水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 25] さ迷う枕(まくら)

2016年03月31日 00時00分00秒 | #小説

 この話は今から十数年前にもなろうかのう…。足を崩し、冷えた麦茶でも飲んで聞いてくれ。
 毎年、盆になると息子夫婦が孫を連れて帰ってきおるんじゃが、その年も十日過ぎに帰ってきおった。夜になると盆の迎え火を焚(た)いてご先祖さまにも帰って来てもらうんじゃが、その年にかぎり、野分(のわき)・・今でいう台風が襲来する悪い天気になってのう、迎え火が外で焚けなんだんじゃ。そらそうじゃろうが、外は暴風雨なんじゃからのう。仕方なしに、風が入らん竃(かまど)の中で迎え火をつけ、それで迎えたんじゃ。孫達は呑気(のんき)なものじゃのう。風が強まり、大雨が降っておるというに、はしゃぎまわっておったわい。まあ、幸いなことにそう大した被害にもならんかったんじゃが、風が弱まり、ご先祖さまへの盆のお参りごとを皆でやったあとから、どうも信じられんようなことが起こりよったんじゃ。言うても信じてもらえんじゃろうが、一応、話しておくとするかのう。
 お参りごとも済み、しばらくして息子夫婦や孫らは別棟(べつむね)へ眠りに行きよった。わしと爺(じい)さまも寝ることにして、床(とこ)についたわい。ここまでは、なにごともなかったんじゃ。息子が別棟から血相変えて走り込んできよったのは、いつ頃じゃっただろうのう。わしの記憶では、日付が変わった頃じゃったと思う。ただ、息子が喚(わめ)いてわしと爺さまに訴えとる意味が分からんかった。枕が浮かんで部屋を飛びまわってる・・とか言っておったかのう。盆のことじゃから人魂(ひとだま)が飛んでさ迷うなら分かるが、枕が飛んでさ迷う・・というのはどうも相場はずれじゃわい。そんなことで、爺さまと笑おておった。だがのう、息子の様子は真剣じゃった。爺さまは笑いながら息子と別棟へ行きんしゃった。何かの見間違いじゃろう。爺さま、笑って戻(もど)ってきなさるわい…と、わしも思いよった。ところがじゃ。木乃伊(ミイラ)とりが木乃伊になる・・とはよく言うが、しばらくすると爺さまも喚いて戻ってけらした。わしも、偉(えら)いことなんじゃとそのとき初めて思いよった。その途端、爺さまの後ろからさ迷う枕が飛びまわって部屋へ入ってきよった。わしも目を疑(うたご)うた。じゃがのう、枕はフワ~リ、フワ~リと天井の闇(やみ)を浮かんでさ迷いよったんじゃ。さ迷うだけで、とり分け、悪さをする訳ではなかったんじゃがのう。未(いま)だにその謎(なぞ)は解き明かされてはおらん。不思議なことに騒ぎよるのは大人だけでのう、孫達はグースカと眠っておったわい。まあ、おまんらには信じられんじゃろうが、わしが出会(でお)うた嘘(うそ)のような本当の話じゃ。

                  完


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怪奇ユーモア百選 24] 裏目(うらめ)

2016年03月30日 00時00分00秒 | #小説

 世の中には、ひょんなことが現実になることがある。例(たと)えば、快晴の空を見ながら冗談半分に、「ははは…昼から降るよ、きっと」とか、本人も思ってないのに口に出したことが、午後になって俄(にわ)かに曇りだし、どしゃ降りになる…とかいう場合だ。こういう場合を裏目(うらめ)という。
 滝山の場合もそうだった。ただ、彼の場合は状況が違い、少し怖(こわ)かったから、他人は彼と話すことを避(さ)けた。どう違ったのか・・それを今日はお話ししたいと思う。 
 蝉が鳴き集(すだ)く昼下がり、滝山は軽い昼寝のあと、いつもの読書をクーラーを入れて涼みながら中座敷で楽しんでいた。豪壮な日本庭園は、渡り廊下を挟(はさ)んでガラス戸一枚で遮(さえぎ)られ、それなりに風情(ふぜい)ある景観を与えていた。妻の翠(みどり)が盆に茶の入った湯呑みを携(たずさ)え現れた。翠も話せば異変が起こることが分かっているから、いつも滝山とは多くを語らなかった。この日も無言で湯 呑(の)みを置くと、「お茶を淹れました…」とだけ、ぽつりと言い、座敷から去ろうとした。そのときだった。
「お茶? なにも入ってないよ…」
 滝山は空(から)の湯呑みを翠に示しながら訝(いぶか)しそうに言った。まるでマジックのように中味のお茶が消え、湯呑みだけだった。翠は、しまった! と滝山に話しかけたことを悔(く)いた。黙ったまま湯呑みを置いておけばよかったのだ。ただ、それだけのことだった。お茶を淹れた・・という事実が裏目に出て、何も入れていない・・となって現れたのである。翠は冷静な事後の所作を心得ていた。婚後、50年の重みである。
「あっ! そうでしたわ。淹れるのをうっかり忘れました」
 そう言うと、翠は柔和な笑みを浮かべた。すると、あら不思議! 空の湯呑みに熱いお茶が湧き出し、八分ほど中を満たした。
「なんだ…淹れてくれたんじゃないか」
 そう言うと、滝山は、フ~フ~と冷(さ)ましながら熱いお茶を啜(すす)り、茶菓子を齧(かじ)った。滝山の場合、家の中ですら、こうした裏目が出るのである。まして外ならば、言わずもがなである。滝山は家でよかった…と、ホッと胸を撫(な)で下ろした。

                  完


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怪奇ユーモア百選 23] アイス・ボックス

2016年03月29日 00時00分00秒 | #小説

 また暑い夏がやってきた…と、牛窪(うしくぼ)は、テンションを下げていた。朝の10時を過ぎると、もうムッ! とする熱気が覆(おお)い、牛窪を慌(あわ)てさせるのだった。渡り廊下のガラス戸から見上げた空がギラついて青く輝いていた。牛窪の足はその光を感じた途端、冷蔵庫へと動いていた。尋常の暑がりではない牛窪にとって、アイス・ボックスは欠かせない必需品だったのである。肩から下げるのが癖になるほど、いつも夏場は持ち歩いているアイス・ボックスに氷を詰(つ)めねばならないのだ。詰めないで出かければ、それは牛窪にとって死を意味した。牛窪は30分以上、25℃以上の高温下では行動できない体質だった。もし30分以上、動いたとすれば、おそらく熱中症以前に身体が拒否反応を起こし、ショック死することは目に見えていた。一度、学生時代、そういう事態になり、病院へ搬送された牛窪は、奇跡的に一命を取りとめたのだった。それ以降、アイス・ボックスは牛窪の必需品となったのである。
 ある日、そんな牛窪が妙な出来事に遭遇(そうぐう)した。
「あれっ? ここに置いたアイス・ボックス知らないか?!」
 こんなことは初めてだったからか、牛窪は少し興奮して叫んでいた。
「知らないわよ!」
 妻の洋子は慌(あわ)てて台所から玄関へ出てきた。洋子はもちろん、牛窪の異常体質を知っていた。二人は家中を探し回ったが、とうとう昼までにアイス・ボックスを見つけられなかった。外気温はすでに35℃になっていた。アイス・ボックスを探し始めてすぐ、牛窪は予定の先方にキャンセルの電話をかけた。方便を使い、別の日にしてもらったのである。
『ああ、そうなんですか。そういうことならいいですよ、こちらは…。はい! では、そういうことで、三日後に…』
 先方は快(こころよ)く応諾(おうだく)してくれた。
 消えたアイス・ボックスは、その頃、別の家にあった。その家では、隠居した高齢の男性が熱中症で倒れていた。アイス・ボックスはその男性を冷やすことで救ったのである。では、アイス・ボックスは、どのように移動したのか? それが真夏のミステリーなのである。さらに不思議なことに、男性の容体(ようだい)が小康を得ると、アイス・ボックスはその家から忽然(こつぜん)と消えたのだった。そして、次の日には、ちゃんと牛窪の家へ帰宅していた。アイス・ボックスは人命を助ける正義の医者だった。

                  完


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怪奇ユーモア百選 22] 怪談国会

2016年03月28日 00時00分00秒 | #小説

 ここは妖怪達が暮らす、あの世ともこの世ともつかない妖怪世界である。妖怪世界は人間の世界とは異(こと)なり、暑さ寒さがない、それはそれは快適な世界だった。そんな妖怪世界の一角に住む妖怪[いらだたせ]はその名のとおり、周(まわ)りの様子(ようす)を見て、一方を苛(いら)だたせ、双方を揉(も)めさせようという場荒らし妖怪で、妖怪としては中程度にランクづけされていた。
 この日も朝から妖怪テレビには人間世界の国会中継が映し出されていた。[いらだたせ]は、霞(かすみ)のご飯を雨露(あまつゆ)のおかずで味わった後、歯をシーハーシーハーと、おがらの楊枝(ようじ)で穿(ほじ)りながら、妖怪テレビを観ていた。
『ほう、猫も杓子(しゃくし)も集団的自衛権か…。難(むずか)しい話じゃが、この言葉は流行(はや)っておるな。ヒヒヒ…今年の流行語大賞は大いに期待できるぞい…』
 横になって寝そべり、呑気(のんき)そうに[いらだたせ]は欠伸(あくび)をした。
 国会では野党議員が鋭い質問をし、政府側答弁に立つ長官が針(はり)の筵(むしろ)に座らされているように攻(せめ)められ続けていた。
『政府側の人身御供(ひとみごくう)じゃな。哀(あわ)れじゃのう、いたぶられて…』
 そのシーンを観ながら、[いらだたせ]は、また独(ひと)りごちた。そのとき、妖怪仲間の[まどわし]が遊びにやってきた。[まどわし]は、名のとおり人の行動を惑(まど)わす妖怪で、この妖怪もランクは中程度だった。
『いらだたせ、元気そうじゃのう』
『ふふふ…妖怪に元気も病気もないわい』
『おお、それはそうじゃ。ほう! 国会か。久しぶりに惑わしてみるかのう』
『やめておけ、やめておけ! お前が惑わすと、ろくなことがないわい。この前も空転して解散になってしもうたが…』
『いや、ここだけの話じゃが、もう惑わしておるんじゃ。国会前で騒いでおろうが…』
 [まどわし]は、したり顔をした。
『おお! あれはお前の仕業(しわざ)じゃったか。悪いやつじゃのう』
『いや、平和な国に住まわせてもろうたからのう、少しは恩返しじゃ』
『そういうことも言えるか…。では、わしも…』
 国会が紛糾(ふんきゅう)したときは、この妖怪達の仕業だと思ってテレビ中継を観ていただきたい。紛糾している国会は、すでに妖怪達が浮遊する怪談国会なのである。
 
                  完


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怪奇ユーモア百選 21] 昨日(きのう)来た道

2016年03月27日 00時00分00秒 | #小説

 伊崎は久しぶりのドライブで気分よく走っていた。一度も来たことがない無目的の場所を、何の計画もなく、そのときばったりで車を走らせるのが伊崎の楽しみだった。
 この日は生憎(あいにく)、夏の猛暑が朝から各地を襲う最悪の状況だったが、伊崎の気分は車を走らせるだけで高揚(こうよう)していた。
 馬場野(ばんばの)という広大な原野の高速道の途中、伊崎は急に腹が空(す)いてきた。どこぞで車を止めようと辺(あた)りを窺(うかが)っていると、左前方に立った電信柱の上に[馬糞(うまぐそ)S.A→1Km]と書かれた標識が見えた。伊崎は見ただけで一瞬、ウッ! と食欲が失(う)せ、躊躇(ためら)ったが、それでも空腹は我慢できず、そのサービスエリアで車を止めることにした。しばらく車を走らせていると、その馬糞S.Aが見えたので、伊崎は車を止めた。食堂や売店で、適当に腹を満せて寛(くつろ)ぎ、伊崎はようやく人心地ついた。少し減っていたガソリンも給油し、万全の状態で伊崎はふたたび車を走らせ始めた。
 馬場野を越え、腕を見るとすでに5時近くになっていた。夏場のことでもあり、日射(ひざ)しはまだ高かったが、それでも時間からすれば、そろそろ今夜の宿を探さねばならなかった。幸い、鹿宿という近辺の町で宿を確保でき、伊崎は翌朝を迎えた。そして、また車の旅が順調に続くかに思えた。ところが、である。宿をチェック・アウトし、車をしばらく走らせていると、伊崎は、おやっ? と奇妙に思え、思わずアクセルの踏み込みを緩(ゆる)めていた。前方に流れる景観は、確かに昨日(きのう)見た景観だった。初めのうちは、ははは・・そんな馬鹿なことはない…と車を走らせていた伊崎だったが、前方を流れる景観が昨日とまったく同じだと気づき始めると、顔面蒼白(がんめんそうはく)となった。だが、まだ気持では信じていなかった。そのまま車を走らせていると、左前方に立った電信柱の上に[馬糞S.A→1Km]と書かれた標識が見えた。間違いなく、昨日、来た道だった。伊崎はともかく車をサービスエリアの駐車場に止めた。そして、車の中でしばらく冷静に考えることにした。そして、伊崎が得た結論は、ただ一つだった。現代科学で考えれば、今日の展開は有り得ないのだ。あるとすればただ一つ、それは、伊崎が道を間違え、元来た道に戻(もど)った…という以外になかった。要は、ぐるりと一周して元来た道に出た・・ということである。それなら辻褄(つじつま)が合うのだ。な~んだ、そうか…と伊崎は得心し、食堂や売店で、適当に腹を満せて寛ぐと、また車を発進させた。昨日と違うのは時間のずれ[タイム・ラグ]があるということだった。腕を見ると、まだ昼過ぎだった。当然、まだまだ走れたから、宿を取る必要はなかった。気分よく伊崎は車を走らせた。ところが、である。行けども行けども車は一向に前へ進んでいる兆(きざ)しがなかった。いや、確かに車は前方へかなりの速度で走っていた。だが、行けども行けども景色が変わらなかった。そして、そうこうするうちに腕を見ると、5時近くになっていた。あとは昨日の繰り返しだった。
「あのう…私はどうなったんでしょうね?」
「はっ? いや、私には分かりません」
 昨日、泊った鹿宿の番頭に訊(たず)ねると、番頭はニヤリ? と笑った。
 あとから分かった話では、時折りこの地方では、馬や鹿が化かすんだそうである。狐狸(こり)ではなく馬や鹿が化かす馬鹿な話だった。

                  完


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怪奇ユーモア百選 20] 毛生(けは)え地蔵

2016年03月26日 00時00分00秒 | #小説

 私が友人から聞いたこの話は、かなり前の話らしい。
 今ではもう見られなくなった市電が走っていたある日のこと、友人はいつものように駅の改札を出ると帰路を急いでいた。駅から家までは徒歩で約10分ほどかかるそうだが、運動もかねて、自転車は使っていなかったそうだ。いつもの通勤路には地蔵尊が祀(まつ)られた小さな祠(ほこら)があったらしい。友人は行きと帰りには必ず一度、止まり、手を合わせていたという。別に宗教心からそうしていたとは言っていなかったが、やはり素通りするのは気が引け、そうしたのだという。それが重なると、人間とは妙なもので習慣になったそうだ。そうしないと、なにか悪いことが起こるんじゃないか…とかの気持になったという。
 そんなある日のこと、地蔵尊の前へ来た友人は、いつものように手を合わせ、ふと地蔵尊を見た。夕方のことで、外はまだ明るかったそうだが、いつもと祠の様子がどこか違うことに友人は気づいた。今朝まではそうじゃなかった…とは分かるのだが、どこが違うのかが分からず、立ち止ったまま友人はじぃ~っと、祠を観察したそうだ。別に急いでいなかったということもあったらしい。で、しばらく観察していたが、やはり分からず、友人は歩き出そうとした。そのとき、友人はハッ! と気づいた。地蔵尊の赤い前掛けが消えていたのである。友人は、あっ! と気づいた。誰かが汚れているのを見かねて、洗濯でもしようと持ち帰ったんだろう…と思った訳だ。消える訳がない…と思ったともいう。
 家の前まで帰ってきたとき、友人は驚いた。玄関前に地蔵尊の赤い前掛けが落ちていたそうだ。友人はゾォ~っとして、怖(こわ)くなったそうだ。
 ここでひとつ言っておかねばならない。友人は若い頃から毛が薄く、この頃にはすでに頭髪は完全に抜け落ち、禿(は)げていた。
 友人は玄関に落ちていた赤い前掛けを洗って乾かし、朝、持って出た。
 そして、地蔵尊の首に着(つ)け、いつものように手を合わせて駅へ向かったそうだ。その日から異変が起こり始めた。友人の禿げた頭に毛が少しずつ生(は)え始めたのである。そして、その毛は若い頃のようにフサフサにまで戻(もど)ったという。確かに私もそのことは認めざるを得ない。友人の過去の禿げた頭はよく知っていたし、今のフサフサ頭も知っている私だからだ。友人は、この有り難さで、地蔵尊を毛生(けは)え地蔵と呼び、崇(あが)めるようになったという。
 ただ、ただ…これだけは思いたくないのだが、?%かの鬘(かつら)の可能性も拭(ぬぐ)えないのだ。しかし私はこの怪奇な毛生え地蔵の話を信じ、友人を疑いたくはない。そんな訳で、最近は友人の頭は見ないようにし、空ばかり見ながら話をしている。

                  完


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怪奇ユーモア百選 19] 濡れ仙人

2016年03月25日 00時00分00秒 | #小説

 
 今から何年か前の暑い夏の話である。私は村伝いの帰り道を歩いていた。辺(あた)りは鬱蒼(うっそう)と茂る樹林帯である。蝉しぐれが喧(やかま)しいほど耳に聞こえた。身体を冷(ひ)やさず家を出たのが災(わざわ)いしてか、汗びっしょりだった。当然、タオルと水が入ったペットボトルは持参していたが、すでにタオルはビショビショで、水は半分以上、減っていた。まあ、愚痴を言っても仕方がない…と、私は無言で歩き続けていた。そして、少し休もうと歩みを止め、道伝いにあった窪地(くぼち)の草の上へ腰を下ろした。そのときだった。
『あの、もうし…』
 遠慮ぎみに私へ語りかける誰かの小声がした。私は、誰だろう? と辺(あた)りを見回した。だが、誰の姿もなく、私は気のせいだろう…と腰を上げた。そして、数歩歩きだしたときだった。
『あの…もうし…』
 今度は、やや大きめの声が私の耳にはっきりと聞こえた。声は私の背後でしているようだった。振り向くと、数m先の道に、一人の白衣(しろぎぬ)の着物を纏(まと)った仙人風の老人が、びっしょりと濡れそぼり、杖をついて立っていた。
「はい…なにか?」
 私は恐る恐る返事をしていた。
『申し訳なき話じゃが、なにか着がえは持っておられぬかのう?』
「いえ…あいにく」
 私は無意識でそう返していた。
『さようか…ならば仕方がない。手間をかけ申した。お行きめされよ』
 冷たく響くその声は、この世の者とは思えず、私は軽くその老人に一礼すると、そそくさとその場を立ち去った。十数歩歩いたところで、私にこの老人は? という妙な好奇心が起こり、ふたたび振り向いていた。そのとき、老人の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。今までこんな出来事に遭遇(そうぐう)したことがなかったから、私は平常心を失ってしまった。気味悪くなり、早足で五分ばかり歩いた。そして、ようやく樹林帯を抜けようとしたとき、先ほどの老人が今度は前方に立っているのが見えた。私は思わずギクッ! と驚いた。私より先回りした老人・・まさに仙人だっ! と私は瞬間、思った。というのも、樹林帯の一本道に脇道はなく、私の前へ出られることは、まず不可能だったからである。私は震(ふる)えながらも歩を止めず、少しずつ老人へと近づいていった。そして、目と鼻の先まで近づいたとき、老人の冷たく響く声が、ふたたびした。
『このお近くの方ならば、ご自宅にお寄りしてもよろしゅうござろうか?』
「えっ? あ、はい…」
 確かに私の家は樹林帯を抜け出ると、すぐそこにあった。断る理由が見つからなかった。私は思わず頷(うなず)いていた。私が歩き始めると、老人は消えることなくついてきた。
 後(のち)になって分かったことだが、その老人は、やはり仙人だった。だが、仙人というには余りにドジという他はない粗忽(そこつ)な仙人だった。雲間(くもま)から足を滑(すべ)らせ、樹林帯にある池へ落ちたのだと言った。濡れ衣(ぎぬ)は移動が自在に出来ても、天上には戻(もど)れないのだと、私は仙人から初めて聞かされた。人の世界は濡れ衣を着て苦労する者が多いんですよと言うと、濡れ仙人は、『ほほほ…そうじゃろう』と笑った。そんな嘘(うそ)のような本当の話が、今から何年か前の暑い夏にあった。

                  完


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怪奇ユーモア百選 18] 不思議な花

2016年03月24日 00時00分00秒 | #小説

 関川は夏山へ登っていた。例年、彼は山へ登るのが習慣となっていた。暑くなれば登る・・という、いわば条件反射的な習慣だった。詳しく英語的に言えば、社会的習慣(カスタム)ではなく、個人的習慣(ハビット)ということになる。…まあ、どうでもいい話である。
 大喜ヶ原樹海を抜けると蛞蝓(なめくじ)岳の登りに入る。この山へ入るのにタオル数本は欠かせない。というのも、蛞蝓岳はその名のとおり、ジメジメとした蛞蝓が好む湿気(しっけ)の多い山だった。
 山馴れした関川は順調につづら折れの山道を登り、中腹まで来ていた。この辺(あた)りは杉木立が茂る日陰(ひかげ)山道である。暑気は仕方ないものの、強い日差しが遮(さえぎ)られるお蔭(かげ)で汗はそう掻(か)かなくて済み、随分と助かった。しばらくそんな杉木立の中を進み、関川は、ようやく展望が開けた中腹へと出た。しばらく展望を楽しみながら休んだ後、道を少しづつ登り始めたとき、関川は進む目前に見かけない花が咲いているのに気づいた。高山植物には詳(くわ)しい関川だったが、今まで見たこともない花だった。関川は歩みを止め、じぃ~っとその花を観察していると、妙なことに花も自分を観察しているような気がした。一枚、撮っておこうと、関川は手持ちのカメラのシャッターを押そうとファインダーを覗(のぞ)き込んだ。そのとき、花が少し動き、ポーズをつけたように関川は感じた。まあ気のせいだろう…と、そのままシャッターを押し、関川は歩き始めた。
『これこれ、そこを行く方、お待ちなさい。この先は危険です。悪いことは言いませんから、戻(もど)られた方が身のためです』
 関川は、んっな馬鹿な! と自分の耳を疑(うたが)った。その花は関川の気持を察したのか、左右に花芯を振ってアピールした。
『ギャァ~~!』
 関川は叫びながら山道を駆け下りていた。
 息を切らせ、ほうほうの態(てい)で山の麓(ふもと)まで辿(たど)りついた関川は、やれやれ…と胸を撫(な)で下ろした。
 帰りの列車の中で、ははは…そんな馬鹿な話はない、きっと疲れているからに違いない…と、関川は思うことにした。
 次の日、朝の朝刊を手にした関川は目を疑った。蛞蝓岳中腹で崖崩(がけくず)れ事故が起きた写真入りの記事が出ていた。巻き添えを食った登山客数人が死亡・・という大見出しの記事だった。不思議な花のお告げが、関川を救ったのである。関川は植物図鑑を探し、その花の名を調べた。だがとうとう、その花の名は分からなかった。未(いま)だにその不思議な花の名は分かっていない。関川は勝手に[お助け花]と命名している。

                  完


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怪奇ユーモア百選 17] 千鳥(ちどり)ヶ淵(ふち)の道祖神

2016年03月23日 00時00分00秒 | #小説

 とある田舎(いなか)に千鳥(ちどり)ヶ淵(ふち)という小さな淵があった。聞くところによれば、名の謂(いわ)れは、千鳥が住む綺麗な景観にあるという。そしてこれも、聞いた話だが、この淵にはあるときまで奇妙な凶事が起きたそうである。その聞いた話の詳細をこれから話したいと思うが、聞きたくなければ、昼寝でもするか、一杯、飲んでグゥ~スカと寝ていてもらいたい。
 昔(むかし)々のことだという。どれくらい昔なのか、そこまでは聞いていない。
 この近くの村に住む与助という百姓が千鳥ヶ淵の中の道を通りかかった。陽も西山へと傾き、辺(あた)りには夕闇が迫っていた。与助は少し離れた飛び地の田を耕(たがや)した帰り道で、いつものように道を急いでいた。すると、この日に限り、いっこうに足が前へと進まない。歩いているのだから、千鳥ヶ淵を通り過ぎ、いつもの村道へ出ている頃合いなのだ。それが、歩けど歩けど、与助は千鳥ヶ淵から一歩も遠退(とおの)いていなかったのである。
 与助は少し慌(あわ)て、鋤(すき)を背に駆けだしていた。だが、やはり元来た千鳥ヶ淵の入口へと戻(もど)るのだった。与助はもののけにでも誑(たぶら)かされたか…と考え、足を止めた。そのときだった。千鳥ヶ淵の水面(みなも)がさざめき、声がしたそうな。
『わしは、この淵に住まう道祖神じゃ~。ここしばらく前よりこの淵を荒らす村人がおる。わしを祀(まつ)る石碑を建てればよし、さもなくば、村にこれまで以上の祟(たた)りがあろうぞ~』
 声が途絶えると水面のさざめきは消えた。与助は怖(こわ)さの余り腰が抜け、地面に座りこんでいた。それでもしばらくして、ようやく腰を上げると、ほうほうの態(てい)で歩き始めた。すると、今まで抜け出られなかった千鳥ヶ淵から存外早く村道へと出られたのである。
 家へ辿(たど)りついた与助は、このことを百姓代に伝えた。与助が言うとおり、確かに村にはここ最近、凶事が続いていた。百姓代は次の日、村の百姓達から関連した目ぼしい話を訊(たず)ね回った。すると、一軒の百姓が千鳥ヶ淵で夜な夜な魚を獲っているという事実が判明した。百姓代はその男を叱(しか)りつけ、二度と淵で魚を獲らないよう命じるとともに道祖神の石碑を建てる人夫(にんぷ)頭(がしら)を言いつけた。
 その後、道祖神の石碑が立ってからというもの、村の凶事は嘘(うそ)のように消え去った。
 そんなある日、与助がいつものように千鳥ヶ淵を通りかかると、白髪の老人がなにやら釣っている姿が目に映(うつ)った。
「あの、もし…」
 与助はその老人に近づくと、恐る恐る声をかけた。
『おお、いつかの…。わしも腹が減ってのう』
 神さまも腹が減るのかい?! と、与助は疑問に思ったが、怖さが先に立ち、思うに留(とど)めたそうな。

                  完


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怪奇ユーモア百選 16] 提灯小憎(ちょうちんこぞう)

2016年03月22日 00時00分00秒 | #小説

 そろそろ出るんじゃないか…と待ち焦(こ)がれながら、正と健一は土塀(どべい)にできた穴(あな)から覗(のぞ)き込んでいた。何が出るかって? もちろん、言わずと知れた提灯小憎(ちょうちんこぞう)である。宵闇(よいやみ)が迫(せま)り、辺(あた)りにポツリポツリと灯(あか)りが灯(とも)る頃になると、提灯小憎はどこからともなく現れるのだった。ただ、どこにでも現れるという訳ではなく、その名のとおり、提灯が灯る細い路地伝いの陰気(いんき)な界隈(かいわい)に限られた。正と健一が今、覗いているこの界隈である。うらぶれた屋台や小じんまりとした一杯飲み屋が軒(のき)を連ねるこの界隈は別名、お試(ため)し小路(こうじ)と世間では呼ばれていた。提灯小憎が出る・・それでもここで酒を飲むか? というある種の度胸試しを兼ねた売り言葉で、それなりの客を呼んでいた。とはいえ、それは陰気(いんき)+陰鬱(いんうつ)この上なく、個人というより会社の社員養成に使われたりする場合が多かった。そんないわくつきの提灯小憎を一度、見てみようと、誰から聞いたのか、正と健一は興味本位で夕方、やってきたのだった。
「そろそろだな…」
 正が健一に呟(つぶや)いた。
「ああ…。シィ~~」
 健一は人差し指を一本、唇(くちびる)へ立てた。
 怠慢(たいまん)寺の暮れ六つの鐘がグォ~~~ン! と、どうでもいいように鳴ると、いよいよ提灯小憎の登場となる。小憎が出るタイミングは小憎自身が決めていて、暮れ六つ、誰も見ていないこと、晴れ渡った夕方、提灯に火が入ったあと・・と、幾つかの条件が揃(そろ)うことが必要だった。わりと注文が多い妖怪として妖怪連中の間では不人気で、格下にランクづけされていた。
 正と健一は、身を小さくし、鳴りを潜(ひそ)めた。しばらくすると、不思議にも火入りの吊(つ)るされた提灯が突然、点滅を始めた。その提灯は、またまた不思議なことに紐(ひも)が解け、フワリフワリと闇夜の宙(ちゅう)を漂(ただよ)い始めたのである。そして、二人が土塀で目を凝(こ)らすと、提灯に妖(あや)しげな目鼻が現れ、ピタリ! と宙に止まった。二人はギクリ! とした。見つかったんじゃないか…と思ったのだ。その予想は的中していた。ふたたび動き始めた提灯小憎と化した提灯は、二人めがけて近づいてくるではないか。二人は逃げ出そうと駆けだした。そのとき、おどろおどろしい声が二人の背後でした。
『逃げねえでくれぇ~~~』
 二人は立ち止まり、震えながら振り向いた。
『ろうそくが・・チビて消えそうだぁ~。長いのと変えてくれぇ~~』
「そんなの、知らないよぉ~~!」
 二人は一目散(いちもくさん)に逃げだした。 

                  完


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