水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

明暗ユーモア短編集 (56)天(てん)の声

2022年01月31日 00時00分00秒 | #小説

 フツゥ~~の人に天(てん)の声など聞こえるはずもない。ところが、ごく僅(わず)かな人には、その声が聞こえるという。どんな人? と知りたいところだが、それが分かれば苦労はしない。^^ 天の声が聞こえれば、これはもう、願ったり叶(かな)ったりで、かなり先の見通しが明るいものとなる。先行きがどうなるか? が分からないから、一般社会は暗いのである。新型コロナの終息、景気、オリンピック、受験etc.まあ、いろいろとある訳だ。^^
 とある田舎の田園である。農家の二人が棚田(たなだ)の刈り取りの途中、野良の畔(あぜ)に座りながら手弁当を食べている。
「お前んとこの爺(じい)さま、天の声が聞こえるそうだげなっ!」
「んっだっ! ときたま、妙なこたぁ~言わっしゃるでぇ~、困ってるだぁ~よっ!」
「どげなことじゃ~!?」
「天気予報さまは昼から降ると言わっしゃるが、朝から降るでぇ~心せんとなっ! とかのう」
「一度、病院ば行かんした方がよかぞっ~」
「いや、それがのうっ! よぉ~当たりよるから困りゃ~すのよぉ~」
「そりゃ、明るぅ~ない話ごたるぅ~」
「ああ、暗(くりゃ)ぁ~暗(くりゃ)ぁ~」
 二人はそんな話をしながら、魔法瓶の温茶をグビリッ! と飲んだ。
 皆さんには、混在した方言のこの田舎がどこの地方か、お分りでしょうか?^ 私には、さっぱり分かりません。^^

                   完


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <26>枉神{まがかみ}

2022年01月30日 00時00分00秒 | #小説

『その訳が訊(き)きたいか?』
「はい、是非とも…」
『訳は、この身を世の者どもが邪険にする故(ゆえ)じゃ!』
 枉神(まがかみ)の声が怒りを増し、少し大きくなった。人の気配がない町筋だけに、兵馬には少し不気味だった。
「…と、申されますと?」
『この身は元々、神であった。それを世の者どもが虚仮(こけ)にしおって、ぅぅぅ…神々の叱責(しっせき)を食らい、拗(す)ねて枉神となったのじゃ!』
「虚仮にしたとは?」
『この身は自然そのものぞっ! 田畑を守らず、自然を潰(つぶ)し、訳が分からぬ不用のものを建て、栄華を極め、ぅぅぅ…今ではこの身自体、追いやられておるわっ! これで枉神にならず何としよう!! 世の者どもを困らせるため思いついた腹いせじゃ!!!』
「では、いかがすれば、人変わりの悪さをやめていただけるのですか?」
『この身が安寧(あんねい)し得る姿に自然を変えれば考えてやらぬでもない…。そなたに、それが出来るかのう? ホッホッホッ…』
「私一人の身では無理とは存じますが、やるだけやってはみましょう…」
『おう! その心がけやよしっ! やれるものならばやってみるがよかろう。それによっては少しは変わるやも知れんぞ、ホッホッホッ…。ではのう…』
 枉神の気配はスゥ~っと消え失せた。兵馬はふたたび町筋を歩き出し、お芳の置屋へと歩を進めた。
 その後、この一件がどうなったかは定かではないが、人変わりの事件が幾らか下火になったことは事実である。兵馬の見えない努力が枉神の枉事(まがごと)を減らしたのかも知れない。

             完


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明暗ユーモア短編集 (55)噛(か)み合わせ

2022年01月30日 00時00分00秒 | #小説

 大相撲ほにゃらら場所が国技館で行われている。元横綱の○○氏がアナウンサーとなにやら話している。少し覗いてみよう。
「いや! そりゃねっ! 誰だって苦手(にがて)な力士はいますよっ! 二十数回ですかっ!?」
「二十三回ですね…。一番も勝ってません」
「顎之翔(あごのしょう)と歯茎(はぐき)でしょ!?」
「はいっ! 幕下時代の初顔合わせですが、それからですねっ!」
「噛(か)み合わせが悪いんですよっ! 早く歯医者で治療してもらった方がいいなっ! ははは…、こりゃ冗談ですがっ!」
「顎之翔は表情が明るいですねっ!」
「そりゃ、そうなりますよっ! 勝ってばかりだもんっ! でしょ!!?」
「ええ、まあ。そうなりますよね…。反対に歯茎は暗いですが…」
「そりゃ、そうでしょ! 負けてばかりだもんっ! また、負けか…って思ってんじゃないのっ!」
「それは分かりませんが…」
「いや、失礼っ! その逆か…?」
「ははは…分かりません」
 いよいよ、両力士の次の一番が近づく。控(ひか)えに座る歯茎は、ジィ~~っと目を瞑(つぶ)り、今日の夕飯のちゃんこの具はなんだろう…と考えていた。そして、解説者は歯を治(なお)してもらわんと…と思っていた。^^

                   完


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <25>枉神{まがかみ}

2022年01月29日 00時00分00秒 | #小説

『今日、現れたのは、先だって言っておいた枉神(まがかみ)と会える期日を伝えようと思おてのう…』
「それはそれは…。しかし、今、ここでは…」
『ほう、そこでは駄目か?』
「申し訳ございません…」
 そことは奉行所の雪隠(せっちん)の中だったのである。それも大の方だったから、兵馬は思わずそう告げたのだ。奉行所仲間に聞かれれば拙(まず)い・・ということもあった。
『では、何時(いつ)の刻限ならばいいのじゃ?』
「暮れ六つ以後なれば…」
『分かった。ではのう…』
 須佐之男命はそう言うと、気配を消した。兵馬としては、やれやれ…の気分だった。
 兵馬が勤めを終え、奉行所の門を出たとき、ふたたび須佐之男命の声がした。歩きながら辺りを見回すと、上手くしたもので人の姿はなかった。さすがに神様だけのことはある…と、兵馬はこのとき、改めて須佐之男命を崇(あが)めた。
『枉神と唾(つば)をつけ、明日の暮れ五つに現れるよう言い渡したが、いかがじゃ?』
「はあ、それはもう…。何時(なんどき)でございましょうと、直(じか)に遣(や)り取りが出来れば解決の糸口が見えようというもの…」
『さようか、ではそういうことにしよう。達者で暮らせよ…』
 そう告げると須佐之男命の気配はスウ~っと消えた。その直後、前方から侍の近づく姿が見えた。兵馬は、さすがに神様だけのことはある…と、また思った。
 枉神が気配を現したのは、元照寺で撞(つ)かれる暮れ五つの鐘が陰に籠らずグォ~~ンと賑(にぎ)やかに鳴ったときだった。
『枉神じゃ! 須佐之男様より言い渡された故(ゆえ)に現れたが、何の用じゃ~~ぁ!!』
 小煩(こうるさ)そうな声が空よりした。兵馬が蔦屋の味噌田楽で一杯やったあと、お芳の置屋へ向かう途中だった。ホロ酔いの身が冷たさを増した夜風に吹かれ気分がいい。
「これはこれは…。態々(わざわざ)、申し訳もございませぬ。実は最近、巷(ちまた)で起きております人変わりの一件をなんとかならぬものかと思いまして…」
『おう! あのことか…。あの仕儀には訳があるのよ…』
「と、言われますと…?」
 兵馬は声がする漆黒の虚空を見上げ、訊(たず)ねた。

             続


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明暗ユーモア短編集 (54)議会

2022年01月29日 00時00分00秒 | #小説

 とある町の町議会が開かれている。
「議案第3号、専決処分事項事項の承認を求めることについて、本案を承認することに、ご異議ございませんかっ!!」
「異議なしっ!」「異議なしっ!」「異議なしっ!」
 議場の各席から与野党問わず、声が飛んだ。
「異議なしと認めます。よって議案第3号は承認されましたっ!」
 議長が堂々とした声で読み上げたとき、議場の片隅で微(かす)かな話し声がした。
「財源はあるのかねぇ~…」
「さあ…。補正といい専決といい、気前はいいが…」
「ツケは町民回しだな、こりゃ…」
「とはいえ、与党さんを委員会で苛(いじ)めてもな…」
「ああ…。まあ、ここへの乱入はないだろうしな…」
「ははは…その点は、暗いアノ国よりは安全かっ?」
「まあな…。ここの議場は明るい…」
 そのとき、議長が話し合う二人の議員に気づいた。なんといっても少ない議員の少ない町議会ということで、議長の目に留まった訳である。
「静粛に…」
 議長の柔らかい注意に、二人の議員は押し黙った。
 かくして、コロナワクチンの予算は国会より早く承認され、町民全員に接種されたのである。こういう議会であって欲しいものです。^^

  ※ 言っておきますが、このワクチンはこの町民の医師が開発したもので、あらゆる悪性ウイルスを100%治癒させるワクチンです。^^


                   完


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <24>枉神{まがかみ}

2022年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 日が瞬く間に巡っていった。しかし、数日経っても須佐之男命が現れる兆(きざ)しは、まったくなかった。
「まあ、いいか…」
 兵馬はお芳の置屋でお駒の酌で一杯ひっかけながら、そう独りごちた。
「あらっ! なにが、いいんでございます、兵馬さま?」
「んっ!? いや、なんでもない…」
 お駒は油断がならない、迂闊(うかつ)に呟(つぶや)くものではない…と兵馬は思った。
「今日もお泊りなんでございましょ?」
 お駒が意味深な笑みを浮かべながら兵馬を窺(うかが)った。
「いや、それがな…。しばらく屋敷に帰っておらぬゆえ、今宵は返ろうと思おておる」
「まあ! 攣(つ)れないお方っ!」
 お駒は頬を膨らませて拗(す)ねた。
「そう言うな…。次はゆっくりさせてもらうつもりだ」
「本当ですよっ!」
「ああ…」
 それから半時後、兵馬は帰路についた。その家路への途中である。喜助が言った変事の起きた銚子坂に兵馬がやって来たときである。それまで茜色に染まっていた夕空が俄かに掻き曇り、この時期としては珍しい、生暖かい風が吹き始めていた。
『現れたぞぉ~』
 現れたはないだろっ! どうも語り口調が上手(うま)くない神様だ…と、兵馬は思うでなく思った。
「須佐之男様でございますか?」
『左様(さよう)! 神様の須佐之男じゃ~』
 はいはい、あなたは神様ですっ! と思いながら、兵馬は畏(かしこ)まった。

             続


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明暗ユーモア短編集 (53)自我

2022年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 二人の友人が久しぶりに出会い、とある喫茶店で話をしている。とはいえ、他人目には一人に見える。
「猪山っ! お前、変わったなっ!」
『いや、俺はあのときのままだぞ、芋川っ!』
「そうかぁ~? 脚がねぇ~じゃねぇ~かっ!」
『そりゃそうさっ! 死んじまったからなぁ~』
「なんだ、お前(めぇ)、死んじまったのかっ! 道理で抹香(まっこう)臭(くせ)ぇ~はずだっ!」
『その言いようは、ねぇ~んじゃねぇ~かっ! まっ! お蔭(かげ)さんで、いらねぇ~ことを考えなくなったがなっ!』
「自我が消えちまった訳だなっ!」
『そうそう! 今じゃ、憧(あこが)れの無我の境(きょう)よっ!』
「それにしちゃぁ~言葉遣いが荒いぜっ!」
『それよっ! アノ世…今の俺にはコノ世だがなっ! 偉(えら)いさんが五月蝿(うる)せぇ~のさっ!』
「どういう風に?」
『お前は死んだんだから、もっと言葉遣いを改めて無我の境になりなさい・・とかなんとか講釈垂れてよぉ~、五月蝿いの五月蝿くねぇ~のって、半端じゃねぇ~んだっ!』
「それで、コノ世へ戻(もど)ってきちまった・・って訳かっ~」
『そうそう! 盆明けには戻らなくっちゃならねぇ~がなっ! おいら、このまま戻りたくねぇ~よっ! お前(めぇ)、何かいい方法はねぇ~かっ!?』
「あるあるっ!! いったん、アノ世へ戻ってよぉ~、死にゃいいんだっ!」
『アノ世で死ぬってことは…生きるってことかっ!』
「そうそう!!」
『そりゃ、いいやっ!!』
 死んでも暗くならず、友人に相談した自我が消えなかった明るい人? のお話でした。^^ 

                  完


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <23>枉神{まがかみ}

2022年01月27日 00時00分00秒 | #小説

 兵馬は一瞬、これは聞き覚えがある声だぞ…と思った。
「あなた様は…もしかすると?」
『ホッホッホッ…なかなか冴(さ)えるのう、そなたは。さよう、姉上のお叱(しか)りを頂戴し、天界から追放された須佐之男よっ!』
「哀れなお身の上なのでございますね?」
『ホッホッホッ…こやつ、言いよるわっ、ホッホッホッ…』
「するとやはり、あなた様が人変わりの一件に関わっておられるのでございますか?」
『人変わり? おお、伊豆屋の与之助のことか。それは儂(わし)の仕業(しわざ)ではない。これでも元天界の神じゃぞっ!』
 兵馬は自分で神と言うのもいかがなものか…とは思ったが、祟(たた)りを恐れてそうとも言えず、聞き流した。
「あなた様ではないということになりますと?」
『そなたには、以前からいろいろと関わりがある故(ゆえ)、助け舟を出してやろう。それは枉神(まがかみ)の仕業じゃ。…なんとか言っておったのう。そやつの仕業に相違ない』
「そやつ、とは?」
『ナントカ、カントカ申しておったが、…今は思い出せぬ。かなり出来の悪い神であることには相違ない。憑(つ)いて人変わりをさせる悪さをしおる故(ゆえ)にのう』
「お狐様でございますか?」
『いや、そうではない…。これも何かの縁(えにし)。この次、お前の前へ現れるよう、そやつに唾(つば)をつけておいてやろう。直(じか)に訊(たず)ねるがよい。おっ! もうこのような刻限か…』
「時刻までお分かりになるのでございますか?」
『むろんじゃ! 儂はこれでも神じゃぞっ!』
 自分を神、神とよく言うお方だ…とは思ったが、枉神とか言う得体の知れないモノには何としても会わねばならない…とまた思い返し、兵馬は言い返さず、ふたたび聞き流した。
「はあ、それはもう十分に分かっております。なんとか、その枉神とかに会えるよう、お取り計らいのほどを…」
『分かった! 後日、ふたたび現れ、会える期日などを伝えよう…』
 その後、荘厳な声は消え去り、何もなかったような静けさが戻った。兵馬は頻発(ひんぱつ)する事件ともつかぬ一件の足掛かりを、ようやく掴(つか)んだのである。

             続


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明暗ユーモア短編集 (52)ついつい

2022年01月27日 00時00分00秒 | #小説

 ダメだダメだ…と思っていても、ついついそのまま流れてしまうことが人にはよくある。まあ、これはその人の節度の差によって変化するのだが、ついつい…と流れる傾向は、少なからず誰もが持ち合わせる感情なのではないだろうか。私も、ついつい…と長引かせてしまい、そうなったあと、暗い気分で反省することがない訳ではない。^^
 とある酒場である。中央官庁の勤務を終えた二人の公務員が堅い顔つきで話をしている。店のマスターは、もう少し柔らかい気分で飲んでもらわないと…と、場違いな客の二人に些(いささ)か引き気味だ。
「まあ、いいじゃないですかっ! 長期出張のお疲れもお有りになるんですからっ! 服命書は出されたんでしょ!?」
「はい、まあ…」
「ははは…なら、いいじゃないですかっ!」
「私は地方の出ですから、上司にいろいろと気遣いも多いんで…」
「ああ、地公から国公でしたか、確か…」
「はあ、復命書と服命書の両方を書いた口です、ははは…」
 ついつい口が緩(ゆる)み、少し気分も和らいだのか、長期出張帰りの公務員の顔に明るさが戻(もど)った。
「私は逆になりそうですよ」
「と、申されますとっ!?」
「四月から実家の町役場勤務です。嘱託ですが…」
「地方へUタ―ンされる訳ですかっ?」
「はい、まあ…」
 二人は互いの顔を見合わせ、ニタリと笑った。
 公務員の場合、ついつい、「はい、まあ…」と口にして暗い気分を明るくすることが多いようだ。^^

                   完


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  <22>枉神{まがかみ}

2022年01月26日 00時00分00秒 | #小説

 伊豆屋から去った兵馬の足は、いつも寄るお芳の置屋の方へと向かっていた。道すがら思うことといえば、徳利坂の怪だった。随分と前になるが、そのようなこともあったな…と思い返すが、そのときの妖怪のことまでは分からなかった。はっきり言えば、忘れてしまっていたのである。
 歩く速度を落とし、ついには立ち止まって腕を組みながら兵馬は考えた。しばらくすると、徳利坂…徳利…徳利の精…と考え巡る中で、身体が浮いたことがあったことを思い出した。しかし今回は人変わりである。人の性格が一変するこの珍事と身体が浮くことの脈絡(みゃくらく)がない。それでも喜助の話だと徳利坂の怪に似通っているという。兵馬にはどこが似通っているのかが分からなかった。
 油問屋の伊豆屋から一町ばかり歩いた頃、一匹の白い猫が兵馬の前に現れた。猫にしてはトップリと太り、尻尾も尋常でないほど太長く、それでいて地面に垂れるでなく直立している。兵馬は妙な猫だな…と、歩を止めた。すると突然、その猫は神隠しにでもあったように消え失せた。
『久しいのう、そこのお方…』
 猫が消え失せるのとほぼ同時に、どこからか荘厳(そうごん)な声が兵馬の耳に聞こえた。
「出たなっ! 物の怪っ!!」
 兵馬は刀の柄(つか)に手をかけ一瞬、身構えた。
『物の怪とは心外っ! 聞き捨てならんっ!』
 どこからか聞こえる声は少し怒りの感を増して響いた。そして、消えた猫が再び姿を現すと兵馬の前で動きを止めた。兵馬としては行く手を遮(さえぎ)られた格好だ。

             続


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