水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-16- 次元考察

2018年05月31日 00時00分00秒 | #小説

 とある公園のベンチである。二人の老いた男が座って語り合っている。
「最近、人を見ることが、めっきり減りましたなっ!」
「ええええ。車や機械はよく動いてますが…」
「そうそう! 車は五月蝿(うるさ)いほど走り回ってますなっ!」
「どうなんです?」
「なにがっ?」
「3次元の車が動いているというのは?」
「3次元の物体が動いているんですから4次元…ですわなっ!」
「ああ! まあ、そうなりますか…」
「ということは、ですよっ! 走る車の中から見える世界は5次元・・ということですか?」
「私に訊(き)かれても…」
「今日は散歩のつもりでこの公園へ歩いて来ましたが、こういう場合は、どうなんですっ?」
「なにがっ?」
「車ではなかったですが、3次元の私達が歩いて動いたってことです」
「それは、あんたっ! 歩き始めた瞬間から、私達は単なる点、要するに3次元物質ではなく1次元物質なんですよっ!」
「ということは、ですよ。歩いている私達が見ている世界は2次元世界ということになりますが…」
「そうそう! おっしゃるとおりっ!」
「ほんと、ですかぁ~?」
「いやまあ…。飽(あ)くまでも一つの考察ですよっ、ははは…」
 訊いた男も笑った男も本当のところは分からなかった。ほぼ停止した春の景色の中を、時間[t]だけが二人の周りを長閑(のどか)に流れていた。これが幸せな次元空間らしい。^^

                                完


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暮らしのユーモア短編集-15- ぞんざい

2018年05月30日 00時00分00秒 | #小説

 ぞんざい・・とは、いい加減なコトの処理に対して叱(しか)る意味で遣(つか)われる言葉である。大雑把(おおざっぱ)もこれに近い表現方法となる。これが程よくぞんざいな場合だと、大まか・・へと変化する。今の時代なら、ザックリなどと言われ、よい意味へ化(ば)けるのだから日本語は不思議で怖(こわ)い。
 とある市役所で市街化計画の策定作業が大詰めを迎えている。町の景観を大きく変化させるもので、A案~C案の3プランが最終プランとして残り、建設部・都市計画課・市街化プロジェクトチームはその決定に苦慮(くりょ)していた。
「君はそう言うがね。B案はダメだよ、B案はっ!! ぞんざい、だよっ!」
「課長はそう言われますがねっ!! 私はザックリした、いい案だと思ってるんですっ!」
 課長補佐の肘机(ひじき)が課長の弘薄(ひろうす)にイチャモンをつけた。ここは言わないとっ! と、意を決しての反発である。
「私がダメだと言っとるんだから、ダメなんだよっ! 大雑把過ぎるよっ! ぞんざい、ぞんざいっ!!」
「すると課長は、どうしてもA案が最善だとおっしゃる訳ですねっ!!」
 肘机も少し意固地(いこじ)になってきた。
「ああ、当然だっ!」
 そこへ割って入らなくてもいいのに割って入ったのが係長の煮漬(につけ)である。
「まあまあ、お二方(ふたかた)。ここは、私のC案で手を打たれてはどうかと…」
 次の瞬間、弘薄も肘机も異口同音(いくどうおん)に口走った。
「ぞんざい、ぞんざいっ!!」「ぞんざい、ぞんざいっ!!」
 煮漬は、いらんことを言った…と自省(じせい)して押し黙り、身を小さくした。煮漬自身が、ぞんざいな存在になってしまったのである。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-14- 竹の子

2018年05月29日 00時00分00秒 | #小説

 とある町に、竹の子と渾名(あだな)される風変わりな中年男がいた。医者でもなく、竹の子好きという訳でもなかったが、なぜか町内の者はその男をそう呼んだ。理由は至って簡単で、病的な寒がり男だったからである。真夏の40℃にもなろうかという灼熱(しゃくねつ)の日中でもガタガタ・・と震(ふる)え、着膨(きぶく)れするほど何枚も衣類を身に纏(まと)わないと暮らせない大層な寒がり男だったが、その寒がり体質を除(のぞ)けば、どこにでもいそうな普通のサラリーマンでもあった。
 朝の6時過ぎだが、夏場で外は日中の明るさである。隣のうどん屋の主人が、男の家に入ってきた。
「竹の子さん、熱いうどん、もってきてやったよっ!」
「ありがとうごさいます。食べてから出勤しますので、そこんとこへ置いといて下さい…」
 男の朝食は、うどん屋に毎朝、出前してもらう天麩羅うどんだった。
「暑くねぇ~のかい、あんた?」
「ちっとも…。むしろ、寒いくらいですよっ」
「変わってるねっ、あんたっ!」
「はあ、どうもすいません…」
「いや、別に悪かぁ~ないんだがねっ。少し不憫(ふびん)に思えてさぁ~。風呂や洗濯は、難儀なこったろうねぇ~。一枚一枚、剥(は)がさなくちゃなんないだろっ?」
「ええ。それは、まあ…」
「ははは…、やっぱり竹の子だよ、あんたっ。役場じゃ困ってんだろっ?」
「いや、それが…。上手(うま)い具合に…」
「どこだい?」
「外回りの徴収係で…」
「ははは…、こりゃ、いいやっ! 汗は出ないんだろっ?」
「はいっ! 快適、そのものですっ!」
 世の中には変わったこんな竹の子な人もいるのだから、人の暮らしは面白い。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-13- 土作り

2018年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 春先ともなれば植物の勢いは増し、あちこちの田畑で耕運機が土を捏(こ)ね繰(く)りまわす。農作物を植える前段階の作業である。作物が生長するその基礎となるのは、やはり土作りにある。世界史でも有名なローマ帝国の偉大さを表(あらわ)す ━ ローマは一日にしてならず ━ という名言のとおり、━ 土作りも一日にしてならず ━ なのである。
「蛸川(たこがわ)さん! ご精が出ますなっ!」
「やあ、これはこれは…。久しぶりですな、壷山(つぼやま)さんっ!」
 日本史好きの蛸川が鍬(くわ)を手にして畑の土作りをしていると、畦(あぜ)前の野良(のら)道を、これも日本史好きの壷山が通りかかり、声をかけた。
「天下統一には 手間(てま)がかかりますなっ!」
「? …ええええっ! なかなか手ごわいですなっ、ははは…」
「もう、植えつけですかっ?」
「どうして、どうして。まだ、土作りの段階で、桶狭間ですよっ!」
「桶狭間! かなり天下統一は先長(さきなが)ですなっ!」
「ええええ、そのようで。ははは…今日は京へ上洛(じょうらく)を果(はた)たしましてなっ、まあ首尾(しゅび)よくいけば、姉川ぐらいまではと…」
「ははは…姉川ですかっ? 金ヶ崎にならぬようご用心っ!」
「ああ、有難うございますっ! 油断は禁物ですからなっ! そういや、雲が出始めましたっ!」
「ええ、そのことです。それじゃ、先を急ぎますので…」
 壷山はそう言うと歩き始め、野良道を遠ざかっていった。
 十日後の同じ場所である。この日は雲一つない快晴で、冷んやりとした風が頬(ほほ)に心地よく、ソヨソヨと吹いていた。そんな中で蛸川は、十日前と変わらず、畑を鍬で耕(たがや)していた。そこへ、また壷山がやって来なくてもいいのにやって来た。どうも、意図(いと)的に通りかかった節(ふし)がなくもなかった。
「その後の土作り、いかがですかな?」
「ああ、これは壷山さんっ! それが、いい塩梅(あんばい)に 醍醐(だいご)の花見となりましたっ!」
「ええっ!! 醍醐の花見ですか? それはそれは豪勢なっ! …かなり飛んだようですが?」
「ははは…時代の巡(めぐ)りとは早いものですなっ! この十日ばかりで、いろいろとありましたっ!」
「そりゃそうでしょ! なにせ、天下が変わったんですからなっ、ははは…」
「ええええ。土の中の石出しやら、藁灰(わらばい)や燻炭(くんたん)での中和やら、それに肥料と・・まあ、いろいろありましたからなぁ~」
「それはそれはご苦労さまでした。しかし、まだ気が抜けませんぞっ! これからが大変です。なにせ関ヶ原ですからなっ!」
「はい、心しますっ!」
「ではっ!」
 そして、時は移ろい、収穫の季節となった。蛸川の畑には完熟(かんじゅく)した種々の野菜が実をつけていた。土作りは成功し、徳川ならぬ蛸川の天下統一がなったのである。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-12- 電話

2018年05月27日 00時00分00秒 | #小説

 今の時代、生活する上で、電話は必需品となっている。が、しかし!、が、しかし! である。思わず首を捻(ひね)りたくなるような事例を紹介してみよう。
 立花は、どこにでもいるような普通の老人である。定年退職して10年、今では細々と年金生活をする、しがない独居老人だった。家族はすでに他界し、今では唯一の楽しみが近くの弁当屋で美味(うま)いから買う魚フライ弁当というのだから、侘(わび)しい暮らしを髣髴(ほうふつ)とさせる老人であった。
 とある暇(ひま)な日、その立花が、故障した電化製品を修理に出そうと、メーカーへ電話をかけた。それも、カップ麺に熱湯を注いだ直後である。
『電化ショップの総合商社、ピカリでございます。本日はお問い合わせをいただき、誠に有難うございます。商品に関するお問い合わせは[1]を、商品の修理に関するお問い合わせは[2]を、その他のお問い合わせは[3]をお押しください。なお、音声メッセージの途中でも可能でございます』
 音声メッセージが流れ、静かに最後まで聞いた立花は、聞き終えた直後、なんだっ、途中でもいいのかっ! と、怒(おこ)りながらダイヤルの[2]を押した。
『パソコン・周辺機器の修理に関するお問い合わせは[1]を、携帯電話・スマートフォンに関するお問い合わせは[2]を、生活家電の修理に関するお問い合わせは[3]を、その他の…』
「くそっ! [3]かっ! [1]にしろ、[1]にっ!」
 立花はイラッ! として、音声メッセージの途中で[3]を押した。
『調理用品の修理に関するお問い合わせは[1]を、家事用品の修理に関するお問い合わせは[2]を、空調・季節関連の…』
「馬鹿野郎! [2]に決まってるだろうがっ!」
 立花は決まっていないのに激昂(げっこう)し、やはり途中でダイヤルの[2]を押した。
『洗濯機・掃除機の修理に関するお問い合わせは[1]を、布団乾燥機の修理に関するお問い合わせは[2]」を、掃除機の修理に関する…』
「[3]かっ! 梃子摺(てこず)らせやがってっ!」
 立花は怒(いか)り心頭(しんとう)に発し、憶測(おくそく)で[3]を押した・・と言いたいところだが、怒りで手が震え、下のダイヤル[6]を押してしまった。
『最初に戻る場合は[0]をお押し下さい』
 それを聞いた途端、立花はガチャリ! と受話器を置き、電話を切った。フタを開けると、カップ麺は伸び切り、しかも冷えていた。
 電話は迅速(じんそく)にコトを運んだり連絡を取るための用具であり、時間がかかったり、楽しむ用具ではないはずなのだが…。^^

                                完


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暮らしのユーモア短編集-11- ニンマリ

2018年05月26日 00時00分00秒 | #小説

 川久保は修理用小物の予備を買おう! と勇んで家を出た。出たまではよかったのだが、粗忽(そこつ)にも財布の中を確認していなかったため、どれほど持って出たのか分からなかった。幸い、車の運転中には財布のことが脳裏に浮かばず、助かった。気づいたのは数キロ走った先にある雑貨屋の駐車場で、車のエンジンを止めた瞬間、ハッ! と閃(ひらめ)いたのである。アイデアとかの閃きならまだしも、忘れたことを思い出す閃きは戴(いただ)けない。そうはいっても、思い出してしまった以上は仕方がない。川久保は運転席に座ったままポケットに入れた財布を確認しようとした。だが、財布は家に忘れたようで、僅かな硬貨だけがポケットに入っていた。その額は、¥500硬貨1枚、¥100硬貨2枚、¥10硬貨1枚の計¥710だった。まあ、なんとかいけるか…と川久保は軽い気分で車から降り、店へ入った。
 店の中に目的の小物は、あるにはあった。内税のアナウンスが店内に流れていた。ということは、携帯で計算する必要もなく、表示価格そのままで買える訳である。川久保は、よしよし! とニンマリした。だが、そのニンマリは次の瞬間、消え去った。定価は¥720だった。¥10硬貨が一枚足りなかったのである。残念と言う他(ほか)はなかった。川久保は¥10硬貨に描かれている平等院を恨めしげに見た。そのとき、川久保の脳裏に救いの閃きが湧(わ)いた。
『こちらが表なんだよな…』
 川久保はふたたびニンマリを取り戻し、車へUターンした。
 ニンマリ・・は案外、小さいことで甦(よみがえ)るのである。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-10- その気

2018年05月25日 00時00分00秒 | #小説

 映画館を出た途端(とたん)、コロッ! と人が変わっている場合がある。まあ、一過(いっか)性のものだが、それでも僅(わず)かな間(あいだ)、人は観た映画の格好いい主人公になり切る。要するに、その気になるのである。
 とある田舎町の昼過ぎの映画館前である。久しぶりに町へ出た蕗尾(ふきお)は、さてどうしたものか? …と、映画館の前で思案に暮れていた。この時間帯で上映される映画が2本あり、どちらも観たい映画だった。
『[串カツ慕情]も面白そうだが[怪傑(かいけつ)葱頭巾(ねぎずきん)]も捨てがたい…』
 蕗尾の心は揺(ゆ)れに揺れていた。そこへやってきたのが、近所の生節(なまぶし)だ。
「やあ、これは蕗尾さんじゃないですか」
「ああ! 生節さん。映画ですか?」
「はあ、まあ…。葱頭巾を観ようと…」
「このシリーズは痛快ですよねっ!」
「ええええ、おっしゃるとおりで…。悪人を退治したあと、残していく1本の葱坊主が、なんとも格好いいっ!」
「そうそう。役人の大根(おおね)花助がやってきて、「また、葱頭巾にしてやられたかっ!』と口惜しがるあのワン・パターンが実に痛快ですっ!」
「はいっ! じゃあ、入りますかっ!」
「ええ!」
 二人は高揚(こうよう)して切符を買うと、映画館へ入った。
 数時間後、蕗尾と生節は完全にその気になり、二人の怪傑葱頭巾が映画館から美味(うま)そうに出てきた。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-9- 色

2018年05月24日 00時00分00秒 | #小説

 色は場面や出来事など、さまざまな分野で使われる言葉である。あるときは艶(なまめ)かしい意味で、またあるときは、『あんたっ! もうちっと色気を出しなよっ!』のように、欲の意味で使われる。またあるときは、現在と過去を使い分ける意味となる。モノトーンと呼ばれる色のない映像は過去を暗に示す訳だ。欲に溺(おぼ)れるのは戴(いただ)けないが、かといって欲がなければ、物事はなんの進歩も発展も見せない
 とある会社の、とある課である。。
「最近、色気が出てきましたね、高達(たかだち)さん」
「高達君か? …ああ、そうだね。随分、仕事熱心だからな」
「いやですよ、課長! 僕の言ってるのは綺麗(きれい)に、ってことですよ。いやだなっ! ははは…」
「おお、そういや、そうだな…」
 課長の角野(かどの)は係長の飛沼(とびぬま)にダメ出しされ、慌(あわ)てて追随(ついづい)した。
 若手OLの高達は課内で評判もよく、男性社員からマドンナ的存在として持て囃(はや)される存在だった。
「いい人でも、できましたかね?」
「ああ、かもな…」
 ところが、次の雨の日から、すっかり高達の色気がなくなった。それがちょうど、桜の落花と重なったから堪(たま)らない。いつしか高達は、桜色の女・・と渾名(あだな)されるようになったという。この話は私の聞いた話だから、本当かどうかは定かではない。
 ただ、色はいろいろ、不思議な姿を私達の暮らしに現すようだ。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-8- 沈着冷静(ちんちゃくれいせい)

2018年05月23日 00時00分00秒 | #小説

 四字熟語に沈着冷静(ちんちゃくれいせい)というのがある。日々の暮らしの中で、差し迫った事態にも慌(あわ)てず、騒がず、乱れず・・物事に平常心で取り組む心の有りようをいう。これが、どうしてどうして、言うは易(やす)く行(おこな)うは難(がた)し・・で、なかなか普通の者には出来ない。他人に吠(ほ)えられれば、つい吠え返したくなり、口喧嘩(くちげんか)になってしまう・・といった類(たぐ)いである。
 ほとんど散ってしまった葉桜(はざくら)を愛(め)でながら沈着冷静に花見ならぬ葉桜見をする風変わりな男がいた。桜の木の下に広げられたバランシートの上には、アレやコレやの酒、料理が、それこそ満開の桜のように置かれ、どちらが主役なのか分からない上下の景観を醸(かも)し出していた。
 通りかかった通行人二人が、そんな男をチラ見しながら話をしている。
「あの人、変わってるねぇ~」
「ああ、毎年、いるよ。いつやら、気になったもんでさぁ、声かけてみたんだ。『もう散ってますよっ!』ってね」
「やっこさん、なんて言った?」
「『沈着冷静に観(み)て下さい。まだ三分咲きです』だってよ」
「ふ~~ん。どう見たって葉桜だぜ、ありゃ」
「ああ…。だが、そう見るのはトウシロなんだってよっ! プロには三分咲きに観えるんだそうだっ!」
「イカれてるねぇ~!」
「ああ、イカれてるっ!」
 だが、ある意味で、このイカれた男は正しかった。男は、心に咲き乱れる翌年の花見を愛(め)で、楽しんでいたのである。
 沈着冷静になれば喜怒哀楽を離れ、先々の景観が浮かぶようである。

                                完


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暮らしのユーモア短編集-7- 嘆(なげ)かわしい現実

2018年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 この世では、余り知りたくない現実も多々ある。それを知らず、あるいは知らされずに私達は軽く生きている訳だ。知らない方が極楽で、知って地獄・・ということもあり、この世はそれほど狡猾(こうかつ)で生きにくい世界なのである。出世したからといって世の中を侮(あなど)って油断していると、出世する以前より酷(ひど)い仕打ちに会うことだってある。議員さん達には誠に申し訳ない例(たと)えとなるが、政治資金規正法の記載漏れ・・とかで、ガックリ! されることがある、あの類(たぐ)いだ。要は、一寸先の油断も出来ない世の中・・ということになる。ならば、知らず、知らされずに軽く生き、世の中を楽しんだ方がいいじゃないかっ! という結論に至るが、いや、それは違うっ! と声高(こわだか)に否定できないのだから怖(こわ)い世の中ということになるだろう。
 とある公民館で開かれている老人会の一場面である。
 出された幕の内弁当を食べながら、志和吹(しわぶき)は隣に座る銅毛(あかげ)へ朴訥(ぼくとつ)に訊(たず)ねた。
「最近、老尾(ふけお)さん、お見かけしませんが、あなたご存知ですかっ?」
「いゃ~、詳(くわ)しいことは知りませんが、聞くところによれば、オレオレ詐欺(さぎ)に引っかかられたとか…」
「銅毛さんが言われるんだから、そうなんでしょうな…」
「はあ、まあ…。実に嘆(なげ)かわしい現実ですっ」
「それで、この地を去られた・・ってことでしょうか?」
「いや、そこまでは…。ただ、お金に困っておられた・・とは聞いております…」
「ひと言(こと)くらい同じ老人会の私らに相談されてもよかったんですがね」
「ええ…。おいくつでしたかね?」
「確か…私より一つ下ですから、74(ななじゅうし)かと…」
「74ですか…。嘆かわしい現実になる訳です」
「7[な]げかわ4[し]い、だけに・・ですか?」
「ははは…まあ」
「ははは…。いや、笑いごとじゃないっ! いつ我が身とも分かりませんからなっ!」
「…ですな」
 嘆かわしい現実に、二人はテンションを下げ、急に押し黙った。

                                完


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