水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<6>

2015年02月28日 00時00分00秒 | #小説

 暑気が相変わらず肌に纏(まと)わりつく夕方、家に着いたとき、里山は玄関で靴も脱がず大の字になった。夏場だから外はまだ明るかった。里山は、すっかり疲れ果て、家へ入った。声をかけようとした小次郎だったが、気 遣(づか)ってキャリーボックスの中で静かにしていた。
「あら、こんなところで…。どうだった?」
 沙希代が奥から玄関へ出てきて。開口一番、そう言った。そこは、まずお疲れさんだろうが…と大の字になり目を閉じている里山は思ったが、思うに留めた。正直、言うのも嫌なほど、疲れていた。身体もだが、気分の方がかなり参っていたのだった。
「お風呂、沸(わ)いてます…」
「ああ…」
 里山はやっと声をたせした。それを聞き、沙希代は何も言わずソソクサと奥へ戻(もど)っていった。
「疲れたから早めに寝る…」
 風呂上りのあと、晩酌と夕食もそこそこに、里山は沙希代にボソッとそう言った。
「そおう? おやすみ…」
「小次郎! まあ、そういうことだっ!」
『おやすみなさい、ご主人!』
 沙希代の手前を考える必要がなくなった小次郎は声高にそう言うと、猫語でひと声、ニャ~~と愛嬌(あいきょう)ある妙声で鳴き、里山に夜の挨拶をした。里山の姿が見えなくなり、沙希代の食器を洗う音が、静けさの中になんとも耳触りに聞こえる。小次郎は僕も疲れてるんだな…とタレント的に思った。  


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<5>

2015年02月27日 00時00分00秒 | #小説

 ADはスタジオが騒然とするたびにカンぺを上げ続けた。最初は里山に話させていたアナウンサーも直接、小次郎に話しかけるようになっていった。
「そうですか…。君は今、いくつなの? もちろん、人間の年齢換算で、だけどね」
『僕ですか? そうですね…今は15、6といったところでしょうか』
 タメ口で話しかけられても、小次郎は悪びれた態度を見せるでもなく、淡々と質問に答え続けた。
「中学生くらいなんだ…」
『まあ、それくらいですかね』
 すでにカンぺの上げ下ろしでADは疲れ果てていた。その上げ下ろしが何度か続き、やがて番組終了の時間が近づいた。
「ご覧の皆さんにも人間語を話す猫がいる、ということをよく分かっていただけたと思います。いや、正直申しますと、私にも今日の番組が現実なのかどうか・・些(いささ)か信じられないのです。ただ、ここにいる小次郎君は現に日本語で話してくれました。それをこの耳で聞いたのです。私はこの非科学的な事実を素直に受け入れたいと思います」
 カメラ目線で視聴者に語りかけるアナウンサーの声は熱を帯びていた。
 収録が終わり、里山が家路に着いたとき、時刻はすでに午後5時を回っていた。
「お疲れさまでした。放送はひと月ばかり先の9月上旬になろうかと思っております。詳細とかその他のことは後日、お電話で…」
 帰りがけ、送り出してくれたのは、来たときと同じ、プロデューサーの駒井だった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<4>

2015年02月26日 00時00分00秒 | #小説

「小次郎、腹が減ったろぉ~?」
 里山は小次郎にいつもやる昼のドライフードをやっていないことを思い出し、それをネタにしたのだった。もちろん、その場で浮かんだアドリブである。
『そりゃもう! ペコペコですよ!』
 小次郎は解放されたように、やや大きめの人間語で返した。その途端、スタジオ内は急に騒然と、しだした。キャ~! とか、猫がしゃべったぁ~! という声も話し声に混ざって聞こえ、スタジオ内は色めきたった。ディレクターの猪芋(いのいも)はすでにこうなることを見越していたのか、ADに二枚目のカンぺを上げさせた。
━ 騒がないで静かにして下さい! ━
 騒然としたスタジオは、元の静けさを取り戻した。アナウンサーはスタジオが静まったところで里山に質問した。
「里山さん、確かに今、その猫ちゃん、話しましたよね?」
「ええ、話しましたよ。それがなにか?」
「いえ。…皆さん、俄かには信じられない事実が今、進行しているのがお分かりでしょうか」
 アナウンサーは切りかわったテレビカメラに向かい、カメラ目線で話した。
「里山さん、猫ちゃんとのお話を続けて下さい。名前はなんと言われるんでしょうか?」
「お前から話しなさい」
『分かりました。僕は小次郎と言います。皆さん、よろしく!』
 小次郎が観客に向かって話しだし、ふたたび、スタジオ内は騒がしくなった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<3>

2015年02月25日 00時00分00秒 | #小説

「ああ、はい…。それは構いません」
「そうですか。それじゃそういうことで…。前列に座るADがカンぺを見せますんで…」
「あの…カンぺって?」
「ああ、すみません。番組進行で、こちらから見せる指示書きみたいなもんです」
 猪芋(いのいも)は丁寧(ていねい)に説明した。
「なるほど…」
 里山は頷(うなず)きながらカメラ前の席に着いた。カメリハ、ドライ、ランスルーと稽古[リハーサル]があった。地上波の収録時は対談形式のみで番組に参加する観客はいなかったから、至ってシンプルに進行し、リハーサルはアナウンサーの質問に答える形式の一度きりだったが、今度は違うようだ。里山の心境はワクワクしていた。小次郎が人間語で話すところを多くの人々に見られた方がインパクトがあり、好都合なのだ。リハサールでは小次郎の出番は割愛(かつあい)された。猪芋が考えた演出のようだ。本番で驚く観客の声や映像を狙っているようだ…と里山はリハーサルが終わった段階で思った。駒井は軽い内容だと匂(にお)わせたが、どうもそうではないようだった。
 本番が始まり、しばらくの間はリハーサルどおりの進行で番組が推移した。里山は、なんだ、ちっともリハーサルと変わらんじゃないか! と少し怒れた。その矢先だった。観客の最前列に陣取ったADが俄(にわ)かに一枚の紙を両手で上げて示した。カンぺである。
━ ボックスを開けて猫を歩かせ、話して下さい ━
 里山は、来たな! と指示どおりにキャリーボックスを開けながら意気込んだ。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<2>

2015年02月24日 00時00分00秒 | #小説

 そのバラエティ番組は里山が予想していたよりは軽いテンポで順調に進行し、小次郎の出番は、まったくなかった。そして数十分後、トラブルもなく収録は終った。里山は、なんだ、こんなもんか…と、ひと安心し、安堵(あんど)した。だが、コトはそう上手(うま)く運ぶようには出来ていない。ただ、これは世間一般の見方で、業界へ打って出ようという里山にとっては、小次郎の出番があった方が何かと好都合だったから、真逆でラッキーだった。
「お疲れさまでした。…え~と、もう一本、BSがありましたよね?」
「はい、昼の2時からと聞いておりますが…」
「担当は私じゃありませんが、よく出来た後輩ですからご安心を…。ああ、ご一緒に食事でもどうです?」
 駒井の誘いに快(こころよ)く応じ、里山は先導されて二階の飲食店へ向かった。
 昼の三時過ぎ、里山はテレ京のBSスタジオにいた。駒井が言った番組制作担当ディレクターの猪芋(いのいも)は野性味のある好青年だった。
「駒井さんから伺(うかが)っております。番組自体は地上波と余りかわらないバラエティですので。ただ…」
 名刺を渡したあと、猪芋は口籠(くちごも)った。
「ただ?」
「はい。ほんの少しなんですが、猫ちゃんに登場していただき、お話を願いたいのですが…」
 新たな展開が始まろうとしていた。そのとき、里山はいい感じだ…と思った。というのは目論見(もくろみ)どうりの展開だからである。最初の収録は順調だったが、それでは準備策③異動話を会社で断る・・までの展開を望めそうにないのだ。要は、小次郎人気が出るか出ないかという世間の受けにかかっていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<1>

2015年02月23日 00時00分00秒 | #小説

 炎天下、夏の暑気が肌に纏(まと)わりつき、里山の額(ひたい)から滴(したた)り落ちた。こんな日に収録かよっ! と、里山は少し怒れていた。そんな気分を抑え(おさ)え、里山は小次郎が入ったキャリーボックスを片手にテレ京のエントランスを潜(くぐ)った。話は少し前に遡(さかの)るが、週刊誌騒ぎのあと、里山の思惑どおりにコトは運んだ訳だ。というのも、沙希代が夜に会ったお茶の水に住んでいるという週間MONDAYの茶水がコトを成就させたのだ。彼が書いた下手(へた)な記事が返って面白く、他誌を圧倒して馬鹿売れに売れたのである。結果、里山と小次郎はテレ京のバラエティ番組にオファーがかかったのだ。今日の里山は小次郎のマネージャーとしてテレ京の局ビルへ入っていた。小次郎は華々しくデビューすることになったのである。小次郎は、有名なナントカいう猫駅長には負けないぞ! と強く意気込んでいた。
「小次郎、着いたぞ…。もう大丈夫だ」
 局ピルは空調システムが完備しているから、ビル外とは環境が一変して凌(しの)ぎよい。
『いやぁ~僕もこう暑いと駄目ですから、助かりましたよ』
 里山が片手で下げるキャリーボックスの中から聞き取れる程度の小さい声がした。
「おはようございます…」
 エントランスには、いつかのようにすでに駒井が迎えに出ていて、昼過ぎなのに業界らしく里山を出迎えた。ただ、前回は見た制作部長の中宮の姿は、なかった。
「部長は、ちょっと急用で出ておりまして申し訳ございません…」
 駒井は謝(あやま)る必要などなかったが、謝った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<50>

2015年02月22日 00時00分00秒 | #小説

「いやいや、いいさ…。ところで出向の話、考えてくれた?」
「はい。…その話も、もう少し待っていただけませんか?」
 里山は両手を合掌する形で部長の蘇我に懇願(こんがん)した。まるで、神社やお寺で手を合わせてお参りする格好である。
「仕方ないな。…今月いっぱいだよ。支社の方にも受け入れる都合があるからさ」
 蘇我は自慢げに伸ばし始めた口髭(くちひげ)を撫(な)でた。
「ただいまぁ~!」
 里山は、このところ寄り道をせず、まっすぐ帰宅する日が増えていた。公園から家が見え始めた頃、ああ…今日も定食屋、酢蛸(すだこ)の蛸酢(たこす)が食えなかった…と悔(く)やむ里山だった。このままでは店の主人にも忘れられないか・・と思えるほど数ヶ月、足が遠退(とおの)いていた。
『お帰りなさい!』
 玄関へ出迎えに出たのは沙希代ではなく小次郎だった。いつもは沙希代だったから、里山としては予想外である。
「沙希代は?」
『奥さん、先ほど出られました。これ、奥さんから…』
 小次郎は玄関フロアに置かれた小片のメモ用紙を口で加えると里山に渡そうとした。里山は屈(かが)むと、その用紙を受け取って開いた。
━ 週間MONDAYの茶水さんとかいう記者さんから電話が入り訊(き)きたいことがあるそうなので、近くの喫茶・野豚へ行ってます。数十分で、すぐ戻ります ━
 里山は小次郎にも聞こえるように声を出して読んだ。そして、ああ! お茶の水に住んでる茶水か…と、インタビューで割り込んだ男の顔を思い出した。小次郎は小次郎で、いよいよ僕が始動するときだな…と気を引き締(し)めた。

                                               第②部 <始動編> 完
 


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<49>

2015年02月21日 00時00分00秒 | #小説

「すみません! 今日は、これくらいで…。お手間をとらせました」
 枯木は勝手にインタビューを終わらせようとした。
「おいっ! 終わるなっ!」 「もっと訊(き)けよっ!」
 不平が飛び交(か)い、ふたたび、里山の周(まわ)りは雑然としだした。
「すみません、お帰り下さい」
 枯木は里山に会釈し、前を開けさせた。
「…どうも。それじゃ、失礼します」
 里山は記者達を掻(か)き分け、会社をあとにした。その様子を見ている一人の男がいることを里山は知らなかった。
 見ていた男、それは運悪く部長の蘇我だった。里山に支店への異動を暗(あん)に強要した男である。①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断る・・という里山の準備策①、②、③の流れで、唯一の想定外だった。
 次の日、里山は部長室に呼び出されていた。昨日の会社前の騒ぎの一件であったことは言うまでもない。
「昨日、表がなんか騒がしかったそうだが…」
 蘇我は開口一番、そう言った。他の者から報告を受けた・・という形をとり、自分が直接、見ていたことを言わないのがこの男の性格だった。
「ああ、昨日の…。いづれ詳しいことはお伝えしようと思うんですが、今は…」
 里山は口を濁(にご)した。
「ああ、そうかね。それなら、いいんだが…」
「どうも、すみません」
 謝(あやま)る必要がないのに、なぜか里山は謝っていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<48>

2015年02月20日 00時00分00秒 | #小説

 里山の怒りを代弁するように不平っぽく週間文秋の枯木が言った。どうもインタビューする番記者は、先に決められていたようだった。茶水は燃えている焚き火がバケツの水をぶっかけられて消えたかのように意気消沈し、沈黙した。
「すみません、続けます…。呼ばれれば、またテレビにご出演ということは?」
「はい、それはテレビ局の方からも問い合わせがありました。私としましては異論ございません」
「ということは、今後、あのテレビ内容がまた放送されると考えてよろしいんでしょうか?」
「はい! そう受け取っていただいて…結構です。ヤラセとか…言ってられた方がおられましたが、…ご覧になっていただければ、分かっていただけると思います」
 里山は冷静さを取り戻(もど)し、訥々(とつとつ)と答えた。里山の声を無言で聞いていたその場のマスコミ関係者は、ざわつき出した。
「ちょっと、お静かにっ!! 今、言ったでしょうがっ!!」
 枯木が叫んだ。完全に起こった状態で顔を真っ赤にしている。大丈夫ですか? と、里山は思わず声をかけそうになった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<47>

2015年02月19日 00時00分00秒 | #小説

 数日後、マスコミが里山を囲み始めた。だが、その場所は以前とは違い、里山の家ではなく会社の通用門前だった。
「すみません! 里山さん。少しお話をお訊(き)かせ下さい!」
 会社の勤めを終えた里山が背を伸ばし欠伸(あくび)をしながら通用門を出ようとしたとき、俄かに報道陣が里山を取り囲んだ。里山は、来た来た! …と、順序策どおりの展開に内心で嬉(うれ)しかったが、少し上がっていた。
「ははは…なんでしょう?」
 里山から飛び出した第一声は、笑い声だった。
「週間文秋の枯木です。お話を少しお聞かせ願いたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「えっ? はあ、まあ10分ぐらいなら…」
 内心は30分ぐらいでもOKですよ…だったが、里山は少しお高く止まった。
「ご存知かと思いますが、実は例の件なんです」
「ああ、うちの小次郎ですね」
 里山は、さも当然といった顔で言った。
「はい! お宅の猫、本当に話すんですか?」
「ははは…、テレ京で放送されたとおりです」
「お茶の水に住んでます週間MONDAYの茶水です。それ、ヤラセじゃないんでしょうね?」
 一人の男が厚かましく割り込むように訊(たず)ねた。
「えっ? 馬鹿、言わんで下さい! そんな訳ないじゃないですかっ!!」
 瞬間、里山は激しい怒り声で返していた。


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