水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-59- 場合によっては

2017年02月28日 00時00分00秒 | #小説

 上手(うま)い言い回しに、場合によっては…というのがある。この言い回しが使われる場合は、場合によっては刺し違える・・とか、場合によっては…する・・といった風に、少し威圧的に恐怖感を臭(にお)わせる場合が多い。
「皹皮(ひびかわ)君、誠に言いづらいんだが、場合によっては今月までということになるかも知れん。そこのとこ、よろしく頼むよ」
 人事課から回った書類を見ながら、課長の魚乃目(うおのめ)は派遣社員の皹皮に、そう伝えた。
「分かりました。どうせ、そう長くないだろう・・とは覚悟しておりましたので…」
「そうか! まあ、そういうことで…」
 了解を得た魚乃目としては、やれやれである。ところが、それは甘かった。皹皮は、抜け目がない男で、したたかだった。
「それはいいんですが、そうなれば、場合によっては課長のアノことをばらしますから…」
「なにっ! 私がどうしたって言うんだっ! アノことって、いったいドノことだっ?!」
「フフフ…いやだな、課長。アノことですよ」
 皹皮はニヒルに嗤(わら)っうと、女形(おやま)の仕草をして見せた。瞬間、魚乃目にピン! と閃(ひらめ)くものがあった。
「そ、それは困るよ…。プライべートと一緒にされちゃ、かなわん」 
「私にとれば、死活問題なんですよっ!」
「わ、分かった。なんとか私から頼んでみるから…ひとつ!」
 魚乃目は皹皮の目の前へ両手を合わせ、神仏に祈るように目を閉じた。
「はい…。頼みましたよ」
「ありがとう!」
 次長への昇格が本決まりになる瀬戸際の魚乃目としては、ふたたびのやれやれ…だった。
 翌月、課の同じ席に二人の姿があった。皹皮は派遣を解かれず、魚乃目は次長昇格を見送られていた。場合によっては・・は、場合によっては怖(こわ)い言い回しになるのである。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-58- 烏賊墨(いかすみ)定食

2017年02月27日 00時00分00秒 | #小説

 烏賊墨(いかすみ)定食とは文字どおり烏賊を使った定食・・と思いきや、実はそうではなく、店主のアイデアにより、客に挑戦を叩(たた)きつけるような蛸(たこ)のフルコース定食だった。分かりやすく言えば、客がこの定食を食べ終わったあと、店主が顔を好きなように烏賊墨で塗り書き、二人の記念写真を撮(と)らせれば、無料で食べられる・・という異色の定食である。いわば、平安末期の弁慶が京の五条大橋で集めた刀のようなものである。世界広しといえど、この定食はギネスに登録される定食と巷(ちまた)では評判になっていた。店内には撮られた写真の数々が貼(は)られ、展示されていた。さらに、この定食には記念写真を撮らせた客には一枚、烏賊墨パスタを食べられる無料の食券が貰(もら)える仕組みだった。
「親父! 烏賊墨定食!!」
「おっ! やられますかっ!」
 店主がニタリと笑った。 
「今日は早引けになったからな」
 常連の若い客は漁師(りょうし)で、漁に出ない日は漁業組合の雑用を任されていた。
「海が荒れてますからねぇ~」
「ああ…。それに一度、やってみたかったんだっ。というより、ははは…金回りが悪くてな」
「なるほどっ!」
 しばらくすると、フルコース蛸の烏賊墨定食が若い客の前に置かれた。その後は以下[烏賊]のとおり・・ではなく、以上のような進行となった。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-57- ヒーロー

2017年02月26日 00時00分00秒 | #小説

 こうも世の中が複雑になると、ヒーローは出づらくなる。というのも、マスコミによる情報が流れる速さにより、すぐ目立つからだ。2日後の週刊誌に写真入りでヒーロー登場となれば、これはもういただけない。恵まれない人々に愛の手を・・と、タイガーマスクから義援金数百万円が警察署の前に・・といった活躍が関の山の時代である。ヒーローが悪人どもだけでなく、マスコミの取材にもビクビクする・・などといった昨今の構図は、冗談にもいただけない。まあ、それだけ、ヒーローが活躍できる場が減ったということだが、それだけ悪人どもが暗躍しやすくなっている・・ということだから、これまた、いただけない。古くは赤胴鈴之助から、マジンガーZとか機動戦士ガンダムとかの戦隊ものヒーローに至るまで、さまざまに進化してきたが、機械化は、どうも現実離れして目立ちにくいという点にあるようだ。元々、ヒーローは、現実に、いるんじゃないか? いたらいいな! …とか思わせ、子供心を擽(くすぐ)る存在のはずだった。大人だって、見たあとスカッ! としてワクワクしたものだ。その期待感がすっかり萎(しぼ)む寂しい時代である。
「ああ! 誰か暮らしやすくしてほしいよな…」
「そうですとも! いったい、この国はどうなったんですかね?」
「お年寄りが増え過ぎたのか?」
「いえ、それだけじゃないでしょう。働きづらい国になったからじゃないですか?」
「若い者も先まで安定して働けないからな」
「高齢者も年金減らされてまでは働かないでしょ」
「ああ、そうそう。非課税限度額なんて、すぐ超えるからな」
「年金は減らさず、働ける人、働く気がある人を対象に高齢者減額所得税で徴収するというのは、どうでしょう?」
「おおっ! 財源にもなるし、国も元気になるからなっ! ははは…君こそヒーローだっ!」
「いいえ、ヒーローみたいに、そうは出来ませんから…」
「ヒーローは、やっぱり、いないのか…」
 二人は押し黙った。ヒーローが架空の存在と思えたからだ。その頃、出づらくなったヒーローは、密(ひそ)かに、くしゃみをしていた。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-56- 少しの違い

2017年02月25日 00時00分00秒 | #小説

 人の言葉は、そのときの感情の持ちようで少しの違いを生む。それは、いい場合もあれば悪い場合もあり、送り手と受け手の双方に言える。
「ははは…まあ、いいじゃないですか」
 ある人Aは、にこやかな顔でそう慰(なぐさ)めた。
「いいじゃないかっ!」
 またある人Bは少し怒り口調で窘(たしな)めた。
 二人は同じ場所に存在してはいたが、同じ日時ではなかった。Aが存在した日は前日で、Bは翌日、その場所に存在したのである。二人の言葉をその場所で受けたのは、同じ人物Cだった。前日のA→Cの場合、Cは気分よかったから、軽くAへ頭を下げたのである。
「そうですね、ははは…」
 Aは自分も軽はずみだったな…と自戒した。
 一方、翌日のBの場合、Cは少しムカッ! とした。その腹立たしい気分はその場ですぐ消え去ったが、しばらくすると怒りへと変化して噴き出した。
「いいことがあるかっ! 馬鹿っ!」
 CはBへ怒りながら返した。
 二人の送り手によって、受け手はこれだけの差を生じるのである。こうなれば、もはや少しの違いどころではなくなり、大きな違いとなるから恐いものである。
 今の地球上で起っている諸々(もろもろ)の出来事もBのような少しの違いから生まれているのかも知れない…などと思いながら、ある人Dは美味(うま)そうに鰻重(うなじゅう)を頬張(ほおば)り、ついうっかり食べ急ぎ過ぎて咽(むせ)た。

                             完

 


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思わず笑えるユーモア短編集-55- 鞭(むち)ばかり

2017年02月24日 00時00分00秒 | #小説

 日長な一日、鞭(むち)を打たれるように営業に精を出していた平社員の魚節(うおぶし)は、これといった契約も取れないまま帰社した。魚節は帰って早々、課長の塩焼(しおやき)に呼び出された。
「やはりダメだったか…。まあ、余り期待はしてなかったがね」
「はい、まあ…」
 その言いようはないだろ! と少し怒れた魚節だったが、塩焼の言ったとおり、今までコレといった契約をとれていないのも事実だったから、妙なところで納得した。
「まあ、いい…。がんばりなさい」
 課長の塩焼もそれどころではなかった。このときすでに鞭を打たれるように部長の刺身(さしみ)に呼び出されていたのである。数十分後、呼び出された鞭ばかりの塩焼の姿が部長室にあった。
「やはりダメだったか…。まあ、余り期待はしてなかったがね」
「はい、まあ…」
 そう返しながら塩焼は、おやっ? と思った。刺身の言葉がどこかで聞いた言葉に思えたからだ。それもそのはずで、よ~~く考えれば、それは自分が部下の魚節に言った言葉だったのだ。だが、契約が取れていないのは事実だったから、塩焼は納得した。
「まあ、いい…。よろしく頼むよ」
 部長の刺身もそれどころではなかった。このときすでに鞭を打たれるように専務の煮物(にもの)に呼び出されていたのである。数十分後、呼び出された鞭ばかりの刺身の姿が専務室にあった。
「やはりダメでしたか…。まあ、余り期待はしてませんでしたがね」
「はい、まあ…」
 そう返しながら刺身は、おやっ? と思った。煮物の言葉がどこかで聞いた言葉に思えたからだ。それもそのはずで、よ~~く考えれば、それは自分が課長の塩焼に言った言葉だったのだ。だが、契約が取れていないのは事実だったから、刺身は納得した。
「まあ、いいですよ…。よろしく頼みます」
 専務の煮物もそれどころではなかった。このときすでに鞭を打たれるように社長の浮来(ふらい)に呼び出されていたのである。数十分後、呼び出された鞭ばかりの煮物の姿が社長室にあった。
「そうですか…。まあ、余り期待はしてませんでした」
「はい、まあ…」
 そう返しながら煮物は、おやっ? と思った。浮来の言葉がどこかで聞いた言葉に思えたからだ。それもそのはずで、よ~~く考えれば、それは自分が部長の刺身に言った言葉だったのだ。だが、契約が取れていないのは事実だったから、煮物は納得した。
「まあ、いいです…。よろしく頼みますよ」 
 社長の浮来もそれどころではなかった。このときすでに株主総会が迫っていたのである。数日後、四苦八苦しながら発言する鞭ばかりの浮来の姿が株主総会の議場にあった。
 働く者は下から上まで、皆(みんな)鞭ばかりなのである。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-54- 地道な作業

2017年02月23日 00時00分00秒 | #小説

 アスファルト化された道ではなく、鶴嘴(つるはし)を振り上げて穴が出来た地道を平坦(へいたん)に均(なら)す作業に汗する昭和30年代の土木作業員・・正にこれこそが、字義のとおり地道な作業なのである。最近の文明は、この地道な作業を忘れつつある。やれ、パソコンでの検索だのスマホ[携帯用のスマートホーン]でラインなどと、便利さを、さも自慢するかのようにゲーム感覚で使う風潮が蔓延(まんえん)している。まあ、悪くはないものの、必ず必要なのか? と問えば、そうでもない。要は、電力を無駄に使っている訳だ。それなのに電力不足だとかの講釈をたれる文明社会なのである。
 開発担当で、すべての最先端の情報機器に関する知識を持ってはいるが、プライべートでは一切、そういった最先端機器を使わない堅物(かたぶつ)な男がいた。その名も堅辺(かたべ)という。堅辺の公務以外での日常は地道な作業の連続だった。新聞は前の日の新聞をお隣りの多島から貰(もら)い、読み漁(あさ)ることから始まった。さらに、その読み終えられた新聞は地道な作業で整理されたあと物置へと収納され、廃品回収に出されるのかと思いきや僅(わず)かな額で売られるのだった。それによって手に入れられた金は、農作物の種苗の購入費に引き当てられた。またさらに、地道な作業で実った農作物は堅辺の食料となり、生活費の一部を賄(まかな)ったのである。
「ははは…金属は食えませんからねっ!」
 希有(けう)の功労者として文化勲章を授与され、マスコミ取材を受けたときの堅辺の言葉だ。… 確かに、一理ある。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-53- 受賞

2017年02月22日 12時00分00秒 | #小説

 日々、生活していると、上手(うま)い具合にスンナリいく場合と、そうならない場合は当然ながらある。学者の芳川(よしかわ)はこれがどういう場合で生じるのか・・ということを事(こと)細かに調べ上げ、データ化する作業に没頭していた。これはある種、変人じみた研究である。芳川はいつの日か、この研究でノーベル賞を受賞してやる! と意気込んでいた。
 ある日の午後、芳川がデータを纏(まと)めあげ、やれやれ…と大の字に手を広げながら欠伸(あくび)を一つ打ったとき、大きく開け過ぎたせいか、突然、下顎(したあご)が外(はず)れてしまった。芳川は慌(あわ)てて下顎に手を当て、力任せに押し上げると、少し痛みは走ったがなんとか元どおりに顎は収まった。それ以降、一定の間隔で芳川の下顎は外れるようになった。それもスンナリとコトが運んで欠伸をしたときには外れず、作業で一定量のノルマを達成したときとか、小難(こむずか)しい作業を達成できたとき、思わず出た欠伸で外れる・・という事実が判明した。ということは、すべて物事がスンナリといった場合、顎は外れない・・という結論が導(みちび)き出せるのである。芳川は、その常識外の馬鹿げた実験データを日夜、取り始めた。
 それから2年の時が流れ、芳川は[スンナリとスンナリいかない場合における下顎が外れる相関関係]という論文を学会に発表し、ノーベル文学賞を授与された。ノーベル医学賞ではなく、ノーベル文学賞である。授与理由は今世紀上、稀(まれ)なるお笑いセンス・・によるものだった。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-52- 末吉(すえきち)派

2017年02月21日 00時00分00秒 | #小説

 竹園は占いを信じる一人だが、少し変わっていた。というのは、おおむね籤(くじ)を引いた場合、大吉をよし! としたものだが、竹園の場合は違っていて、末吉(すえきち)を最良と考えていた。続いて小吉、中吉・・と続き、もっとも誰もが願う大吉は、竹園の場合は、凶に次ぐ最悪の八卦(はっけ)だった。なぜかといえば、大吉の場合、危険も大きい・・すなわち、凶に変化する可能性もあると考えたからだ。確かに、大金持ちが一転して借金まみれの奈落(ならく)の底に沈むといったケースがある。大物政治家になれたのはいいが、政治資金で苦境に立たされたり、つまらないスキャンダルで政治家の道を断たれる・・といったケースだってある訳だ。だから、という訳ではないが、慎重で高望みをしない竹園は、未知数ながらも将来や来世を見据(みす)えた吉兆の末吉を最良と考えていた。まあ、外(はず)れた場合でも、小吉ならばよし! と思うくらいだった。
「竹園さん、一杯、どうです? たまには…」
 同僚の松沼が会社帰りに竹園を誘った。
「おっ! いいですね!」
 一も二もなく竹園は了解した。一時間後、小さな場末の飲み屋に二人の姿があった。
「もう一杯!」
 松沼は赤ら顔で手に持つ銚子(ちょうし)を不安定に揺らせながら竹園に酒を勧(すす)めた。松沼はかなり出来上がっていた。
「大丈夫ですか?!」
「ウイッ! わ、私ですかっ? 私は大丈夫ですよ。大丈夫ですよね? …大丈夫じゃないか? ははは…まあ、いいじゃないっすかっ! 一杯!」
「いえ、私は末吉派ですから…」
「はぁ? …」
 訊(たず)ねながら松沼はカウンターへ身体を沈めそうになった。間一髪のところで竹園が松沼の身体(からだ)を支(ささ)え、出されていた料理鉢や小皿、お銚子、杯(さかずき)、箸などは、危うく難を逃れた。竹園が言った末吉派とは、さらに酒を飲んで気分よく酩酊(めいてい)するのは大吉だが、あなたのようにダウン寸前となり凶へ変化する危険もありますよ…という気分を暗に表現した言葉だったのである。案(あん)の定(じょう)、松沼はその後、タクシーで自宅へと返送される人になり、竹園は、ほろ酔いのいい気分で自宅へと帰還(きかん)した。
 すべからく、末吉派は人生や来世を、いい方向へと導(みちび)くようである。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-51- 詰(つ)め

2017年02月20日 00時00分00秒 | #小説

 何ごとも詰(つ)めを誤(あやま)ると、すべてがご破算になる。
「ははは…詰みましたな」
 二人のご隠居が縁台将棋を指している。白髪のご隠居が、いかにも、どうだっ! と言わんばかりに自慢げに言った。
「… ダメかっ! もう一番!」
 盤面を睨(にら)む相手のご隠居は、禿(は)げあがった頭を片手で撫(な)でつけながら、口惜(くや)しそうに頼み込んだ。
「いや、そうしたいんですがな。このあと、会社の元役員会のお歴々(れきれき)と会食がありまして…。後日、また…」
 そう言いながら、白髪のご隠居が席を立とうとしたそのときだった。
「あっ! 詰んでませんぞっ!!」
 禿げ頭のご隠居が突然、大声で叫んだ。立ち上がりかけた白髪のご隠居はその声に驚き、慌(あわ)てて座り直すと盤面を見据(みす)えた。
「コレ! で、どうです?」
 禿げ頭のご隠居が鬼の首でも取ったような顔つきで、盤面に手駒(てごま)の[銀将]をビシッ! っと打ち据えた。これがなかなかどうして、[詰めろ]を防ぎつつ[王手]となる最善の妙手で、相手の王は即詰みに討ち取られる形になっていた。
「ははは…こちらが詰みましたか。どうも詰めそこねたようですな。…参りました。では、これにて…。いずれまた」
 白髪のご隠居は素直に負けを認め、一礼しながら立ち上がると部屋から去った。禿げ頭のご隠居は、ご満悦で風呂に入ろうとした。ところが、である。湯栓をしていなかったためか湯は浴槽に溜まっておらず、出っぱなしになっていた。禿げ頭のご隠居は詰めを誤り、負けていた。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-50- 再生

2017年02月19日 00時00分00秒 | #小説

 日曜の午後、多山は乱雑に部屋内に放置された小物を整理していた。
『いや、これはいらんぞ…』
 そう思えた多山はその小物を捨てる方へ分別した。ところが、しばらくすると、ふとまた使うような気がした。とはいえ、その小物は滅多と使わないもので、それを使う状況はごく限られているのだった。しかもその小物は少し痛んでいて、そのまま使える代物(しろもの)ではなかった。多山はその小物をともかく使う方へ分別しなおした。
 多山はしばらく分別作業を続け、ある程度、部屋が片づいたときだった。
『いや、これはいらんぞ…』
 多山はまたそう思える中途半端な小物に遭遇(そうぐう)した。先ほど迷った小物と同じで、その小物も使う状況がごく限られたものだった。しかも、その小物は先ほどの小物と同じで少し痛んでいるではないか。多山は使う方へ分別した先ほどの小物を手にし、今、迷っている小物と比較してみた。そのとき、ふと多山は閃(ひらめ)いた。二つの小物を少し加工すれば、新しい完璧(かんべき)な小物が再生できるぞ…と。思ったらそのまま放置しておけない性分の多山は、さっそく加工しようと道具を出して二つの小物を弄(いじく)り始めた。そして小一時間が経ったとき、多山の手には再生され完成した新(あら)たな小物が握られていた。
『やったぞっ!! 再生だっ!』
 多山は成し終えた充足感に包まれていた。ただ、部屋はまだ片づいておらず、散らかっていた。

                             完


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