水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <12>

2024年06月30日 00時00分00秒 | #小説

「さて、どうするか…」
 口橋は足元の革靴を見ながら言うでなく口を開いた。山道を歩くには分不相応な靴である。
「かなりの距離ですかね?」
「さあな…。今の男も行ったことがねぇ~って言ってたからな…」
「どうします?」
「どうしますも、こうしますも、ねぇ~さ。俺達ゃ刑事なんだぜ。行くしかねぇ~だろ、鴫田」
「ですね…」
 二人は初老の男に言われた麓の細道からゆっくり登り始めた。鴫田のショルダーバックの中には、コンビニで買った茶のペットボトルがまだ、半分ほど残っていた。口橋はいつも水筒を肩から掛けて捜査する刑事で、署内でも有名だった。
 十五分ほど右に左にと登ったとき、前方の樹木の間に庵(いおり)らしきものが見えた。
「口さん、あれは?」
「婆さんの庵か…」
 二人はその庵らしき樹々が繁る地点へと少しづつ分け入っていった。数メートル前まで近づくと、庵の中から仄(ほの)かな橙色の灯りが漏れているではないか。二人は婆さんの庵だと確信しながら貧相な鳥居のような古木の門から中へと入っていった。
「あのう…誰か、おられますかっ!?」
 口橋は大きめの声を庵の前でかけた。
「へぇ…」
 のそっと出てきたのは、紛れもなく警察へ訪ねてきた老婆だった。


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <11>

2024年06月29日 00時00分00秒 | #小説

「すいません…」
 口橋(くちばし)は玄関扉横のチャイムを押し、声をかけた。しばらく待っても応答がない。口橋は再度、チャイムを押した。『ピンポ~~ン』と響く音が建物の内部からしたが、やはり応答がない。
「留守ですかね…」
 鴫田(しぎた)がボソッと口を開いた。
「…かな?」
 口橋はもう一度、チャイムを押そうとした。そのときである。息を切らせた男の声がした。
『は、はいっ! 二階にいましたもので…。あの、何か?』
「警察の者です。ちょっとお訊(き)きしたいことがありまして…」
『今、開けますので…』
 バタバタと入口へ近づく気配がし、ガチャリ! とドアが少し開いた。中から初老の男が二人を覗き込み、ドアチェーンを外した。口橋と鴫田は玄関へ入り、警察手帳を背広の内ポケットから出して提示した。
「麹町署の口橋です」「鴫田です」
「はい…」
「この近くに庵(いおり)を構える風変わりな婆さんをご存じないでしょうか?」
「…ああ、あお婆さんですかな? 妙な勾玉(まがたま)を首からぶら下げた」
「ええ、その婆さんだと思います、たぶん…」
「その婆さんの庵(いおり)は…」
「私も行ったことがないのでよくは分かりませんが、あの麓(ふもと)から登ったところにある、とは聞いてます、はいっ!」
「その婆さんが、そう言われたんですか?」
「ええ、いつでしたかな。…ああ、半年ばかり前、私が落ち葉を掃いておりますと、その婆さんがお通りになり、少しお話をした折りです…」
「どうも、ありがとうございました」
 二人は軽く一礼し、その場を去った。


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <10>

2024年06月28日 00時00分00秒 | #小説

 坂本トンネルの前方左側道路横に車の一時休憩場が見えた。
「西東京バス、坂本園地か…。よし、ここで変わろう!」
 口橋は、すっかり疲れていた。鴫田は口橋の言葉を聞き、口さんも年だな…と、思うでなく思った。^^
 車を止め、二人はしばらく休むことにした。途中のコンビニで買った茶のペットボトルとサンドウイッチでとにかく腹を満たした。
「口さん、来過ぎたんじゃありませんか? しばらく走れば峰谷橋ですよ…」
「…だな。だが、鴫田(しぎたに)、婆さんが籠りそうな地形じゃねえか…」
「それもそうですね…。民家が見えれば、ここら辺りで止めましょう…」
「ああ、このままじゃ甲府へ抜けちまうからな…」
 意味もなく二人は、ははは…と呵(わら)い合った。峰谷橋を越えた地点に自由乗降バスのパーキングエリアがあった。とはいえ、トイレと駐車スぺース以外、店はなかった。二人はそこに車を止め、車外へ出た。
「峰谷橋~峰谷間…当該区間でバスは乗客の要望により停留所以外でも停車することがあります・・か。要するに運転手に言えば、そこで降りられる訳ですね…」
「そういうことだな…」
「しかし、帰りはどうなるんです? バスがいつ通るか分かりませんよ…」
「まあ、なんとかするんだろうさ、ははは…」
「まあ私ら、通行人の心配をしに来た訳じゃないですからね」
「そのとおりだ。おっ! 前に民家らしき建物があるぞ鴫田。とりあえず、婆さんの情報を探るか…」
「はい…」
 歩き始めた二人は、真向いにある建物の階段を昇っていった。


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <9>

2024年06月27日 00時00分00秒 | #小説

「どこへ行くんです?」
「とにかく行こうと言ったのは鴫田(しぎた)、お前じゃないかっ!」
「あっ! でした…」
 鴫田は頷き、身を縮めた。
「だろっ! まあ、いい。民家が見えるところまで行こう。そこで訊(き)けば、何か分かるだろう…」
「はい…」
 覆面パトは青梅市を抜け、ひた走った。ただ、走ってはいるものの、行く宛のない放浪車だった。^^
「代り映えしない景色ですね…」
「それにしても青梅街道は続くな…」
「ええ、青梅街道ですから…」
 覆面パト内の二人の会話は続いた。
「…口さん、疲れないですか?」
「馬鹿野郎! もう十分、疲れてる…」
「だったら、そこいらで変わりましょうか?」
 鴫田は暗に、運転の交代を促した。
「ああ、そうしてくれるか…。少し目が疲れた…」
 口橋は否定しなかった。なんだ、ほんとに疲れてんのか、この親父…と、鴫田は口橋の老化を感じた。そして、俺は若いぞ…と、口橋を横目で見ながら意味不明な優越感を感じた。^^


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <8>

2024年06月26日 00時00分00秒 | #小説

「変わった婆さんでしたね…」
 立ったまま二人の話を聞いていた鴫田(しぎた)が、立ち疲れたのか椅子へドタリ! と座り込み、口を開いた。
「ああ…」
 口橋は空返事をした。
「署長は継続捜査の意向のようですが、どう捜査すりゃいいんでしょうね?」
「馬鹿野郎! それが分かりゃ、苦労はしないさ…」
「ですよね…」
「まあ、いい。今の婆さんの住処(すみか)へ、とにかく行ってみよう」
「庵(いおり)ですか?」
「婆さんは、そう言ってたがな。そんないいもんじゃないだろう…」
 口橋は意を決したのか、そう言うと奥多摩を目指し署から出て行った。当然、鴫田(しぎた)も小判鮫のように口橋に付き従った。
 覆面パトに飛び乗ったまではいいが、婆さんの庵(いおり)が山中のどこにあるのか? を聞き逃した口橋は、車を始動したまではよかったが、そのまましばらく氷になった。
「口さん、どうしました?」
「んっ? 鴫田、お前、婆さんの住処(すみか)知ってるか?」
「ええっ!? 口さん、訊いてないんですか?」
「ああ、まあな…」
「まあ、とにかく行きましょうよ…」
「ああ…」
 二人を乗せた覆面パトは行き先も分からないまま、東京都の山岳地帯、奥多摩を目指し動き始めた。^^


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <7>

2024年06月25日 00時00分00秒 | #小説

「そ、その異星人とやらは、また現れるんですか?」
「そこまでは…。私も人の子ですからのう…」
「ええ、それは確かに…」
 口橋は、そんなことは当たり前だろっ! と一瞬、言おうとしたが、口にするのが憚(はばか)られ、思わず唾を飲み込んだ。
「では、これで…。お伝えしたいことは、ぜぇ~~んぶ、お話ししましたですじゃ…」
 老婆はそう言うと、椅子からのっそりと立ち上がった。
「ま、待って下さい! まだ、お訊(き)きしたいことがございますので…」
「何ですかいのう? 私ゃ、こう見えて、結構、忙しいもんでして…」
 老婆は、ノッソリと椅子へ腰を下ろした。
「あの…その異星人とは、いつでもコンタクトを取れるんですか?」
「フフフ…結構、目はいい方ですじゃ。コンタクトなんぞ嵌(は)めとりゃせんですが…」
 口橋は、そのコンタクトじゃないっ! と言いそうになり、また唾を飲み込んだ。^^
「ははは…お婆さん。接触する機会のコンタクトですよ」
「こう見えても祈祷師の端くれですじゃ。そんなことは容易(たやす)いことです」
「そうですか…」
「また、何ぞありましたら、庵(いおり)までお立ち寄り下せぇまし…」
 老婆は、ふたたび椅子からのっそりと立ち上がると、「オオォ…ッ、呼んでおる、呼んでおる」と意味不明な言葉を発し、面会室を出ていった。^^


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <6>

2024年06月24日 00時00分00秒 | #小説

「ミイラが申しますには、私どもは殺されたのではございません・・と…」
「ええっ!!? ミイラがそう言ったのですか?」
「はあ、申しましたとも、申しましたとも!」
「では、なぜ車中で死んだのか? ということになりますが…」
 口橋は半信半疑ながらも老婆の話を掘り下げた。^^
「はい…。その訳をこれから少しずつお話させていただきますだ。あのう…お時間は?」
「ははは…時間は気にされず、その話を包み隠さずお話願えれば…」
 口橋は老婆が話すにつれ、興味をそそられていった。
「では、申しますかいのう…。そのミイラが申しますには、私達は異星人に呪縛(じゅばく)され、身動きが取れないまま衰弱死したのだと…」
「今、何と申されました。異星人に、ですか?」
 口橋は異星人と聞いた瞬間、こりゃダメだな…と、老婆への信憑(しんぴょう)性がゼロになった。
「はい、異星人に、ですだ。呪縛されたとき、眩(まばゆ)い光線を浴び、頭が痛み、気づくと全員の額(ひたい)に星印の痣(あざ)が…」
 星印の痣・・と聞き、口橋の老婆に対する信憑性は逆転した。老婆の話が強(あなが)ち出鱈目とも思えなくなったのである。確かに、現場検証した五体のミイラの頭部には一致した星印の痣があったことを口橋は思い出した。^^


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <5>

2024年06月23日 00時00分00秒 | #小説

 合同捜査本部の会議が終わり、口橋(くちはし)は鵙川(もずかわ)から聞かされた老婆に面会した。
「あの…どのようなことでしたでしょう?」
 口橋は面会室の椅子で座って待つ見窄(みすぼ)らしい老婆に対し、椅子に腰を下ろしながら下手で訊ねた。その老婆は弥生時代の衣装を身に纏(まと)い、勾玉をあしらった首輪をしていた。^^
「あなた様が、こんとこの責任者様でござりますかいのう?」
「えっ!? ああ、まあ…」
 口橋は、自分はそんな偉い者ではないが…と思いながら、暈して肯定した。
「そうでしたかいのう…。実はですのう、奥多摩の庵(いおり)に住みよります私に、昨晩、不思議なお告げが舞いおりましたもので、そのことをお伝えしようかと伺わせていただいたようなことでしてのう…」
 老婆は、回りくどい説明を口橋にしながら、出された茶を啜った。
「不思議なお告げですか? …どのような?」
 口橋は、偉い婆さんに会っちまったぞ…と心で苦笑いしながら、さらに訊ねた。
「今、あなた様がお調べの五体のミイラが、私にコレコレシカジカ・・とお告げをしましてのう」
「はあ…」
 馬鹿馬鹿しい…とは思えたが、それでも一応聞いておくか…と、口橋は老婆に話を続けさせた。


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <4>

2024年06月22日 00時00分00秒 | #小説

 一喝されては、どうもすいません…と頭を下げるしかない。口橋(くちはし)が、まずペコリ! と無言で軽く頭を下げ、鴫田(しぎた)、鵙川(もずかわ)がそれに続いた。庭取副署長は一瞬、三人を見据えたが、まあ、いいか…と机の書類に視線を戻した。なにが、いいのかは、よく分からない。^^
「では、本件の概要を口橋さん!」
 鳩村に名指しで呼ばれた口橋は、想定外だったのか最初、アタフタとしたが、そこはベテラン刑事だけのことはあり、椅子から立ち上がるとスタスタと前方に歩いて刑事達に向きを変え、話し始めた。
「奥多摩の森林地帯に乗り捨てられた車中から発見された五体のミイラの身元は今のところ掴めておらず、鑑定の結果、事件性を臭わせるこれといった外傷もないことから、未だ死因は判明していないっ!」
 そこまで話すと、口橋は立ち位置を鳩村、手羽崎、庭取が座る方向へ向きを変え、話を続けた。
「ただ、五体のミイラの頭部には一致した星印の痣(あざ)があり、それが死因ではないものの、この一件と関わりがあるのか? を科捜研に依頼しているところであります」
 口橋が科捜研の研究所員、関礼子の方向へ視線を投げた。礼子は無言で直立すると軽く一礼し、着席した。

「そうですか…。どうされます、署長?」
 手羽崎管理官が小声で隣の鳩村に呟く。
「えっ!? ああ…まず、事件か? 事故か? の確証がいる以上、科捜研の鑑定結果を待つ以外にはないでしょう。それまでは身辺捜査の継続を続けて下さいっ!」
 平和的な語り口調の鳩村の判断を受け、刑事一同は黙諾すると各自、席を立った。^^


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ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <3>

2024年06月21日 00時00分00秒 | #小説

 そのとき、新任巡査長の鵙川(もずかわ)が合同捜査本部へ駆け込んできた。鵙川は場の雰囲気を察したのか静かにドアを閉め、後方に座る口橋と鴫田に抜き足、差し足、忍び足でゆっくり近づくと、耳打ちした。
『口さん、受付に妙な婆さんがやって来ましてね…』
『…妙な? …どうよ?』
 口橋は呟くように小声で訊ねた。
『この事件と関わりがあるようなんで急いできたんですがね…』
『…関わり?』
『どんな婆さんだ、鵙川?』
 口橋の隣に座る鴫田が話に加わり、ボソッ! と小声を出す。
『それが、自称、祈祷師らしいんです…』
『祈祷師? で、どうだと言うんだ?』
『私ゃ、分かる・・とか、なんとか…』
『何が分かるってんだっ?』
「おいっ! そこの三人っ!!」
 そのとき、ゴチャゴチャ話す三人の姿が目に付いたのか、正面最前列の席で刑事達に対峙する庭取副署長が声高に一喝した。^^


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