水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<15>

2014年11月30日 00時00分00秒 | #小説

 奥さんに嫌われポイ捨て…という恐怖感が付き纏(まと)っていた訳だ。どうも、あの沙希代さんは油断ならない…と小次郎は判断していた。
 それから数日、小次郎の様子見が始まった。まあ、よくよく考えれば、公園に捨てられていた不幸な境遇だったのだから、様子見などと贅沢(ぜいたく)は言ってられないのだ。揉(も)み手で里山夫婦のご機嫌を取る訳にはいかないが、ニャ~のひとつも愛想よく鳴いてみるくらいは…と、小次郎は大人びて思った。どうも、僕は頭がいいぞ…とは小次郎も常々、感じていたが、人間の言葉が話せる特技の持ち主は、世界で僕をおいてない…とは確信できた。
「行ってくるからお利口にしてるのよ…」
 里山が出たあと、しばらくして沙希代が手芸教室へ行く準備を済ませ、玄関戸を施錠した。もちろん小次郎の諸物は、里山が出かける前に玄関外へ移動してあった。
 沙希代がいなくなると、小次郎にとっては我が世の春となる。季節は寒さが増していく秋半ばだったが、凍(こご)える心配もなく、飢えることもまずないだろう…と思えた。里山に擦(す)り寄った、ひもじかった日々が苦(にが)く浮かんだ。現実は、この玄関にいる今だ。小次郎は優雅に玄関前の庭を愛(め)でながら両目を瞑(つむ)った。そのときである。慌ただしく近づくバイク音がした。緊急警報、発令! である。小次郎は跳ね起きると玄関から床下(ゆかした)へと素早く走り、身を隠した。そして、近づきつつある物体を確認しようと目を見開いた。薄暗い床下だから、玄関からは注視しないと小次郎は見えない。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<14>

2014年11月29日 00時00分00秒 | #小説

『有難うございます。よろしくお願いいたします』
「随分、他人行儀? いや、他猫行儀だな」
 里山は、ははは…と笑い、小次郎はニャニャ~と笑った。
「シィ~! いかんいかん。気づかれりゃ、大ごとだ」
『そうでした…』
 一人と一匹はトーンを下げた。
『それは?』
 小次郎が片手を上げて里山の持つ袋を示した。
「ああ、これ? ジャガイモを油で揚げた菓子だよ」
『美味(おい)しそうですね…』
「こんなもの、食べるのかい?」
『ええ、ものによっては…』
 里山は袋から少し摘(つ)まんで小次郎の前へ置いてやった。小次郎は最初、舌でペロペロと舐(な)めていたが、いける! と思ったのか、器用に食べてしまった。
『…なかなかの味でした。また、頼みます』
「ははは…こんなもんでよかったら、いつでも」
 里山は缶ビールをグビリと飲み、小次郎はペロペロと水を舐めた。小次郎の気分は、里山家入門試験に晴れて合格した安心感と喜びに最高潮だった。ただ反面、余り浮かれ過ぎるのも如何(いかが)なものだろう…という有頂天になれない冷(さ)めた気分もあった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<13>

2014年11月28日 00時00分00秒 | #小説

「分かった。じゃあそうするわ…。で、名前はどうするの?」
「ああ、名前は本人から聞いてあるんだ」
「えっ?」
「いやいや、小次郎って決めてるんだ」
「オスなんだ…。立派なものをぶら下げてるって訳ね。それにしても、小次郎って、なんかダサくない?」
「ははは…いやいや、いい名だ。日本って感じがな」
 里山は小次郎を見ながら言った。小次郎は『そうですとも!』と小さく呟(つぶや)いたあと、ニャ~と大きく鳴いた。よく考えれば、里山が命名した訳ではない。里山はあとから直接、本人ならぬ本猫に訊(き)こう…と思ったが、どうも小次郎自身が付けたふうに思えた。
 この日を境にして、小次郎は里山家の一員に合格し、晴れて住まわせてもらえることとなった。
「いやぁ~、おめでとう。合格、合格。大合格!」
 沙希代が寝静まった深夜、里山はコッソリと起きた。小次郎と約束していた合格祝いである。里山はフロアに胡坐(あぐら)を掻(か)いて小次郎に対峙(たいじ)した。フロアの上には、この日のためにと買っておいた最高級の猫缶などの猫専用食品が所狭しと広げられた。里山は手に缶ビール一本とポテト揚げの市販袋を持っていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<12>

2014年11月27日 00時00分00秒 | #小説

「そう? …」
 事なきを得、里山は靴を脱いで、やっと玄関から上がれた。
『危なかったですね』
「そうだな。小次郎も注意しないとな」
『ですね』
 一人と一匹は沙希代が台所へ消えた瞬間、互いの顔を見合わせ、ヒソヒソと話した。沙希代を刺激しないよう心がけた結果、その後は事もなく無難に推移し、夜になった。小次郎の寝場所や世話をする細々とした決めを沙希代と済まし、一段落していた。土曜の夜ということもあり、里山にはなんとなく気分的な余裕があった。
 風呂を上がった里山は一杯飲みながら夕飯を済ませた。
「外へ出しておくの?」
 沙希代がキッチンの蛇口を開いて洗いものをしながら唐突(とうとつ)に訊(たず)ねた。
「えっ?!」
 里山は水音で聞き逃し、訊(き)き返した。
「だから、外へ出しておくの? って訊いてるの!」
 ああ、そのことか…と里山は思った。沙希代は手芸教室の講師をやっているから、里山が出たあと、家を出る。だから、夕方の五時頃まで家は無人となるのだった。
「その方がいいだろう、こいつも」
 里山は少し離れたフロアで餌を食べている小次郎を見ながら言った。小次郎は小さくニャ~と鳴いて頷(うなず)いた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<11>

2014年11月26日 00時00分00秒 | #小説

 コンクリートで囲われた古水道の蛇口裏は小次郎の水飲み場になっていて、里山は空き缶に水を入れて置いていた。里山が水を入れた缶を手にして戻ると、小次郎は律義にも食べずに里山を待っていた。
「あっ! ごめん、ごめん。遠慮は無用、食べていいよ」
『そうですか。それじゃ…』
 小次郎は行儀よく食べ始めた。こんな猫は今まで見たことがない…と里山は小次郎の楚々とした食べ方を眺(なが)めながら思った。
 数日が過ぎ、小次郎は里山の家の門を潜(くぐ)った。
「貧相(ひんそう)な猫ね…」
 開口一番、沙希代は里山の腕に抱かれた小次郎を見ながら、そう言った。小次郎は、そんな言い方しなくても…と思ったが、引っ掻(か)くことは避(さ)けた。ともかく、ここ数日は気に入られるようにしなけりゃ…と愛想(あいそ)をふり撒(ま)くことにし、ニャ~~と可愛くひと鳴きした。
「…まあ、可愛いことは可愛いけど」
 愛想作戦は成功したらしく、沙希代は小次郎の頭をナデナデと撫(な)でた。
『もっと、やさしく!』
 余りの乱雑さに小次郎は小さな愚痴をこぼした。
「あら? あなた今、何か言って?」
「いや、なにも言ってないぞ。気のせいだろ…」
 里山は少し慌(あわ)て、小次郎は思わず唾(つば)を飲み込んで口を閉じた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<10>

2014年11月25日 00時00分00秒 | #小説

 着がえることも忘れ、里山はふたたび玄関から外へと飛び出した。背広上下にサンダル、手には缶詰である。その格好を他人が見れば、どこから見ても怪(おか)しく思えた。だが、外はすでに暗闇で、この付近の人通りはほとんどなかった。しかも公園は、里山の家のほん横だったから好都合だった。
 公園の入口で小次郎はのんびりと待っていた。
『そんなに急いで来られならなくても…』
「いや、なに。朗報が一つあって、それを一刻も早く君に伝えてやろうと思って…」
『何でしたでしょう?』
 小次郎は大人びた声で、そう言った。
「実は、家内のやつ、どうも君を飼ってくれそうなんだ。まだ、はっきりと決定はしてないんだが…」
『当選確実! ってやつでしょうか?』
「そうそう。君、上手(うま)いこと言うな」
『その、[君]っていうの、やめてもらえません? 他人行儀な。家族になるんですから…』
「ああ、悪かったな。なんだったか…ああ、そうそう、小次郎君」
『君づけは、いりませんよ。小次郎で結構(けっこう)です』
「ああ、…小次郎」
『美味(おい)しそうな缶詰ですね』
 小次郎は里山が手にした缶詰を手に取るように見つめた。
「そうそう、これこれ…」
 里山は手にした缶詰のプルトップを力強く開け、小次郎の前へ置いた。そして、いつものように水道の蛇口へ向かった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<9>

2014年11月24日 00時00分00秒 | #小説

「あら? どうしたの?」
「いや、なに…。ほれ、アレだ」
「おかしい人ね。ナニ、ホレ、アレじゃ分からないわよ」
 煙(けむ)い顔で沙希代は里山を攻(せ)めた。
「朝、出がけに言ってたろ。ほれ、隣の公園の猫だよ」
「まだ、いたの? その猫」
「お前、猫、嫌いか?」
「なに言ってんのよ、嫌いな訳ないでしょ。猫も犬も大好きです」
「なら、いいじゃないか」
「誰が世話するのよ。私は教室でいないんだから…」
 沙希代は手芸教室で講師をしていたから、里山のあと沙希代も出て、家は空(から)になるのだった。
「猫なんて、そんな世話はかからないさ。多めに餌をやっときゃ、いいじゃないか」
「そりゃ、そうだけど…」
 沙希代は声を緩(ゆる)めた。里山は敵陣攻略まであと一歩だな…と思った。そう思えたのには、もうひとつの理由があった。里山が冷蔵庫を開けたとき、沙希代は小声で、「しょうのない人ね…」と呟(つぶや)きながら遠ざかっていったからである。ある種の黙認だ…と里山には思えたのである。
 里山は上手い具合に入っていたシーフードツナの缶詰を手にして、これだな…と冷蔵庫を閉じた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<8>

2014年11月23日 00時00分00秒 | #小説

『よろしくお願いします! それじゃ、早くお帰り下さい』
「腹、減ってないの?」
『えっ? そりゃ、もちろん減ってますよ。でも、じっと我慢の子です。合格するまでは…』
「ははは…合格か」
『笑いごとじゃないですよご主人、僕には…』
「ああ、そうだね…」
『小次郎です』
「そうそう、小次郎君だったね、失礼!」
『謝ってもらうと、かえって恐縮します』
「帰ったら、なにか持ってくるよ。じゃあ、また…」
 里山は早足で公園から去った。
「あら! 今日は早かったわね」
 沙希代は里山の姿を見るなり開口一番、いい迷惑だわ…みたいな顔でそう言った。
「ははは…、俺だって、たまにゃ早く帰るさ」
 ここ数年、里山の帰宅は九時以降だったのだ。沙希代の渋面(しぶづら)を見るのが嫌だったからではないが、飲んで憂(う)さを晴らす日々が続いていたのだった。それが、今日に限って俄(にわ)かのご帰還(きかん)なのだから、そう言われるのも当然か…と里山には思えた。
 機嫌よく返事した里山は冷蔵庫へ直行した。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<7>

2014年11月22日 00時00分00秒 | #小説

 駅を降りると、里山の足は自然と早まった。そして・・ついに、家が眼前に迫ったのである。必然的にそれは、公園が迫っていることを意味した。
 公園にさしかかったとき、里山はなぜか少し緊張していた。里山に気づいたのか、公園の木々の茂みに隠れていた子猫の小次郎が細やかに速く歩いて里山に近づいた。チョコチョコと近づく小次郎に里山は一瞬で気づいた。
「今、帰ったよ…」
 矢も盾(たて)もたまらず、里山は小次郎に声を投げかけていた。可愛さもあったが、会社で考え続けた今朝の現実離れした出来事を確認したい気持も多々あった。里山の心中の小次郎がふたたび話す期待感は五分五分だった。小次郎は止まると、すぐ近くに立つ里山を見上げた。だが、じっと見つめるだけで、里山に話しかけようとはしなかった。里山は、やはり今朝の俺はどうかしていたんだ…と、鬱積(うっせき)した気疲れによる体調不良のせいにし、諦(あきら)めて歩き出した。瞬間、ははは…猫が話す・・馬鹿げてる! と、自分が変人に思えた。しかし、里山が歩き始めて数歩したときである。
『あっ! ご主人、お待ち下さい!!』
 里山の背後に、朝よりはやや大きめの聞きなれた声がした。里山は、思わず振り返った。
『ええ、ええ…。僕は話しますよ。このことは二人だけの秘密です。それよりか僕を飼ってくれるよう、奥さんによろしくお願いします』
「ああ、それはもう…。近々、必ずなんとかするよ」
 里山は子猫が話すという不可解な現実を確認し、認めざるを得なかった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<6>

2014年11月21日 00時00分00秒 | #小説

 退社時間となり、里山は早々に席を立った。課員達が退社するのとほぼ同時で、課員達はもの珍しそうに里山の姿をチラ見した。いつもなら、課員達がすべて退社してから席を立つ里山だったからである。
「お早いですね…」
 嫌味ではないが、道坂が微妙な顔で訊(たず)ねた。いつもは、里山が席を立つ前に「じゃあ。お先に…」と、出ていく道坂だったから、調子が狂ったこともある。
「今日は、ちょっと急ぐんでね…。じゃあ!」
 こういうこともあるんだ…と道坂は、茫然(ぼうぜん)と里山のあとに続いた。
 里山が急いで退社したのには、当然ながら訳がある。朝から仕事がまったく手につかないほど子猫の小次郎のことが気になっていたのだ。里山の脳裡(のうり)にまず巡ったのは、病院で診(み)てもらおう…ということだった。小次郎が人の言葉を話すことなど、まず科学の常識では考えられないことだし、万に一つも有り得ないことなのだ。だとすれば、里山自身の体調不良、取り分け、頭の異常が考えられる。だが、仕事をしていても、これといって発想が異常とも思えなかった。とすれば…と里山は巡った。そして、次に考えたのが、もう一度、事実を確かめるしかない…ということだった。里山がその発想に至った頃、丁度、昼休みは終わっていた。今は、まずい…と里山は落ち着こうとした。退社時間となり、すぐ帰宅すれば確かめられる。なにせ、家は公園の横なんだから…と結論が出ると、里山の仕事は俄(にわ)かに捗(はかど)り始めた。


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