水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第156回

2013年03月31日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第156
回)
 二人がマンションを退去したのはその30分後だった。保は怪獣達の引き揚げに、やれやれと思い、沙耶は何も思わず、後片づけに余念がなかった。その夜はどっと気疲れが出て、保は缶ビールのロング缶を一本飲むと、すぐに寝た。沙耶には疲れたから・・と言い、沙耶も認識システムで保の疲労度が推し量れたから言い返さなかった。里彩で残った野菜カレーを冷凍保存し終えると、沙耶は自室へと戻った。
 次の朝が必然的にやってきた。要は、保が疲れていようが疲れていまいが、太陽は刻々と巡るのだ。それが、黒雲に閉ざされていようがいまいが、おかまいなしなのである。
「保! 朝食、出来たわよ」
 いつもの沙耶の催促である。今では自覚して起きられない保の唯一の起床条件になっていた。
「…、ああ…」
 沙耶がドアを閉ざすと、保は重い上半身を起こし、ベッドから出た。欠伸をしながら窓ガラスの向こうに広がる眼下の街並みを眺めていると、昨日の出来事が嘘のように思えた。だが現実は過酷で、怪獣とその手下は確実にこの都心で朝を迎えているのだ。そう思えば、余りいい目覚め感はない。幸い、土曜ということもあり研究所へ足を運ぶ必要もなく、時間的なゆとりはあった。ただ、もう来ないとは思えるが、油断ならない二人が、まだ東京に存在した。


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連載小説 代役アンドロイド 第155回

2013年03月30日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第155
回)
「ははは…、さすがは料理教室を首席卒業しただけのことはある!」
「ほう! そうなのか」
「友人が自分のことのように自慢してたから…」
 取ってつけた嘘、とはよく言うが、咄嗟(とっさ)に口から出た嘘で、我ながら上手い…と、保は思った。里彩は座布団から立つと小走りでキッチンへ行った。
「これっ! 走るでない!」
 長左衛門の叱りも、里彩には通じないようだった。保は、そんな里彩の後ろ姿を見て、思わず笑みが零(こぼ)れた。
「すみませんなぁ~!」
 幾らか声を大きくして、長左衛門はキッチンへ向かって言った。その言葉の奥には、怪獣長左衛門をしても、いささか手強い沙耶への畏敬の念が含まれていた。
「いいえぇ~!!」
 すぐさま沙耶のリターンエース球が帰ってきた。それも自慢たらしくない、相変わらずの猫なで声だった。
「里彩! それを食べたら、お暇(いとま)するぞっ!」
「は~い!」
 里彩は食べながら返した。
「えっ! もう…。じいちゃん、ゆっくりしていけよ」
「いや、なに…。お前の様子を見に来ただけだからのう、ワッハッハッハッ…」
 長左衛門は豪快に笑った。


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連載小説 代役アンドロイド 第154回

2013年03月29日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第154
回)
「これ里彩! 慎(つつし)みなさい!」
「だって、おじいちゃまがくれた都昆布以外、お昼から何も食べてないもん…」
「すみませんなあ~。両親の躾(しつけ)に、どうも不手際(ぎわ)が…」
『いいんですよ、おじいさま。子供は天真爛漫(らんまん)ですから…。里彩ちゃん、何がいい?』
「ハンバーグ! それと…野菜カレー!」
『うん! すぐ、作るね』
「これっ! 里彩!!」
 長左衛門が叱ったとき、もう沙耶は部屋にはいなかった。人では、こうはいかない。素早い身の熟(こな)しで、昔の忍者もここまでは…という早さだった。これには長左衛門も言葉を失い、唖然とした。
「た…保。沙耶さんとか言われたが、運動が堪能と見えるのう…」
「えっ?! ああ…。友人の話だと学生時代は陸上の選手だったそうだよ」
「ほう! そうか…。道理でのう」
 かろうじて長左衛門を納得させた保は内心、ほっとした。
 キッチンへ戻った沙耶は、わずか10分で里彩がリクエストしたハンバーグと野菜カレーの二品を作り上げた。まさに神業(わざ)で、とても人間には出来ない早さだった。沙耶は、その二品とナイフ、フォークをテーブルへ置いた。
『里彩ちゃん! 出来たわよっ!』
 和間にその声が響いた。
「うっそぉ~!!」
 里彩は驚きの声を上げた。長左衛門も尋常ではないその迅速さに度肝を抜かれて、語る言葉を持たない。


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連載小説 代役アンドロイド 第153回

2013年03月28日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第153
回)
『数時間、顔を合わせするだけのお付き合いですから、御期待に応(こた)えられるかどうか、存じませんが…』
 上手いこと言う…と、保は思った。沙耶は暗に深い間柄ではないことを長左衛門に宣言したのである。
「んっ?! ああ…左様か。いやいや、宜しく…」
 長左衛門も思い過ごしか…と感じたとみえ、言葉を改めた。保にしては、ともかく、してやったりである。
「で、じいちゃん、いつ帰るんだ?」
「ああ、そのことよ。今日、明日はこちらに泊って、里彩と東京見物でもしようと思うておる」
「そうなのか、そりゃいいや。里彩ちゃん、いろいろ連れてってもらいな」
「うん! そのつもり。スカイツリーとかね」
 おしゃまな里彩は、すでにある程度、計画しているようだった。保はそれ以上言えば、手下に何を言われるか分からないから自重した。しんみりと静かになったとき、沙耶が言った。
『里彩ちゃん、お腹すいてない? 何か作ろうか』
 沙耶の感情システムは厳戒態勢の中で極端なヨイショ! を選んだ。要は、褒(ほ)めちぎり、相手を気分よくさせる手法である。だから当然、柔らかな猫なで声である。
「うん! 里彩、お腹ペコペコ!」
 元気がいい大声で里彩は言った。


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連載小説 代役アンドロイド 第152回

2013年03月27日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第152
回)
保は、こうした一連の沙耶の行動を、ただ無言で見続けた。沙耶は和間へ入っていった。
「娘御は、どこへお勤めなのかのう?」
“あっ! それ? …〝
 コンピュータの弱点はデータにない予想外の事象である。その問いかけが長左衛門の口から飛び出した。だが、沙耶は動じない。予想外の事象に対する想定パターンも幾つか周到に準備されていた。
『申し遅れました。私、沙耶と申します…』
 沙耶は沈着冷静にそう言うと、かがんで長机へ盆を置き、下の座布団を二人に勧めた。
『おっ! これは失礼した…』
 あの長左衛門が恐縮する声が聞こえた。保は、未だかつて、そんな声を祖父から聞いたことがなかった。沙耶も、なかなかやるな…と思えた。このまま奮戦する沙耶を一人? にしておくことは出来ないと、保も和間へ急いだ。長左衛門と里彩はすでに茶を啜っていた。
「おお、保…。なかなか、いい娘御ではないか」
「ええまあ…、よくしてくれてます」
「お前、友人の従兄妹とか言ったが、妙に馴れ馴れしいのう」
「えっ?! ああ…よく知ってるもんで」
「そうなのか…。娘御! ではない、沙耶さんとか申されたな。事情は知らぬが、不出来な孫を宜しく頼みます」
 ああ、俺は不出来にされちまったぞ…と、保が思っていると沙耶が返した。


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連載小説 代役アンドロイド 第151回

2013年03月26日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第151
回)
里彩(りさ)や長左衛門の出方次第で、態度を変化させる即応行動の幾つかである。
「里彩ちゃん、学校は大丈夫なのか?」
 保は、かわすべく話題を転じて、明るく訊(たず)ねた。里彩がじっと沙耶を見つめていたから、こりゃヤバいぞ…と、思えたからだ。
「うん! 今日はパパが休んでいいよって言ってくれたの」
 そんなこたぁ~ないだろ! とは思えたが、保は押し黙っていた。
『ふ~ん、そうなんだ…』
 沙耶が急須にお茶を淹(い)れながら話に加わった。長左衛門は保が勧(すす)めた椅子に、ゆったり腰を下ろそうとしたが、一瞬、躊躇して言った。
「うむ…。わしは、やはり正座の方がいいのう。保、畳間はないのか?」
「えっ?! ああ…使ってないけど、あっちに三畳間がある…」
「そうか…」
 長左衛門は落ち着いた仕草で三畳間へ移動した。
「娘御、すまぬが、あちらへのう…」
 さすがは怪獣だけのことはある…と保は思った。移動する途中、沙耶が茶を注いでいるのを横目に見て、催促がましく呟(つぶや)いたのだ。里
彩も手下らしく、長左衛門のあとに従って、楚々と三畳の和間へ入った。沙耶は厳戒態勢を敷き、そんな二人の行動を軽く、いなし、敢えて突っ込まない。無言で盆に湯呑みを二つ乗せ、茶を注いだ。さらに、いつ買ったのかと思える茶菓子を菓子鉢へ少し入れ、それも乗せた。そして、盆を両手で持ち、和間へと動き始めた。


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連載小説 代役アンドロイド 第150回

2013年03月25日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第150
回)
「まあ、上がってよ!」
 保は話題を逸(そ)らさねば…と、笑顔で話を切った。長左衛門がフロアへ上がった。羽織袴(はかま)姿に白足袋の立派な体格が凛凛(りり)しい。
「おい保! これは、どこへ置く?」
 手に持ったステッキを眺めながら怪獣長左衛門は言った。これで、尻を叩かれたことが子供時代あったな・・と保は、ふと思い出した。
「あっ、ああ…。そこの傘立てに入れといてよ」
 頷(うなず)いて入れると、長左衛門はダイニングへとすすむ。この間も里彩はバタバタと走り回っていた。内部を偵察しているのか…と、思えた。長左衛門の後ろに従って、保もダイニングへ入る。そのとき、里彩は洗い場にいた。沙耶は洗い終えた食器を布巾で拭いていた。
「よろしくねっ!」
 物おじせず、里彩は沙耶を見上げて言った。
『こちらこそ…』
 沙耶もニコリと笑い、冷静に対応する。双方ともに隙がなく、どこか火花が散っているように保には思えた。
「苦しいのう、保よ。…まあ、いいわ」
 その光景を見ながら長左衛門がニヤリと笑って言う。沙耶は、その言葉を感情認識システムで解析していた。
“ 怪獣には、お見通しなのね…。でも、私の正体はバレてないみたい… ”
 沙耶は、行動パターンを幾つかの模範データの中から選んでいた。


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連載小説 代役アンドロイド 第149回

2013年03月24日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第149
回)
「はい! 今、開けます!」
 保はチェーンを外すとドアを開けた。その瞬間、満を持して、水が一気に中へ流入するかのように里彩が雪崩れ込んできた。保は呆気(あっけ)にとられた。
「おじちゃん! お久しぶり。…ふ~ん、結構、いいところに住んでるのね」
 可愛くない・・とは思えたが、保は我慢した。
「ははは…まあな」
 里彩のあとから、ゆったりと長左衛門が中へ上陸した。
「おお! そうだな。いい風情だ…」
 風情ときたか…と思ったとき、里彩はもう靴を脱ぎ、フロアへ上がると奥のダイニングへ侵攻していた。
「おじちゃん! あれ、誰!?」
 玄関へ戻ってきた里彩が訊(たず)ねた。この小娘め!…と怒れたが、保はなおも我慢した。
「んっ? ああ、友達の従兄妹(いとこ)だ!」
「ほう、言っていた娘御(むすめご)か?」
 長左衛門はニタリと笑った。
「じいちゃん、そんなんじゃないよ。友人の従兄妹なんだ、ほんとに!」
 保は意固地に強調した。
「何を興奮しとる。だれも嘘などと言っとりゃせん」
 怪獣が、穏やかに吠(ほ)えた。


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不条理のアクシデント 第五話 スバラシイ(2)

2013年03月23日 00時00分01秒 | #小説

      不条理のアクシデント       水本爽涼

    第五話 スバラシイ(2)        

  話を元に戻しましょう。
 目覚めた私は、大きな背伸びをして両腕を上げ、欠伸をひとつ、うちました。そして、呟くように、「ああ、つまらん…」と漏らしたのです。
 今思うと、この時が異変の始まりでした。云った瞬間、課内全員の視線が私に集中し、しかもそれは睨むような殺気がありました。そして一同は声を揃えて、
「つまらん?」と、私の顔を窺(うかが)ったのです。
 私は過ちを犯したような申し訳ない気持になり、思わず、「ス、スバラシイ!」とドギマギ吐いたのでした。そうしますと、全員が納得したようにニッコリして、ふたたび声を揃え、「スバラシイ!」と唱和しながら笑顔で私のデスクへ集まってきたのです。
 今までは課員達から疎(うと)んじられていた私でしたが、何だか急に人気者になったようで、悪い気分はしませんでした。
 それからの私は、ピンチに陥るごとに、「スバラシイ!」と連発して、それまで乗り切れなかった数々の苦境を脱していったのです。そして、いつのまにか課員達の人気者になり、課長のポストを与えられ、そればかりかリストラ対象者からも除外されました。更に、いいことは続き、本社へ呼び戻され総務部長に抜擢されたのです。トントン拍子に運がよくなった訳でして、ついには取締役に、そして社長にまで昇りつめたのでした。
 それから20年が経過し、私も白髪が混ざる好々爺(こうこうや)になっておりました。
 しかし、よいことは続かないものです。社長席の椅子で油断していたからでしょうか。つい、うっかり、「つまらん」と口に発してしまったのです。社長室の中は私一人ですから、まあ、大丈夫だろう…と、口を噤んだのですが、聞こえていない筈が、どういう訳か社員全員に聞こえたようで、その瞬間から内線ホーンの呼び出し音が続き、ついには私がいる社長室へ社員たちが殺到したのです。そして、「つまらん?」と、怒りの表情で異口同音に訊ねるのです。私は気が遠くなっていきました。
 ウトウトと微睡(まどろ)んだようでした。
 気づくと、なんと私は、20年前の未だリストラで飛ばされていない浜松の出張所におり、社員ではなくメンテナンスの清掃員として、休憩室に存在していたのでした。
 服装といえば、社長の姿とは比べるべくもない惨めな清掃員の姿でした。そして、老いを感じさせる皺だらけの手に一本のモップを持ち、椅子に佇んでいたのです。
 私は、愕然としてしまいました…。全てが夢だったのでしょうか? 未だに私には分かりません。

                             第五話  完


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連載小説 代役アンドロイド 第148回

2013年03月23日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第148
回)
『そうなの? 馬鹿ね』
 女っぽく言う仕草も違和感なく、保は自作に満足してバスルームへ向かった。
 怪獣長左衛門とその手下の里彩がマンションへ来襲したのは、沙耶が予測システムで察知したとおり、土曜の夜だった。保が一つ気になったのは、兄夫婦がよくもまあ里彩を上京させたな…ということだった。これはある種、長座衛門が用意した周到な罠(わな)なのではないか…とも思えた。さしずめ、里彩は釣り糸につけられた餌である。保が食いつくのを穏やかな顔で待つ老人・・いや、そんな取り越し苦労はよそう…と、保は思い返した。細かなことながら、里彩は小学校の三年である。学校も平日だが? と思ったが、よく考えれば、保の頃とは違い、今の学校は土日休みになっているのだ。ということは、金曜だけ何かにこと寄せて休んだ…という筋立てになり、それなら何もおかしくはなかった。
━ ピンポ~ン、ピンポ~ン ━
 次の日の夜、7時を少し回り、保は久しぶりに食後のテレビを観ていた。ドアチャィムが鳴ったのは、その時である。沙耶はキッチンで食器を洗っていた。
「あっ、いい。俺が出る」
 沙耶は保との打ち合わせが出来ているから慌(あわ)てた素振りも見せず、そのまま食器を洗った。保は椅子を立つと玄関へ向かった。ドアレンズから覗くと間違いなく怪獣と手下だった。


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