水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

愉快なユーモア短編集-8- 気分

2018年08月31日 00時00分00秒 | #小説

 同じ物事をするにも、気分がよい、悪いでは、結果に大きな差異を生じる。気分がよいと当然、愉快な気分となるから、やっていることが楽しい・・とまではいかないまでも、スム-スに流れやすい。逆に気分が悪いと、やっている簡単なことさえ、ぎこちなくなり、場合によっては失敗に至ることすらある。気分はすべての事柄(ことがら)に影響を及(およ)ぼすのだ。だから、物事を始める前には気分を整えておくことが肝要(かんよう)で、失敗を未然に防ぐ最善の予防策となるのである。
 とある神社の祭礼日で、境内(けいだい)は多くの人で賑(にぎ)わい、ごった返している。参道の左右両側には多くの出店が出て、祭り気分を盛り上げる。こんな日は誰しも愉快な気分となり、普段はどぅ~~ってことがなくとも、面白おかしく感じるのだから不思議だ。
 二人の男が多くの人に混ざり参道を歩いている。
「ははは…多くの人だねぇ~~」
「はい、社長っ! 皆、気分よく歩いてます…」
 秘書を兼ねた車係が媚(こ)び諂(へつら)う。、
「何がそんなに愉快なんだろうねぇ~」
「さあ? …このお祭りの雰囲気なんじゃないでしょうかっ!」
「ああ…笛、太鼓、お神輿(みこし)ねぇ~。風情(ふぜい)があって、いいもんだっ!」
「ええええ! そうですともっ! 遠い昔を思い出させますっ」
 そう言いながら愉快な気分で辺(あた)りを見回した拍子(ひょうし)に、車係を兼ねた秘書は躓(つまづ)いて、石畳で、しこたま膝(ひざ)を打った。
「き、君! 大丈夫かっ!!」
「大丈夫ですっ! た、大したことありませんっ」
 内心は痛みでちっとも大丈夫でない秘書だったが、作り笑いで愉快な気分を演出した。
「そうか、そりゃよかった! ははは…」
 愉快な気分になるには、演出が欠かせない。^^

                                 


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愉快なユーモア短編集-7- 生活

2018年08月30日 00時00分00秒 | #小説

 誰しも悩んだり苦しんだりして生活をしたくないはずだ。要は、日々の生活を愉快な気分で過ごしたいと思うでなく思っているのである。この愉快な気分は、心の内面に存在する心理なのである。お金や地位は愉快な気分を得るための手段とはなるが、それらがあるからといって愉快な気分になれる・・という性質のものではない。
 日も暮れようとするとある会社のエントランスである。四月の人事異動で係長から課長代理に昇格した蒲鉾(かまぼこ)は、よしっ! 次は課長補佐だっ! と闘志に燃えながら退社しようとしていた。それは、そう思うことで消えかけた出世意欲を自(みずか)ら奮(ふる)い立たせる以外の何ものでもなかった。一時は課長代理の席に座った瞬間、愉快な気分になれた蒲鉾だった。それだけ会社の出世コースは先が大変だったのだ。まず、平社員から係長に昇格し、さらに課長代理、課長補佐、副課長・・と、ハードルは幾重(いくえ)にも待ち構えていた。恰(あたか)もそれは、短距離のハードル競走のようなものだった。さらに、課長の上には副部長代理、副部長補佐があり、副部長、部長代理、部長補佐・・と続くのだった。
「あぁ~~あ…」
 会社ビルの外へ出た蒲鉾の口から、なんともやるせない溜め息が出た。そのときだった。
「やあ! 蒲鉾さんじゃないですかっ!」
 違う事業部に所属する山葵(わさび)が蒲鉾の後ろから声をかけた。蒲鉾と山葵は同期入社の間柄(あいだがら)だった。
「これは、山葵さん。お久しぶりです」
「ははは…そうですね。どうですっ! よかったら、これから美味(うま)い肴(さかな)で冷酒をキュッ! とっ! いい店があるんですよっ!」
「おっ! それは、いいですねっ!」
 たちまち、蒲鉾に愉快な気分が復活した。二人は板ワサ[醤油で食す料理]のように語らいながら寄り添(そ)い、その店へと仲よく歩(ほ)を進めた。
 生活の愉快な気分は些細(ささい)なことで復活するのである。^^

                                 


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愉快なユーモア短編集-6- 失敗

2018年08月29日 00時00分00秒 | #小説

 不思議なことに、赤ん坊は妙なところで愉快な笑いをする。大人にはそのツボといえるようなものが分らない。分らないから、ともかく赤ん坊が笑ったことを繰り返す。ところが、これがいけない。限度を超(こ)すと、赤ん坊は愉快な笑いをやめ、急にむずかって泣き始めるのだ。それも尋常(じんじょう)な泣きではなく、爆泣(ばくな)き・・とでもいえる大声で喚(わめ)き泣くのである。泣かせた者は、まるで大悪人のような存在で、周囲の者から厳(きび)しい視線で睨(にら)まれることになる。
 このように、赤ん坊という存在を何が愉快にさせるのか? を捉(とら)えるのは、現代の科学をもってしても非常に難(むずか)しいのだ。
 とある夫婦の話である。妻が産院から退院して約半年が経過しようとしていた。夫は妻と赤ん坊を車に乗せ、車のエンジンを始動させた。久しぶりの休みが取れ、今日はブラッと街へ出よう! という話が纏(まと)まったのだ。赤ん坊はスヤスヤと眠っていたが、ふとした車の振動に驚いたのか、薄目(うすめ)を開けた。すると、どういう訳かその微細(びさい)な振動が気に入ったらしく、愉快に笑い出したのである。
「ははは…そこは笑うとこじゃないだろっ!」
 夫は赤ん坊が笑ったツボが分らず、ハンドルを動かしながら首を傾(かし)げた。
「いいじゃないっ、笑ってるのよねぇ~~」
 妻は抱いている赤ん坊の顔を覗(のぞ)き込みながら、やさしく語りかけるように呟(つぶや)いた。
「そらまあ、そうだ。泣かれりゃ偉(えら)いことだがな…」
「そうよっ! 快適で愉快なんだから、それでいいのよねぇ~~」
 妻はふたたび赤ん坊の顔を覗き込む。
「ああ…」
「そういや、あなた、最近、家でちっとも笑わないわねっ!」
 妻の奇襲攻撃に、夫は一瞬、たじろいだ。
「んっ? ああ…会社の調子が今一だからな。愉快な気分になれんのさっ! 俺も赤ん坊に戻(もど)りたいよっ!」
「しっかりしてよっ、パパなんだからっ!」
「ああ…」
 赤ん坊は愉快な気分で笑い、夫は発破(はっぱ)をかけられ、しょぼい気分になった。
 この世の愉快な気分は、すぐに崩(くず)れるのだ。^^

                                 

 


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愉快なユーモア短編集-5- 赤ん坊

2018年08月28日 00時00分00秒 | #小説

 不思議なことに、赤ん坊は妙なところで愉快な笑いをする。大人にはそのツボといえるようなものが分からない。分からないから、ともかく赤ん坊が笑ったことを繰り返す。ところが、これがいけない。限度を超(こ)すと、赤ん坊は愉快な笑いをやめ、急にむずかって泣き始めるのだ。それも尋常(じんじょう)な泣きではなく、爆泣(ばくな)き・・とでもいえる大声で喚(わめ)き泣くのである。泣かせた者は、まるで大悪人のような存在で、周囲の者から厳(きび)しい視線で睨(にら)まれることになる。
 このように、赤ん坊という存在を何が愉快にさせるのか? を捉(とら)えるのは、現代の科学をもってしても非常に難(むずか)しいのだ。
 とある夫婦の話である。妻が産院から退院して約半年が経過しようとしていた。夫は妻と赤ん坊を車に乗せ、車のエンジンを始動させた。久しぶりの休みが取れ、今日はブラッと街へ出よう! という話が纏(まと)まったのだ。赤ん坊はスヤスヤと眠っていたが、ふとした車の振動に驚いたのか、薄目(うすめ)を開けた。すると、どういう訳かその微細(びさい)な振動が気に入ったらしく、愉快に笑い出したのである。
「ははは…そこは笑うとこじゃないだろっ!」
 夫は赤ん坊が笑ったツボが分らず、ハンドルを動かしながら首を傾(かし)げた。
「いいじゃないっ、笑ってるのよねぇ~~」
 妻は抱いている赤ん坊の顔を覗(のぞ)き込みながら、やさしく語りかけるように呟(つぶや)いた。
「そらまあ、そうだ。泣かれりゃ偉(えら)いことだがな…」
「そうよっ! 快適で愉快なんだから、それでいいのよねぇ~~」
 妻はふたたび赤ん坊の顔を覗き込む。
「ああ…」
「そういや、あなた、最近、家でちっとも笑わないわねっ!」
 妻の奇襲攻撃に、夫は一瞬、たじろいだ。
「んっ? ああ…会社の調子が今一だからな。愉快な気分になれんのさっ! 俺も赤ん坊に戻(もど)りたいよっ!」
「しっかりしてよっ、パパなんだからっ!」
「ああ…」
 赤ん坊は愉快な気分で笑い、夫は発破(はっぱ)をかけられ、しょぼい気分になった。
 この世の愉快な気分は、すぐに崩(くず)れるのだ。^^

                                 


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愉快なユーモア短編集-4- 贔屓(ひいき)

2018年08月27日 00時00分00秒 | #小説

 誰にも贔屓(ひいき)というものがある。要は、自分の潜在意識に隠れている好みだ。例(たと)えば、プロ野球でAというチームが勝てば愉快な気分になる・・というのがそれで、Aチームを贔屓している・・ということになる。当然、負ければ、不愉快になる・・という性質のものだが、別にその者に不利益がある訳でもなく、むろん、利益もない。テレビ観戦程度もあれば、贔屓が高じてサポーターと呼ばれる手合いとなり、直接、その会場へ乗り込むようなことも起こる。
 とあるホールで女性アイドル歌手のコンサートが行われている。ステージ下に陣取った熱狂的な男子達が熱い声援を送り続ける中、ステージは次第に盛り上がり、いよいよ佳境(かきょう)に突入しようとしていた。
「♪~~~♪! ♪~~~♪!」とアイドル歌手が歌えば、『♪%$&#””$#~~♪!!!』と訳が分らない合いの手が男子達から入る。アイドル歌手もそれに呼応(こおう)するかのように歌を微妙な間合いで歌い続ける。他の一般聴衆者には分らない微妙な相互の関係だ。これがオッカケと呼ばれる贔屓達である。この贔屓達は当然、ファンクラブへ入会しているが、そうでない者もいる。カクレ・・と呼ばれる影での贔屓だ。
「いいねぇ~、若いっていうのはっ! ははは…なかなか賑(にぎ)やかでいいじゃないかっ!」
「そうですかぁ~? 僕は静かに聴いて欲しいんですけどねぇ!」
 課長と部下の社員がA席と呼ばれる1階の中央付近で小声で話し合っている。
「まあまあ、もらったチケットなんだから…。あとのレストランは私が持つからさぁ~」
「そうですかぁ! 悪いですね、課長」
「いやいや、私の方が付き合いさせちまって申し訳ない…」
「いいんですよ…」
 二人は静かになり、ふたたびアイドルと男子達の微妙な歌を聴き続けた。
 さて、ここで問題だ。真(しん)の贔屓は誰だったのか? である。このまま答えず終わるのはなんなので、正解を言えば、実はこの課長だった。課長はこの女性アイドル歌手のカクレで、娘に頼んで密(ひそ)かにチケットを二枚、入手していたのである。その理由は言わずもがなだ。カクレファンを悟られない擬装工作[カムフラージュ]だ。社員はその隠れ蓑(みの)に利用された訳である。社員は愉快ではなかったが、課長の内心は大いに愉快だった。
 真の贔屓は分りにくい・・というお話である。^^

                                 


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愉快なユーモア短編集-3- ゲーム

2018年08月26日 00時00分00秒 | #小説

 どうして人はゲームをすれば愉快になるのか? この心理は学者をして、こうだっ! とは答えられない曖昧模糊(あいまいもこ)な感情である。ゲームで勝ったいい気分が高じると一過性(いっかせい)のギャンブル思考へと変化をしていく。さらにそのギャンブル思考が常態化すれば、これはもう言うまでもなくギャンブル依存症である。まあ、愉快な気分になるのはいいが、それも程度もの・・ということだろうか。
 長閑(のどか)だった昭和30年代のとある家庭の一場面である。居間の櫓炬燵(やぐらごたつ)へ集(つど)った家族の数人が和気藹々(わきあいあい)と正月のゲーム‎に興(きょう)じている。どうもトランプの[七並(しちなら)べ]のようだ。
「… ヒヒヒ…、これで僕の勝ちだな、どうも…」
 兄がニヒルに嗤(わら)いながら悪っぽい顔で言った。
「あらっ! そうは問屋が…。これでどうよっ!」
 してやったり! と、妹が邪魔をするカードを切った。
「あっ! お前、それは…」
 兄の悪っぽい顔は、途端(とたん)に困り顔へと変化した。妹は愉快な顔である。
「姉(ねえ)ちゃんいいぞっ! 兄(にい)ちゃん、困ってらっ!」
 下の弟が加勢をする。
「そんなこと言ってないでっ! あんたの番よっ!」
 妹の愉快な顔は注意顔へと変化した。弟は催促(さいそく)されて慌(あわ)てたのか、不用意に札(ふだ)を切ってしまった。
「へへへ…、やっぱり僕の勝ちだなっ!」
 兄の困り顔が変化し、ふたたび悪っぽい嗤い顔が復活した。
「あんたはっ!!」
 妹の注意顔が怒り顔へと変化した。
 ゲームは愉快な気分が二転三転する、スリルある遊びなのである。^^

                                 


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愉快なユーモア短編集-2- 多数

2018年08月25日 00時00分00秒 | #小説

 誰しも愉快な気分で快適に生きたい! と思うに違いない。それが人である。個人ではそう思っていても、愉快にさせまいとする多数がそれを阻(はば)もうとする。この多数というのは、目に見える場合もあれば、目に見えない雰囲気のようなものもある。それに打ち勝とうとする人は強く、本物である。多くは多数に従い、時流に流れようとする。そうした方が愉快な気分で生きられるからだ。
 ここは冬のとあるスキー場である。上級の腕の持ち主の数人が、ゲレンデではない山頂近くからのツアーコースへ入ろうとしていた。滑(すべ)り下(お)り始めてしばらくの間、ツアーコースは快適な一本ルートだった。すでに前もってスキー場の関係者が滑り降りたと見られる痕跡(こんせき)が残されていて、誰も迷うことなく滑り下りることが出来た。ところが、である。
「んっ? 妙だなぁ~」
「どうしたっ!」
 先頭を滑り降りていたリーダー格の若者が急に停止し、そこへ同じルートを滑り降りていた次の若者が合流して訊(たず)ねた。下り筋は二手(ふたて)に分かれていた。
「痕跡が消えてるんだ…」
「そうか…。おそらく表層雪崩(ひょうそうなだれ)だろう。偉(えれ)ぇコースに来ちまったなぁ!」
 次々に後に続く若者が同じ位置で止まり、全員がひと塊(かたまり)となった。
「さあ皆(みんな)、どうするっ!!」
 リーダー格の若者が叫んだ。
「俺は、こっちを…」
 俺も俺も・・となり、多数が左ルートを選んだが、ただ一人、リーダー格の若者だけは右を下りると宣言した。そして、全員が滑り下りていった。
 数十分後、リーダー格の若者は雪が寒々と舞う中、どういう訳か猿の群(むれ)と同じ雪山の温泉の湯に浸(つ)かっていた。猿達はどういう訳か逃げ出さず、妙な生き物が来たな…という目つきで若者を見るだけで、別にどうということも起こらなかった。
 その頃、他の若者達は手足に軽い凍傷(とうしょう)を起こしながらも、かろうじて施設へ辿(たど)り着いていた。
「おいっ! リーダーはどうしたっ!」
 山岳救助隊員の一人が若者達に訊ねた。
「さぁ~」  
「さぁ~って、お前っ!!」
 山岳救助隊員は怒り、さっそく、捜索が開始された。
 半日後、リーダー格の若者は愉快な気分で温泉に浸かっているところを快適に救助された。
 多数が必ずしも正解で、愉快になるとは限らないのだ。^^
 

                                  


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愉快なユーモア短編集-1- 無理

2018年08月24日 00時00分00秒 | #小説

 所詮(しょせん)出来ないことは、初めからやらないに越したことはない。いくらやっても、出来ないことは天地がひっくり返ろうと出来ないからだ。しかしこれは、努力して自分の技(わざ)を高めるとか、工夫や研究を続けて新製品を開発する、治療薬の発明や治療法を発見する・・といった性質のものを除外した話であることを知っておいて戴(いただ)きたい。
 ここは、とある高校の体育館である。朝から縄跳(なわと)び競技が行われている。体育の時間らしく、昇級しようとチャレンジする多くの生徒達で体育館内は、ごった返していた。
 ただ一人となった最低級の6級の試技(しぎ)に合格せず、古典(ふるのり)は繰(く)り返し繰り返し、何度も挑戦を続けていた。とはいえ、受けられる試技は一授業、三度までという制約があった。
「あいつ…よくやるよなっ! 無理なものは無理なんだよっ!」
「どうも運動神経が・・ってやつかっ!?」
「まあな…。落ちても落ちても6級、一人でやってるぜっ!」
「跳(と)べないなら、『先生! 僕、無理ですっ!』で、いいんじゃねえのっ!」
「だよな…。今日もこれで三度目だぜ。俺達の4級なんか当然、無理だよなっ!」
「ああ、そうだな…」
 刈林と森畑の二人は他の生徒達に混ざり、古典が始めようとしている三度目の試技に注目していた。恐らく、今度もダメだろう…と誰しも思ったその直後、奇跡は起こった。スイスイ・・と鮮やかに古典は試技を終えたのである。むろん、合格である。
「おおっ! 奇跡だっ!!」
「ああ…」
 刈林がボソッ! と呟(つぶや)き、森畑もあとに続いた。多くの見守る生徒達も同じ心境のように思えた。
 そして日は変わり、この日も縄跳び競技が行われていた。古典は5級の試技に挑戦していた。二度失敗し、いよいよ、この日最後の三度目の挑戦である。
「ははは…いくらなんでも続いて5級は無理だぜっ!」
「まあな…」
 刈林と森畑は古典の試技を見守りながら解説者のような口調で呟いた。何人かの生徒が試技に失敗して脱落していく中、残ったのは古典、ただ一人となっていった。
「なかなか、やるな…。でもまあ、無理だろう…」
「ああ…」
 多くの生徒も二人と同じような視線を古典に注いでいた。古典は跳び続けた。そしてふたたび、奇跡は起こった。減速はしたものの、古典はものの見事に試技を終え、クリア[達成]したのである。古典は喜び勇んで体育教師のところへ駆け寄り、名前を告げた。多くの見守る生徒達は、ふたたびの奇跡に唖然(あぜん)とした表情で古典に見入った。
「無理じゃなかったな…」
「ああ、俺達と同じ4級だ…」
「…」「…」
 二人は押し黙った。
 続けて4級の試技が行われた。古典は刈林、森畑、他の生徒達に混ざり試技に挑(いど)んだ。
「おいっ! ウソだろっ!」
 試技が始まる直前、刈林と森畑は同じ言葉を同時に発した。
 無理は、無理でなくなる愉快な場合も当然、起こる。^^

                                 


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暮らしのユーモア短編集-100-  黒々(くろぐろ)しい

2018年08月23日 00時00分00秒 | #小説

 知っているのに知ったかぶりをする人がいるが、こういう手合いを白々(しらじら)しい人という。暮らしの中では仕方がない場合も多々あるが、まあ出来れば避(さ)けたい所作(しょさ)だ。逆に、包み隠さず知っていることを真(ま)っ正直に言う人はどうなんだろうか? ということになるが、白々しいの反対だから、黒々(くろぐろ)しいと例(たと)えられるのではないか…と思える。色彩(しきさい)的に言えば、黒は白に比べて悪い意味で使われがちだが、こういう逆の場合で使うこともある訳だ。^^
 とある仲のよい近所の老人二人が、とあるうどん屋でバッタリと出食(でく)わした。
「おお、あんたも…」
「いや、そういうあんたも…」
 なんとも、白々しい二人の会話が始まった。
「かけ、かい?」
「ああ、まあ…。あんたも?」
「んっ? ああ、まあ…」
 すると、注文もしないのに、うどん屋の主人が、かけうどんを二杯、運んできた。この主人も二人と仲がよかった。
「ほれ、いつものだよ…」
「…」「…」
 二人は置かれたかけうどんを無言で食べ始めた。腹が減っていたのである。その食べ方は素直で黒々しかった。食べ終え、白々しく小銭(こぜに)を支払おうとしたとき、主人が止めた。
「いいよ、いいよ…」
 二人は、そう言われることを分かっていたのだが、一応、支払う振りをしたのである。
「いつも、すまないねぇ~」
 二人は黒々しく素直に礼を言って店から立ち去った。
 日々の暮らしの中では、白々しく生きるより、出来れば黒々しく生きたいものである。^^

                                 


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暮らしのユーモア短編集-99-  貧乏ゆすり

2018年08月22日 00時00分00秒 | #小説

 多くの人々が、恐らくそうだと思うのだが、誰しも、お金は欲しいものであろう。世の中を生きていく処世(しょせい)として必要不可欠なのがお金・・ということだ。しかし、多くの人々の場合、そうならないのが、常にお金なのである。お金がないと、どういう訳か出てくるのが貧乏ゆすり・・と言われる無意識の身体の動きだ。むろん、貧乏ゆすりをするから貧乏ということではなく、お金持ちでもするのだが、まあ、名前がそう付(つ)いている以上、その傾向があることは否(いな)めない。
 とある大衆食堂の一角(いっかく)に座った一人の男がいる。しばらくして、もう一人の男が店へ入ってきた。店内は、かなり込んでいる。
「あの…合い席(せき)でよろしいですかっ?」
 女店員は座っている男にポツリと言った。言われた男
に、これといって断る理由はなかった。
「…ああ! いいですよっ!」
 男は小さくそう返していた。すると、それを待っていたかのように、もう一人の男がテーブルの向かい側の席へ厚かましそうに座った。
「何になさいますっ?」
「ああ…僕はレバニラ炒(いた)め定食っ!」
 先に座った男が冷静な声で、そう言った。あとから来た男は無言で貼(は)られた品書(しなが)きを眺(なが)め、しばらくして口を開いた。
「俺は…そうだな、その隣(となり)のニラレバ炒め定食…」
「はいっ! レバニラ炒め定食がお一つとニラレバ炒め定食がお一つですねっ!?」
 噛(か)まずに上手(うま)く言い返された二人は無言で頷(うなず)いたが、女店員が厨房(ちゅうぼう)へ取って返そうとする後(うし)ろ姿に、思わず声をかけた。それも、同時に、である。
「あの…どう違うんですっ?」
「えっ? ああ! レバニラとニラレバですかっ?」
 女店員はギクッ! として振り返って言った。
「はいっ!」「はいっ!」
「同じですよっ!」
 女店員は当然のように返した。
「でも、値段がっ!」
 確かにレバニラ炒め定食はニラレバ炒め定食に比べ、値段が100円高かったのである。
「ああ、レバーとニラの分量差です、オホホ…」
 女店員は似合わない上流の品(しな)を作って笑った。それに、イラッ! としたのが後から座った男で、なにがオホホ…だっ! と、思わず貧乏ゆすりを始めた。先に座った男は最初、悠然(ゆうぜん)と構えていたが、次第に貧乏ゆすりが激しさを増すにつれ、迷惑顔へと変化し出した。それでも『やめてくれっ!』とも言えず、グッ! と我慢して思うに留(とど)めた。しかし、貧乏ゆすりが腹立たしいことに変わりはない。思うに留めていた男も五分後、ついに貧乏ゆすりを始めた。
 貧乏ゆすりは、こうして世間に蔓延(まんえん)していくのである。^^

                                 


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