水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第36回

2012年11月30日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第36回)
そうこうするうちに話は纏まってお買い上げになった。沙耶は、あとはお任せ・・のような顔で保を見て微笑んだ。保はゾッと寒気がした。支払うのは自分だからだ。渋々、保は財布を出しながらウインドウの隅から会計へと向かった。いくらかテンションが下がったのは仕方ない。これも郊外試験だからな…と自分に言い聞かせ、保は金を支払った。
「奥様でいらっしゃいますか? 旦那様もお幸せでございますわね、お綺麗で。ほほほ…」
 嫌味かっ! と保は少し怒りが込み上げたが、我慢して抑えた。結果、沙耶の試験は首尾よくいったのだから、いいじゃないかと、また自分に言い聞かせながら店を出た。この日の沙耶はプログラムが効いたのか買った服を着なかった。保は沙耶が脱いだ服を持たされる必要はなかったが、新しい服の入った紙袋は持たされたから、結果は余り変わらなかった。食材を近くのデパ地下で適当に買ったあと、二人? はマンションへ帰った。沙耶は帰路の地下鉄の中も吊革を握り、ごく普通に揺られていた。その姿には前のような違和感はなかった。まあ、こんなもんだろう…と保は思った。
「仮免は一応、OKだ、沙耶」
『そう? あの感じならいいのね』
「ああ、まあな…。過激な発言は困るが、以前のようなこともなかったしな」
『それよか、声をかけてきた男、あれ誰?』
「んっ? ああ、この前さ、沙耶が絡(から)まれた男だ。その記憶データは消去したから、沙耶には分からんよ」


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連載小説 代役アンドロイド 第35回

2012年11月29日 00時00分00秒 | #小説

  代役アンドロイド  水本爽涼
    (第35回)
『それじゃ私、ブラッと見るから、保、ここで待っててね』
「ああ…」
 保は沙耶に言われるまま、ショーウインドウの隅で部外者を装って観察した。沙耶は前回と同様、あちらこちらと蝶のように見て歩く。奥で停止してじっと立つ女店員が、恰好の獲物を見つけた蜘蛛のように沙耶へ急接近した。よく見れば、この前と同じ、客あしらいの上手い店員だった。
「あらっ! この前の…。ほほほ…それなんかも、よくお似合いでございますよ、お嬢様」
 お嬢様ときたか…と、保は耳を澄まして聞き入った。
『そう?』
 沙耶は相手に褒められたとしても有頂天になるようなプログラムは組まれていない。自分の選択を肯定され、それが購入可能物だというただの認識なのである。ただ、沙耶の好みは保の好みをアレンジして入力されていた。それに加え、京東大学の女学生にも訊(たず)ね、データ化したものがプログラムされていた。この判断プログラムには、さらにその日の天候、気温、湿度、場所柄、対人状況etc.が加味される。だから今の場合、素直に喜んだ『そう?』ではなく、ただの返事で『そう?』と言っただけなのだ。
『私は、こっちが好きなんだけど…』
「はいはい。それもピッタリ、ヒットしております。いいと思いますよ、お値段もお手頃ですし…」
 上手いベンチャラだ、また高くつくな…と、保は少しテンションを下げた。


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連載小説 代役アンドロイド 第34回

2012年11月28日 00時00分00秒 | #小説

  代役アンドロイド  水本爽涼
    (第34回)
「保護者?! どういうことだ。その年で親子でもあるめぇ~」
 絡んでくるその男に、保は、トラブルを避けるには長居は無用と判断し、沙耶の肩を押すと歩きだした。当然、沙耶も続いた。
「なんだ! 無視かっ!」
 なおも、その男は絡み口調で後ろから声を投げかけた。そのとき突然、沙耶が止まり、振り返った。
『あの…、先ほどから興奮されてますが、あなた、どちらさま?』
 シカトしている風でもなく、沙耶の顔はマジだった。実は沙耶の記憶回路の前回分は、修正時にリセットされていたのだ。
 男は小馬鹿にされたと思ったのか、チッ! と舌打ちすると反対方向へと去っていった。保としては、やれやれである。地下階段を登りきると、ホッと溜息が洩れた。保の後方を息も切らさず規則的な一定リズムで登った沙耶は、まったく何事もなったかのようで息も乱れていない。それは当然で、沙耶の呼吸機能は人工的なアンドロイドであることを隠すための形だけのもので、生物の呼吸機能ではなかったからだ。保はその沙耶を見て、ここも組み換えか…とは思えたが、まっ! いいか…と、思い返した。スポーツ選手とか心臓がタフな体育会系の人間なら、そういう者もいるか・・と思えたからである。
 モンタナに入る頃には雨も小降りになっていた。保は傘を閉じながら、沙耶の動きを観察した。仮免の郊外試験は続いていたのだ。


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連載小説 代役アンドロイド 第33回

2012年11月27日 00時00分00秒 | #小説

  代役アンドロイド  水本爽涼
    (第33回)
まあ、傘があるから、取り分けて困ることもない。二人? は前回と同じルートを巡ることした。沙耶がモンタナで新しく買いたいものがあると言ったせいもある。沙耶の行動修正は、①人間と比較して不自然な動き、② 〃 不自然な言動、の二点である。さらに、対応を困った場合には、保へ警報電波を発して知らせる機能も緊急退避プログラムへ加えられていた。
 マンションを一歩出ると、外はザァザァと雨粒が落ちいた。女物の傘がなかったから、沙耶も保と同じ男物の傘で出た。こういうことは世間で日常茶飯事だから違和感はない。対向で歩道を通り過ぎる人も二人? を特段、意識する人はいなかった。
「あんた、この前のお嬢さんだよね?」
 地下鉄階段を出口へ上がろうとした矢先、沙耶の後ろから近づく一人の中年男が声をかけた。保も沙耶も同時に振り返っていた。
「この前は、少し興奮したようで失敬した。どうだい? 改めてその気は?」
「あんたか! 沙耶に声をかけたって男は!」
 どういう訳か、沙耶よりも保の方が興奮していた。
「そういう、あんたは誰だ?」
「誰って…沙耶の保護者だ!」
 あとから思えば、なぜ保護者と言ったのかが保には分からなかった。恋人とか兄だったら、ごく普通のよくあるパターンだったのだが…。


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連載小説 代役アンドロイド 第32回

2012年11月26日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第32回)
「仮免?」
「そうさ、仮免許。郊外試験さ。外へ連れ出して普通に行動、話せるかって試験だ」
「一週間前のは、それか?」
「ああ、そういうことだ」
 保は長話で、すっかり眠気が消えていた。
「一度、そのアンドロイド、会ってみたいものだ。機会があったら連れてきてくれよ」
「ああ、そのうちな…。ところで、教授は寄ってるか?」
「お前とこの先生か。時折りお見えになって、大将と話してる」
「馬飼さんと教授は、つきあいが長いからな。俺とお前のようなもんだ」
「ははは…そうなるかな。それじゃ、近いうちにな。遅くに、すまん」
 携帯が切れたあと、保はしばらく眠れないまま起きていた。キッチンの冷蔵庫から缶ビールと沙耶が作った炒めものの残りをだし、テーブルで飲みながら食す。フィニッシュして食器を洗い、口を漱いで歯を磨く。そして、ベッドへと滑り込む。眠くなるほどではないが、身体が少し火照(ほて)って、保はいつの間か深い眠りへと誘(いざな)われていった。
 次の日からしばらくは事もなげに日が過ぎ去った。保の休日が近づき、沙耶の郊外試験がふたたび巡ってきた。その日まで沙耶は家事を手抜かりなく努め、保との接遇も適切に熟(こな)していた。保も今度こそは大丈夫だろう…と密かに期待していた。
 試験の当日は生憎(あいにく)、雨が降っていた。


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連載小説 代役アンドロイド 第31回

2012年11月25日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第31回)

「いや、明日じゃなく今日中にと思ってな。ははは…もう今日だが」
「前置きはいいから早く話せよ」
「ああ…。お前のアンドロイドの話だ。その後、どうだ?」
「なんだ、その話か。明日でもいいんじゃねえか!」
 叩き起こされた保は、この夜中になんだ! と、少し怒れた。
「すまん。この前、偶然なんだが、お前と歩いてる女を見てな。ありゃ、お前のアンドロイドだろ?」
「そうだろうな…。いつの話だ?」
「一週間ばかりになるか…。モンタナの前だ」
「ああ、それなら間違いない。俺と沙耶だ」
「沙耶?」
「ああ、アンドロイドの名さ」
「すごいな、お前。そりゃ、世界の発明だぜ!」
「黙ってろよ。このことを知ってるのは、お前だけなんだからな」
「ああ、それは分かってるさ。そうか…かなり進んでたんだな」
「まあな。この前、店へ寄ったのは、いつだった?」
「もう、ひと月になるか…」
「そうか、そんなにな…。いや、お前には言っておこうと思ったんだが、かなり順調にいったもんでな。あと一歩で仮免OKだ」


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連載小説 代役アンドロイド 第30回

2012年11月24日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第30回)

『そうよね。今回は私が軽率だったわ。大丈夫よ、私のことは何一つ、分かんないんだから、あの男…』
「そりゃそうだろうけどさ…。これじゃ、俺がいないときの自由外出は駄目だな。仮免はアウトってことで…」
 保はまた同じようなことが起こることを恐れていた。沙耶が言ったとおり今回は丸く収まったが、プログラムの組み替えがいるか…と保は、ふと思った。自分がいるときはいいとしても、自由行動させるには些(いささ)か疑念が残った。地下鉄の車内の揺れが、心なしか保には吊革を持つ指先に重かった。仮免の郊外試験でこれだから、まだまだ前途は遠そうだ。横を見れば、隣に立つ沙耶は揺れにピクリ! ともせず、しかも吊革を持たずに停止している。対面席に座った客からは、妙な女だな…と映るかも知れない。幸い、対面の客は新聞を広げ、気づく気配はなかった。ここも修正の要ありか…と、保は、ふたたび思った。
 僅(わず)かなことだったが、修正プログラムの完成には、その後、一週間を要した。すべての組み換えが終わり、沙耶も自室へ引き上げた。疲れからか、保は俄かに睡魔に襲われた。寝室へ入り、ベッドに寝ころぶ。ようやく仮免くらいはOKだな…と自負したとき意識は遠退(の)いた。保の携帯に馬飼商店の中林から電話が入ったのは、その後しばらくしてである。保は無意識で携帯を手にした。
「おお! 岸田か。俺だ」
「なんだ、お前か。何の用だ、こんな遅く…」
 保がベッドサイドの時計を見ると、一時半ばを指していた。


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連載小説 代役アンドロイド 第29回

2012年11月23日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第29回)

『私で、ひと儲(もう)けするつもりね、って言ったわ』
「そりゃ、怒るだろうさ。他には何か言わなかったろうな」
『売り言葉に買い言葉よ! …言葉っていえば、言葉にそう書いてあるって言ったかしら』
「言葉にそう書いてある?」
『そう。するとね、君は少しおかしいんじゃないか、って言われたわ』
 沙耶の記憶回路が過去を再現していた。
「そりゃ、そう言うだろう。言葉に書いてあるは、ないぜ」
『少し過激?』
「過激とか、そういうんじゃなくってさ。言葉には書けない」
『だって、私は分かるもん』
「あぁ~~! 君は確かに分かるだろうけどさ…」
 保は、これじゃ埒(らち)が明かないと思った。
『こんなとこで立ち話しても仕方ない。行こうぜ』
 二人? は、地下鉄出入口の方へ向かった。これ以上、事がややこしくなると、保自身も困る。
「今日は、これ以上、無理だな。食材調達は中止! うちの近くでラーメンでも食うから、とりあえず引き揚げよう」
 なんとなく雰囲気を察して、沙耶も頷(うなず)いた。
「もう少し、考えてくんないとさぁ…」
 地下階段を下りながら保が言った。


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連載小説 代役アンドロイド 第28回

2012年11月22日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第28回)

「取消しだっ! ああ、気分が悪い!!」
 吐き捨てるようにそう言うと、男は足早やに店外へ消えた。沙耶は男の残した名刺を不思議そうに見ながらバッグへ入れた。
『おかしい人。ほんとのことを言っただけなのに…。言葉には、確かにそう書いてあったわ』
 沙耶は席を立つと店を出た。
『そうそう…保が待ってるかしら』
 実は、この一件が波乱万丈の幕開けなのだが、沙耶はそのことを知らない。それは、彼女? の感知機能を超越した運命の悪戯(いたずら)だった。
 保は交番からトボトボとモンタナの店前まで戻ってきた。そこへエルドラドを出た沙耶がやってきた。二人は反対方向から接近し、ばったりと出食わした。
「沙耶! 勝手に…。どこへ行ってたんだ!」
 保は少し怒れたが、極力、落ち着こうとした。
『ごめんなさい! ちょっと変な男に出会ったの…』
「変な男?!」
『そう。私をモデルにどうかって。…勧誘よ』
「なんだ、そうだったか。…で?」
『で? って、それだけよ。保の了解がいるからって言ったら急に怒りだしてさ』
「んっ? なぜ? 何か言ったか?」
 保は沙耶の言葉が少し気になった。


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連載小説 代役アンドロイド 第27回

2012年11月21日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第27回)

「あっ! すみません。俺が待ち合わせの場所、間違えてました!」
 よくもまあ、ペラペラ出鱈目が言えたな・・と交番を飛び出して保は思った。
 沙耶は本格的な勧誘を受けていた。
「まあ、そういうことだからさ。…どうよ?」
『どうよ、と言われても…』
「まあ、すぐにと言われても君も困るだろうから…。さっきの名刺、持ってる?」
 沙耶はバッグに入れた名刺を差し出した。男は名刺を裏返すと、そこに電話番号らしい数字をペン書きした。
「ここにさ、気が向いたら電話してよ。俺の直通携帯!」
 男に快活に言われ、沙耶の第六感が感知した。
『あなた、私でひと儲(もう)け、するつもりね!』
「えっ!! 何を言うんだ、急に。人聞きが悪い!」
『だって、あなたの言葉にそう書いてあるもん』
「言葉に書いてある? 君、少しおかしいんじゃないかっ!」
『おかしいのは、そっちでしょ! だいいち、私は保の許可がないと、そんなこと出来ないんですぅ~~』
 沙耶は男の顔を見て、あっかんべぇ~をした。
「失敬な奴だ! もういい!!」
 怒って立った男は注文伝票を手にし、レジへ早足で行った。そしてウエイトレスに渡しながら、腹の虫がおさまらないのか、八つ当たりした。 


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