水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第125回

2013年02月28日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第125
回)
『そう。長左衛門は私を若い娘と思っているから…』
「ああ、そうだったな。何か、いい策はあるか?」
『大丈夫。すべては私に任せておいて…』
 沙耶は自信あり気に言ってのけた。怪獣長左衛門がマンションへ上陸した場合の対応は、すでに沙耶のプログラムの中で構成されていた。どういう手立てがあるというのか・・は、当然、保には分からない。超人間的能力を持つ沙耶のことだから、恐らく100%の確率で成功するに違いないのだ。しかしまあ、これは普通の想定範囲の場合であり、相手が怪獣長左衛門となれば、予想外の結果も考えられた。沙耶vs(バーサス)怪獣長左衛門の構図は、果たしてどうなるのか! 保はオリンピックで少し観たフェンシングの名場面を想い出した。沙耶と長左衛門が直接、対峙することになれば、一瞬の隙も許されない言い合いになることが予想された。どういうシチュエーションの遭遇になるかも問題だった。まあ、そう神経質になっても仕方ない。まずはマンション管理人の藤崎さんか…と、保は思った。 次の日の出がけを、いつもより10分早くして、保はマンション管理人の藤崎達蔵の居室を訪れた。号数は106号で、階数も偶然なのかどうかは別として、保の居室よりさらに上の16階にある。月々、家賃を持っていくから忘れることはまず、なかった。家賃の支払いは、自動引き去りの方法をとる入居者も多かったが、百余室のうち、保を含め三分の一ほどは直接、藤崎の部屋へ持参していた。


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連載小説 代役アンドロイド 第124回

2013年02月27日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第124
回)
それは、沙耶の定義づけが三つのパターンに分かれているということだった。長左衛門には彼女、マンション管理人の藤崎には妹、そして研究室の三人には従兄妹と言ってある。これがショートして、三者の内の二者が出食わす場面になったときを考えれば…と、保はゾッ! とした。この問題は、早いうちに踏ん切りをつけねばと保は思った。 
『あっ! パスタが冷えてるかも…。お腹すいたでしょ?』
 沙耶に言われ、保は俄かに空腹感に気づいた。マンション管理人の藤崎の出現で、ランチが中断していたのだ。保は沙耶に促されてキッチンへ戻った。
「しかし、お前の存在は、ややこしいよな」
『そうね。確かに…』
「? って、俺が言おうとしていることが分かるのか?」
『もち、よ…』
 沙耶の自動認識システムが作動したのである。感情システムの中の一つの機能で、相手の言動を聞き、その者が思っていることや言動の真意を推し量れる抜群のシステムだった。
「ああ、そうだ…沙耶には分かるんだった」
『ええ…。まず藤崎さんの話を変えればいいんじゃない』
「…ってことは、俺とお前の関係は?」
『妹じゃなく従兄妹ってことで…。それで研究所の三人の話と、まず統一できるでしょ? で、問題は怪獣よね』
「じいちゃんか…」


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連載小説 代役アンドロイド 第123回

2013年02月26日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第123
回)
『帰られたようね…。どうしようかと思ったわ』
 保が振り向くと、すぐ後ろに、いつ現れたのか沙耶が立っていた。
「沙耶のことは妹と言ってあるから、今日から俺の妹だ。奈々と二人か…」
『ああ、妹さんがいるって言ってたわね』
「そう。遠い田舎だけどな」
『怪獣、長左衛門の生息地ね』
 沙耶の感情システムの融和プログラムが働き、沙耶は少し砕けた物言いをした。
「ははは…、お前、俺以上に口悪いな」
『そこまで言えば、口が悪いのか…。難しいわね』
 沙耶は考え込んだ。
「いや、まあ…。いいんだ、いいんだ。そんな言い方もあるからな」
『そう?』
「ああ、ドンマイ! ドンマイ!」
 保としては沙耶を考え込ませないように宥(なだ)めているつもりだった。確かに、保の祖父である長左衛門は、なかなかの強敵で油断がならなかった。沙耶が言うように、それは絶えず警戒しておかねばならない。この前は中へ入らず、スンナリと入口でUターンしたから事なきを得たが、いつ現れ、さらに上陸するか分からない。加えて、長左衛門には沙耶のことはバレていて、保の彼女と怪獣は思っている節があった。注意せねばならない問題は、もう一つあった。


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連載小説 代役アンドロイド 第122回

2013年02月25日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第122
回)
「ああ、それと…。岸田さん、どちらかとお住まいなんね? いえね、お家賃さえ払っていただければ、私はそれでよかですが…。マンションの五月蠅(うるさ)か住人が、あることなかこと話してるのを小耳に挟(はさ)んだもんで…」
「そうでしたか。はい、確かに…。妹が最近、都合で居つきましてね。ははは…」
 我ながら上手い! と保は思った。口から出まかせながら、いつかのパターンが高速のリターンエースで飛び出した。
「ああ…、いつやら言ってらした方ね?」
「えっ? ああ、そういや、そんなこともありましたね。お願いに伺ったんでした」
「そうそう、その方でしょ? 聞けば、なかなかお綺麗な方だそうじゃなかね」
「いやぁ、そうでもないんですが…。しばらく厄介になりますので…」
「分かりました。ははは…管理人の私が申すのもなんなんですが、ここんマンションはピーチクパーチクと賑やかな方が多かやけん、ご注意なさって下さい。いやなに…、過去に数人、あらぬ噂(うわさ)ば立てられ、居づらくなって出ていかれた住人も、おられたけん…」
「いや、これはどうも…」
 保は、この場は平穏に済まさねば…と思っていたから、藤崎に下手に出た。
「じゃあ、そういうことで…」
「25日でしたね? 分かりました。ご苦労さまでした」
 藤崎は保が言い終わると、軽く会釈してドアを閉じた。やれやれ…と保は安堵の溜息を吐いた。


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連載小説 代役アンドロイド 第121回

2013年02月24日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第121
回)
今の…、ちょっと、人間っぽくなかったな・・と思えたが、保は、まっ! いいか…と無視することにした。壮大な考えは、ひとまず自分の記憶にとどめ、とりあえずは沙耶の今後を見極めながら暮そう…と保はテンションの昂(たかぶ)りを抑えた。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。沙耶が走って保の部屋へ駆け込んできた。
「俺が出る。君は、ここにいろ」
 沙耶は無言で頷(うなず)く。保は部屋ドアを閉じ、玄関へ出た。ドアスコープを覗(のぞ)くと、マンション管理人の藤崎達蔵がボケ~っとした顔で通路に立っていた。
「はい! 今、開けます」
 保はチェーンを外し、ドアをゆっくりと開けた。
「あっ! どうも…。実はですね、月々、お支払頂いておるお家賃なんですが、徴収日ば毎月25日に変えさせてもらおうて思いまして、回っとるようなことなんですわ。いろいろご都合もあろうかと思いますが、そこんとこ、宜しくお願いしますけん」
「はあ、25日ですか…。いいですよ。別に構いませんので…。お持ちする時間は夜の7時でよかったんですよね?」
「はい。時間の方は、そんままで…」
「そうですか。じゃあ、そういうことで…。態々(わざわざ)、恐れ入ります」
「では…」
 藤崎はドアを閉じようとしたが、急に手を止めた。


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連載小説 代役アンドロイド 第120回

2013年02月23日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第120
回)
『さてと…ここも掃除するから、保、向こうへ行ってて』
「ああ…」
 沙耶に促され、居場所のなくなった敗軍の将は、力なく立って自室へと向かった。
  保の考える障害者や介護者といった他の人々にも有効利用してもらうためには、沙耶並みアンドロイドの大量生産が必要となる。だが、その前に保が一番嫌う、有名人に自身がなってしまうだろう。いや、マスコミにより確実になることは目に見えている。恐らく、100%の確率で某(なにがし)かのノーベル賞を受賞するだろう。さらに金も入るだろう。日本だけじゃなく、世界中に俺の名が知れ渡ることだろう。人々からもチヤホヤされるに違いない。だが、俺はこんな、ちっぽけな欲しか持たない男だったのか。いや、有名人になるためにやってきたんじゃない…という保の自負心が激しく抵抗し始めた。保は、それが自分の思い描く目的を果たす上での最初の大きな障害であることを実感した。
 自分の部屋へ入り、そんなことを考えながら数十分したとき、ノックの音がした。
「いいよっ!」
 ノブが回って、沙耶が入ってきた。
『もう、いいわよ。それと、今夜、何にする?』
「俺は何でもいいよ」
『そう。リクエストなし、か…。じゃあ、適当に作っておくわね。ランチは?』
「軽いのが、いいな」
『パスタでいい?』
「ああ、頼むよ」
 沙耶は保の返事を聞くと、素早く反転して部屋から去った。


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連載小説 代役アンドロイド 第119回

2013年02月21日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第119
回)
『そう? 前にも言ったと思うけど、私には隠し事は出来ないわよ』
「そういう言い方は、ないだろ」
 保は少し怒れた。内心まで見透かされたのでは堪(たま)ったものではない。
『ごめん! 怒ってるでしょ』
「いいや…」
 怒っていたが、保は隠して言った。
『それ、隠してる。言葉にそう書いてある』
 沙耶には音声解読システムがあったのだ。細部は話す内容が多くないと解析できないが、感情の起伏は嘘発見器の精度を遥かに超えた。というよりは、完璧な100%の確率で相手の感情の起伏から真実と嘘を識別出来たのである。
「ああ、そうですよ、隠してました。それが何か?」
 保は少し拗(すね)ぎみに言った。
『私はアンドロイドだから、ここまで。普通は喧嘩になるんでしょ?』
 沙耶は終始、冷静に解析して話しているのだ。保は人間の醜(みにく)さがまた一つ見えたような気がした。
「そうだな。もっとお互いに興奮して…」
 保が語尾を暈(ぼか)したのは、完全な敗北を認め、白旗を上げたことを意味した。事実、沙耶には勝てないと製作したのが自分であるにもかかわらず、保は思っていた。SF映画の機械軍の猛攻で逃げ惑う人間の映像が、ふたたび保の脳裡を過(よぎ)った。


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連載小説 代役アンドロイド 第118回

2013年02月20日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第118
回)
━ まあ、こんなものか… ━
  アンドロイドという機械が、打算的な発想に終始するのは仕方ない。現時点ではアンドロイドに人の心は求められない。その技術は未来に託すしかないのだ…と、保は思えていた。保は近くにある新聞を手に取り大雑把に読んでいった。悲惨な内戦の記事が載っていた。その記事を読むうち、今の地球、何が正義か分かりゃしない。殺す方も殺される方も何か間違っている気がした。国内記事を見ても、人の愚行記事ばかりだ。沙耶のようなアンドロイドなら、感情はなく冷ややかだが、そんな愚行が起こる心配もない・・と、保は思った。洗濯が終わったのか、沙耶は掃除機をかけ始めていた。
━ だが、アンドロイドばかりでもなあ… ━
 過去に観たSF映画でも、こんな感じのがあったなと保は思った。保が作った意図は、それらを模してではない。ただ、映画の中では今、保が思っている人間と思考力を持つようになった機械との間で戦いが起こっていた。圧倒的な機械軍の攻撃の前に人間はなすすべもなく地下へ逃げ、レジスタントのような戦いを余儀なくされていた。
『何か気になることでもあるの?』
 急に沙耶が声をかけた。
「いや、別にどうってことないさ…」
 保は今の思いを隠すように否定した。


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連載小説 代役アンドロイド 第117回

2013年02月19日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第117回)
 人と見紛(まご)うほど完璧に完成した沙耶だけに余計、そう思えた。かといって、沙耶がアンドロイドである以上、仕方ないのか…という諦(きらめ)の気分も半面、あった。今後を思えば、沙耶には習熟機能があるから、変化していく可能性もあった、要は、今後の展開は未知数だということだ。それがデータとして沙耶に集積されれば、1+1=2+αになることだって有り得た。プログラムした保自身、この未知数の結果を解くことは出来なかった。
 とにかく、無事にセットアップ出来た・・と、保がほっとすると、ピッタリとタイミングを推し量ったかのように保の目の前にカフェオレが置かれた。これこれこれ…! 今、欲しかったんだ。保は沙耶の緻密(ちみつ)な洞察機能に恐れさえ感じた。しかしまあ、有り難かったから、とりあえず、カップを啜った。熱からず冷たからず適度で、疲れた身体に美味かった。そのとき、ふと保の脳裡に浮かんだのは、いつかの沙耶に対する発想だった。今は俺一人のためのアンドロイドだが、この製造法を使い量産すれば、多くの障害者や介護者に有効利用してもらえるのではないか・・という過去の発想である。そして、そのためには、より以上に沙耶の機能を高めねばならない…と思っていた。それの思いが、ふと、思い出したように浮かんだのだった。これで、沙耶に外部からの影響を与える電磁波、音波とも防げるだろう。新たな障害が起こらない限り、今度こそ完璧なはずだ。保はカフェオレをまたひと口、飲みながら沙耶を遠目に見た。沙耶はそんな保の思いは知らず、洗濯作業に余念がなかった。
                  
                                                                     


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連載小説 代役アンドロイド 第116回

2013年02月18日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第116回)
「別に大したことはないんだ。対音圧バリア(シールド)の新プログラムと遠隔操作機の非常用予備回路をインストールするだけだから。他は一切、弄(いじ)ってない…」
 沙耶にそんな慰めをかける必要はないのだが、保はかけていた。沙耶に人間の抱く不安という感情はない。ただ、身に危険が及ぶ場合のみ避難行動に出るシステムは備わっていた。今回の付加プログラムでは保の遠隔操作機の要がない非常用回路のプログラムも組み込まれた。これで、万が一の場合でも、大事に至ることはないのだ。
 保の声に、沙耶は静かに目を開けた。
『そう…。じゃあ、私は忙しいから!』
「えっ?!」
 唐突な返答に保は戸惑った。沙耶は冷静な行動パターンを選択し、瞬時に洗濯しようと動き出したのだった。これかよっ! 感情の機微は、人間ではないから、やはり仕方がないか…と保は少しテンションを下げた。それは自分が沙耶のことをどう思おうと、沙耶が好意を抱くとか恋慕する気持にはならないことを意味していた。たとえば、出がけにキスはしてくれるが、沙耶のシステム内では飽くまでも儀礼的なものという認識で、プログラムに組み込まれているから、保を愛してとかの行為ではない。もちろん、保が一番大事な人・・というプログラムはされているから、その認識はあるのだが…。保はその辺りが少し寂しかった。欲情ではないにしろ、今一つ何かが欠けている気がしていた。


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