風景シリーズ 水本爽涼
特別編 その後[3] 「ふにゃり」
「どうも、わしゃ、こういうのは苦手だ…」
尋常なことでは音(ね)を上げないじいちゃんが、珍しく音を上げた。あのスーパーマンのようなお方が何に音を上げられたのだ? とお訊(き)きのお方もおられると思うから詳細を説明するが、実はじいちゃんは妹の愛奈(まな)を抱きかかえて、あやしていたのだ。えっ! あの剣道の猛者(もさ)が? と、ふたたび驚かれる方も出ようが、なにもじいちゃんの方から抱きよせた訳ではない。母さんの手から父さんに、そして、僕を通り越してじいちゃんに渡ったのである。じいちゃんとしては固く辞退する理由とてなく、まあ嫌々ではなかったのだろうが、抱く羽目に陥ってしまった訳である。
「ふにゃり、と、しとるわい…」
じいちゃんが呟いた。
「ははは…お父さん、そりゃ赤ん坊ですから…」
じいちゃんの困り顔が小気味いいのか、父さんがニヤリと笑って言った。瞬間、じいちゃんの困り顔が歪み、怒り顔に変化した。
「やかましいわ!! そんなこたぁ、分かっとる!」
いつもの落雷である。今回の場合は直撃の場所が悪かった。じいちゃんは愛奈を抱いていたから、その声に驚いた彼女はオギャ~! オギャ~! みたいな感じで泣き始めたのだ。
「お父さま…」
傍にいた母さんが、さすがに見かねたのか、小声でじいちゃんを窘(たしな)めた。
「あっ! すみません、未知子さん…」
思わず身を小さくしたじいちゃんは、愛奈を母さんに返した。母さんは彼女を抱くと笑顔で両腕を軽く振りながら上手にあやし始めた。そして、しばらくあやされているうちに愛奈は泣きやみ、ニンマリする笑顔になった。おお、お見事! さすがはプロだな…と僕は思った。そして、気まずくなった場をなんとか元に戻さねばと瞬間、思い浮かんだ言葉で口を開いた。
「まあまあ、御両人。僕の顔を立てて、この場は穏便に・・」と、いつもなら言わない大人言葉で仲裁に出た。
「おっ! これはこれは…。正也殿のご仲介とあらば、お受けせずばなりますまい」
たまに飛び出すじいちゃんのお武家言葉がさく裂し、じいちゃんは笑顔になった。すると、神妙顔になっていた父さんにも笑顔が戻った。母さんも笑顔で、僕も笑顔になった。もちろん、愛奈も笑顔だから、我が家は笑顔だらけとなり、非常に、ふにゃりとした話でおめでたい事態になった。おめでたい、おめでたい。
…? よく考えれば、なにが、おめでたいのかは、分からないのだが…。
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特別編 その後[2] 「雨やどり」
秋の雨が冷たく降っている。今年は暑い夏が長く続いたが、幸いにも我が家では病人が出ることなく、無事に秋の季節を迎えることができた。この前に書いたと思うが、じいちゃんは別格で、そういった心配はまったくない、と断言できる。そんな馬鹿な! 人間だったら心配はあるだろうが・・と仰せの方もおられると思うが、じいちゃんに限っては、その言葉は完璧に誤りだと言っておきたい。彼はこの世の者ではないと思える崇高で偉大な存在なのである。世が世なら、僕などは地にひれ伏さねばならないのかも知れないスーパーじいちゃんなのだ。余り褒めすぎるとクシャミをされそうだから、まあこの話はこれくらいにしたい。
雨はやみそうにない。今日は外で遊ぶつもりだったが、あきらめて家でタマと戯れ、ポチの頭でも撫でていようと思う。それにしても、家では、こんな雨の日に雨やどりできるんだから好都合に思える。…そういや、人には雨やどりできる場が必ずあるようだ。それは場所に限らず、心理(メンタル)的な慰み事、例えば音楽鑑賞やスポーツ、植栽など多くの分野に及ぶ。前述のじいちゃんには剣道がある。彼は剣の達人で師範だから、幾らか鼻高々なのかも知れないが、心の置きどころ、すなわち雨やどりできる場なのである。父さんは? と考えれば、まあ書斎でのパソコン、読書か・・と思える。母さんにはその場がない。その場がないとは、その場がないほど多忙だということだが、それが主婦としての彼女の雨やどりの場となっているのだ。僕にはいろいろある。それも季節ごとに違うから、いわば贅沢な雨宿りの場を持っている・・ということになる。例えば、夏なら滾々(こんこん)と湧く水洗い場での水浴びや虫捕りなどだし、秋にはじいちゃんと楽しむキノコ採り、さらに季節が深まれば落ち葉焚きの焼きイモなど、秋、冬にも、もちろん雨やどりできる楽しみはある訳だ。妹の愛奈(まな)は? といえば、彼女の場合は好きなだけミルクを飲み、好きなだけ漏らして母さんによってサッパリすることだろう。さらには這(は)い這いし、赤ん坊ベッドで眠るとなれば、これはもう至福の極みなのではあるまいか。完璧な彼女の雨やどりの場であろう。
「よく降るな…」
降る雨を窓から眺める僕に、いつの間にか父さんが横に立ってボソッとそう言った。秋霖だからね・・と思わず口にしそうになったが、我慢した。余り才を披歴するのも如何なものか、と思えたのだ。昔から、━ 能ある鷹は爪を隠す ━ ということわざが頭を過(よぎ)った、ということもある。
「どうだ…」
そこへ、じいちゃんが威風堂々、離れから頭を照からせて現れた。片手で将棋の駒を指す仕草をし、珍しく笑顔だ。
「いいですね…」
父さんも笑顔で応対し、二人はそそくさと居間の縁側廊下へと向かった。そこへ、母さんがやってきた。
「あらっ? 正也、お父様は?」
「今、父さんとコレっ!」
僕はニタリと笑って、じいちゃんがやった将棋を指す真似をやった。
「もう、お昼なのに、仕方ない人たち…」
苦笑して母さんは撤収した。そういや、父さんとじいちゃんには将棋という雨宿りの場があったな・・と思えた。そして、家が皆の平和な雨やどりの場だ…と僕は気づかされた。そのとき、空いていたお腹がグゥ~~と鳴った。
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特別編 その後[1] 「家族五人」
僕の妹もある程度大きくなって、今や這(は)い這いが出来るまでになった。これには並々ならぬ皆の苦労が・・と書きたいのだが、そんなことはなく、寝る子は育つで、母さんの養育以外は自然とそうなったのだ。むろん、僕にしたってそれは同じで、養育以外は、なにも皆の力を借りた訳でもなんでもない。ただ、一つ言えることは、担任の丘本先生も称賛する僕の才で、恐らくは賢明な母さんの遺伝子によるところが大のように思う。間違っても父さんのそれではないだろう。というのも、いつか学校の図書館で読んだリンカーン大統領の伝記にその事例が明記されていたからだ。彼の(というと、いかにも僕が大物のような物言いになるのだが)母親はナンシー夫人といい、たいそう賢明な方だったらしい。ところが、彼女の夫(リンカーン大統領の父親)は読み書きも出来ない男だったそうである。そんな事例でそう思ったのだが、父さんは読み書きは人並みにできるから、そこまで言えば彼の品位を下げることになり、そうは言わないことにしたい。
「おお、よく寝てるな…」
風呂上がりの父さんが赤ん坊ベッドで眠っている妹の愛奈(まな)を通りがかりに垣間見て横切った。母さんは寝かしつけた愛奈の傍で正座し、洗濯物をたたんでいた。運の悪いことに、その少し離れた台所のテーブルにはじいちゃんがいて、新聞を読み終えたところだった。耳がよく利くじいちゃんは、そのひと言を聞き洩らさなかった。テレビも点(つ)いていた訳で、並みの老人なら聞き洩らしたところだろうが、うちのじいちゃんは、そんじょそこらのじいちゃんではない。いつぞやも言ったと思うが、仏さまの光背のように神々しい頭を照からせているスーパーじいちゃんなのである。加えて、この日は風呂上がりの一杯のあとだったから、赤ら顔の茹でダコだった。
「他人の子みたいに言うなっ!!」
俄かの落雷が父さんを直撃した。父さんは雷をもろに受け、倒れ死んだと思いきや、さにあらず、彼は長年の免疫のような電磁バリアで身体を甲冑(よろい)風に覆い尽くし、ビクともしなかった。っていうか、逆にどこ吹く風の無表情で、応接セットの長椅子に座った。隣には僕がいた訳で、風呂上がりのジュースを堪能(たんのう)していたところだった。険悪なムードになったぞ、と危険を察知して立ち上がった僕を背に、父さんは落ち着き払ってチラッ! と台所のじいちゃんを一瞥(いちべつ)し、立つと縁側廊下へ向かった。そしてドッカとふたたび座布団に座りなおし、馴れた手つきで将棋盤の駒をおもむろに並べ始めた。すると、じいちゃんもスクッ! と台所椅子から立ち、居間へと入った。そして、縁側廊下の父さんに対峙するとドッカと座布団に座り、さも当然のように駒を並べ始めた。要は、二人の間に出来ている暗黙の了解・・ってやつである。母さんは洗濯物を畳み終えると、「正也! 湯冷めしないうちに早く寝なさいよっ!」と言いながら浴室へと消えた。僕は馬鹿馬鹿しくなってコップを台所へ戻す通りがかりに愛奈を覗き見て呟いた。
『大きなお世話だよな…』
妹に僕の言葉が聞こえていたかどうかは分からない。
靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
最終回
たぶん、ない筈だ…とは直助に分かっている。それでも、まったく怖くはなかった。二人は愛しさのあまり抱擁した。早智子の身体は、まるで粉雪で、その唇もまた、二枚の氷のように冷たく直助には感じられた。ポツリポツリと、寒々とした氷雨が店外の鰻小路に落ち始めていた。
次の朝は雲一つない快晴だった。暖かな冬の日差しが満ち溢れ、直助の店内にも木洩れ日を投げかけていた。
「直さん! 起きてるかっ!」
隣りの勢一つぁんが、いつもの無遠慮さで店へ入ってきた。
「なんや、直さん、寝てるがな…」
直助は店番の椅子に座ったまま、机に突っ伏したまま安らいだ笑顔で眠っているように見えた。机には完成したと思える小説の原稿が綺麗に整頓されて置かれている。
「直さん、起きんかいな!」
勢一つぁんは直助の肩を揺さぶった。だが、直助の起きる気配はない。それに、幾らかからだの冷たさを勢一つぁんは感じた。直助は、すでに事切れていた。
完
あとがき
少し短くなってしまったが、これ以上、筆を進めれば怪談となりそうで、ホラーを描くつもりは毛頭ないから、筆を擱いた次第である。すでに夏場めく昨今、この手の話は老若男女が好むであろうし、冷感を呼び覚まし、節電に寄与するものと堅く信じている。^^ 気楽にお読み戴ければ幸いである。
2012.06.01
水本爽涼
靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第百二十四回
「溝上早智子さんですよね?」
早智子は死んでいると分かっている。それなのに、まったく直助は怖くなかった。その恐怖より恋慕の情が勝っていた。
「…はい、そうです…」
声に精気はなかったが、確かに早智子の声だった。直助は、なおもゆっくりと早智子の立つ棚の方へと進んでいく。
「戸開山(とかいやま)、行きましたよ。私も…貴女のことが、実は…好きでした」
「えっ!? それは、ほんとでしょうか…」
その、か細い声が、陰気ながらも幾らか嬉しそうに直助には聞こえた。
「ええ…、お出会いした時から、ずっとでした。今日のように…。もう、遅かったのでしょうか…」
直助は寂しげに答えた。
「いえ、そのようなことは…」
直助は早智子から僅か1メートルほどの距離で立ち止まり、早智子の横顔を見た。早智子もまた、フワ~っと浮き上がるように身体を回転し、直助を見た。蒼白い顔に薄暗い電灯の光が射していた。脚は…幸い、暗闇で見えなかった。
靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第百二十三回
しかし、直助は牡丹灯籠ではないにしろ、そうした感情を早智子に抱いていたのである。
結局、その日はなにごともなかってたかのように一日、誰も来店しない店で座り続ける直助であった。瞬く間に時は過ぎ、早や夕方を迎えようとした頃、ふと直助は店内に人の気配を感じた。あの時と同じ夕刻の五時半ばであった。直助は、いつもの椅子に座り、店番をしながら書き溜めた原稿を推敲していた。直助が左手で凝った右肩を揉みながら、ふと顔を正面に向けると、遠くの本棚の前に早智子がいた。いや、おそらくは、そう思える年格好の女…と思えた。暗闇となり、日射しが完全に消え去った店外と、直助が座る真上の裸電球の灯りでは分からない明るさだから、推測の域は越えられない。早智子と思えるその女は、あの時と同じ本棚の前で本を眺めていた。だが、ただ眺めているだけで、早智子と思しき女は、いっこう直助の方へ近づこうとはしない。直助はそれでも十分、いや十五分ばかりの間、無言で我慢してその女を見続けた。それでも女は、凍りついたようにその場から動く気配はなく、直助に声をかけるでもなしに立ち尽くしている。
「あのう…もし!」
ついに直助は、その女へ声をかけていた。女は一瞬、店番をする直助の方へ顔を向けた。紛れもなく早智子だった。直助は無意識に椅子から立ち上がり、見える早智子の霊の方へ少しずつ歩み寄っていった。
靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第百二十二回
ただ、死後の文字と思われる枕元の白紙に書き綴られた文字は、すべてが水に暈されたように滲んでいた。このことは、明確に早智子の死を意味するとともに、ここに認(したた)められたメモ書きが霊字であることを意味した。
いつものように平静を装い床(とこ)を抜けた直助だったが、心中は穏やかではない。歯を磨きながら直助がまず思ったのは、このことを早速、隣の勢一つぁんに話そうか…ということである。実際のところは以前とは違い、迷いがあった。確かに人のよい商店会の連中だが、物事をより以上にディフォルメする傾向があった。恰(あたか)も、メディアが国民に向けて発する過大報道にも似ていた。だから、直助が勢一つぁんに昨夜の一件の内容を語れば、それは即座に尾鰭(ひれ)を付けて過大に吹聴されるに違いなかった。それが直助の迷っていた理由である。勢一つぁんだけは他の商店会の連中とは違い、直助の無二の友だったが、今回の件は直助には話し辛かった。ただ、それならどうするのか…という点までは考えが及んでいないのも事実だった。早智子は今後も自分の前へ現れるのか…、いや、妙に今の直助には会いたい、いや逢いたいという気持が沸々と沸き上がっていた。生前の早智子に抱いた恋慕の情である。とはいうものの、それは直助以外の者が冷静に考えれば、あってはならなぬ、起こしてはならない生死を越えた関係なのである。片や、一方は人間として生があり、もう一方は、すでに死霊となっているのだ。両者が結ばれることは天変地異が起きぬ以外、百のうち百とも有り得ないのだ。冷静に考えれば、そうなる。
靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第百二十一回
なぜ貴方に…と、お尋ねされた件について、今日はお答を致します。私が貴方のお店へ寄った折りのことは貴方ご自身もよくご存知のことと推察致します。実は、このようなことを私から申し上げるのは誠に口幅ったく恥かしい限りなのではございますが、今日は思い切って書き綴らせて戴くことに致しました。それは恰(あたか)も偶然、心に湧いた所業なのでございます。偶然…私が貴方にお会いせねば、何も起こらなかった…と、お思いなさって下さいまし。私は貴方にお会いした折りに一目で貴方に恋慕の情を抱いてしまったのでございます。それで、貴方のお店へ度々…。こうなったのは必然でございました。ただ、貴方に近づきたかったからでございます。しかし、父に纏わるお話は真実でございました。そして、康成の全集を求めていたことも…。実は、お買い求め致しました直後、私は病に倒れ、そのまま帰れぬ身となってしまったのです。身寄りとてなく、死の直前、私が貴方に記しましたお墓に埋葬願うよう、病院の方々に申し添えたのでございます。霊界に身を置きますと、貴方のことが、ただただ想い返され、ご迷惑を顧みず、枕元へ立ったのでございます。
その白紙に書かれていた裏面にも及ぶ長文は、直助が早智子より受け取った心情を吐露する初めての恋文であった。直助はその白紙に認(したた)められた文面を読み終え、枕元へ置いた。早智子の文字に違いはなかった…それは、店で注文票に早智子が書いた文字で知れていた。
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第百二十回
ビクついても仕方がない…と直助は初冬の冷えた隙間風を肌に感じながら早智子へのメモ書きを認(したた)めた。この白紙に書いた文を、以前と同様に果して早智子が読んでくれるだろうか…と巡りながら、直助は白紙のメモ書きを枕元へ置くと、床(とこ)についた。どういう訳か今夜は怖い感覚がない。勢一つぁんにも今夜の添い寝はいい、と言っておいたのは、そうしたメンタル面の兆しによるものだった。夜は次第に更けて、いつしか直助は深い眠りに誘(いざな)われていった。
次の朝が事もなげにやってきた。冷気は、いよいよ本格的な冬の到来を告げている。起きるという行為が、日増しに億劫になる季節が巡っていた。もう怪談噺(ばなし)が巷に流れる頃合いではないが、直助にとっては、ずっと怪談が心の奥底で続いていた。目覚めたのは、いつもと同じで七時少し前である。やはり神経は研ぎ澄まされているから、瞼が開くとすぐ、直助は枕元を見た。昨夜、寝る前に十字四方に折って置いたメモ書き見当たらなかった。だが、早智子の返しのメモ書きも見当たらなかった。やはり無いと分かれば、フゥ~っと溜息のひとつも出る。そして、幾らかテンションを下げて上布団を跳ね上げた。その時である。上布団の上に置かれた紙らしきものが、ポトリ! と畳上へ落ちた。直助の右手は無意識にその紙へ伸びていた。手に取って凝視する直助の表情が瞬間、明るくなった。そこには、早智子の文字が認(したた)められていたからである。
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第百十九回
自分の前へ早智子が現れたという事実に対し、直助には、やはり思い当たる節(ふし)がなかったのだ。なぜ自分でなければならなかったのか…という原点への疑問である。自分の前へ早智子が現れたという事実に対し、直助には、やはり思い当たる節(ふし)がなかったのだ。なぜ自分でなければならなかったのか…という原点への疑問である。惚れられるほどの美男子とは冗談にも言えないし、直助自身、思ってもいない。原因がそこにないことだけは確かだ…と、直助は巡りながら夕飯を食べ終えた。
━ 今夜、そのことを訊いてみよう… ━
直助に突然、閃いたのは、洗い場で食器を洗っているときだった。早智子がなぜ自分に接近したのかを訊ねてみようと思ったのである。もちろん、紙にその旨を書き記し、枕元へ置いておこうとというものだ。このことが分からなければ、直助としては、いつまでもシックリしない。手早く洗い終え、直助は白い紙に自分が疑問としているところを書き記した。問題は、早智子が幽霊となって現れ、返事を記してくれるか、である。恐らくは、何らかの事情があったのだろうし、そうでなければ、ただの嫌がらせとなる。それでは合点がいかないのだ。加えて、勢一つぁんを含む町内会への説明がつかない。皆、心持ちのいい連中ばかりだから、麻雀の折りも真剣に話を聞いてくれたのだが、その光景が、ふと直助の心に甦った。