年末につき、お休みを戴きます。休館日(12月29日~1月9日)です。皆さん、よいお年をお迎え下さいますように…。\(^^)/
影車 水本爽涼
第八回 不用普請(7)
16. 与太烏の茂平一家(小部屋)・夜
長屋から拉致した町人の小娘に酌をさせる茂平。子分達は座を外
している。
茂平 「ふふふ…(悪どく嗤って)、美濃屋も、堀田様に目を付けると
は、俺以上のワルだぜ…」
と云いながら杯を干し、娘に酌を催促する。
茂平 「(酒を飲み、娘を見て)お前(めえ)の父っつぁんは、借金が返
(けえ)せねえんだ。悪く思うなよ」
と、続けて云いながら、娘の肩を抱き寄せる。抗う娘。二人、縺れ
て畳上へ倒れる。
17. 与太烏の茂平一家(別部屋の天井裏)・夜
下では子分達が飲み騒いでいる。その様子を天井裏の節穴から窺
う、お蔦。
お蔦 「親分も親分なら、子分も子分だねえ…。出来が悪いったら、あ
りゃしないよ」
そう呟いて、闇へと消え去る、お蔦。
18. 蕎麦屋の屋台(内)・夜
仙二郎、暖簾を潜ると床机へゆったりと座る。時折り、辺りに木枯
らしが舞う肌寒い夜である。
仙二郎「いつもの、かけだ」
又吉 「へいっ!! 毎度!」
慣れた手つきで蕎麦を湯通しし、笊(ザル)で掬(すく)って湯切りする。
続けて、鉢へ入れると、出汁(だし)を注ぎ、葱などの薬味を入れる又
吉、静かに鉢を仙二郎の前へと出す。
又吉 「伝助の長屋が取り壊されるようだぜ(影車の声で)」
仙二郎「そうか…。そりゃ、猶予がならねえや。お蔦の探り次第(しでぇ)
じゃ、捨て置けねえな」
又吉 「ふぅ~(溜息を吐き)、また修羅場を見なくっちゃ、ならねえのか
い…」
仙二郎「そう云うな。俺達の持って生まれた因果よ」
又吉 「…だったなぁ(諦念の声)」
暫し、会話が途切れる。仙二郎が蕎麦を啜る音と、時折り吹く木枯ら
しの音だけが、静寂を僅かに破って流れる。
19. 蕎麦屋の屋台(外)・夜
木枯らしが時折り、街路に土煙を舞い上げている。
20. 蕎麦屋の屋台(内)・夜
蕎麦を食い終えた仙二郎、銭十六文を置いて立ち上がる。
仙二郎「手筈ってことになりゃ、前(めえ)に、お蔦に伝えさせる…」
と云って、暖簾を上げて出ると歩き去る。その後ろ姿へ、
又吉 「有り難(がと)やしたぁ!(蕎麦屋に戻って)」
と、ひと声、投げる。
影車 水本爽涼
第八回 不用普請(6)
12. 与太烏(よたがらす)の茂平一家(内)・夜
茂平が子分に酌をさせ、酒を飲んでいる。
茂平 「堀田様の御云いつけ通り、明日は三軒長屋の連中を燻(いぶ)
り出しにかかるか…(嗤って)」
子分①「あっしが、やりやしょう」
茂平 「余り手荒なことは、するんじゃねえぞ(ギロッと子分を見て)」
子分①「分かってやすよ、毎度のこってす。明日は見回る程度に…」
茂平 「それにしても、今度はどちらの御屋敷が建つんだろうな? 堀
田様の算段は、ちっとも分かりゃしねえや」
子分①「別にどちらの御屋敷でも、いいじゃありやせんか。親分にゃ、
それなりのモノが入りやさぁ」
茂平 「(嗤って)そりゃまあ、そういうこったがなあ…」
13. 三軒長屋(外)・昼
古びた長屋の外景。この長屋には、飛脚屋伝助の住居もある。与太烏
一家の連中が数人、長屋へやってくる。既に算段が出来ているのか、
幾手かに分かれると、長屋の住居へと入っていく。
14. 伝助の隣の住人(浅次)の長屋(内)・昼
入口の戸を乱雑に開け、風来坊の浅次の家へ乱入する与太烏一家
の子分、二人。浅次はグデンとして茶碗酒を飲んでいる。二人、土足で
畳上へ上がる。
浅次 「何でぇ! 人の家へ土足で上がりやがって!!(二人を見上げ)」
子分①「えれぇ活気(いき)のいい、お兄(あにい)さんだぜ(小笑いして)」
子分②「そうともよ。いつまで、その威勢が続くかだがな(小笑いして)」
浅次 「どういうこってえ?」
子分①「そのうち分からあ。引越しの算段でも、つけとくんだな(浅次の
肩を軽く叩き)。おい、行くぞ」
子分②へ声を掛けると、小忙しく外へ出て行く二人。戸を開け放った
まま、去る。
15. 江戸の街通り(一筋の広い道)・昼
戸田采女正の籠が通行中。俄かに躍り出た一人の町人。手に匕首
(あいくち)を握り、籠の横へと突っ走って近づく。そして、喚(わめ)きな
がら籠の中へと匕首を突き刺そうとする。警護する家臣①、刀を抜く
と問答無用に斬り捨てる。その様子を、通行中の仙二郎と宮部が偶
然、見ている。
宮部 「あの紋どころは、普請奉行の堀田様ですよね?」
仙二郎「ええ…恐らくは、そうでしょう」
宮部 「随分、怨まれておられるようですね、あの御様子じゃ」
仙二郎「そのようですなあ…。可哀想ですが、今、斬られた町人、よほ
ど怨んでたと見えます」
宮部 「良からぬことでも、なされておられるんでしょうか?」
仙二郎「最近、頻繁に行われている長屋の取り潰しと関係がありそうで
すなあ…」
宮部 「なるほど…。その辺りですか」
二人、いつものように、見ない素振りで脇道へと逸れて、歩き去る。
影車 水本爽涼
第八回 不用普請(5)
9. 普請奉行・堀田采女正の屋敷・夜
堀田が酒膳を前に盃を傾け、寛(くつろ)いでいる。
堀田 「明日からは月番が坂崎めに替わる故、美濃屋の申した話、
今後、ひと月は進められぬのう…。だが、根回しの時は、充
分過ぎるほど出来た故、ちと、動くとするか」
と嘯(うそぶ)く堀田。その時、差配の改役(あらためやく)、寺脇勘
十郎が部屋へ入ってくる。
寺脇 「新築者の名簿、届け出順に従い、纏めて御座居まする。明
朝、月番の坂崎様に手渡す算段を立てておりまするが、如
何、取り計らいましょうや?」
堀田 「暫し待てい。引き継ぐには及ばぬ」
寺脇 「さすれば、かねてより申されておられまする御手配をなされ
る…ということで?」
堀田 「そういうことよ。よって、伏せよ。坂崎に知られては拙い」
寺脇 「ははっ!(平伏して)」
襖を閉めて去る寺脇。一人、部屋に居て、悪どい嗤いを浮かべる
堀田。
10. 普請奉行・堀田采女正の屋敷(天井裏)・夜
お蔦が天井裏に潜んで、一部始終を聴いている。
お蔦 「なるほどねえ。いろいろ、悪事に手を染めてるようだ…。
こりゃ、根が深そうだから、じっくり探らなくちゃねぇ…」
と、云い捨て、闇へと消える、お蔦。
11. 湯屋の二階・夜
風呂上りに二階で将棋を指す宮部と仙二郎。二人、長風呂で、少々、
顔が赤く茹っている。
仙二郎「一番、指して、また浸かって帰る頃にゃ、丁度、お誂(あつら)
え向きに、蕎麦屋が出てますから…」
と云って仙二郎、玉頭へ金を叩き打つ。それを見て、宮部、ウ~ン
と唸る。
宮部 「これ、ちょっと待ってくれません?(盤を、じっと見た後、上目
遣いに仙二郎を見て)」
仙二郎「これで三度目ですよ。往生際が悪いですなあ、宮部さんは」
宮部 「まあ! 口惜(くや)しいこと云うわねえ…。でも、私の負けっ
ぽいわ…」
仙二郎「(小笑いして)そのようですな」
宮部 「それにしても此処ん所(とこ)、工事が続きますよねぇ(桂馬
を動かし)」
仙二郎「そうですなあ。俄か普請の屋敷も増えましたから(盤上を見
据え)」
宮部 「材木問屋の美濃屋さん、かなり羽振りがいいそうです」
仙二郎「ほぉー、そうですか…」
と、興味なさそうに返して、
仙二郎「桂馬の高跳び、歩の餌食!」
と、宮部の上がった桂馬の駒前へ歩を突く。
宮部 「あっ! …」
すぐさま、
仙二郎「もう待てませんよ(菓子をつまみ、茶を啜りながら)」
と、ニタリと笑って釘を刺す。
影車 水本爽涼
第八回 不用普請(4)
7. 普請奉行・堀田采女正の屋敷(内景)・夜
材木問屋の美濃屋善兵衛が来訪中。堀田の横に置かれた善兵衛が
献上した菓子鉢(中は小判の包金)。
善兵衛「今後とも、よしなに…」
堀田 「(横の菓子鉢の蓋を少しずらして開け、中を見遣って)分かって
おる。心配致すな」
脇息に腕を預けて小嗤いする堀田。
善兵衛「次の普請は、どの辺りで御座居ましょうや?」
堀田 「余り大きな声では申せぬがのう…」
腕を脇息に預けたまま、反対側の手の扇子で手招きする堀田。堀
田へ耳を近づける善兵衛。善兵衛に少し広げた扇子を使い、小声
で耳打ちする堀田。
善兵衛「なるほど…(小嗤いして)」
堀田 「(善兵衛から離れ、姿勢を正して)だがのう、あの一帯は、長
屋が数多くてのう…、想い通り事がなるかは分からぬぞ」
善兵衛「へぇ、急ぎませぬ故…、その節は、よしなに」
堀田 「いつになるか、しかとは返答できぬが、まあ、この話が潰(
ついえ)ても、他にも話はあるでな」
善兵衛「孰(いず)れにしろ、今後も、よしなに(頭を軽く下げ)」
堀田 「心に留め置く(小嗤いして)」
8. 河堀(橋の上)・夕暮れ時
柳、屋形船あり。仙二郎と、お蔦が、いつものように橋の中ほどで
話をしている。仙二郎、欠伸をしながら欄干へと凭れ、
仙二郎「そうか…。伝助の長屋が潰されるかも知れねえってことは、
だ。このまま、放ってもおけめえ」
お蔦 「まだ噂なんだがね。十手にゃ、その辺りの事情は分かんな
いのかい?」
仙二郎「一連の工事の大本は普請奉行だ。普請奉行は堀田采女正だ
が、どういう経緯(いきさつ)か迄は、お前(めえ)の探りがなき
ゃ、俺にも分からねえ」
お蔦 「やはり、私の出番のようだね」
仙二郎「そういうことだな。まあ、宜しく頼まぁ(二朱を手渡し)」
お蔦 「(二朱を受け取り、袖へと通して)暫(しばら)く、貰うよ」
仙二郎「ああ…。急がねえから、じっくり探ってくれ」
お蔦 「あいよっ」
仙二郎「ほどほどに探れりゃ、知らせてくれ。塒(ねぐら)で待つ」
お蔦 「ああ…」
二人、薄闇の橋を互いに反対側へと去っていく。茜色に映え、暮れ
泥む空。烏(カラス)の鳴き声S.E。S.E=烏(カラス)の鳴き声。カァ
ーカァー。
影車 水本爽涼
第八回 不用普請(3)
5. 湯屋の浴槽・夕刻
湯に浸かる仙二郎と宮部。広い浴槽には、先に入ってた数人の町人
がいる。湯心地を堪能する二人。湯煙が立ち込める浴槽付近の光景。
宮部 「普請奉行の堀田様、最近は凄い権勢だとか…(目を閉じて)」
仙二郎「そうですか…(両手で顔へ湯をビシャっと掛け)。この世の中、
なるモノにならないと駄目なんですねぇ。私等のように、チマ
チマしてたんじゃ…」
宮部 「なったら、なったで、また大変なんじゃないですか?」
仙二郎「それも云えますが…」
二人、黙して、湯に浸かったまま、ふたたび目を閉じ、瞑想する。
6. 伝助の住まい(長屋・内)・夜
七輪に乗せられた鍋で、おでんが美味そうに煮えている。箸でつつ
きながら、それを惣菜に飯を口中へ掻き込む伝助。
伝助 「急に冷えてきやがったからなあ。こういう時ゃ、鍋が一番でぇ」
と呟く伝助。フゥ、フゥーと息を吹きかけて冷まし、おでんを口中へ
と納める。そこへ、お蔦が入ってくる。
お蔦 「伝助、久しぶりだねえ。元気でやってるかい?」
伝助、急に現れた、お蔦に驚いて手を止め、
伝助 「やあ、姐(あね)さん。ご無沙汰しておりやす(立ち上がって座
布団を勧め)」
お蔦 「ちょいと訊きたいんだけどね」
伝助 「へえ? …何で、やんしょ?(給仕盆に白湯を入れて出し)」
お蔦 「お前の、この長屋、近く取り壊しになるって聞いたんだが、そ
りゃ、本当かい?」
伝助 「そうなんですよ、姐(あね)さん。もっとも、今の所(とこ)は、飽く
まで噂なんですがね」
お蔦 「そうかい。そりゃ、よかった。もう決め事なのかと心配してた
んだよ」
伝助 「まだ安心は出来やせんがね。もし、立ち退きとなりゃ、あっし
も塒(ねぐら)を探さなくちゃなりやせん」
お蔦 「その時ゃ、私も探してやるよ(笑って)」
伝助 「それよか、ここん所(とこ)、やたらと取り壊しが多くありやせ
んか?」
お蔦 「私も、それを少し気にしてんのさ。明日にでも十手に、その
辺りの事情を訊いてみよう、と思ってんだけどね」
伝助 「仙さんなら、お上の御用だし、よく知ってなさるでしょう」
お蔦 「ああ、恐らくは。私よか…」
伝助、七輪に乗せられた鍋の具の幾つかを箸で、つつく。
お蔦 「あっ、長居をしたね。それじゃ、また寄るよ。本当(ほんと)は手
筈以外で会うのは御法度なんだけどさ…(ニタッと笑って)」
伝助 「でも姐(あね)さん、この話は手筈になる話かも知れやせん
よ」
お蔦 「そうだね…(立ちながら)」
少し笑って、お蔦、瞬時に闇へと消える。伝助、お蔦が消えた戸口
の方を見遣った後、何事もなかったかのように、ふたたび食べ始め
る。
影車 水本爽涼
第八回 不用の普請(2)
2. 仙二郎の住居(同心長屋)・外・夕刻
少し前に帰っていた宮部、入口に佇んでいる。
仙二郎「やあ、宮部さん。どうしたんです? 何か御用で?」
宮部 「いえね…湯屋にでも、どうかな、と思って寄ったんですよ。
ここ数日、村田さんの命で、随分と動かされましたから…」
仙二郎「湯屋か…いいですなあ。私も正直云うと、疲れが溜まって
ましてねえ。少し待ってくれませんか? すぐ、支度します
から」
宮部 「ええ、結構ですよ」
仙二郎「外では、なんです。まあ、中へ入って下さい」
3. 仙二郎の住居(同心部屋)・内・夕刻
仙二郎、表戸を開けて宮部を招き入れ、その後、自分も入る。仙
二郎、上がって羽織を脱ぎ、着替えの褌、ぬか袋を風呂敷に包む。
仙二郎「お待たせしました。じゃあ、行きましょうか?」
と、土間の雪駄を履く仙二郎。外へ仙二郎が出ようとした時、
宮部 「洗濯なんかは、どうなさってるんです?」
仙二郎「はは…(笑って)、風呂とか、適当に…」
宮部 「そう。何でしたら、私が洗ってさし上げても、よくってよ」
仙二郎「(苦笑して)一人暮らしですから、大した量にもなりません
から…(それとなく断って)、また、お願いしたときは頼みま
す…」
上手く、あしらった仙二郎。二人、湯屋への道を急ぐ。
4. 湯屋の入口(内)・夕刻
暖簾を潜って湯屋へ入る仙二郎と宮部。それぞれ八文の湯銭を
番台の女に払うと、入る。脱衣場で着物の帯を緩め、
宮部 「最近、取り壊される長屋が多いでしょ?」
と、恥しげに脱ぐ宮部。
仙二郎「そういや、そうですねえ…」
宮部 「それもね。必要ならいいんですよ。でも、この前できた建
物だって、余り利用されてないでしょ? 最初の内だけで
した。今じゃ、蜘蛛の巣だらけ…」
仙二郎「確かに…そうですなあ」
二人、褌を解くと、ぬか袋と手拭いを持ち、浴槽へと歩き出す。
影車 水本爽涼
第八回 不用普請(1)
あらすじ
普請奉行・堀田采女正(うねめのしょう)が権威を嵩にきて、その横暴ぶ
りを増していた。街並みを整備するという大名目の下に、繰り返される
土木工事により、伝助の長屋も取り壊されるという噂がたつ。それを契
機として、仙二郎達、影車が動く。庶民の生活を顧みない不用工事の裏
で、暴利を貪る堀田や材木問屋・美濃屋善兵衛、与太烏(よたがらす)の
茂平達の悪事の数々。遂に仙二郎を頭目とする影車の鉄槌が下される。
登場人物
板谷仙二郎 41 ・ ・ ・ ・ 御家人(北町奉行所 定町廻り同心)
留蔵 32 ・ ・ ・ ・ 鋳掛け屋(元 浪人)
又吉 31 ・ ・ ・ ・ 流し蕎麦屋(元 浪人)
伝助 18 ・ ・ ・ ・ 飛脚屋(町人)
お蔦 30 ・ ・ ・ ・ 瞽女(元 くの一 抜け忍)
(※ 以下 略)
1. 江戸の街通り(一筋の広い道)・夕刻
タイトルバック
日没が早まっている。木枯らしが時折り吹くS.E。肌寒い晩秋の夕暮
れ時。仙二郎、勤めの帰りで、家路を急ぐ。昼間に比べ、めっきり減っ
た人の往来。S.E=ヒューヒューと吹く木枯らしの音。
仙二郎「夏も夏だが、冬も冬だなぁ。おお、冬が近(ちけ)ぇ…冷え
てきやがった」
分かりきった愚痴を吐き、両手を懐(ふところ)へ入れる仙二郎。
向かいから近づく蕎麦屋の屋台、いつもの決め場で止まる。店の
準備を始める又吉。
仙二郎「すぐには食えねえだろうな?」
又吉 「(笑って)それは、ちょいと…。四半時も待って貰えりゃ、
出せますがね」
仙二郎「(笑って)はは…、そんなにゃ待てねえな。また来らあ…」
屋台を通り過ぎる仙二郎。後方から小さく声を掛け、
又吉 「(影車の口調で)久しぶりの手筈か?」
仙二郎、振り返らずそのまま歩き続け、
仙二郎「冗談じゃねえ。くわばら、くわばら」
と、愚痴る仙二郎。仙次郎の遠ざかる後ろ姿。
N 「晴らせぬ怨み、晴らします。今日は東へ、明日は西。北も南
もワル次第。表じゃ消えぬ世の悪を、裏に回って晒します…」
タイトル、テーマ音楽など。
流れ唄 影車(挿入歌)
水本爽涼 作詞 麻生新 作編曲
なんにも 知らない 初(うぶ)な星…
健気に 生きてる 幼(おさな)星…
汚れ騙され 死ねずに生きる
悲しい女の 流れ唄
酒場で 出逢った 恋の星…
捨てられ はぐれて 夜の星…
いつか倖せ 信じてすがる
寂しい女の 流れ唄
あしたは 晴れるか 夢の星…
それとも しょぼ降る なみだ星…
辛い宿命を 嘆いて越える
儚い女の 流れ唄
※ レイアウトの関係で絵コンテは掲載しておりません。
※ S.E=サウンド・イフェクト、C.I=カット・イン、C.O=カット・オフ、N=ナレ-ション、オケ=オ-ケストラ
影車 水本爽涼
第七回 命賭け(14)
39. 江戸の街通り(一筋の広い道)・朝
群衆が騒いでいる。立て札の横に晒された惨めな死体。連れ立っ
て歩く宮部と仙二郎、奉行所への道を急ぐ。一瞬、痛みに顔を顰め
る仙二郎。
宮部 「板谷さん、左腕、どうかしたんですかぁ?」
仙二郎「いや、ちょいと寝違えましてねえ…(笑って)」
宮部 「そぉ? 大事になすって下さいね。…あらっ、また人だ
かり」
仙二郎「どうせ、影車でしょ。今日は体調が悪いですし、素通りし
ましょう。宮部さんは見たければ見てって下さい。私は
行きますから…(歩みを速め)」
宮部 「なによぉ、つれないわねぇ。私だって行きますよ(同じよ
うに歩みを速め)」
仙二郎「そうですか? それじゃ、急ぎましょう」
群衆を余所(よそ)に歩き去る二人の姿を、カメラ、ロングに引く。
40. 立て札
立て札に一枚の紙が五寸釘で刺されている。そこに書かれた
“手筈を受けりゃ地獄へ落ちるのよぉ”の墨字をカメラ、アップ。
N 「手筈を受けりゃ、地獄へ落ちるのよぉ…」
41. 江戸の街通り(一筋の広い道)・朝
遠退く仙二郎達の歩く姿。
テーマ音楽。場面、フェード・アウト。
第七回 命賭け 完
流れ唄 影車(挿入歌)
水本爽涼 作詞 麻生新 作編曲
なんにも 知らない 初(うぶ)な星…
健気(けなげ)に 生きてる 幼(おさな)星…
汚れ騙され 死なずに生きる
悲しい女の 流れ唄
酒場で 出逢った 恋の星…
捨てられ はぐれて 夜の星…
いつか倖(しあわ)せ 信じてすがる
寂しい女の 流れ唄
あしたは 晴れるか 夢の星…
それとも しょぼ降る なみだ星…
辛い宿命(さだめ)を 嘆いて越える
儚(はかな)い女の 流れ唄
影車 水本爽涼
第七回 命賭け(13)
38. 札差・坂出屋(外)庭・夜
月の光に浮かぶ仙二郎の顔。
仙二郎「これで二度目だったな…」
源心 「おお! いつぞやの侍か。相手にとって不足なし。(小嗤い
して)…二双稲妻斬り、見事、受けられるかな?(睨んで)」
源心、静かに交差して両刀を抜き、正眼に構える。仙二郎も遅れ
て刀を抜き、正眼に構え、静かに上段の構えへと刃を動かす。間
合いを詰め、にじり寄る二人。構えを変えながら、互いに微妙に
動いて相手の隙を探る。そして遂に、刃と刃を激しく交えて斬り
結ぶ。ふたたび離れて、間合いを取る二人。
源心 「なかなか、やるのう…」
息を整え、ふたたび斬り結ぶ二人、押し合って離れる。その時、
源心の稲妻斬りの刃が宙を舞う。仙二郎、左腕に小傷を負う。し
かし、仙二郎が返した刃で源心も眉間を斬られ、一筋の血を流す。
両者、一歩も引かず、ふたたび間合いを取る。仙二郎、左腕の小
傷で一瞬、均衡を崩す。間髪入れず、宙を飛ぶ源心の稲妻斬り。
危うく避けてかわす仙二郎、足場を失い倒れる。
源心 「ふふふ…、これまでだな。引導を与えてやろう」
落ち着き払った声で仙二郎に近づく源心。這(は)って、源心の刃
をかわす仙二郎。遮二無二、仙二郎に刃を突き立てる源心。仙二
郎、絶体絶命の危機。その時、一本の簪(かんざし)が源心めがけ
て飛ぶ。刃でその簪を払う源心。一瞬、できた隙(すき)。それを
逃さず仙二郎の右腕が動き、源心の腹を横に斬り払う。飛び散る
血しぶき。源心、ふたたび斬りつけようとするが、力が萎え、刀を
地に落とし、静かに崩れ落ちる。
仙二郎「(息も絶え絶えに)ひぇ~、危ねぇ。地獄の一丁目が見えた
ぜ。…お蔦だな。有り難(がと)よ」
と、呟きながら立ち上がり、辺りを見回す。そこへ現れた伝助。
伝助 「仙さん、大丈夫ですかい?」
仙二郎の左腕を手拭で縛(しば)る伝助。
仙二郎「掠(かす)り傷だぁ、大事ない…。それより、お蔦は、どこ
でぇ?」
と、ふたたび辺りを見回す仙二郎。
伝助 「姐(あね)さんなら、あそこですぜ」
伝助が指さす方向を見る仙二郎。土塀の瓦上で様子を見遣る、お
蔦。片手を上げ、笑顔で合図をすると、土塀から跳んで消え去る。
仙二郎、刀を鞘へ納め、
仙二郎「伝公、今日は造作、かけたなぁ。あとは頼んだぜ」
と云い捨てて、闇へと消える。立待の月が蒼白く澄んで庭を照ら
す。