水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-51- 柔らかい男

2017年05月31日 00時00分00秒 | #小説

 何ごとにも柔らかい今若(こんにゃく)という男がいた。今若がいれば、大よその揉(も)めごとは丸く収まる・・というほど柔らかい男で、町役場では重宝(ちょうほう)されていた。普通の場合、職員はどこでも所属する課というものがある。ところが、今若の場合は少し事情が異(こと)なった。なんでもやる課という課はあるにはあった。だが今若はそこへ配置されなかった。それが一年だけ・・というのなら、まだ例外として有り得るのだが、今若の場合は毎年で、ずう~~っと続いていた。困ったことに一応、世間体(せけんてい)というものがあるから、折衝(せっしょう)課という課名の課が作られ、そこへ配属された。もちろん、課員一名、課長一名、総員も一名である。今若が出動するのは、いわば消防署の火事や緊急救命による出動と似ていた。普段、何も起こらない勤務時間は、欠伸(あくび)が出るような日々の連続で、することもないままウトウトと居眠りして過ごす毎日だった。
「今若さん、お願しますっ! ドコソコで揉めごとですっ!」
「はいっ! ドコソコですね。すぐ向かいますっ!」
 不思議なことに今若が当事者の間に別け入った途端、両者の硬化していた事態はなぜか柔らかくなり、収束(しゅうそく)するのだった。
 その今若もすでに定年近い年になっていた。
「今若さんっ!!」
「出動ですかっ!」
「使ったあと、冷やして刺身もいいですなっ!」
「えっ?」
「いや、何もありません…」
 個室のような折衝課へ入って来た町長は、ニヤリと意味深(いみしん)に笑うと、何ごともなかったかのように柔らかくなり、出ていった。

                             


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困ったユーモア短編集-50- 小市民

2017年05月30日 00時00分00秒 | #小説

 大物政治家の黒崎は小市民だった出世前の自分を振り返っていた。今や、別荘まで持つ身になった自分を思えば、これも俺の力か…と思え、北叟笑(ほくそえ)んだ。ところが、世の中は、困ったことにそう甘いものではなかった。昇りつめたプロセスにミスがあった。ゴシップ記事がマスコミに流布(るふ)されるに及び、黒崎の地位は危ういものになっていった。
「いや、それは、そうなんですがね。そういう訳で、そうなったんですよ。ええ…その事実にはそれなりにそうした訳があったんです。それは本当ですっ!」
 黒崎は[それ][そう]を連発し、必死に報道陣を煙(けむり)に巻こうとした。ところが、煙が十分に出ず、丸見え状態で窮地(きゅうち)に立たされたのだった。
「それは怪(おか)しいんじゃないですか? 目撃者がそう言ってるんですからっ! その言い分だと、目撃者は出鱈目(でたらめ)を言ってることになりますが…」
「いや、そうとまでは言ってません」
「ということは、事実なんですねっ!?」
 報道陣に肉迫(にくはく)され、とうとう黒崎の堪忍袋の緒(お)が切れた。
「やかましいわっ! ウダウダとっ!! 俺は大物政治家だっ!!」
 黒崎は、やはり小市民だった。

                             


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困ったユーモア短編集-49- 切りがない

2017年05月29日 00時00分00秒 | #小説

 肌川(はだかわ)は気が小さい男だった。まあ、気が小さい・・といえる人は世間に五万といるが、困ったことに肌川の場合は尋常ではない気の小ささで、オリンピックで金メダルが取れそうなほど世界一、気が小さい男・・と誰もが思っていた。肌川の場合、ビクビクし出すと切りがないのである。例(たと)えばAが気になりだすと、そのAに関係する他のA’、A’’…とエスカレートして気になりだすのだった。だから当然、肌川の周囲は気になることばかりとなり、きりがない状態へと突き進むことになる。それが嫌で? かどうかは分からないが、いつの頃からか、肌川の周りから次第に人は遠退くようになっていた。
「肌川さんもひと皿どうです? 美味(うま)い初ガツオですよ」
 新年会の料亭で、ひとり片隅で借り物の猫のように小さくなってチビリチビリと杯(さかずき)の酒を飲んでいた肌川に声をかけたのは、同じく課員達から嫌われている厚着(あつぎ)だった。
「えっ? そうですか? …すみません、私はこれで十分です…」
 他の課員達の膳(ぜん)の上には豪華な料理が幾皿も並んでいるというのに、肌川の膳には申し訳ない程度の香の物とご飯茶碗のみが置かれているのみだった。それを見かねた厚着が、カツオの刺身皿と銚子を手に近づいたのである。
「そう言われず、まあひと切れ、摘(つ)まんでみて下さい。美味過ぎて、肌川さんの堤防が決壊しますよっ!」
「そうですか…そこまで言われるなら、ほんのひと切れだけ…」
 肌川は上手いこと言うなあ…と、思わず箸(はし)を出しかけたが、ピタリ! と止め、引っ込めた。肌川の脳内では、このカツオはいつ頃…どこで…何日前に…その鮮度は…衛生面は…と、切りがないほどの心配ごとが渦(うず)巻いていた。
「大丈夫! 新鮮そのものっ! 皆、食べてんですからっ!」
 厚着は新鮮さと衛生面の安全を強調した。
「そうですよね…それじゃ!」
 肌川はふたたび箸で摘みかけたが、ニヤリと嗤(わら)い、思わず引っ込めた。
「いやいやいや…」
 肌川の視線は一瞬、ゴワゴワした余り綺麗そうではない厚着の手を見ていた。肌川の気の小ささは切りがなかった。

                             


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困ったユーモア短編集-48- 無駄

2017年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 限られた時間しかない場合、無駄を省(はぶ)かないと間に合わないのは当然である。だが困ったことに、こんなときに限って出るのが気づかない無駄だ。
 初春の町役場である。
「もういいから、鼻下さんは帰っていいよっ!」
 財政課長の揉手(もみて)は『あなたがいては邪魔っ!!』と心では思ったが、そうとも言えず、遠まわしに暈(ぼか)した。鼻下は無駄が多い男として課内でも超有名で、課員達から煙(けむ)たがられていた。スピード化された昨今、鼻下のような間が抜けて無駄が多いレトロ感覚の男は、時代にそぐわなかったのである。
「それじゃ、お先に失礼します。冷えてきましたから、皆さんもお早めにお帰りくださいませ」
 なんとも無神経な言葉を最後に残し、鼻下は勤務を終えた。財政課は明日に迫った議会提出の予算書作成に徹夜の作業を余儀なくされていた。というのも、鼻下が間違った無駄なコピーのやり直し作業で、一からの作り直しを強(し)いられていたからである。課を出ていく鼻下の後ろ姿を見る課員達の目は、『お、お前のせいだぁ~~!』と言わんばかりの怨念(おんねん)に満ちた眼差(まなざ)しで溢(あふ)れていた。ところがどっこい、鼻下の間違いと思われたコピーが実は正解の予算額の数値で、再度、差し替えられた・・というのだから、人の世はなんとも奇妙で実に面白い。鼻下の無駄は無駄ではなかったのだ。コピーは捨てられず、鼻下のデスクの上に山積みされ残っていたのが不幸中の幸(さいわ)いだった。
 次の朝の財政課である。
「おはようございますっ!」
 何も知らない鼻下は、いつもと変わらない能天気な声で、ぎりぎりの時間に課へ入ってきた。
「やあ! 鼻下さん、おはよう!」「おはようございますっ!」
 まず課長の揉手が笑顔で返し、他の課員達も笑顔で続いた。困ったことに、世の中とは、そうしたものなのである。

                             


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困ったユーモア短編集-47- 欲

2017年05月27日 00時00分00秒 | #小説

 無欲になろう…と田原(たはら)は思った。というのも、困ったことに最近、メラメラと燃え盛(さか)るように欲が湧(わ)き出てきたからだ。これではいかん! と身を慎(つつし)むことに専念したが、やはりダメで、ついに田原は禅寺へ籠もることにした。勤めは当然、病休届を出してだ。そんな都合よく・・と、誰もが思うだろうが、田原には友人の医者がいたから、その訳を話して頼み込んだのである。
「ははは… なんだって! 欲が抑(おさ)えられないから病休か?」
「なあ、頼むから診断書を書いてくれよっ」
「俺は外科医だぜ…」
「そこをなんとかっ!」
「まあ、病気と言えなくもないからなっ。お隣りの坂先生に頼んでおいてやろう。一度、診てもらえ」
「坂先生?」
「ああ、欲だらけの先生だが、一応、脳外科医だ。欲は脳が命令を発するんだから、なんとか書いてくれるだろう、ははは…」
「笑いごとじゃないぜ」
 こんなことがあり、会社から病休が認められた田原は、欲を迎え撃つぺく禅寺へ籠もることにしたのだった。
「ほう! 欲が尽きぬ泉のごとくフツフツと湧きなさるのか…それはお困りでしょうな」
 禅寺の住職はそう言って田原を慰(なぐさ)めた。
「そういう訳で、なんとかなればと…」
「熊本ですなっ!」
「はあ?」
「あなたは田原で、診断は坂先生だったとおっしゃった」
「はあ、まあ…」
「二人合わせて田原坂(たわらさか)、西南戦争の田原坂(たばるざか)でござるよ、ほっほっほっ…」
 妙な例(たと)えで住職は笑った。
「欲など俗世(ぞくせ)で生きられるお人ならば、少なからず湧くものでございますよ。大いにお湧かせなされませ。欲のない者など、死人(しびと)同然! なんの生きる価値もごさらぬと拙僧(せっそう)は思いまするがな…」
「なるほど…」
 三日ののち田原は禅寺を出て会社へと戻(もど)った。田原坂の戦いに勝利したのである。田原は今、欲だらけで公私とも大活躍している。

                             完


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困ったユーモア短編集-46- 食えない

2017年05月26日 00時00分00秒 | #小説

 生産農家である。主人の稲架(はさ)は昔ながらの農業を、ここ数十年続けている典型的な専業農家だった。遠い過去の時代をふり返れば、まあそれなりに無理をしなければ食えたのだが、いつ頃からか十分には食えなくなっていた。食いものを作っている農家が、困ったことに食えないのである。最近、稲架は、このことをよく考えるようになった。
 三男で大学生の麦(ばく)は、アルバイトをしながら経済を学んでいる努力家だが、去年の暮れ、久しぶりに帰省したとき、稲架に漏らしたことがあった。
「父ちゃん、食いものを作っている者が食えない・・というのは、経済学的には怪(おか)しいんだ」
「…ほう、そうか? お前が言うんだから間違いはなかろうが…」
「ああ、G-G´ 等価交換、要するに、物と物との物々交換から人々の経済社会は始まったんだよ」
「なるほど…」
 息子から経済を講義されるとは思ってもみなかった稲架は、頷(うなず)く他はなかった。
「まあ、生活水準が高いからなぁ~。やっていけなくて食えないのは分かるんだけどさ」
「まあな…。戦後、間もない頃の生活水準なら、十分に食っていけるんだが…」
「今は皆、いい暮らしをしてるからね。まあ、生活のレベルを下げることは、ほぼ無理なんだろうけどさ…」
「ああ…。国は借金地獄なんだがなぁ」
「そうそう、困ったもんだよ」
 そんな会話をしながら、二人はブランド牛のステーキを高級レストランで味わった。

                             完


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困ったユーモア短編集-45- うっかり

2017年05月25日 00時00分00秒 | #小説

 困ったことに、人は誰でも、うっかりしてミスを犯してしまうことがある。若い頃はそうでもなかったものが、年老いて、うっかり忘れていた! と慌(あわ)てる場合などがそれだ。
「このコピーした書類、来週までに内容を精査しておいてくれたまえ。間違いがなければ、先方へ持っていくから。くれぐれも頼んだよ、澄川君」
「あっ! はいっ!」
 澄川は快(こころよ)く課長の岩魚(いわな)から書類を受け取った。生まれついて軽い性格の澄川は、その書類を、さほど重く考えていなかった。まあ、見ておけばいいだろう…くらいの発想である。ところが、その書類は社の命運を左右するほどの重要書類だったのである。むろん、そのことを澄川が知ろうはずがなかった。
 そして一週間が瞬(またた)く間に巡った。岩魚に手渡された重要書類は、軽い澄川の机上ファイル立ての中で、起こされることなく深い眠りについていた。澄川は一度も書類を見なかったのである。というより、うっかり忘れてしまったのだった。岩魚は当然のように澄川を課長席へ呼んだ。
「どうだったかね?」
「はっ? 何がです?」
「ははは…先週、手渡した書類だよ」
「ああ!」
 このとき澄川は、手渡された書類のことを思い出した。書類はまだ一度も内容を見られていなかったから、当然、精査されている訳がなかった。だが、うっかり忘れていました…などとは口が裂けても言えない。━ くれぐれも頼んだよ、澄川君 ━ 岩魚の言葉が、澄川の脳裡を掠(かす)めた。
「ああ、あの書類ですよね。よく出来ているように思いましたが…」
「そうか…。なら、いいんだ。明日、先方へ持っていくことにしよう」
「分かりました…」
 まあ、いいか…と、心の中で澄川はまたまた軽く考えていた。
 この展開は、誰もが大失態による会社危機を連想させる。ところが結果は、まったく逆で、澄川の軽さが会社を大成功へと導いたのである。実は、書類にプランニングされた内容には、誰もが気づくような大きな欠陥と思える計画部分があったのである。しかし事実は、その欠陥と思える部分は画期的なオリジナル原案としての価値を持ち、それが先方の重役達に認められることになった・・というのが真相だった。もちろん、そんなことになっているとは、岩魚も澄川も知る由(よし)もなかった。うっかりしたことで成功することもある・・という話である。

                             完


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困ったユーモア短編集-44- 負ける男

2017年05月24日 00時00分00秒 | #小説

 有名作家の作品に感銘(かんめい)を受けた厩務員(きゅうむいん)の干草(ほしくさ)は、そのとおりやってみよう! と意気込んで、書かれたとおりやってみることにした。ところがどっこい、困ったことに書かれた理想を追ってやってはみたものの、何をやっても思いどおりには至らず、すべてが夢と消えたのだった。要するに、全敗である。
「ははは…また逆で負けましたよ。世の中、そうは甘くないですねぇ~」
「そうでしたか…。あなたが言うとおりだと思うんですがね」
「いやいやいや、私が負けたんですから、私の言うとおりではないということです」
「正義が勝つんじゃなくて、勝った方が正義だ・・というやつですね」
「そうそう、私のように負ける男は、正義のヒーローではないということです」
「…」
 会話が冷えて凍った。
「ははは…ジョーク、あくまでもジョークですよ」
 そう言って笑う干草だったが、干草がやる飼い葉を食べた馬はどの馬も一度は重賞レースに勝っていた。世話をされる馬が勝ち、世話をする男が負ける。この皮肉な結果が干草のすべてだった。どこか日本の底辺で生きる庶民に似ていなくもない。

                             完


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困ったユーモア短編集-43- 無理

2017年05月23日 00時00分00秒 | #小説

 昔からよく言われる言葉に ━ 過ぎたるは及ばざるがごとし ━ というのがある。限界を知らず無理をした結果、何もしなかった方がよかった・・と思える結末を迎えるから、物事はほどほどにして無理をしないのがよい・・という戒(いまし)めだ。だが、人というのは困ったもので、どうしてもその限界を越えて行動してしまうのである。
「雨漏(うろう)さん、そろそろ帰られた方が…」
「ああ、どうも。ですが、あと少しですから…」
「そうですか? かなりご無理をされておられるようですが…」
「ははは…なんの、これしき!」
 職場仲間の受鍋(うけなべ)に声をかけられた雨漏だったが、『無理無理!』と囁(ささや)く内心を押さえ、意地を張って返した。
「そうですかぁ~? それじゃ、私はこれで…。これから一杯どうかと思っておったのですが…。残念だなぁ~、あとの戸締りは頼みます」
「はい! お疲れさまでした」
 雨漏は、しまったぁ~! と思った。実のところ、雨漏も一杯、飲みたかったのである。それは疲れた体の生理的要求でもあった。…というより、ただ飲みたかったのである。
 受鍋が課を出ると、手元の蛍光スタンドに照らされた雨漏だけが一人、孤独の人! みたいに格好よくデスク椅子に座っているのだった。どうよ! 俺は頑張ってるんだぜ…とアピールしたい気分の雨漏なのだが、誰もいない・・という図だ。雨漏の疲れはすでに限界に達していた。いつの間にか雨漏の意識は遠退いていた。
 気づくと雨漏は、とある店で受鍋と杯(さかずき)を傾けていた。
「ははは…ご無理はいけませんよ。もうこの辺(あた)りで…」
 雨漏は格好をつけ、銚子をあと2本、追加しようとしていた。それを受鍋が止めたのである。
「いや、まだまだっ!」
 フラフラと立ち上がった雨漏は、無理に注文しようとした。そのとき、雨漏の意識は、ふたたび遠退いた。
 意識が戻(もど)ったとき、雨漏はデスクに突(つ)っ伏(ぷ)して目覚めたところだった。このとき初めて、無理はダメだな…と、雨漏にも思えた。
 帰りで買った缶ビールを、実に美味(うま)い…と雨漏は感じた。缶ビール一本で無理はどこかへ引っ越した。無理は無理をしなくても、安上がりで有理になるようだ。

                             完


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困ったユーモア短編集-42- 退屈な日

2017年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 いつもは忙(いそが)しく、いろいろとやることがあるのに、困ったことにその日に限り、ポッカリと穴が開いたように何もすることがない退屈な日がある。
 予定を立てて開けてある日ではないから、出かけるにしては時間が遅(おそ)く、かといって、することもないからグデェ~~ンと寝ているというのもいかがなものか…と思え、太根(ふとね)は困っていた。ふと思いついたのは、食べたかったが食べられなかった食いものである。要するに、太根の心に食い気(け)が湧(わ)いたのである。退屈まぎれに、その中の一品でも作るか…と勇(いさ)んでキッチンを覗(のぞ)いたが、考えていた一品ではなかったから食材は揃(そろ)っていなかった。これから買いに出よう・・というほどの食い気でもなかったから、太根は自案をボツにしてグデェ~~ンと和室の畳に転(ころ)がった。
 気づけば、夕方だった。太根はいつの間にか、疲れて眠ってしまったのだった。それにしてもよく眠ったな…と太根は思った。太根にとって退屈な日は、その程度のものだった。ただ、久しぶりに思う存分眠ったためか、身体(からだ)がスゥ~~っと浮き上がるほど軽かった。見た夢は『押し倒し、押し倒して食材の勝ち』だった。太根川は負けていた。

                             完


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