水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-69- 似ている…

2016年11月30日 00時00分00秒 | #小説

 疲れていたこともあり、のんびりと出かけることにした宇佐山は、10時過ぎにブランチ[朝食と昼食を兼ねた食事]を済ませると、家を出た。腕を見ると、思ったよりは早く、11時にはなっていなかった。
 いつもよく通る道を歩いていると、これもいつものように人がチラホラと見え始め、街へ入ると、やがて人々がワイワイ、ガヤガヤと話しながら歩く雑踏になった。まあそれでも、それもいつものことだったから、取り分けて気にする風でもなく宇佐山は歩いていた。しばらくしたときだった。ふと、前方から対向して近づく中年男に宇佐山の視線が合った。瞬間、宇佐山はその男が馬に見えた。その男が通り過ぎた瞬間、宇佐山は思わず、「似ている…」と呟(つぶや)いていた。
「はっ?!」
 距離が近かったこともあり、その男は立ち止って振り向くと、宇佐山に訊(き)き返してきた。
「いえ! 失礼しました。人違いです…」
 一礼して宇佐山はソソクサと去った。『まさか、馬違いでした』とも言えんしな』と宇佐山は思いながら、フフフ…と笑みを浮かべた。そして、しばらくまた商店街を歩いていると、また一人の男と視線が合った。普通の若者だったが、どこから見ても山羊(やぎ)だった。宇佐山は通り過ぎたとき、また「似ている…」と小$声を出していた。
「んっ?! なんですか?」
 若者は、瞬間、変な顔をして訊(たず)ね返した。
「すみません。人違いでした…」
 宇佐山はすぐ頭を下げ、謝(あやま)った。変な人だ…とでも言いたげな顔つきで若者が去ると、宇佐山は人の顔を見ないよう、下を向いて歩きだした。
 腹が空いたので一軒の洋食屋に入ろうと顔を上げた、そのときである。商店街の街路を歩く人の顔が、すべて動物に見えたのだった。牛も河馬(かば)も豚(ぶた)もいた。宇佐山は立ち止って目を擦(こす)ったが、やはり人々の顔はすべて動物だった。こりゃ、動物園へ行く手間(てま)が省(はぶ)ける…と、宇佐山はニンマリとした。
 まあ、こんなことは、そうない話だが、ふと、○○○に似ている…と思うことは、よくある。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-68- 緩(ゆる)む

2016年11月29日 00時00分00秒 | #小説

 町役場の財政課長である川竹は朝から似合わない日曜大工に励(はげ)んでいた。かなり前に取りつけた棚がグラついて物を載(の)せられなくなったからだ。整理していらなくなった陶磁器類を新聞紙に包んでダンボール箱に収納したまではよかったが、重くなった箱を載せようと思った途端、グラッ! ときたのだ。オット!! と、危うく片手で支(ささ)えて箱を下ろし、川竹はやれやれ…と安息(あんそく)の吐息(といき)を漏(も)らした。そのとき、川竹は問題の棚(たな)を眺(なが)めながら、『ゆるんだのか…』と思った。棚を支える板木のボルトを見ると、やはり緩(ゆる)んでいた。すでに夕方近くだったから、修理は後日、することにした。
 夜になり、録画しておいたテレビの囲碁番組を観ていると、勝った棋士が最後に解説していた。
『…は、緩(ゆる)む手となり、まず打たないと思いまして、付け越しました。それがよかったようです…』
 川竹はそれを観ながら、『ゆるんじゃいかんな、ゆるんじゃ…』と偉(えら)そうに思った。それが一週間前の日曜だったのだが、その棚の修理が気になり、一週間を職場でイライラしていた訳だ。
「課長、予算要求書の素案が出来ました…」
 課長補佐の武藤が川竹に伺(うかが)いを立てた。
「んっ? ああ! そこへ置いといて。あとで見るから…」
 虚(うつ)ろな眼差(まなざ)しで、アングリと川竹は武藤に返した。 
「どうしたんです? 課長。ここ最近、少し怪(おか)しいですよ…。大丈夫ですか?」
「いやなに…なんでもない、なんでもない。少しゆるんだだけだ」
「えっ?」
「ははは…こっちのことだ」
 川竹は潜在意識が緩んでいたのか、[ゆるむ]という言葉を知らず知らず口にしていた。武藤は笑って暈(ぼか)した川竹の顔を訝(いぶか)しそうに窺(うかが)いながら、前の席へと戻(もど)った。
 一週間前、そんなことがあったのだが、少し板木を調整したあと、無事にボルトを締め付けて川竹は欠伸(あくび)を一つした。よくよく考えれば、昨日の夜、『あしたは修理するぞっ!』と意気込んだまではよかったが、それが祟(たた)って、なかなか眠れなかったのだ。それが欠伸となったのである。ともかく一件落着し、川竹はアングリした顔で妻の顔を見て、『これは…』と、深い溜息(ためいき)を一つ吐(つ)いた。
 長く続くと、物、、事、組織によらず、緩むことは、よくある。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-67- 無性に食べたい

2016年11月28日 00時00分00秒 | #小説

 岳山は、よく食べる男・・として社内で名を馳(は)せていた。自分でもそれは分かっていて、取り分けて腹が立つこともなく、今日に至っていた。そんな岳山だったが、彼には一つの生れ持っての体質があった。ふと、無性に食べたくなるのである。その発作(ほっさ)のような食欲は、食物を目の前で見たときであろうと、脳裏(のうり)に浮かべたときであろうと、関係なく起きた。そうなると、もう駄目(ダメ)で、岳山は歯止めが利(き)かなかった。それが仕事中であろうと、のんびり風呂に浸(つ)かっているときであろうと、駄目だった。
 ある日、岳山は社内の後輩社員の結婚式に招かれ、出席していた。披露宴には多くの招待客がテープルを囲んで座っていた。岳山もその中の一人だった。
「新郎、新婦によります、入刀でございます。ご列席の皆さま、盛大なる拍手をお願いいたします…」
 進行を任(まか)された司会者のマイク音が響き、紅白のリボンで飾られたナイフを持つ新婚カップルが、特大ケーキの前へ立ったそのときである。岳山は二人ではなく特大ケーキに目が釘づけになり、突然、無性に食べたい…と思った。もう、こうなるといけない。岳山は別人と化した。フラフラっとテープル椅子から立ち上がると、スポットライトを浴びた二人をめがけ、近づいていった。そして、頭からケーキにかぶりついたのである。こうなればもう、式は滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になる…と思われた瞬間、場馴れした司会者は機転を利(き)かせた。
「ははは…皆様、これは事前に当方からお願いをいたしておりました岳山様によりますサプライズの余興でございます。盛大なる拍手をお願いいたします!」
 そう言いながら司会者はスタンド・マイクの前で自らも拍手をした。岳山の行動に呆気(あっけ)に取られ、静まり返っていた招待客だったが、司会者に釣られ疎(まば)らに拍手を始め、やがて拍手の音は大きくなっていった。司会者のマイク音で我に返った岳山は、顔をケーキに埋めている自分に気づいた。ムシャムシャ食べた直後だったから、これはもうどうしようもない。岳山は慌(あわ)ててケーキから顔を引き抜くと、その顔のまま招待客が座るテープルを向き、深々と一礼した。その瞬間、大爆笑と割れんばかりの拍手が、ふたたび起きた。その中を罰(ばつ)悪く、ペコペコと頭を下げながら岳山は早足で退場し、洗面所へと走った。
 まあ、岳山のようなことはないとしても、時折り、無性に食べたい…と思うことは誰にも、よくある。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-66- 探(さが)す

2016年11月27日 00時00分00秒 | #小説

 久しぶりに休めることになった外科医の南波(なんば)は、朝の朝食を済ませ、満ち足りた気分でコーヒーを飲みながら新聞を呼んでいた。買い物に出るには、まだ少し時間があるな…と瞬間、思った南波は、新聞を読む手を止めると、何げなく立ち上がった。庭の雑草が少し生えていたことを、そうだ! と、思い出したのだ。思いつけば、やらないと気が済まない性分(しょうぶん)の南波だったから、当然、動いた。
 庭が見渡せる廊下のガラス戸を開け、足継ぎ石から外へ降りた南波は、いつも除草作業で使っている小ぶりのシャベルを出そうと収納してある置き場へと取りに行った。ところが、である。いつも置いているところにシャベルはなかった。はて? と首を捻(ひね)った南波だったが、思い当たる節(ふし)はなく、妙だなあ…と、置き場の下、右横隅、左横隅・・と探(さが)し回った。が、やはりどこにもシャベルはない。これでは作業ができないぞ…と意固地になった南波は、また、あちらこちらと探す行動に没頭(ぼっとう)した。15分ばかり探したが見つからず、弱ったぞ…と南波は停止して、庭から上がることなく廊下へ腰を下ろした。腕を見ると、思ったほど時間は過ぎていなかった。別の日でもいいか…と一端は思った南波だっだが、やはり、思いついたことはやらないと気が済まない性分が、それを許さなかった。南波は別の小ぶりの金属道具を手に除草を始めた。そして時間は流れた。ひと通り、作業を終えた南波は、やれやれ…と溜飲(りゅういん)を下げ、自分自身に納得して作業を終えた。上手(うま)い具合に頃合いの時間になっていた。頭の中には、シャベルはどこに? …という意識がまだ残っていたが、除草を済ませたお蔭で見つけられない蟠(わだかま)りは南波の心中で小さくなっていた。その後、南波は買い物に外出し、ふたたび家へと戻(もど)った。腕を見ると、昼前になっていたが、昼にはまだ少しあった。よし! もう一度、探すとするか…と、南波はふたたび廊下の足継ぎ石から庭へ下りた。そして、ないだろうが…と諦(あきら)めながらブラリと庭をひと巡(めぐ)りして足継ぎ石へ戻ったときである。何げなく見た視線の先に、これも何げなくシャベルが横たわっていた。そのとき、あっ! と南波は思い出した。そうそう、植え替えで使ったとき、急患の連絡が入り、そのままになってしまったんだ…と。罰(ばつ)悪く、な~んだ…と思わず笑みが零(こぼ)れ、南波はボリボリと首筋を掻(か)いた。
 探すことをやめたとき、何げなく見つかる・・ということは、確かによくある。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-65- 気分しだい

2016年11月26日 00時00分00秒 | #小説

 目覚めると、朝から雪が降っていた。ああ、どうも冷えると思ったら…と御門(みかど)は雪明かりの窓を見た。今日は幸い、休みだから、そう慌(あわ)てることもない…という気分だ。御門はまた、ウトウトとそれから半時間ばかり眠った。目覚めたとき、明日(あした)ならドタバタだ…と御門は苦(にが)笑いをしながら、ベッドから嫌々、出た。
 洗顔を済ませた御門はキッチンへ入った。卵をスクランブルにし、ガーリックトーストとシナモン・ティーで軽い朝食を…と思っていたが、時計を見ると10時前になっていた。こりゃ朝食どころか、今で言うブランチだな…と、またまた苦笑いをしながら洗い終えた食器を拭いていると、やけに自分がお馬鹿に思え、御門は三度(みたび)苦笑いをした。
 スクランブル味が上手(うま)くいったのか、御門の気分は高揚(こうよう)していた。怖(こわ)いもので、気分が高まると知らず知らず行動力も湧いてくる。まあ、昼からゆっくりと…と思っていた雪掻きを、さて、これからやってしまうかっ! という気分へ変化した。
 昼前の雪は柔らかく、日射しで半ば解けかかっていたから足下が濡れた。しまった! と長靴を履かなかった軽はずみを悔いたが、もう遅い。御門の気分はまた低くなり、テンションは下降の一歩を辿(たど)った。株価暴落のようなものである。…まあ、それは少し違うだろうが、ともかく御門の気分は降下した。気分が降下すると、すべてに積極性がなくなる。御門の目論見では、雪掻きで軽く汗を流し、ひとっ風呂(ぶろ)浴びるかっ! …というものだったが、気分が急降下したことで、風呂へ入る気も失せていた。だいいち、雪解けでそんなに汗も掻かなかったから、さっぱりしよう! などという気分にならなかったこともある。さて、そうなれば…別にどうということもない。濡れた靴下を暖炉(だんろ)の火で乾かしながら、御門は何を思うでなくウツラウツラ…と眠っていた。気分とは怖いものである。僅(わず)か数十分、眠っただけで、御門の気分は元に戻(もど)っていた。いや、それよりもむしろ、足の心地いい暖かさで、気分は高揚へと変化していた。さてっ! 豚汁(とんじる)でも作るか…と、御門は徐(おもむろ)に立つと、またキッチンへ入った。調理も気分しだいである。高まった気分がいい味の豚汁を生み出したのである。その夜、御門は美味(うま)い豚汁で腹を満たすこととなった。さらには、止めた風呂も沸かす気になり、結果、御門は心地よく一日を終えたのだった。
 気分しだいで物事の成り行きが変化することは、確かによくある。

                          完 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-64- そろそろ…

2016年11月25日 00時00分00秒 | #小説

 滝口は外出の戸締りも終わり、そろそろ…出ようと、腰を上げた。と、そのとき、祁魂(けたたま)しい電話音がトゥルルルルル…と、鳴り響いた。
『チェッ! なんだい今頃っ!』
 心中ではそう思いながら、滝口は仕方なく受話器を手にした。
「はい! 滝口ですが…」
 心なしか不貞腐(ふてくさ)れぎみの声で滝口は応対した。だが、受話器からの返答はなく、無言で数秒が過ぎるとプツリ! と切れた。
「なんだい、人騒がせな…。間違い電話か」
 今度は、はっきりと声にし、滝口は少し怒りながら受話器を置いた。このときの滝口は、よくあることだな…と安易(あんい)に考えていた。気を取り直し、そろそろ…と滝口が動き始めたときである。突然、玄関のインターホンの音がピンポ~ン! と鳴った。
『なんだい…』
 心中ではそう思いながら、滝口は急いで玄関へ向かった。玄関には、郵便局員らしい人影が映っていた。
「はいはい! すいません…」
 謝らなくてもいいのに謝りながら、滝口は玄関のサッシ戸を開けた。滝口が思ったとおり、外には郵便局員が立っていた。
「書留です。認めをお願いします…」
 郵便局員は、封筒を手にし、小さな紙を指で示して言った。当然そのとき、滝口は認め印を持っていなかった。
「あっ! ちょっと、待ってください」
 滝口は認め印を入れている引き出しへと取って返した。しばらくして再び現れた玄関へ滝口は、差し出された小さな紙へ押印すると封筒を受け取った。郵便局員が去り、封筒の差し出し人を見ると、役場からの新年度の保険証だった。
『まあこれは、必要だわな…』
 需要書類である。滝口もこれには腹が立たなかった。だが、度々(たびたび)の待った! である。それも、そろそろ…と思った瞬間の連続だったから、滝口は少し外出する間合いを開けようと思った。しかし、しばらくしても何事も起こらなかった。やはり、気のせいか…と思え、滝口が、そろそろ…と腰を上げたときである。また、玄関のインターホンの音がピンポ~ン! と鳴った。
『チェッ!! 今度はなんだっ?!』
 滝口はかなり怒れてきた。玄関に回ると、やはり人影がした。
「はいっ !」
「宅配で~~すっ!!」
 誰だっ! と言わんばかりの無愛想な滝口の声に、愛想よい明るい声が表から返ってきた。そう言われては、滝口も機嫌を戻(もど)さない訳にはいかない。
「はい! 今、開けます…」
 滝口は穏やかに言うと、施錠を解いて玄関戸を開けた。
「ここへサインをお願いします…」
 また認め印か…と思った矢先だったから、滝口は少し心が綻(ほころ)んだ。心が綻んだ訳は、それだけではない。送り主は郷里の家からだった。
「あっ! どうも…」
 宅配員から重めのダンボール箱を受け取ると、滝口には中身が大凡(おおよそ)分かった。毎年送られてくるリンゴのようだった。滝口は、いつしかニンマリと微笑(ほほえ)んでいた。すでに滝口の脳裏からは、そろそろ…という外出の気分が消えていた。
 出鼻を挫(くじ)く・・とは、よく言われるが、不都合なタイミングが度(たび)重なることは、よくある。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-63- マニュアル

2016年11月24日 00時00分00秒 | #小説

 最近の世の中は、多くの物事がマニュアルによって構成されている。物的には取り扱いのマニュアルとかであり、人的には顧客(こきゃく)に対する接遇(せつぐう)などがある。個々への対応は消去され、すべての対応が総花的に同一化される訳だ。総じて、物⇔人の場合は、ほとんどの場合が有効な手段となるが、人⇔人の場合となると、ある程度の融通幅(ゆうずうはば)を持たさないと大きなトラブルともなりかねない。
「君、これなんだけどね…私の場合、どれがヒットするの?」
「あっ! こちらでございますか? 当店の場合、お客様にお選びいただくことになっております」
「それは分かってるんだよっ! だから、君はどう思うのかを聞きたいんだ、私はっ!」
「そう申されましても、私どもからは、お答え出来ないことにマニュアルでなっておりまして…」
 客に詰め寄られた店員は冷や汗を掻(か)きながら返答に弱り果てた。
「そんな顔をしなくてもいいよ。何も君を苛(いじ)めてるんじゃないんだからね。店の責任者は?」
「はあ! ただ今、呼んで参ります…」
 店員が下がり、しばらくすると店長らしき男が現れた。
「お待たせいたしました。どういったことでございましょう?」
「これなんだけど、私にはどれがヒットするんだね?」
「はあ? ええ、まあ…どちらもよくお似合いでヒットされると思いますよ」
「だからさ! どれが一番、ヒットすると君は思う?」
「あの…お客様。当店ではそういうことをお答えできない規則になっておりまして…」
「マニュアルがある、と言いたいんだろっ! そのマニュアルは、いったい誰が決めたんだっ?」
「はあ…本店総務部からの指示でございます」
「君では話にならん! 本店総務部長を呼びたまえっ! 直接、話を聞こうじゃないかっ!」
 話は本店総務部長では解決しなかった。とうとう、この店に社長まで呼ばれることになり、店長が変わったという話である。 これは極端な一例だが、マニュアルを重視し過ぎると、トラブルになることは、よくある。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-62- 偶然の一致

2016年11月23日 00時00分00秒 | #小説

 朝からバタバタしているのは、犬のペグを飼っいる柔木(やわらぎ)である。というのは、預(あず)かってもらった動物病院から早朝、電話が入り、出産が近いというのだ。目の中に入れても痛くない…これはまあ、少し大げさな物言いだが、それほど柔木が可愛がっているペグである。当然、バタバタする訳だ。いつもはのんびりとトイレの便座に座る柔木だったが、この朝は便座に座りながら歯ブラシを縦横に小忙(こぜわ)しく動かしていた。もう一匹、飼っている子猫のミーチャは、そんな柔木を、『見ちゃいられん…』と、お気に入りの高台で寝ながら首を動かし、柔木の一挙手一投足を眺(なが)めていた。
「ミルクは、いつものとこだからなっ! とうちゃん、これから行ってくる。すぐ戻(もど)る…」
 柔木は、バタバタしながら靴を履(は)き、バタバタと玄関ドアから出た。
 動物病院へ柔木が着くと、ちょうどペグのお産が終わったところだった。
「3匹、生まれましたよ。皆、元気です」
 獣医の梢(こずえ)は笑顔で柔木に声をかけた。
「そうですか…。ありがとうございました」
 柔木が軽くお辞儀をした。そのときだった。柔木の携帯がピピピピ…と激しく鳴った。
「はい、柔木ですが…。おおっ! 田所君かっ! どうした? 君、今、旅行中だったろ?」
『はいっ! 実は乗っていたツアーバスが崖(がけ)から転落しまして、僕、今、病院で手当を受けたとこなんですっ!』
「なんだってっ!! 大丈夫かっ!」
『ええ…お蔭(かげ)さんで僕は軽傷で済んだんですが…』
「あとの3人はっ!!」
『… …』
 携帯から田所のすすり泣く声だけが聞こえた。そのとき、飼育室から出てきた梢が柔木に声をかけた。
「3匹、見ますかっ!」
「やかましいっ! それどころじゃないっ!!」
「はあ?」
 梢は少し表情を強張(こおば)らせながら、訝(いぶか)しげな顔つきで柔木を窺(うかが)った。
「いえっ! なんでもありません、こちらのことです。…すみません! すぐ、そっちへ行くっ!」
 柔木は梢に慌(あわ)てて否定し、ひと言、加えると携帯を切った。柔木は切ったあと、どこへ行けばいいのか分からず、しまった! と悔(く)やんだ。そのとき、ふと柔木は、3匹が生まれ3人が死ぬという妙な偶然の一致にゾクッ! とした。
 世間で、妙な偶然の一致は、確かによくある。

                    完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-61- 風呂屋

2016年11月22日 00時00分00秒 | #小説

 国会で賑(にぎ)やかな代表質問が行われている。実況中継のテレビ画面を観ながら邦枝(くにえだ)は欠伸(あくび)をした。
「…ちっとも変らんなあ」
 那枝は欠伸のあと、そう呟(つぶや)きながら、さらに溜息(ためいき)を一つ吐(は)いた。何が変わらないのか・・といえば、与野党の国会議員の質問と、その答弁内容である。那枝に言わせれば、いつやら聞いた同じような質問と答弁を、同じ内容でまた蒸し返している…ということだ。もちろん、語られる文言(もんごん)は言葉、内容を弄(いじ)って巧(たく)みに掏(す)り変えてはいるが、よく聞けば、議員はやはり同じ内容を語っている・・となる。
「風呂屋か…」
 これも那枝の隠語だが、風呂屋→お湯ばっかり→言(ゆ)うばっかり・・となる。
「温(ぬる)いな。もう、ひと燃(く)べ!」
 しばらくして、また那枝は呟いた。那枝語では、風呂屋のお湯も熱め、温め、低めと、いろいろあるが、熱め→なかなかの発言、温め→もう少し熱い内容で語って欲しい、低め→有りきたりで、聞くに堪(た)えない・・となる。
 那枝がテレビを消したとき、キッチンから妻の美咲が現れた。
「今日の料理は上手(うま)く出来たわ…」
 はっきりとは言わない小声に、那枝は、『今日も風呂屋だな…』と思った。
 世の中には、風呂屋が大繁盛することが、よくある。

                    完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よくある・ユーモア短編集-60- ズレ

2016年11月21日 00時00分00秒 | #小説

 五月の半(なか)ば、外で夕食を済ませた丸太木(まるたぎ)は、職場から帰宅した。丸太木は残業続きですっかり疲れていた。今日はぐっすり眠るか…と、丸太木はシャワーのあとビールを喉(のど)へグピッ! と流し込み、そのまま寝入ってしまった。次の日は休日である。仕事も一応、切りがつき、丸太木としては気分的にぐっすりと眠れる訳だ。当然、次の日の天気など、雨が降ろうと槍が降ろうとどうでもよかった。ところが、である。次の日の朝は誰もが外出したくなりそうな快晴で、朝陽(あさひ)が射(さ)し込まなくてもいいのに丸太木の顔へ射し込んできた。春の大型連休を過ぎた頃合いだったから、気温も結構、朝から高くなっていた。いわゆるボカボカ陽気というやつである。こうなれば、眠るつもりが眠れなくなる。ベッドから出ると丸太木は寝室のカーテンを腹立たしく閉じ、また横になった。横にはなったが一端、目覚めればなかなか眠れるものではない。丸太木は窓に向かい、思わず「晴れればいいのかっ!」と呟(つぶや)いていた。そして、目を瞑(つむ)ったが、やはり眠れそうにない。そうこうするうちに半時間ばかり過ぎてしまった。そのとき、ふと、丸太木の脳裏にあることが閃(ひらめ)いた。いい閃きならよかったが、生憎(あいにく)それは悪く、忘れていた雑用を思い出さなくてもいいのに思い出してしまったのである。
『そういや今日はゴミ出しの日だった!』
 慌(あわ)てて跳ね起きると、丸太木はパジャマのまま、マンションの階下へと急いだ。いつものゴミ置き場へ行くと、ゴミ袋はひとつもなかった。
『遅かったか…』
 丸太木はテンションを下げながら中へと取って返し、昇降用のエレベーター前へ来た。そのとき、同じ階の鋸引(のこびき)が犬の散歩を終え、マンションへ入ってきた。エレベーターは一つだから、当然、丸太木とバッタリ出合う。
「いい天気ですね、丸太さん! どうされました、ゴミ袋を持って?」
 丸太木は『丸太じゃなく丸太木ですっ!』と言おうとしたが、罰(ばつ)悪く思うに留(とど)めた。
「ええ、まあ…」
 丸太木はなんとか、暈(ぼか)した。
 エレベーターが降り、チ~ン! と音がしたあとドアが開き、二人は中へ入った。丸太木がボタンを押してドアが閉じ、エレベーターは上へと動き出した。そして、しばらく二人の間に沈黙が続いた。やがて、チ~ン! と音がし、ドアが開いたあと、二人はエレベーターから出た。
「ゴミは明日ですよ、それじゃ…」
 訝(いぶか)しげに頭を下げ、鋸引は別方向へと去った。丸太木は、ぅぅぅ…と、なんとも言えない口惜(くや)しい気分で、思わず「晴れればいいのかっ!」と、また呟(つぶや)いていた。
 次の日の朝は土砂降りだった。丸太木はゴミを出したあと、恨めしげに天気のズレを感じながら、「降ればいいのかっ!」と呟いていた。
 思うに任せず、ズレることは、よくある。

                    完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする