を眺(なが)めた。あの頃は…と小学生当時を思い出そうと真下は巡った。すると、急に眠くなった。有り難いことにクーラーが効き始め、部屋が冷えてきていた。それで眠くなったのだ。いつしか真下は微睡(まどろ)んでいた。
『ははは…こんちわっ! あの頃の夏です!』
『えっ! あんたが、あの頃の?』
『そうですよ。正真正銘(しょうしんしょうめい)のあの頃の夏です!』
『ほんとですか~?』
 真下は疑わしそうな眼差(まなざ)しで、あの頃の夏を見た。
『ええええ、そらもう。間違いなくあの頃の夏です。日射病当時の・・最高気温32℃の』
 えらく強調するなぁ…と真下は思った。だが、よくよく考えれば、それも頷(うなず)けた。今の熱中症という言葉がなかった暑いが夏らしい夏・・真下には、今のお馬鹿な夏ではなく当時は頭のいい夏に思えた。青い空に入道雲が漂(ただよ)い、山や海に人は溢(あふ)れた。決して人は熱中症で病院へ搬送される事態にはならなかった。真下も若かった。山や海で戯(たわむ)れる自分がいた。
 ハッ! と真下が目覚めると、すでに4時は回っていた。外はまだ、灼熱地獄のように茹(う)だっていた。真下は少し悪寒を感じた。汗が体熱を奪ったようだった。もう少し拭いておけば、夏風邪にはならなかったのだ。お馬鹿なのは今の真下だった。

                 完


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怪奇ユーモア百選 83] 夕焼け菩薩

2016年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 夏の終わりを告げる鰯雲(いわしぐも)が夕焼けの空に浮かんでいた。竹松は、また正月か…と遠い先のことが浮かんだ。なにかと小忙(こぜわ)しくなる歳末の風景が、これから充実した秋を迎えるというのに端折(はしょ)られて浮かんだのだ。暑気もようやく去り、いい気候になってきたというのに竹松の発想は萎(な)えていた。ああ、いやだいやだっ! と残り少ない髪の毛を掻(か)き毟(むし)ったそのときである。ふんわりと空から地上へと光が下りてきた。竹松は初め、西空に沈みゆく夕陽の乱反射かと思った。地上へ下りた一点の瞬(またた)く光は、そのまま真っすぐ田畑を越えて竹松が立つ家の方へ一直線に近づいてくるではないか。竹松は我が目を疑(うたが)った。だが光は、現実に竹松のすぐ傍(そば)まで近づくとピタッ! と止まった。
『人生のほんのひとときの幸せ…まあ、今年の秋をお楽しみください』
 どこからか竹松に語りかけるように荘厳(そうごん)な声がした。竹松は少し怖(こわ)くなった。もう怪談の夏じゃないぞ…と思いながら声の出所(でどころ)を見回して探(さぐ)ったが、やはり輝く一点の光からするようだった。
「あなたは?」
 竹松は思わず口走っていた。
『わたくしは夕焼け菩薩という、それはそれは有り難い仏さまです』
 竹松は、自分でそれを言うんかい! と心で突っ込んだ。夕焼け菩薩の声は続いた。
『残り少ない人生をお楽しみください…』
 残り少ない! これからまだまだ、と思ってるのに大きなお世話だっ! と竹松はまた心で思った。
「はあ、有難うございます…」
 口でそう竹松が返したとき、一点の光は消え去った。竹松は、♪松竹(まつたけ)たぁ~てぇてぇ 門(かど)ごとにぃ~~♪と、小学唱歌[一月一日]の一節(ひとふし)を下手(へた)に唸(うな)った。不思議なことに、その日以降、竹松には楽しみが増えた。

                 完


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怪奇ユーモア百選 82] 雨ん魔

2016年05月27日 00時00分00秒 | #小説

 猛暑が去り、少し秋めいた休日の朝、三崎は庭で空を見上げていた。空は曇(どん)よりと灰色の雲に覆(おお)われ、ポツリポツリと雨粒が落ち始めていた。慌(あわ)てて家の軒(のき)へと小走りに退避した。そういや、子供の頃、二百十日の前後には雨ん魔という妖怪が天から降りてきて屋根を小突(こづ)くという話を聞かされたことがあった。今から思えば埒(らち)もない作り話に思えたが、三崎はふとその話を思い出し、馬鹿馬鹿しいながらも確かめようと、空を見上げていたのだ。今はちょうど二百十日の頃で、時期的にも話と一致していた。
 雨は本格的に降り出したが、これといってなんの変化も空にはなかった。どうせ、雨ん魔が屋根を小突くというのは雹(ひょう)かなにかが降る気侯のことだろう…と三崎には思えた。そのときだった。空から雨ん魔が雲に乗って下りてきた。顔はちょうど俵屋宗達が描いた風神雷神図の二神を合わせたような姿で、いかにも妖怪らしく見えた。三崎は目を擦(こす)った。雨ん魔は片手に笊(ザル)のようなものを持って三崎の庭の屋根 辺(あた)りの高さまで降りながら漂(ただよ)った。そして、片方の手で笊の中に入った氷の粒(つぶ)を辺り構わず投げ飛ばし始めた。まるで花咲じいさんだな…と三崎には気楽に思えた。というのも、どうせ夢を見てるんだろう…という潜在意識があったからだ。ところが、雨ん魔が投げ始めたその氷粒の一つが三崎の脳天にコツン! と当たった。三崎は、その場で気を失った。三崎はハンモックのネットに気づかず転んだだけだった。気を失う訳がないのに失ったのだ。
 気づくとベッドに寝かされていた。妻の美登里が三崎の様子を窺(うかが)っている。
「お医者さまが今、帰られたわ。別にどこも悪くないって…」
「ああ、そうか…」
「怪(おか)しいって、不思議そうな顔されてたわ。変な人ね…。ふつう、あんなところで転んで、気は失わないわよっ!」
 美登里が訝(いぶか)げに三崎を見た。三崎には美登里の言葉が雨ん魔の投げた氷粒より痛かった。

                 完


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怪奇ユーモア百選 81] 通せんぼ

2016年05月26日 00時00分00秒 | #小説

 いやいや、道はあるはずだっ! と阿佐口は思った。山で迷った自分を情けなく思いながら、その一方で迂闊(うかつ)な登山計画を立てた自分が腹立たしかった。下界ではまだ秋ではないものの、高山はすでに、秋から冬への変貌(へんぼう)を遂(と)げようとしていた。幸い、阿佐口の体にはまだ余力があった。非常食も幾らかあったから、すぐどうこうということはなかったが、このままでは日が落ちるまでに下山できない状態だった。おお! これで…と、ようやく下りられそうな道に出られたとき、突如として一陣の風が阿佐口の前を過(よぎ)った。その途端、目の前に見えていた道が消えていた。
『♪通せんぼ~通せんぼ♪』
 風がそう歌ったように阿佐口には聴こえた。不思議なことに、道が消えたあと、ピタリ! と風は吹きやんでいた。阿佐口は少し気味悪く思いながらも、こうしちゃいられない…と別の道を探すため歩き始めた。そして、20分ほどが経(た)ったとき、また下山道らしき道に出た。そのときまた、どこからともなく一陣の風が吹いた。
『♪通せんぼ~通せんぼ~通しゃせぬぞよ通せんぼ~♪』
 また風が少し長めにそう歌ったように阿佐口は感じた。そしてふたたび道が消えたあと、風が消えていた。阿佐口は、これはただの偶然ではないぞ…と少し怖(こわ)くなってきた。まあそれでも、三度目はさすがにないだろうと気を取り直し、動き始めた。そしてまた15分ばかりが経ったとき、下山道が現れた。阿佐口は今度こそ、これで…と思った。すると、また風が騒ぎ始めた。阿佐口は、よし! 通ってやろうじゃないかっ! と風に対し反感を抱いた。
「♪通~るぞよ通~るぞよ~なにがなんでも通るぞよ~♪」
 阿佐口が歌ったあと、風は不思議なことに歌わず、静かにやんだ。そして、道は消えていなかった。阿佐口は、ぎりぎりのところで遭難(そうなん)せず無事、下山できた。
 下山した阿佐口がリュックを確認すると、非常食が消えていた。風は腹ペコだったのか…と阿佐口は思った。それなら、そう歌ってくれればいいのに…と、また思った。

                 完


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怪奇ユーモア百選 80] 往復(おうふく)

2016年05月25日 00時00分00秒 | #小説

 残暑ぎみながら、そろそろ心地よい冷気も漂(ただよ)い始めた月終わりのある日、定年退職した裾川(すそかわ)は軽く旅でもするか…と、ひょっこりと家を出た。といっても、これという目的地がある訳でもなく、まあ適当にと、場当たり的にホームに入っていた電車に飛び乗った。ただ、電車で行こうと思ったのには少し理由がある。
 電車は快速にひた走り、秋初めの風景が夏の終わりと入り混じり、車窓に流れた。山海電鉄の呼びものは、なんといっても新しく並島駅長に就任したうさぎのオウサだ。並島駅は男女雇用機会均等法を動物版として地でいく謳(うた)い文句で、マスコミだけではなく政財界からも注目されていた。女性駅長オウサのお蔭(かげ)で山海電鉄の株は急上昇し、まあ、持っていようか…気分で少し買った株主の裾川に株主特権で貰(もら)った気分ホクホクの招待券が手に入った。裾川は当然、帰りもこの電車で帰る腹づもりでいた。要は、往復である。それも場当たり的で、貰った招待券に往復切符が付いていた・・という、ただそれだけの理由だ。
 人気がある並島駅はさすがに込んでいたが、裾川もオウサ見たさの興味本位で途中下車した。区間内ならどの駅でも、さらに何回でも乗り降り自由のサービス付きで、けちな裾川を喜ばせていた。
 裾川が混雑する人を掻き分け並島駅を出るとオウサ駅長が駅前の一段高い特等席でチョコンと座っていた。いい迷惑だわ…気分が不思議なことにヒシヒシと裾川に伝わった。いや、今日の俺は少し怪(お)かしい…と裾川が思っていると、ひょんなことにオウサとばったり目があった。
『わあ、いい男ね。こちらへどうぞ…』
 そんな気分でオウサに呼ばれているようで、裾川はまた人を掻き分け特等席へ一歩一歩近づいていった。
『なんだ…今日だけ? 私のお世話しない? ここで…』
「ええっ!?」
 裾川は思わず叫んでいた。オウサを見ていた周囲の人々が一斉に裾川を見た。そんなことで・・でもないが、裾川は今、並島駅まで往復して並島駅に通う掃除兼雑用係だ。オウサと会話しているかどうかまで、私には分からない。

                 完


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怪奇ユーモア百選 79] まだまだ…

2016年05月24日 00時00分00秒 | #小説

 今年で80になる仙道虎助は持久力のある男で、まだまだ衰えるということを知らない独居老人だ。猛暑のさ中、虎助は庭に出て、裸でドラム缶に入れた水の中に浸(つ)かるのである。頭はサト芋の葉を数枚重ね、頭に乗せる・・といった具合だ。もちろん暑さ対策だ。別に始末しよう…とかのケチ意識は虎助にはなく、ごく当然と考える人間離れした感覚の持ち主だった。そういう虎助を人はある種、変人扱いしていた。猛暑により、しばらくするとドラム缶の中の水は湯へと変化する。風呂に入ってる勘定で、虎助としては一石二鳥だった。熱くなり過ぎれば水で適温にすればいいだけのことである。石鹸はただで農家からもらった糠(ぬか)を代用していた。ここまで話せば、ただの風変わりなじいさん話だが、怖(こわ)いことに虎助は…。まあこれは、おいおい話せば分かってもらえるだろう。
 猛暑の夕暮れどき、夕飯を早めに終えた虎助は家を出た。向かうのは、閉店の時間となりシャッターを下ろしたスーバーである。
「おかしい人だよ、あの人は…」
 買物を終えて出た人が、そんな虎助に気づき、振り向きざまに呟(つぶや)いた。この買物客が出たあとスーパーはシャッターを下ろしたのだから、変といえば変なのだ。閉じられた店にいったい何の用がある? ということだ。答えは簡単だった。虎助は夜っぴいて待っていたのである。なにを? それは、誰にも開店を、と思えた。だが…。
「もし、おじいさん。ここで何してるの?」
 深夜、交番の巡査が不審(ふしん)に思い、新聞紙の上に腰を下ろした虎助にそう訊(たず)ねたことがある。
「開店を待っておるんです…」
「朝まで店、開かないよ。夕方見かけたけど、あれからもう5時間は経(た)ってますよ」
「まだまだ…」
「まだまだ…って。お身体、大丈夫ですか? こんなところで…。出直された方が…」
「いえ、まだまだ…。私は待ちます」
「そうお? 無理しないでね…」
 虎助の頑固(がんこ)さに根負(こんま)けし、巡査はスゴスゴと引き下がって去った。
 そして今日も、その虎助が閉じられた店前で深夜、待っていた。
 虎助が、まだまだ…と夜っぴいて待つ理由、それは二年前、先だたれたばあさんに逢(あ)うためだった。虎助がまだまだ…と待ち続けたのは、ただの老人性痴ほう症だったのか? あるいは、本当に先立たれたばあさんに逢うためだったのか? それについては、本人から聞いた話なのだが、まだまだ…いや、未(いま)だに分からない謎(なぞ)だ。

                 完


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怪奇ユーモア百選 78] お呼びがかかる

2016年05月23日 00時00分00秒 | #小説

 蝉の鳴き音が弱くなり、そろそろ夏も終わりか…と東谷(あずまや)は思った。ということは、幽霊見習いの東谷にとって、一応、店じまいということになる。幽霊見習いとは、まだ幽霊と呼ぶには腕が未熟な駆け出しの霊のことをいう。そんな東谷だが、幽霊は暑いからお呼びがかかるのであり、寒くなればどういう訳か出番がなくなる。そうなると、最近の幽霊は生活の都合で、ハローワークへ姿を変えて出向くことになる。今はそんな世知辛(せちがら)い時代なのだ。
『あの…。もう少しひっそりとした静かな仕事は?』
 今日も東谷の姿がハローワークにあった。
「この前も言いましたがね。そんな都合のいい仕事なんかあり…んっ? まあ、ないこともないですがね」
『そ、それお願いします』
 ニートの青年に乗り移った幽霊見習いの東谷は、係員へ返した。
_「いいんですか? 安いし陰気な仕事ですよ?」
『そ、それがいいんです!』
 東谷にしては強めに言った。それでも、この世の人の半分程度の声である。
「変わった人だ…これなんですがね」
 呆(あき)れた顔でハローワークの担当係員は東谷の蒼白い顔を窺(うかが)いながらファイルを見せた。
『倉庫の見張り番ですか?』
「はい…らしいんですがね。今どき、警備会社を頼んだらいいんですがね。まあ、小さなお店ですから分からなくもない。…どうします?」
『はい、よろしくお願いします』
「私に頼まれても…。先方には連絡しておきますので…」
 話は首尾よく纏(まと)まり、安いお足でお呼びがかかった幽霊見習いの東谷は、さっそくその中田屋の倉庫で働くことになった。
 その倉庫には陰気な幽霊が住んでいて、東谷は今、倉庫で幽霊の勉強をみっちりと仕込まれている。お足がいらないだけに、東谷にとっては一石二鳥となっている。むろん、幽霊見習いの東屋にお足はいらない訳で、働いたアルバイト代は乗り移った青年に入るという勘定だ。

                  完


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怪奇ユーモア百選 77] お焦(こ)げ化け

2016年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 昭和30年代、日本が復興しようとしていた頃の話である。
 その当時、小学生の私は片田舎(かたいなか)の山村で暮らしていた。年の離れた兄は都会の叔父の所へ下宿させてもらい、今でも超有名な一流大学に通っていた。もう一人の妹は3才下で、私の手下として私に仕(つか)えていた。そう思ったのは、その頃の私の子供感覚で、妹はどう思っていたかは知らない。
 父は村役場に勤務していたから、母もそう苦労はしていなかったように思う。というのも、物資不足の頃だったが、父の仕事の関係でお世話になったとかで結構、農家の方が野菜や牛乳、卵などを持ってきて下さったからだった。
 そんなある日の朝、母は竃(かまど)で火吹き竹を吹きながらご飯を炊(た)いていた。私と妹は、いつものように炊きあがるのを待っていた。炊きあがりを待っていると、母は炊きあがったお釜(かま)のご飯を木のお櫃(ひつ)に移しかえたあと、残ったご飯でお握りを作ってくれた。私と妹の順序は決まっていて、妹が先で私があとだった。これにもちゃんとした理由がある。私は香ばしい香りと味がするお焦(こ)げが好きで一番最後のお釜にこびりついたご飯で握ってもらうのを楽しみにしていたからだ。むろん妹も同じだったから、勉強部屋の掃除を条件に何度も変わってやった。まあ、ここまでの話なら誰もがする想い出話なのだが、私の場合はここからが少し違うのだ。
 夜も遅くなって、夕食後のラジオ[当時はまだテレビがなかった]を聴くと7時半頃には寝ていたと思う。今のような楽しみが少ない時代で、日が高い日中を大事にしていたようだ。皆が寝静まった夜更け、その異変は起きた。お焦げ化けが竃から現れたのである。どういう訳か寝たはずの私は空腹で眠れず、竃のある土間(どま)に立っていた。竃から現れたお焦げ化けは、大きなお握りのような形をしており、ドッカと板間に腰を下ろした。香ばしいあのお焦げのいい香りをさせ、湯気(ゆげ)をユラユラとのぼらせていたのを思い出す。そのお焦げ化けには目鼻がついていて、どこか妹にも似ていた。今考えれば、それがなんとも不思議なのだが、私は茫然とそのお焦げ化けを見つめるだけだった。さすがに怖かったせいか、食べようとは思わなかったのだろう。そのまま私は部屋に戻り、眠った。そして朝になったのだが、その記憶は鮮明に残っていて、いつも見る夢とは明らかに違ったのだ。今でも、あのお焦げ化けの姿ははっきりと覚えている。だから、お焦げ化けは今も現実にいるはずである。
 まあそんな馬鹿馬鹿しいお話なのだが、お焦げ化けが出るには一つの条件があるようで、かなりお腹が空いていないと現れないみたいだ。

                    完


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