水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十六回)

2012年05月31日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十六回 
当然、商店会の寄り合いは何度も招集されていた訳だし、直助や勢一つぁんも意見は出していた。しかし、どれも今一で、実現されないでいた。会への加盟店は六十店舗ほどあるから、全店が一つの目的に向かえば、それなりの効果も期待できるのだろうが、肝心の決め手となるアイデアがなかった。直助が今、勢一つぁんに話そうとしている妙な出来事の一件などは、この深刻な問題からすれば、取るに足らない馬鹿げた話なのだ。それに、信じられない幽霊話など笑われるのが落ちで、相談に来た当の本人の直助ですら話しそびれているのだ。しかし、朝食を食い終えた勢一つぁんに襟を正して訊かれると、話さない訳にはいかない。
「で、話て、なんやいな」
 敏江さんは片づけで台所に立っているから、この瞬間は二人きりであった。直助としては、ふたたび切り出しやすい状況だった。
「いやな…実は、ちょっと前から怪(おか)しいことが、ちょくちょく起こりよるねん。そんで、勢一つぁんに聞いて貰おう思うてな…」
「怪(おか)しいこと? なんやねんな。泥棒か何ぞに出会うたんかいな?」


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十五回)

2012年05月30日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十五回 
「あんまりお客さん来やはらへんよって、商売しんどいなあ、お父ちゃん」
「んっ? まあ、そうゆうこっちゃな。ははは…、直さんとこも、さっぱりやて言(ゆ)うてたな?」
「ああ…、もう畳まなあかんかも知れん」
「まあ、そう言わんと…。お互い、なんとかせな、とは思うけど、会長もなんかええ考え、ないんかいなあ…」
 茶漬けを慌て気味に掻き込んで、勢一つぁんは愚痴る。直助は食事の邪魔をしないよう、ただ頷いて同調するが、少し自分の持ってきた話を出し辛くなっていた。
 八百勢も二十年前は羽振りがよかったが、随所に見られる障子の綻(ほころ)びでも分かるように、昨今、生活には窮しているようである。これが八百勢だけなのかと言えばそうではなく、商店会の会長、小山文具店の小山栄吉にしたって同じ有り様で、右に倣(なら)え、なのである。正確に列挙すれば、小山文具店に限らず、文照堂、八百勢、その他の大概の店が、すべて鳴かず飛ばずだった。この調子でいけば、孰(いず)れはこの界隈全体がゴーストタウンに埋もれるのも間違いないように思われた。そこで、会長の小山が四苦八苦して知恵を絞っているのだが、もうひとつコレ! という決め手のアイデアが浮かばなかった。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十四回)

2012年05月29日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十四回 
「あっ、そこのお座布つこうて…」
「おおきに。もう、構わんといてや」
 笑顔で敏江さんの淹れてくれた茶を啜りながら、家(うち)のと偉い違いや、こりゃ美味いわ…などと下衆(げす)な想いを巡らす直助だった。
 二十分ほど経つと、勢一つぁんがモゾッと起きて現れた。寝惚け眼(まなこ)を擦りながら、ふと直助を見入る。
「直さんやないか。朝っぱらから、どないぞしたんかいな?」
 敏江さんと同じこと、言うなあ。似たもん夫婦や…と、直助は刹那、思った。
「ははは…別に大した話やないんや。待ってるよって、食べてえな」
 直助としては、別に朝でも日中でもよかった訳で、早朝から大仰に切り出せる話ではないのだ。直助は遠慮をひとつ呟いて、勢一つぁんを促した。
「そうか? ほな、そうさせて貰うわ…」
 二人が話している間に、敏江さんはもう食べ終えていた。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十三回)

2012年05月28日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十三回 
孰(いず)れにしろ、都会生活なら少なからず侘しいが、地方のことである。市街化が進み、辺りには都会を彷彿とさせる建物も見られるようになったとはいえ、まだまだローカル色が豊かな直助の界隈であった。
「勢一つぁん、いやはるか?」
 いることは分かっているが、一応は紋切型の挨拶めいた言葉を吐く。
「なんやいな、直さんやないか。どないぞしたんか? こんな朝、早うに…。びっくりするがな!」
 敏江さんは朝飯の支度をしている真っ最中だった。ということは、亭主の勢一つぁんは、まだぐっすり寝ているのだろう…と直助は思えた。
「いやな、ちょっと、勢一つぁんに話したいことが出来てな。まだ寝てはるにゃろな?」
「うちの? ああ、ぐっすりなんやわ。なんやったら今、起こそか?」
「いや、ええ、ええ…。そう急ぎの用でもないしな」
「そうか? まあ、お茶でも飲んで待ってえな。そのうち、起きてくるやろ」
「すんません…」
 いつもの馴れ合いの会話が弾み、直助は狭い四畳半の敷居へ腰を下ろした。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十二回)

2012年05月27日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十二回 
ガバッ! と布団を跳ねのけて上半身を起こし、直助は後ろを振り返った。蒼白い光の中に一人の女が正座し、じっと直助を見つめている。あまりの怖ろしさに、直助はヒェー! と絶叫し、布団を頭から被っていた。…これは夢だと自分に言い聞かせるが、ゾクッと寒気もして、体が自然と震えだしていた。五分という時が直助の身体を凍らせていた。そして、その五分の後、被った布団の隙から、枕を置いた前方を恐る恐る窺った。しかしそこに広がる空間は暗闇ばかりで、つい今し方、垣間見た青白い光の女は消え失せていた。やはり、自分の妄想が招いた幻だったか…と、直助は安堵と同時に、ぐったりした。━ こら、あかん…。明日(あした)は勢一つぁんに相談してみなあかん…━ と決め、直助は、また凍ったように微動せず、眠ろうと努めた。
 白々と朝が明けた。昨夜の不気味さが嘘のように清々(すがすが)しい朝である。寝起きてすぐに隣の戸を叩くのも憚られるから、直助は取り敢えず朝飯を食らうことにした。腕を徐(おもむろ)に
見ると、六時を回った頃である。六時なら敏江さんはもう起きているだろうが、話が話だけに、やはりここは、ひと呼吸おいた方がよさそうだ…と直助は直に思った。茶漬けを漬けもの、それに唯一の栄養源である貰いものの卵を一ヶ、焼いて朝食とした。卵かけ御飯なら申し分ないのだが、生憎、味の主役の醤油が底をついていたのだ。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十一回)

2012年05月26日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十一回 
呼び出し音は、直助が受話器を取らなかったためか、その後は鳴りを潜めている。しかし、呼び出し音でびくつく日を送るのも直助の性分に合わない。そうかといって、解決の手立てもなく、やはり隣の勢一つぁんに話してみる他ないか…と、直助は諦念して思った。
 家計簿をふと、見ると、先月も何千円かの赤字である。サッカーで熱狂するサポーターの歓声を余所に、明日、銀行で取り崩す金額のこと、在庫の返本、新入書の一覧からの仕入れ、などを考える。今の直助には、ゆったりとしたテレビ観戦も、ままならなかった。それでも観戦の間は妙な出来事は忘れられた。ただ、金銭のことは考えれば考えるだけ頭が痛くなる。布団に潜り込んでスナック菓子を肴に缶ビールを飲む。もちろん、貰ったものばかりだ。十分ぐらいすると、次第に身体全体が心地よくなり、眠気も出てくる。知らず知らずのうちに、電灯やテレビを消し、いつしか直助の意識は遠退いていった。
 フッ! と目覚めたのは、深夜だった。はっきりしないが、誰かに肩を摩(さす)られたような余韻が感覚として残っている。辺りは黒のベールに覆われていて、人の気配などは全くなく、物音なども一切ない。寝惚け眼(まなこ)を擦り擦り、少しずつ瞼を開け、直助は辺りを見回した。やはり、黒ばかり広がる闇以外、なにもない。…が、気のせいか、僅かに頭の後方に淡い光が射すのを感じた。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第三十回)

2012年05月25日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第三十回 
 この時点で、もうすっかり妙な電話のことは忘れていた。美味かったせいか、腹が減っていたからか、とにかく肉ジャガは瞬く間に平らげられた。陽気も麗らかで心地よい。そうなると直助を睡魔がふたたび襲ってくる。敏江さんが持ってきてくれた鉢を返すのも忘れ、直助は、いつしかウトウトと微睡(まどろ)んでいた。
 どれほど眠っていたのだろう。直助は以前に経験したことのある妙な金属音で目覚めた。外は、とっぷりと暮れ、辺りは漆黒の闇である。電灯のスイッチを入れ、その音が響く天井を見遣る。それでも直助は、まだこの時点では、━ 鼠(ネズ)公の奴め、また暴れとる… ━ というぐらいにしか考えていなかった。修理屋が嫌がるほど古びた柱時計が、五時半近くを指していた。そして、例の電話がリリリリーン! と響いた。直助は今回も一瞬、ギクリとした。天井裏? の金属音に合わせるかのような電話の呼び出し音…夏でもない宵に怪談はないだろう…と自分に言い聞かせる。家の老朽化も否めないが、他に思い当たることもない妙な現象だった。例えば、電話線が鼠に齧られたか何かで不具合となり、電話会社から確認の通報が入っている…とか、いろいろ思い当たるが、今一つ要領を得ない発想だ。他には…別に何もない。好きなサッカーでもテレビで見て、今日は早く寝ようと、直助は一瞬、考えた。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第二十九回)

2012年05月24日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第二十九回
直助の空きっ腹が急に暴れだした。肉類には残念なことに、ひと月ばかりお目にかかっていない。
「これはどうも…。偉い助かりますわ」
 直助は本心を漏らした。
「鉢はいつでもええからね」と笑顔で言って、小鉢を直助に渡すと、敏江さんはすぐに消え去った。今日も大根おろしと漬けもので済まそうと思っていた矢先だったから、直助は単純にニンマリした。気遣ってか、幾度となく差し入れてくれる八百勢の敏江さんだが、正直なところ、直助は大層、有難かった。両親の残した金は老後に蓄えておかないと独り身では少なからず不安だった。そうはいっても、余裕を持てるほど多くはなかった。商売が傾いている以上、儲けどころか幾らかは取り崩して補わないといけない現状なのである。だからもう店を畳もうとしているのだが、閉じても次にやろうという仕事も浮かばない訳で、実際のところは、どうしようもなかった。
 敏江さんが帰ったあと、さっそく直助は夕飯にした。いつもより食欲が増すのは何故なんだろう…と思うが、そのときには、すでに炊飯ジャーの中の飯が残り少なくなっていた。よく考えると、差し入れの肉ジャガで、もう三杯は、がっつり食べていた。━ ははは…炊かんとな ━ と、直助は呑気に思った。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第二十八回)

2012年05月23日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第二十八回
そのことが、無性に口惜しかった。それと、ひとつ妙なことが気になっていた。というのは、電話が鳴る少し前、また不気味なカタカタカタ…という金属音のような雑音がしたのだ。この音は無言電話と関係があるのだろうか…と、直助は気になりだしたのである。
 それから、また一週間ばかりが過ぎ、二度あった不可解な電話の呼び出しも、その後は鳴りを潜めたので、直助もいつもの日常に戻りつつあった。相手が話さない限り、どうしようもないし、加えて、肝心の心当たりがまったくない以上、もう忘れるしかなかった。今度また同じようなことが起これば、隣の勢一つぁんにでもそうだんしてみようか…と直助は思っていた。ふたたび執筆の方も捗(はかど)り始めたので、気分は少しずつ静まっていった。
「直さん、いやはる?」
 遠慮もなしに入ってきたのは、八百勢の敏江さんだ。
「はい、なにか?」
「あっ! 直さん。ちょっとこれ…家(うち)でこさえたんやけど、うちのが持って行けってゆうもんやから…。余り美味しいない、思うけど…」
 敏江さんの両手に直助が目を凝らすと、小鉢に盛られた肉ジャガが見えた。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第二十七回)

2012年05月22日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第二十七回
そのとき、古めかしい電話の呼び出し音が、チリリリ~ン! と、けたたましく鳴った。慌てて受話器を耳に宛がったが、無言である。「もしもし、文照堂ですが…」とは言ったが、相手からの返答はなかった。
「… …」と、それでも電話は途切れた風でもなさそうである。直助は、━ こりゃ、悪戯(いたずら)か… ━ と瞬間思い、電話を切った。今迄、この手の嫌がらせはなかったから、直助には少し奇妙に感じられた。これといって思い当たる節がない以上、少なからず薄気味悪い。まっ! いろいろあるわな…と、例のズ太さでその場は片づけてしまった。ところが二日後の夕刻、また同じような電話が鳴った。早じまいしようと思っていた矢先だったから、この日は原稿に向かっていなかった。直助が受話器を取ると、また、「… …」である。「もしもし!」と、やや切れ気味に言ったが、やはり返答がない。
「ええ加減にしときや!」
 腹が立ち、直助はガチャン! と電話を切った。どう考えても、嫌がらせを受ける憶えはないし、ましてや、人から恨みを買うようなことなどない直助である。ますます気味悪さが増していった。そうはいっても、直助の方から伝達する手段がない以上、どこの誰から何のために…といった疑問は拭えそうになかった。店番に影響はないが、気が散って筆がまったく進まなくなってしまった。


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