半日ばかりが過ぎ、午後に入った頃、里山は薬袋を手に病院から自宅への帰途に着いた。車の運転は当然、沙希代だった。
「いい保養になったじゃない」
「ははは…災い転じて何とやら・・か」
「そうよ、今日はあなたの解放日と思えばいいのよ。久しぶりに鰻政(うなまさ)のフルコースでも食べましょ」
「おお! 鰻政か…あそこの鰻は絶品だからなっ! 白焼き、肝(きも)吸いに鰻重、締めは櫃(ひつ)まぶしと鰻茶漬け…」
「そんなに?!」
沙希代はバックミラー越しに後部座席の里山を見た。
「ははは…朝から何も食ってないからな」
里山は悪びれて、車窓に流れる風景を見ながら頭を掻いた。
「だが、留守番の小次郎に悪いぞ。稼ぎ頭(がしら)の主役抜きじゃ」
「お土産に少し鰻、包んでもらえばいいじゃない」
「ああ、それならまあ、いいか…」
夕方近く、鰻政の鰻を堪能(たんのう)した二人は意気揚々と自宅へ戻った。
「帰れてよかったですね、ご主人」
主人思いの小次郎は、今か今かと里山の帰りを待っていた。
「ああ、心配かけたな。これ、お土産だ」
辺(あた)りに鰻の蒲焼(かばやき)のいい匂(にお)いが立ち込めた。。飼い主に似る・・とはよく言ったものだ。小次郎も里山に負けず劣(おと)らず、鰻には滅法、目がなかった。
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