会話は、人と人を繋(つな)ぐ重要な情報交換の手段となる。ただ、この情報交換が早くスムースに出来るか出来ないかは、人それぞれに備(そな)わった性分(しょうぶん)によって変化をする。実際(じっさい)、同じ内容の伝達でもA→BとB→Cへ伝わった速度は、30分以上も違った。B→Cは遅れたのである。この情報交換に介在(かいざい)したのがBとCの間で交(か)わされた、かくかくしかじか…の話だった。
「Aさんから託(ことづか)ったのは、ロバのパン屋さんがご近所に開店すると・・まあ、それだけの話なんですがね、ははは…。この話、お隣(とな)りのDさんにも伝えてくれということなんで、よろしくお願いします。それじゃあ…」
BはCの家を出ようとした。このままCの家を出れば、A→BとB→Cへ伝わった速度は、ほぼ同じくらいだった。ところが、である。
「ああ、そうそう! ロバといえば、ラバですが…」
「はあ?」
Cは意味が分からず、訝(いぶか)しそうにBを窺(うかが)った。
「いえ、なに…。私は昔、ロバと馬の間に生まれたラバを見たことがあるんです」
「ほう! ラバですか…」
Cも少し興味が出てきたのか、話は枝葉末節(しようまっせつ)にどんどん広がり、いつの間にか、かくかくしかじか…の話となっていった。そして、30分が過ぎ去ったとき、気づいたBが慌(あわ)てて腕を見た。
「しまった! こんな時間か…いけない、いけないっ! アヒルと風呂に入るんだった! 失礼しますっ!」
Cは出て行くBの姿をポカ~~ンと目で追いながら、どんな家なんだ? と首を捻(ひね)った。そして、Bとかくかくしかじか…と話に花を咲かせたことを後悔(こうかい)した。
完
本人は邪魔になっているとは気づかないのに、かなり邪魔になっている人がいる。こういう人に住みついているのが、お邪魔虫と呼ばれる見えない虫である。この虫は、そう悪さをするという虫ではない。だから、寄生虫ではない。ならば益虫なのか? といえば、そうでもないのだ。しかし、無神経なのがこの虫の特徴だから、住みついてもらえば、社会でのアレコレで一喜一憂することもなく、神経をすり減らすこともないから、至って便利といえば便利になる。
「町田君、君ね、この夏場にその格好は…。暑くないのかい?」
外気温が40度にもなろうかという炎天下の午後、いくら空調が利(き)いているとはいえ、分厚い冬着で仕事をする町田に、見かねた課長の村畑が声をかけた。
「はい、すいません。僕は生まれついての低体温症でして…」
「ああ、そうなの…? でもさ、課の連中がいるからさ…」
村畑は暗に、『暑苦しくって、お邪魔虫なんだよ、君はっ!』とでも言いたげにお茶を濁(にご)した。このとき、町田に住みついているお邪魔虫は、思わずギクッ! とした。それもそのはずで、自分の名を名指(なざ)しで言われたからだ。心中で言われたとはいえ、お邪魔虫は根がピュアだったから、かなり気にした。そしてついに、町田から離れる一大決心をしたのである。そんなことになっていようとは露ほども知らない町田は、その日も何事もなかったように厚着で出勤しようとしていた。地下鉄を降りて歩く町田に、お邪魔虫は涙を流し、『こ、これで、町田さんとも永(なが)のお別れです。お、お世話になりました…』と、よよと泣き崩れた。もちろん町田には何の変化もない。お邪魔虫は町田が会社のエントランスへ入ったとき、離れよう! と決めていた。知らない町田は、いつものように出勤して、エントランスへと入った。その途端、今まで気づかなかった社員達の目が、急に気になりだしたのである。いや、そればかりではない。町田はその視線に耐えられなくなった。気づけば、町田は会社ビルを飛び出し、地下鉄の構内にいた。その町田を密(ひそ)かに見守るお邪魔虫は、悪いことをしてしまった…とピュアに思った。そして、自分はお邪魔虫じゃなくお助け虫だったんだ…と都合よく解釈し、町田の身体(からだ)へと透過(とうか)して戻(もど)った。お邪魔虫とは、かくも健気(けなげ)な虫なのである。
完
早川秀也は小じんまりと机に向かいゲームに明け暮れていた。いや、正直なところ、そんな悠長(ゆうちょう)な状況ではなく、もはやゲーム依存症とでも言えそうな病的状態だった。学校でも、密かに隠れて先生に見つからないようにやっていた。もちろん、そのゲームには小型電子機器が使用されたが、秀也の病状は重く、かなりの影響を他の生徒にも与える伝染性のものだった。
「これは…今、流行(はや)りのゲーム症ですな。早く隔離しないと、偉いことになります!」
校医は秀也を前に座らせ、立って見守る担任の松尾に心配顔で言った。
「そうですか…。そりゃ大変だっ! おい! 早川、そういうことだっ! 可哀想だが…」
「ぅぅぅ…僕は、どうなるんですぅ~~?」
秀也は、心細そうなか弱い声で松尾に縋(すが)った。それでなくても、げっそりと痩(や)せ細って蒼白い顔の秀也は、まるで死人だった。
「心配するなっ、早川! そのうち治(なお)るっ! ゲームがしたくなくなるまでの辛抱(しんぼう)だっ、がんばれっ!」
「はいっ! 僕、がんばりますっ!」
「先生、他に隔離する必要がある生徒はっ?」
「はあ、軽症の生徒が数名おりましたが、自宅待機で帰らせました…」
「そうでしたか。それくらいでよかった。蔓延(まんえん)すれば、学級閉鎖、いや、学校閉鎖になりかねん事態ですから…」
「はい、おっしゃるとおりです…」
ゲーム症は収束するかに見えた。職員室に戻(もど)った松尾は、どういう訳か顔色が少し蒼かった。
「先生、顔色が…。大丈夫ですか?」
隣のクラス担任の桃配(もくばり)が心配そうに松尾を窺(うかが)った。
「いや、大丈夫です。少し疲れたからでしょう…」
「そうですか? それじゃ、お先に」
職員室に松尾以外、誰もいなくなると、松尾の目が爛々(らんらん)と輝き出し、顔に不敵な嗤(わら)いが浮かんだ。
「フフフ…」
松尾はデスクからゲーム用の小型電子機器を取り出し、とり憑(つ)かれたようにスイッチ類を弄(いじく)り始めた。松尾はすでに秀也からうつされ、ゲーム症に感染していたのである。ゲーム症は怖(こわ)い病気なのだ。
完
世の歴史には必ず、反逆者が登場する。ここにそれらの人々の名を列挙(れっきょ)するつもりはないが、これらの悪者と呼ばれる人々にも一理がない訳でもない。その時代時代が生み出す一種独特の時代背景がそれらの人々を反逆者へと仕立て上げるのである。この風潮は、現代社会においても当然、生じている。
牛毛(うしげ)食品の肉挽(にくびき)は朝から落ち着きがなかった。というのも、豚足(とんそく)食品が密かに進めている牛毛食品の吸収合併工作・・と言えば聞こえはいいが、会社乗っ取りにも近いM&Aの片棒を担(かつ)がされていたからである。早い話、反逆者として豚足食品のスパイに成り下がっていたのだ。もちろん、肉挽にも疚(やま)しい心が湧かなかった訳ではい。入社して30年、同期入社の者達は全員、部長や次長クラスに出世しているというのに、肉挽だけは、なぜか係長にもなれず、主任に甘んじていたのである。コレ! というミスをした訳でもなく、会社には相応の貢献をしてきたはずだった。本来ならば当然、肉挽は同期社員並みに出世していてもよかったのである。それが、主任だった。ただ、それだけが反逆者となる引き金にはならなかった。そういう立場にいる肉挽を密(ひそ)かにターゲットにしたのは、豚足食品の人事部情報課から放たれた波牟(はむ)だった。
その後、着々と豚足食品のM&Aは進んでいった。それもそのはずで、肉挽の情報がすべて波牟に流れたのだから必然だった。ところが、M&Aが実行に移される数日前、肉挽は牛毛食品にM&Aが実施される事実を記(しる)した一通の封書を残し、忽然(こつぜん)と姿を消したのである。
肉挽は、民地(みんち)海岸の波頭に立っていた。
「ぅぅぅ…俺は反逆者にはなれないっ!」
肉挽はミンチにもハムにもならず、美味(おい)しく食べられた。
完
昼前になっていた。立山は家の前の歩道を掃除し、その落ち葉やゴミなどを燃やしていた。
「こんにちは…」
一人の学校帰りの子供が、礼儀正しい無邪気な小声で通り過ぎていった。立山は、『ピカピカの一年生か…』と、すがすがしい気分になり、「はい…」と、思わず声を返していた。
しばらくすると、また子供が不満げに通り過ぎた。立山はその子に少し邪気を感じた。だがまあ、腹立たしくなる・・というほどのことはなかった。そしてまたしばらくすると、数人の子供が通りかかった。
「こんにちはっ!!」
同じ言葉だったが、少しやかましく聞こえる大声で、立山はムカッ! と怒れる邪気を感じた。
それだけのことだったが、人と人は接遇の具合で、気分が変わるんだな…と思えた。同じ一日なら、気分よく過ごせた方がいいに決まっている。
『おいっ! 飯(めし)だっ!!』
と、妻に言おうとした立山だったが、思わず口籠(くちごも)っていた。
「そろそろ、昼にしようか…」
立山の口から出た言葉は穏やかで優しかった。
「はいっ!」
いい返事が返ってきた。立山は気分がよくなり、「やはりな…」と、接遇の効果を実感した。
それ以降、立山は接遇に積極的に取り組み、それなりの夫婦効果を得ている。
完
今年、勤め始めた川岡は、出勤前の朝から腹が減っていた。朝食はしっかり食べたのに、である。若いから・・ということもあったが、それにしても…と自分でも感心、いや驚愕(きょうがく)するほどの空(す)きっぷりだった。両親とも、「あんたは、よく食べるわね」とか、「お前、よく食うなぁ。食い過ぎなんじゃないかっ?」と言って呆(あき)れていた。当然ながら昼の弁当は3個分、常備された。母親の美也子としては、3つも作るのだから、それだけでも大変である。惣菜はいいとしても、ご飯の量が3倍は必要になるのだから、それが大変なのだ。それでもまあ、息子の勤め用の弁当だから文句も言わずコツコツと作り続けた。これには、給料を稼いでいる・・ということも関係していた。川岡が学生の頃は、「我慢しなさいっ!」と一蹴(いっしゅう)したものが、今は出来なくなっていた。今のお弁当は美也子にとって[金のなる木]だったのである。
川岡は最初の弁当を、まず仕事前に1個、デスクで食べた。ザワザワと同僚が出勤し出す前に、である。2個目と3個目は昼どきである。それでもまだ腹が減る川岡のデスクの中には、カップ麺が必ず数個、常備されている・・というのが日常だった。
川岡はある日ふと、弁当というものの歴史を調べてみたくなった。すると戦国時代では行厨(こうちゅう)という言葉があった。
『なるほど…只今より、行厨を使うによって、半時ばかり休むといたそう・・などとなる訳だ』
川岡は専門書を見ながら、カップ麺を啜(すす)った。そのとき、川岡は背後に人の気配を感じた。
「よく食うな、君はっ! それはいいが、仕事もキチンとしてくれよっ!」
課長の海野だった。海野は小食な痩せ細で、ほとんどの昼は麺類だけで済ませていた。海野の視線の先には、川岡のデスクに積まれた3個の弁当があった。海野は3個も弁当を食べる川岡が羨(うらや)ましかったのだ。
完
勤務休みの朝、長足は応接椅子に座りながら、さて、今日はどうするか…と、あれこれ考えていた。
「お父さん、お豆腐と油揚げ、多川さんとこで買ってきて下さらないっ」
妻の美登里がキッチンから出さなくてもいいのに顔を出し、そう言った。長足は、コレ! といった予定はまだ考えていなかったから断る理由がなかった。
「ああ、いいよ…」
まあ、散歩がわりに行くか…くらいの気分で長足は軽く応諾(おうだく)した。多川豆腐店は古くからある近所の豆腐屋で、多川が生まれてときにはすでにあったから、思えば随分長い付き合いだな…と、5分ばかりの細道を歩きながら長足は思った。
「へい! いらっしゃい! 長足の旦那、今日は?」
「そうだね、絹ごし一丁と油揚げを五枚」
「へいっ!」
この店の油揚げは絶品で、焼いた油揚げに少しのお醤油をかけ、熱々のご飯でいただけば、これはもう数杯は御膳が進んだのである。
買って帰る道すがら、長足は、さて、これからどうするかだが…と考えたが、決まらないまま家へ着いた。すると、美登里がまた声をかけた。
「お父さん、何かすることある?」
「んっ? いや、別に…」
唐突(とうとつ)にそう言われれば、そう返すしかない。
「じゃあ、お風呂掃除、お願いします」
「ああ…」
長足は浴室の掃除をする破目に陥(おちい)った。まあこれも決めていないのだから仕方がなかった。
そして、長足がようやく浴室の掃除を終えたとき、もう昼前になっていた。
昼を過ぎ、さて! と長足が心を勇(いさ)ませたとき、また美登里のひと言がきた。長足はさすがにムッ! とし、またかっ! と美登里をギロッと見た。
「なんだい、次ぎはっ!」
「私、これからお友達との会食があるの。だから、お買いもの頼むわ」
「ああ、はいはい!」
長足は完全に意固地になっていた。
買物から帰り、インスタント・コーヒーを啜(すす)りながら、あれこれ考えるもんじゃないな…と長足は思った。
世事は、あれこれ考えているうちに、あれこれなるのである。
完
新堀(にいぼり)は、これから先の進路で迷っていた。このまま今の職に踏みとどまるべきか否(いな)か・・で、である。だが、そういつまでも迷っている訳にはいかなかった。というのも、誘いを受けた企業への返事が二日後に迫っていたからである。このままでは埒(らち)が明かない…と思えた新堀は、占ってもらうことにした。
「どれどれ… … ほう! ほうほう! なるほど!」
「分かりますか?」
「むろんじゃ。ただちに、お告げがあったぞよっ! 有難くお聞きなされい」
「は、はい」
「近く現れますな、その方は…」
「はっ?」
「まあまあ、黙って…」
「はい!」
新堀は的(まと)が外(はず)れたお告げに、この人大丈夫か? と、少し不安になった。占い師にはそこまで言わなかったが、新堀が訊(たず)ねたかったのは、会社を変わるか変わらないかだったからだ。
「ほおほお! 左様でごございますかっ! 吉兆(きっちょう)が現れるという変化のお告げですぞ」
「変化のお告げですか?」
「そうそう! 変化のお告げがありました」
「変わった方がいいと…」
「変わった方がいい? …まあ、そのようなことですかな、ははは…」
なにが、ははは…だっ! と怒れた新堀だったが、思うに留めて頷(うなず)いた。
新堀が会社を変わった直後、元いた会社は破産宣告の記者会見をマスコミを前にして発表した。新堀はお告げは本当だったのか…と占いを信じた。だが、そのあとが、いけなかった。新堀の移った会社は幽霊会社で、実在しなかったのである。新堀は仲介者に少なくない金額を渡していたのである。仕事は失うわ、金は持っていかれるわで、散々な結果になった。しかし、運命とは不思議なものである。意気消沈した新堀に、起死回生のラッキーな仕事が舞い込み、決定したのだった。お告げはやはり、存在するのか? その辺りの神威姓については、よく分からない。まあ、お告げとは、その程度のものと考えた方が、いいらしい。
完
個人的な偏見(へんけん)が間違いを犯すことがある。自分では自信作だと思っていても、他人から見ればそれほどでもなく、むしろ愚作と思えるような場合だ。どうですっ! 見て下さいっ! 聴いて下さいっ! と展示した絵画や、自信作の曲が、今一、多くの人の目や耳に馴染(なじ)まないのが、その具体例だ。作り手は受け手の感性を重んじねばならないのだが、時として偏見が間違いを起こさせる。受け手を重んじることは、作る側、送り手、すなわち創作を続ける人々にとって、最低限のルールとなる。
とある美術館である。展示された作品を鑑賞する一人の中年紳士が佇(たたず)む若者の前に掲(かか)げられた額淵の絵を見て、立ち止まった。
「ほうっ! この絵、なかなかのものですねっ! よく書けてる…」
「…そうですかっ? これはダメでしょ」
「いや、なかなかのものですよ、これはっ!」
「僕は左横の絵が自信作なんですが…」
「えっ? あなたは…」
「申し遅れました。描(か)いた者です…」
若者は恥ずかしげに、小さく言った。
「ほう! あなたが…」
「ええ、まあ…」
「だったら言いますが、これが断然いいですよ、断然これがっ!」
「そうですかぁ~? 僕は左横の方が、お勧(すす)めなんですがね」
「…そっちですか? そっちは、今一、いただけません…」
「いただけないって、放っておいて下さいよっ! 描いたのは僕なんですからっ!」
「観るのは、私ですっ!」
双方の主張は、ともに間違ってはいない。ただ、自信作に対する見解の相違が二人にはあった。自信作とはこのように、実に曖昧模糊(あいまいもこ)なのである。
完
人は自分を中心に考える。当然、もっともその人物に近しい人が次にその中心となる。家族がその具体例だが、場合によっては親友とか、対象外の人物がその近しい人となる場合もある。人が愚か・・というのはその点だと煩悩では解かれている。だが、どうしても世俗で生きていると欲に流され、人はそうなる。人が神でも仏でもない証(あか)しだ。
ここは、とある市役所である。
「ははは…用無(ようなし)君、君はどうしてそういつも自己中なんだっ!」
来月から管理職ポストである課長補佐への昇格内示を得た係長の前崖(まえがけ)は、愚かにも嬉(うれ)しさのあまり、少し張り切り過ぎていた。迷惑を蒙(こうむ)っているのは同じ課の連中だった。
「はっ! 注意しますっ!」
ベテランながら平職員の用無はマイぺースな男だったから、どうしても怒られる破目に陥(おちい)り、気づけば前崖の矢面(やおもて)に立たされていた。そして、この日も、ペコリ! と頭を下げ、前崖に謝(あやま)った。だが、用無の内心は『チェッ! こんな愚かな若造(わかぞう)にっ!』と怒りの炎がメラメラと燃えていた。
月が変わる少し前、事態は急変した。内示が取り消され、覆(くつがえ)ったのである。さらに驚いたことに、それは逆転人事で、用無が二階級の昇格という抜擢人事で、課長補佐になることが確定したのである。まさかっ! と用無自身も思えたから、驚きは大きかったが、それ以上に前崖の驚きは、愚かにも崖から転落していくかのような失意のダメージを伴(ともな)っていた。
『わ、私が、あ、あんな自己中の役立たず男に…』
早とちりして愚かだったのは前崖だった。
「まっ! そういうことだから、今後とも昵懇(じっこん)に頼むよっ!」
翌月、正式に辞令が交付された日、管理職へ昇格した用無は前崖にタメ口でそう言った。
「… はっ! よろしく、お願いしますっ!」
二人の口調は、愚かにも逆転していた。
完