残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《修行①》第七回
「今日は夕餉に茶が飲めますよ」
話題を変え、一馬が明るく続けた。月に一、二度は、近郷の坂出(さかいで)屋という繊維問屋から貰ってきた出涸らしの茶っ葉を干したものを飲めるのだ。淹れたところで茶独特の薄黄緑色は消え失せ、赤味がかった、それこそ正真正銘の薄茶色と呼べそうな茶なのである。しかも、味は? というと、煎じ薬の様相を呈し、とても茶とは呼べそうもない代物(しろもの)なのだが、これがどうして、慣れとは恐ろしいもので、度(たび)重なれば、妙に懐かしい味に思えるのだった。それが今夜だと云う。
左馬介は、ついうっかり忘れていたから、一馬の言葉を耳にすると、思わず顔が綻(ほころ)んだ。この茶っ葉は捨てずに干し、最後は茶粥にして食べてしまうから、全く無駄がなかった。
葛西には食事が出来る店もあるし、汁粉屋だってある。勿論、団子屋もあったから、銭と暇(ひま)さえあれば幾らだって美味いものは味わえたし、茶も飲めた。だが、堀川道場での五年間は、その暇が余りなかった。五年が経ち、幻妙斎が腕に応じて允許(いんきょ)を与えれば、一応は自由の身となれる。即ち、外出も自由だし、外での飲み食いも出来るのだ。丁度、今の道場には、その立場の者がいなかった。今、師範代をやっている蟹谷も来年は六年目となるから、恐らくは、この客人身分となる筈であった。