水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<38>

2015年05月21日 00時00分00秒 | #小説

『もう海老熊(えびくま)の話は、いいですか?』
「ああ、まあ今日はいいさ…。明日の朝、ゆっくり話そう」
 欠伸をしながら里山は寝室へ向かった。かなり疲れてるな…と、小次郎は主人の後ろ姿を見て思った。
 次の日の早朝である。小次郎はすでに起きていたが、肝心の里山がまだ起きていなかった。
「弱ったわ…」
 寝室から沙希代がキッチンへ駆けだしてきた。
『どうかされましたか? 奥さん』
「すごい熱なのよ、主人。…取りあえず、病院! …違う! 救急!?」
『それが、いいですよ!』
 沙希代はバタついて携帯を手にした。その手は心なしか震えていた。小次郎は寝室へ駆けた。寝室では里山が高温でうなされていた。それでも、まだ意識はあり、辛(つら)そうな顔で小次郎を見た。
『ご主人、大丈夫ですかっ!』
「いや、ちっとも大丈夫じゃない…」
 里山は苦しそうに呟(つぶや)いた。
 一時間後、里山は診察台のベッドへ寝かされ、点滴注射を受けていた。傍(そば)では妻の沙希代が心配そうに里山を覗(のぞ)き込んでいる。その沙希代の後ろから医者が声をかけた。
「ははは…奥さん、大事ないですよ。単なる過労です」
 にべもなく、医者は軽く言い切った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<37>

2015年05月20日 00時00分00秒 | #小説

『僕もそう思うんですが、その謂(いわ)れまでは分かりません…』
「物知りの小次郎にしては珍しいわね」
『はい! なにぶんにも、僕が生まれる前の大先輩ですから…』
「なるほど、かなりの古株なんだな」
 里山は両腕を組んだ。
「お腹(なか)が空(す)いたでしょ? 今日は猫缶にしたわよ」
『そういえば…。ハプニングで、すっかり忘れてましたよ』
 小次郎は口の髭(ひげ)を震わせ、ニャニャっと笑った。猫も笑うのである。ただ、人間から見れば、その表情は平常時と余り大差なく、分からないのだ。
 小次郎がキッチンの隅(すみ)で食べ始めると、その姿を見ながら里山が語りかけた。
「タコといい海老熊(えびくま)といい、みぃ~ちゃんも大変だな」
『海老熊は、みぃ~ちゃんを知らないはずです』
 小次郎は食べるのを止め、口元を舌舐めずりしながら返した。
「ああ、そうか…。俺には猫事情は分からんからな。さあ! 早く食べて、寝ろよ。明日は早いからな」
『ああ、新聞社でしたね』
「インタビュー記事だから、早く済むと思うが…」
 里山はソファーから緩慢(かんまん)に立ち上がり、両手を広げて身体を解(ほぐ)しながら首を左右に振った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<36>

2015年05月19日 00時00分00秒 | #小説

『ただいまぁ~~』
 小次郎はホットライン[小次郎専用の家の内外を行き来する通路]からキッチンへ入ると、いつもより大きめの人間語でひと声、ニャゴった。
「なんだ…帰って来たじゃないか」
 里山は安心して溜め息混じりに言った。
『なんだとは、随分な言われようですね。そりゃ、帰ってきますよ』
 小次郎は愉快そうに返した。
「そうじゃないのよ小次郎。あなたの帰りが、いつもより遅かったからね。それで…」
 珍しく沙希代が里山をフォローした。
『ああ、そうでしたか。実はそれには訳がありましてね』
「ほう…。その訳とやらを聞こうじゃないか」
『はい。ハプニングがありましてね、シカカクシカカクだったんですよ』
「そうだったの。シカジカカクカクじゃなくシカカクシカカクだったのね」
『ええ、シカカクシカカクだったんです』
「そうか、シカカクシカカクか…」
 公園で海老熊(えびくま)に出会った一件は、すべて里山と沙希代へ伝わった。
「それにしても、海老熊とは妙な名だな、ははは…」
 突然、里山が笑いだした。
「それもそうね、フフッ」
 沙希代も里山のあとに続いて噴(ふ)き出した。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<35>

2015年05月18日 00時00分00秒 | #小説

『あの…どちらさまでしょうか?』
 小次郎は万一を考え、敬語で話しかけた。
『俺か…俺は俺よ。それにしても、俺を知らないやつがいるとは、俺もまだまだだな、フフフ…』
 海老熊(えびくま)はニヒルに笑い、嘯(うそぶ)いた。
『いえ、そんなことは…。お姿が見えないんで』
『ああ、そうだったな、今は夜だった。俺も焼きが回ったぜ、フフフ…』
 海老熊は、またニヒルに笑った。小次郎は昨日(きのう)、里山に出してもらった辞書に載(の)っていた[君子、危うきに近寄らず]という格言を、ふと思い出した。
『僕、今日は先を急ぎますので…』
『おお、そうかい。引きとめて悪かったな、いずれまた、会おうぜ』
『はい…では!』
 小次郎は早足で公園前から歩き去った。本当は早足で逃げたかったが、それは返って危険に思えた。 
 その頃、里山家では里山が小次郎の帰りが遅いのを心配していた。
「小次郎の帰りが遅いじゃないか…」
「そのうち、帰ってくるわよ…」
 沙希代は攣(つれ)れなくそう返した。
フォトチャンネル作成「車に…。そんなことはないか。ここはバイクぐらいの道だからな」
 里山は沙希代に聞こえないほどの小声で独(ひと)りごちた。まるでタイミングを合わせたかのように、そのとき小次郎がスクッ! と姿を見せた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<34>

2015年05月17日 00時00分00秒 | #小説

 小次郎の第六感がいつもと違う何かを感知した。小次郎は公園の前の歩道を歩きなが、おやっ? と、公園をチラ見した。運が悪いことに、海老熊は本腰を入れて眠ろうと大 欠伸(あくび)を一つ打ったあと、一度、鈍(にぶ)く瞼(まぶた)を開けた。その視線の先におやっ? とチラ見した小次郎の姿があった。
『そこのお若けぇ~~の、お待ちなせぇ~~』
 海老熊は最近、覚えた歌舞伎の台詞(セリフ)で、ひと声、大音声(だいおんじょう)を発し、歌舞伎役者が見栄を切る動きを思い浮かべながら尻尾(しっぽ)を右に左にと振った。
 小次郎は、文句なく驚いた。まさか、この夜更けに大声で呼び止められようとは…といった心境だ。それに今は、言われるまでもなく立ち止っていたから、待てと言われても、その先、どうすればいいのか分からない。小次郎は仕方なく、その場へ腰を下ろした。木影に加え、暗闇だから海老熊の姿は小次郎からは見ない。
『くるしゅうない! 近(ちこ)う近うぅ~~!』
 今度は殿さま語りで海老熊は小次郎を招き寄せた。小次郎とすれば、なんだ? いったい誰だ? という気分になりもする。仕方なく、座ったばかりの腰を上げ、ノソリ・・ノソリと声がする方向へと歩き始めた。自分が捨てられていた公園だけに、暗闇でも臆(おく)することはなかった。小次郎とすれば、なんだ? いったい誰だ? という気分になりもする。仕方なく、座ったばかりの腰を上げ、ノソリ・・ノソリと声がする方向へと歩き始めた。自分が捨てられていた公園だけに、暗闇でも臆(おく)することはなかった。それにしても、歌舞伎とは…と、小次郎はその何者かに近づきながら考えた。猫で歌舞伎を知っているとなれば、相当、人間世界で場数(ばかず)を踏んでいるベテランに思える。それに声自体が若猫風ではなく年配っぽい。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<33>

2015年05月16日 00時00分00秒 | #小説

 いつの間にやら季節は進み、秋風の冷たさが身にしみる夕暮れ時となっていた。これからの季節、飼い猫達は別として、野良や渡り猫には厳(きび)しさが増す季節となるのだ。海老熊もそれを考え、出来るだけ暖かく冬を過ごせる地へ渡っていた。それが今回は、候補地の一つとして小次郎が住むこの地となったのだ。与太猫のドラやその配下のタコなどは、この地に居つくごろつきの野良だったが、風来坊猫の海老熊には一目(いちもく)置いていた。
 里山家横の公園には、野良にとっては格好の場所がいくらもあった。すでに使われなくなった公園でもあり、荒れ放題が返って野良猫達を住み易(やす)くしていた。のっそりと現れた海老熊は辺りを見回した。人気(ひとけ)、いや猫気(ねこけ)は感じられない。海老熊は適当に寛(くつろ)げる場を物色し始めた。野良猫がまったくいなかったのかといえばそんなことはなく、彼等は息を潜(ひそ)め、気配を消していたのである。海老熊は彼等にとっては恰(あたか)も台風の襲来だった。
 辺りは、すっかり暗くなっていた。海老熊はフゥ~~っと一つ溜め息を吐(は)いて、重そうに腰を下ろした。
『こういう夜は、演歌が似合うぜ…』
 海老熊は偉(えら)そうに呟(つぶや)いた。人間なら寒さに襟(えり)を立てて、格好よく言うところだが、海老熊は長旅ですっかり疲れ、格好をつける余裕がなかった。加えて、そんな男前猫、今で言うイケメン猫でもなく、はっきり言えば不器量だから、まったく様(さま)にならない。そんな海老熊が目を閉じたとき、里山家を抜け出た小次郎が公園へ入ってきた。毎日、ジョギング代わりにやる夕食後のひと周(まわ)りだ。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<32>

2015年05月15日 00時00分00秒 | #小説

『蛸(たこ)を獲るには壺(つぼ)を仕掛けて、蛸入りを待つじゃないか。アレだよ』
 ぺチ巡査は自信あり気に口毛(くちげ)を動かした。人間で言う、口髭(くちひげ)を撫(な)でる仕草だ。
『それにしても、タコを追っ払ったのは拙(まず)かったです』
『いや、それはそれで仕方ないじゃないか。一度は、追っ払っておかんと、タコのやつ、またみぃ~ちゃんにチョッカイをだすかも知れんからな』
『それもそうですね。みぃ~ちゃんから被害届けが出てるんですから、とり敢(あ)えず、追っ払ったのは正解でしたか…』
『そういうことだ。ただ、タコの足が遠退いたのは否(いな)めないが…』
『根気勝負になりそうですね』
『ああ。海老熊がこの地へ早く渡ってこないことを祈るのみだ…』
 ぺチ巡査は疲れたのか、大 欠伸(あくび)を一つ打って、身を交番のリンゴ箱へグッタリと埋(うず)めた。
 ぺチ巡査の心配どおり、海老熊は丁度その頃、里山家の横にある公園を歩いていた。日も傾き、辺(あた)りを暗闇(くらやみ)のベールが覆(おお)おうとしていた。
『おっ! 久しぶりの公園だぜ。今日はここを宿にするか…』
 海老熊は、のっそりと歩きながら、一人ごちた。海老熊は公園に植えられた樹木の下へ入った。管理されていない公園は荒れ果て、貧相な佇(たたず)まいが広がっている。
『あい変わらずの荒れっぷりだが、俺の身体には合ってるぜ』
 嘯(うそぶ)くと、海老熊は片手で顔を撫でつけた。他の猫と違うのは、撫でつける方向だ。普通猫だと上から下へ・・なのだが、海老熊は下から上へ・・だった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<31>

2015年05月14日 00時00分00秒 | #小説

『いや、なに。ははは…』
 口から零(こぼ)れた自分の失言に、ぺチ巡査は苦笑して誤魔化した。ツボ巡査にしてみれば、なんか知りたい気分になってくる。
『えっ? なんなんです? 気になるなぁ~』
 笑いながらツボ巡査はぺチ巡査に食い下がった。
『そうかい? なら、話そう。蛸(たこ)を利用して海老(えび)を獲るんだよ』
『はあ、それが蛸伏せ漁なんですか? その蛸伏せ漁と、どんな関係が?』
『君も鈍(にぶ)いね。君が獲ったタコを利用して海老熊を懐柔(かいじゅう)しようと思ったんだよ、実は。ははは…、馬鹿げてるがね』
 ぺチ巡査は思った詳細をツボ巡査に説明した。
『いや、一概(いちがい)にそうとも言えませんよ。ドラの話、この前、聞かせてもらいました』
『ドラの一件か…。確かに、何が有効な手立てになるか分からんからね』
『ええ、そのとおりです。タコで海老熊を獲れるかも知れませんよ』
『そのためには、まず君の中へタコを入れにゃならん』
『壺の中へ蛸を、ですか? まずは、タコ漁ですね。私に上手(うま)く出来ますかね?』
『私の勘(かん)だと、タコは君に弱いように思う。ははは…タコツボ思考だがね』
『まあ、やるだけはやってみますが…。やつの塒(ねぐら)は?』
『それそれ! 私にゃ分からんのだ。みぃ~ちゃん目当てに、また来るのを待つしかないだろう』
『気長な張り込みですね』
 ツボ巡査は頷(うなず)いた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<30>

2015年05月13日 00時00分00秒 | #小説

 タコが駆け去ったことで、事は終息したかのように見えた。が、しかし、みぃ~ちゃんの一件はややこしくなる序章に過ぎなかった。
 新(あら)たな事の勃発(ぼっぱつ)は、その二日後である。気まま一人旅の風来坊猫、海老(えび)熊の出現だ。海老熊は数年かけてアチコチを旅する風来坊猫で、ひと周(まわ)りして最初の地へ戻る習性がある猫だった。風来坊猫といっても、いつぞやの老いた俳猫、股旅とは一線を画す風来坊猫で、与太猫のドラと肩を並べる悪猫だった。その海老熊が現れたという情報が猫警察署に入ったのである。十数匹の猫暑員は、こりゃ、おおごとだ! と、色めいた。その情報が本署を訪れた交番猫のぺチ巡査の耳へ入った。
『ツボ君、こりゃ偉(えら)いことになったぞ。君の出番だ!』
 ぺチ巡査は意気込んで言った。
『えっ? どういうことです…?』
『いや、なに…。蛸(たこ)伏せ漁だよ、ははは…』
 ぺチ巡査は海老の天敵である蛸を利用した漁を、ふと思ったのだ。ツボ巡査にタコを獲(と)らせ、その蛸を利用して海老熊を釣ろうと…。なんとも馬鹿げた発想である。年でボケた訳ではないのだろうが、何を思ったのかぺチ巡査はツボ巡査とタコで壺に入った蛸を連想し、その蛸で海老を威嚇する蛸伏せ漁を頭に浮かべたのだった。海老の天敵は蛸・・という単純な閃(ひらめ)きである。
『蛸伏せ漁?』
 ツボ巡査は言葉の意味が理解できず、尻尾(しっぽ)を下げた。人間で言えば、首を傾(かし)げた・・となる。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<29>

2015年05月12日 00時00分00秒 | #小説

 上手(うま)い具合に隙(すき)を得たタコは、今だ! と思った。
『そいじゃ、おいらは、これで…』
 小声でそう言うと、タコはゆっくりとその場から去り始めた。ツボ巡査の心はタコから離れていたから、一瞬、不意を突かれた格好になった。柔道でいう完全な小外刈り一本である。
『…ああ、注意しろよ!』
 ツボ巡査は後ろ姿のタコに、そう返すのが関の山だった。
『へい!』
 言うが早いか、タコは疾風(はやて)のように走り去った。ツボ巡査は、しまった! と思ったが、もう遅い。すでにタコの姿は跡かたもなく消えていた。ツボ巡査はマルニャ[猫警察用語の護衛対象猫]のみぃ~ちゃんに関心が湧き、すっかり闘志を失(な)くしていた。タコが消えたのにも、まっ! いいか…くらいの気分で軽かった。
 その頃、里山はテレ京の駒井と電話で話していた。小次郎とみぃ~ちゃんの一件を週刊誌がスッパ抜こうとしていたのを、駒井が未然に防いだ報告だった。
[編集長が大学同期の友人でしてね、お前がそれほど頼むなら、まあ今回は無かったことにしよう、って言ってくれたんですよ]
「いや、それは助かります。どうも、有難うございました」
[いいえ、小次郎君にはこちらもお世話になりましたので。それよか、次は注意して下さいよ。他誌がスッパ抜いたら、うちも書かん訳にはいかんからな、と釘を刺されましたから]
「分かりました。どうも…」
 そんな電話がかかっていることも知らず、小次郎は最近、買ってもらった丸クッションの上で爆睡(ばくすい)していた。業界仕事に引っぱりだこで、過労気味だったのだ。


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