≪脚色≫
春の風景
(第五話)あやふや <推敲版>
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
○ 庭 昼
庭に置かれた、陽光が射すスイレン鉢。鉢を観察する正也。鉢の中で泳ぐオタマジャクシ。
正也M「最近、ツチガエルのオタマジャクシがスイレン鉢で元気な姿を見せ始めた。去年の秋からご無沙汰しているので知らぬ態で挨
拶だけしておいた。ただ、寒の戻りがあるかも知れないから、今一、あやふやな泳ぎ方をしていて覇気もなく、あまり動かない
ばかりか時折り姿を隠して、あやふやだ」
○ メインタイトル
「春の風景」
○ サブタイトル
「(第五話) あやふや」
○ 居間 夜
渡り廊下近くの庭側の畳へ座布団を敷き、将棋を指す恭之介と恭一。盤面を注視し、凍結状態の二人。ジュースが入ったコップを持
って、風呂上がりの正也が居間へ入る。徐(おもむろ)に長椅子へ座る正也。ジュースを飲みながら、二人の様子を窺う正也。
正也M「どこの家でもそうだと思うが、あやふやな言葉でその場を取り繕う、ということはあると思う。“あやふや”は、曖昧とも云われる
が、外国に比べると僕達の日本は随分、表現法が緻密で豊かなことに驚かされる」おもむろに顔を上げ、恭一を見る恭之介。
恭之介「お前な、休みぐらい家のことをな…(あやふやに云って、駒を指しながら)」
恭一 「えっ? 何です(盤面を見る視線を恭之介に向けて)。家がどうかしましたか? お父さん(あやふやに云い返して、駒を指す)」
恭之介「そうじゃない! お前は、直ぐそうやって話の腰を折る。逃げるなっ!」
恭一 「別に逃げてる訳じゃ…(微細な小声で呟いて)」
将棋の駒を持つ恭之介の手が少し震え、怒りを露(あらわ)にしている。
恭之介「未知子さんがな、そう云っとったんだ。道子さん、腰痛(こしいた)だそうじゃないか」
恭一 「ええ…、まあ、そのようです」
恭之介「そのようです、だと?! そ、そんなあやふやなことで夫婦がどうする!!」
一瞬、顔を背(そむ)けて顰(しか)め、舌打ちする恭一。
正也M「久々に、じいちゃんの眩い稲妻がピカピカッと光り、父さんを直撃した。父さんは逃げ損ねた自分に気づいたのか、思わず顔
を背(そむ)けて顰(しか)め、舌打ちした」
恭之介「まあ、大事ない、ということだから…いいがな。家のことを少しは手伝ってやれ」
恭一 「…はい」
恭一の態度に溜飲を下げ、穏やかになる恭之介。
正也M「父さんは観念したのか、今度はあやふやに暈さず、殊勝な返事で白旗を上げた。だが次の瞬間、不埒(ふらち)にも、じいちゃ
んに逆らった」
恭之介「大したこと、なさそうですしね…」
顔を茹で蛸にして、対面の恭一の顔を睨みつける恭之介。
恭之介「なにっ! ウゥ…ウウウ… … …(激昂して) 」
正也M「じいちゃんは、激昂し過ぎた為か、声が上擦って出ず、後は黙り込んでしまった。高血圧で薬を飲んでいて、自らの体調の危険
を感じたからに違いない」
風呂上がりの未知子が居間へと入り、恭之介に近づく。
未知子「マッサージに行ってから、すっかり楽になりました。御心配をおかけして…」
恭之介「ほう…それはよかった、未知子さん(笑顔を未知子に向け、心を込めた口調で)」
恭一 「うん、よかったな…(盤面に視線を落したまま、上辺だけの口調で)」
盤面から、ギロッ! と、視線を恭一に向ける恭之介。
恭之介「お前の云い方はな、心が籠っとらん!!」
正也M「母さんを見て微笑み、父さんを見ては茹で蛸にならねばならない、じいちゃんは、実に忙しい。でも、それを見事に演じきるのだ
から、じいちゃんは名優であろう」
笑いながら居間を去りかけた未知子、立ち止まる。
未知子「風呂用洗剤Yは、よく落ちるわねえ、あなた」
恭一 「だろ? また買っとく…」
恭之介「某メーカーの奴だな。…お前も、もっと光れ、光れ」
氷結して沈黙する恭一。
正也M「じいちゃんの嫌味が炸裂し、父さんは木端微塵になった」
○ エンド・ロール
談笑する家族。
テーマ音楽
キャスト、スタッフなど
F.O
※ 短編小説を脚色したものです。小説は、「春の風景(第五話) あやふや 終」 をお読み下さい。