水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第十四回

2010年07月31日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第十四
そして、また動きを止めた刃(やいば)は、荒い息が吐き終えられた後、静かに鞘(さや)へと納められた。左上段から右下段へ袈裟に振り下ろされた剣は電光石火の早業であった。所作を終えた左馬介は、眺める師の方角へ向き直ると、深々と一礼した。
「…これが残月剣か…。見事じゃ左馬介、ようやった。…近う参れ。手渡すものがある」
 左馬介の形(かた)を観終えた後、幻妙斎は楚々とした掠れ声でそう告げた。
 幻妙斎が座す岩棚は、左馬介が技を見せた位置から五間ばかりの高さにある。云われるまま、左馬介は岩の窪み伝いに少しずつ登って行った。ひとつ、奇妙に思えたのは、幻妙斎の振舞いである。いつもなら、軽く飛び降りて手渡す筈なのだ。それが今日に限り、左馬介の方から来いと云う。まあ、何らかの事情などがあるのかも知れない…とも思える。とすれば、別にどうということでもない訳だ。左馬介は、取り越し苦労だろう…と思い直し、登っていった。
 岩棚まで登りつめると、そこにはいつもの姿勢で両眼を閉ざして座す幻妙斎の姿があった。
「…来たか」
 幻妙斎は、ゆったり閉ざした両眼を開けると、ひと言、そう云った。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十七回)

2010年07月31日 00時00分00秒 | #小説

   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十七回
そのママの姿を沼澤氏は水晶玉を通して、じっと窺い見た。そうして、目を細めながら何やら呪文のような長文を口にし始めたのである。私が耳を欹(そばだ)てると、どうも祝詞(のりと)のようなのだが、どこか違うようにも思えた。兄の沼澤草男氏の手伝いをしていたということだから、たぶんその頃、見よう見真似で習得したのでは…と、想像した。およそ二分弱、その祝詞のような長文は続いたが、それが終わると沼澤氏は細めた目を一端、閉じてしばらく冥想に耽(ふけ)った。固唾(かたず)を飲んで私が見る中、ふたたびカッ! と目を見開いた沼澤氏は、静かにママを見つめた。
「…玉の申すには、あなたの運気は鳴かず飛ばず、というところで、そう特別な幸せ事もなければ不幸になる心配も当分の間はないということです。早い話、現状維持ですな」
「…はあ?」
 ママは怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで沼澤氏にぽつんと云った。何か眉唾(まゆつば)っぽいぞ…と私は思った。こんな占い程度なら私にだって出来るさ、と思えたのである。沼澤氏は、なおも続けた。
「いえいえ、こうした運気の現れは素晴らしいことなのですよ。ほとんどの方が負の運気、つまりは、不幸に沈む兆(きざ)しの運気を持たれておるのです」
「そうなんですの?」
「なんか、面白そう!」
 こうしたことを余り信じない早希ちゃんが、遠い席から割って入った。


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残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第十三回

2010年07月30日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第十三
「ははっ! …それでは、未熟ながら…我が名付けし残月剣の一太刀、とくと御検分あれいっ!」
 そう力強く告げると幻妙斎に対し深々と一礼し、左馬介は棒立ちの無となり、静かに両の瞼を閉ざした。暫くの空虚な間合いが流れた後、左馬介は左腰に差した大刀の柄(つか)へ徐(おもむろ)に右手を近づけて摑むと、ゆっくりと刃(やいば)を鞘(さや)より引き抜いた。中段へと構えられた刃は一端、動きを止める。幻妙斎は岩棚の上より、その様子をつぶさに観る。やがて、閉ざされた左馬介の両眼が静かに開かれた。次の瞬間、左馬介の大刀は次第に上段へと動き出し、上段の形に構えられた。しかし刃はそれで止まらず、静かに柄から離れた左手は、親指と人差し指の間で開かれ、刃の棟(むね)を乗せた。更に、静かな運びで鐔(つば)より切っ先めがけて左手は動いていく。丁度、大刀は肩に対して平行となり、恰(あたか)も大刀を頭上に掲げて万歳をした形である。換言すれば、両手を頭上で刀掛けにした形でもある。形(かた)は既に出来て後、幾度も左馬介によって磨かれ、精度を高めていた。精度が高まるとは、確固たる形となり、ぶれなくなったということである。その万歳した姿で動きが暫し止まった次の一瞬、右手は大きく動き、刃は虚空で素早く小回転したかと思うと、ふたたび柄を摑んだ左手とともに右上段から左下段の袈裟に斬り下ろされていた。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十六回)

2010年07月30日 00時00分00秒 | #小説

   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十六回
 幸運が訪れる裏には、隠された何かがあるのか…と、私は少し不気味に思った。
「ママさん、棚の水晶玉をこのカウンタ-へ置いて戴けませんか?」
「えっ? だって、掃除する時も触れちゃ霊気が失せるからいけないって云ってらしたのに…」
 ママは微妙に戸惑って、沼澤氏に確認した。
「いや、それは大丈夫です。私が今、念力を玉に向かって送り、その霊力を封じましたから、何の差し障(さわ)りもありません。玉は今、眠っております」
「そうですか? それじゃ…」
 ママは恐る恐る、酒棚に置かれた水晶玉を布切れごと持つと、カウンター上へ移動した。
「どうされるお積りです?」
「ここであなた方とこうしてお会い出来たのも何かのご縁。微力ながら、私の霊術であなた方の今後を占って差し上げましょう」
 そんなことは、こちらが決めることだ…と、私はやや不快感を抱いたが、云われるまま黙っていた。
「ほんと! ワォ~」
 早希ちゃんは、すごくテンションが高い。
「まず、ママさんから…。ママさん、この水晶玉の正面にお立ち下さい」
「は、はい…。こうですか?」
 お水の世界ではプロのママも、沼澤氏の前ではズブの素人っぽく、どことなくぎこちない。


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残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第十二回

2010年07月29日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第十二
 何かを隠すかのように樋口はそう云い残すと、出口へと足早に歩み始めた。よそよそしい樋口の態度に、何ぞあったのか…と、左馬介は心が騒いだ。こうはしていられない…と、左馬介もまた早足で洞窟奥へと歩みだした。
 見慣れた洞窟の奥まで分け入って進んだが、いつもは岩棚に座している幻妙斎の姿がない。左馬介は、はて…? と、訝(いぶか)しく思え、辺りを見回した。
「おう、左馬介か…。儂(わし)は、ここにおる」
 聞き慣れた声がした。左馬介がその声のした辺りを見上げると、やおら身を起こして座す幻妙斎の姿が岩棚にあった。だが、聞こえた声は、どこか弱々しく、その姿にも幾らかの陰りが見え隠れするように左馬介は感じた。
「ここ暫く、気分が優(すぐ)れぬ日が続いておった故、臥せっておった。いや、別に大事ないのだが…。で、今度(こたび)は何用ぞ?」
「はい! 本日、罷(まか)り越しましたのは他でもございません。先生の仰せになった新たな剣筋が出来ました故、ひと目、御検分願えればと存じまして…」
「おお、そうか! …出来たか! 思いのほか早かったのう、それは重畳(ちょうじょう)。では、ここで見ておる故、示してみよ!」


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十五回)

2010年07月29日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十五回
「なんか、よく分かりませんが、取りあえず頂戴しておくとしましょう。…しかし、ママが云うように、ただ戴くというのも気が引けますね」
「いや、本当に気になされず…。どこぞで景品を貰(もら)った、ぐらいに思って戴ければ、それで結構ですから…。あとで金をせしめよう…などという類(たぐい)の話ではないですから、どうぞ、ご安心を」
「そうですか? ただほど恐いものはない、と申しますがね。…それじゃ。いえね、実のところ、霊感商法か何かじゃないか、と云っていたんですよ」
 私はママから手渡された小玉を脱いでいた背広上衣のポケットに入れた。
「ははは…、それはよく云われます」
 沼澤氏は小さく笑い、グラスのマティーニをまたチビリと口へ流し込んだ。
「小玉も同じように幸運を招くのでしょうか?」
 私は素朴な疑問を沼澤氏に投げ掛けた。
「それは無論ですよ。ただ、前の棚に置かれている水晶玉に比べれば、親子ほども差はございましょうが…」
「そうなんですか? よく分かりませんが…。で、その霊力は金銭面だけのものなのですか?」
「いいえ~、あらゆる多岐の方面に渡り、幸運が訪れます」
「なんだ、いいこと尽くしじゃありませんか」
「ええ、まあ…。今は、そう思っていて下すって結構です」
 沼澤氏は少し意味深な云い方をした。三人の目線が一斉に沼澤氏に注がれた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第十一回

2010年07月28日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第十一
 洞窟へと一歩、踏み込んだ時、左馬介は驚いた。道の前方より近づく足音を感じたからである。このような明け方に、しかも山道ではなく洞窟の中から出てくる者…、そのような者がいるだろうか。左馬介は少なからず身の毛がよだった。強面(こわもて)の武士と街道で擦れ違うのとは訳が違う。緊張感というよりは或る種の恐怖感なのである。その音は次第に大きくなる。左馬介は遂に前へ歩むことをやめ、立ち止まった。その時、洞窟の暗闇から少し大きめの声が響いてきた。
「なんだ…誰かと思えば左馬介ではないか!」
 声の直後に現れたのは、影番を幻妙斎から仰せつかっている樋口静山であった。
「驚きましたよ…樋口さんでしたか、なんだ…」
「なんだ、とは随分、御挨拶だな」
 そう云い放ち、樋口は大きく笑った。入口付近とはいえ一応は洞窟内だから、少し残響を留めた。
「冗談はさておき、何か急ぎの御用でも?」
 左馬介が何気なく訊ねると、少し樋口の表情が曇り、偏屈者の素に戻った。
「ああ…まあな。では急ぐゆえ、またな…」


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十四回)

2010年07月28日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十四回
「…別に理由などありません。玉から発せられる霊力により、私がそう感じたまでです」
 分かりよい説明だ…と、私は思った。ただ、玉から発せられる霊力というところは今一、難解だった。
「それで、いつまで店に置いておかれる積もりなんです? 不都合はないのですか?」
「不都合などと…。玉が私の元へ帰りたい、と告げるまでです。それがいつなのかは、私にも分かりません。それまでは度々(たびたび)、寄らせて貰うことになると思いますが、…」
 語尾を暈した沼澤氏は、チビリとマティーニを口へ流した。
「私の方はいっこう構いませんのよ。来られるお客様へのいい話のネタにもなりますし…」
 ママが話に加わった。
「そうそう、云い忘れるところでした。この前、お渡しした小箱の玉ですが、寄られたお方には必ず差し上げて下さい」
「えっ? あっ、はい。そうしますわ。でも、高価なんでしょ? 紫水晶(アメジスト)って。それが…」
「ははは…、気になさらないで下さい。小玉は幾らでもございます。で、あなたは、もう?」
 急に沼澤氏は私を指さした。
「い、いえ、まだ貰ってませんが…」
「なら、ママさん、こちらにおひとつ差し上げて下さい」
「…はい」
 ママは酒棚の隅に置かれた小箱から紫水晶の小玉を一つ取り出し、私に手渡した。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第十回

2010年07月27日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第十
左馬介はどうするか…と思案の挙句、今宵はまず出食わさないだろうから、明日、二人が起き出す前に道場を出ようと心に決めた。よく考えれば、妙義山へ通っていた頃は、そうしていたのだ。別に妙だ…と思われることでもない。
 次の日の早暁、左馬介は厨房で糒(ほしい)を布袋に少量、入れると、竹筒一本を腰に結んだ。そして背に木椀等の入った軽荷を襷(たすき)掛けにして身につけると、暗いうちに道場の通用門を出た。時は明け六ツ前である。以前、梅雨時に持参した握り飯は、晩夏とはいえ猛暑の今は流石に足が心配されたから、糒にしたのだ。
 通い慣れた妙義山への道中は、左馬介にとって久々に心浮かれた。新たな技が完成した故であることは申す迄もない。日の出は季節の加減からか以前よりは早かった。妙義山への道中の半ば辺りである。だが、道そのものは変わる筈もなく、いつもの歩みで左馬介は妙義山を目指した。
 麓(ふもと)へと至り、随所で折れ曲がった山道を登っていく。暫くすると、見慣れた洞窟前へと着いた。やがて去ろうとする晩夏を押し留(とど)めるかのように、蝉しぐれが賑やかに左馬介の両耳を捉えていた。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第三十三回)

2010年07月27日 00時00分00秒 | #小説

   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三十三回
「ありますか…」
 そうなんだ、あるんだ…と、諭(さと)されたような気分で、訊ねるでなく、思わず私は呟いていた。
「ええ、あるのです。霊力による、そうした稀有(けう)な事象が…」
「って、沼澤さん、ママの宝くじもそれ?」
 沼澤氏は黙したまま、静かに首を縦に振り、また話し始めた。
「ええ、その一つなんですよ。…まだまだ、これからです。先が楽しみとお思い下さい」

「でも、それってキショくないですかぁ~?」
 早希ちゃんは、こういう超常現象的な話を全然、信じていない節がある。だからか、実に云い方が軽い。
「んっ? どういうことでしょう?」
「だからぁ~、そんなことが続けば気持悪くありません?」
「ああ、そういうことですか。…全てがこの玉の放つ霊力なのですよ…」
「信じらんない、そんなの」
「早希ちゃん、まあそう云うなよ。そんなことってあるかも知れない。いえね、沼澤さん。私も不思議な出来事には遭遇したことがあるもんでしてね…」
「ほう、そうでしたか…」
「それで、そんな霊力のある水晶玉をこの店に置こうと思われたのは、そもそも何故です?」
 私は、水晶玉の話をママから聞かされた時以来、ずっと抱いていた素朴な疑問を沼澤氏にぶつけていた。


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